予防的取組方法・予防原則に関するカナダの展望
討議資料への SEHN のコメント

スチュアート・リー Ph.D、キャサリン・バーレット Ph.D
ビクトリア大学、科学と環境健康ネットワーク
(訳:安間 武 /化学物質問題市民研究会
情報源:Comments on: A Canadian Perspective on the Precautionary Approach/Principle
Discussion Document
By Stuart Lee, Ph.D. and Katherine Barrett, Ph.D.
http://www.sehn.org/canpre.html
University of Victoria & Science and Environmental Health Network
March 28, 2002
掲載日:2003年8月 2日
更新日:2004年3月25日


 2001年秋、カナダ政府は予防的取組方法/原則の解釈及び実施に関する討議資料を発行した。(訳注:日本語訳:当研究会) この討議資料は予防原則に関するカナダ政府の立場を明確にし、公式化することを目的としている。

 このレポートは、討議資料に関するカナダ政府のパブリック・コメント募集に応じて作成したものである。
 我々は、 ”健全な科学(sound science)” の意味するところにまず焦点をあててコメントし、それから、効果的でかつ恣意的でない予防原則の実施のためのいくつかの現実的な方法の概要を提示した。


 内 容
コメントの概要
第1部 討議資料の分析
   A. 科学の役割
   B. 予防原則と革新及び貿易との関連性
第2部 勧告
   1.”科学ベースのアプローチ” は社会的価値である
   2.”健全な科学” は長い論争の結果である
   3.”健全な科学” の政治化は避けられない
   4.リスクと便益はしばしば不明であり、不均衡に配分されている
第3部 提案
 予防原則を実現するためのステップの提案
  ステップ 1 目標を設定せよ
  ステップ 2 代替案を評価せよ
  ステップ 3 透明で開かれたプロセスを採用せよ
  ステップ 4 ”危害” を定義せよ
   A. 潜在的危害の特性は何か?
   B. 潜在的危害の程度はどうか?
   C. 危害を測定するためにどのような標準が用いられるか?
  ステップ 5 不確実性を分析せよ
   A. 不確実性のタイプ
   B. 証拠の標準と誤差
   C. 受け入れられる証拠
  ステップ 6 立証責任を移行せよ
  ステップ 7 予防的行動をとれ
第4部 質問への回答


コメントの概要

 カナダ政府は、予防原則の論点を明確にし、勇気ある、必要性によく応じた考え方を示してる。
 これは全く必要性によく応じている。それは、この原則によって表わされた感情的なものが世界中で流行し、カナダ連邦政府も署名している数多くの重要な国際及び国内の協定の中に、それらが含まれているからである。
 これは勇気ある行動である。それは予防原則が非常に論争の的であり、貿易関連及びその他の分野からの攻撃に曝されているからである。
 討議資料は、全くオープンで参加民主主義的であり、このことは予防的取組方法の実施と整合性がよくとれていると我々は信じる。

 我々のコメントは4部からなる。

 第1部では、討議資料中にある本質的に問題のある仮定に起因する数多くの重要な論点について議論する。我々の分析は、討議資料の中でも提案されているように、主に科学と研究の役割について焦点を合わせている。
 第2部では、我々はこれらの問題に対し、社会的分析を含めることによって、どのように焦点をあてるか、あるいは、少なくとも異なったアプローチをするかを提示する。
 第3部は、著者の1人(バーネット)の、予防原則実施のための取組に関する最近の記事からの抜粋である。
 第4部(最終部)は、討議資料が挙げたいくつかの質問に対し、我々が明確に答えている。


第1部 討議資料の分析


A. 科学の役割

 全体として討議資料は内容があり、公正である。予防原則が ”正当で特有な政策決定ツール” として認められていることは特に重要である。しかし、我々は、予防原則がリスク管理の題目の下に包含される必要はない (the precautionary principle need not be subsumed under the rubric of risk management ) ことを表明する。(第3部参照)

 討議資料の意義深い貢献にも関わらず、この討議資料には提案された枠組みの有効性を著しく損なう、一貫性のない、分析不足な仮定が含まれているということを、我々はまず指摘する。

 この討議資料では、予防原則の実施及び政策決定における科学の役割について、明らかに一貫性がない。

討議資料の何カ所かで、”科学は” 他の社会的価値及び展望と釣り合いがとられるべき政策決定の一つの要素 (それも重要であるが) として、また、本質的に不確実で議論の余地があるものとして、描かれている。

 討議資料の何カ所かで、科学の本質的な限界を認めながら、しかし、科学は政策決定の一つの要素であるとしている。

 このアプローチは、科学的勧告は ”政府の政策決定に対する一つのインプットである” とする、カナダ政府の 『科学技術勧告の枠組み:政府政策決定における効果的な科学技術勧告の原則と指針 (以後、指針)(The Framework for Science and Technology Advice: Principles and Guidelines for the Effective Use of Science and Technology Advice in Government Decision Making)』 と一貫性がある。
 指針は、 ”必ずしも科学分野からではない” 審議委員が審議会に含まれるべきであると示唆し、また政府は広い範囲からのインプット (伝統的な知識、道徳的及び文化的考慮など) を考慮すべきであると述べて、審議会における相反する見解の重要性を強調することによって、この点を詳しく述べている。

 我々は、討議資料の2.1節から、討議資料はこれらの指針に従っているということを指摘する。例えば
  • ”様々な科学的ソースと多くの分野からの専門家” による複数で多様性のある見解を含むこと
  • 十分に健全であり叉は信頼できる科学ベースを構成するものは何かということの決定が求められている。このことを明確に述べること
  • 経験的、理論的、そして伝統的知識を ”十分に健全な科学情報” の定義に含めること
  • ある場合には、科学的不確実性は減少できない、叉は ”いわば永久的” であること、及び、 ”解決するには長い時間がかかるかもしれない、叉は、実施の目的としては顕著な程には解決されないかもしれない” ということを認識すべきこと
 これらの記述は、科学的情報は、必要であり重要ではあるが、政策決定の唯一のベースとして依存すべきではないということを示唆している。最近の社会科学的な議論から導かれた結論と調和する討議資料が、これらのことを容認したということは重要である。

それとは対照的に、提案された適用の原則と予防措置の原則は、予防措置を決定する時には、科学的情報は ”最終的裁定者” となり得るし、叉、なるべきであるということを示唆している。

 この示唆のいくつかの例を以下に挙げる。

原則 3.2 ”どのような場合にも、健全な科学的証拠が予防原則を適用する上で基本的に必要不可欠である”

原則 3.3 ”健全な科学的情報とその評価は予防原則の適用のベースとなるべきである。根拠が確実で合理的な科学的情報ベースは予防的取組方法の適用を補強する”

原則 3.4 ”(政策決定に)要求される科学的証拠は選択された防護レベルに関連して確立されるべきである”

 これらの原則は、討議資料の2.1節における重要な記述を否定し、叉、科学技術勧告の指針で与えられた勧告にも反するように見える。現状の言い回しでは、これらの原則は下記のように不適切な示唆となる。
  • 健全な科学の定義は事前に決定され、普遍的である
  • 健全な科学は、例え不確実性が高くても、可能であり適切である
  • 科学は、”判断、価値、及び優先度”から分離可能である
 これらの原則と広範な討議資料との間の矛盾は、予防原則及び、もっと一般的には政策決定における科学の役割を曖昧で無力なものにする。

もし指針原則が独立した文書として用いられるなら、 ”健全な科学” あるいは ”科学的証拠” を指す全てのものは明示的な参照によって、及び討議資料の2.1節で詳しく述べられた資格要件によって、限定されるべき (be qualified) である。

 この勧告のための我々の理由は第2部で詳述する。

B. 予防原則と革新及び貿易との関連性

 討議資料 及び、そのベースとなってる 『カナダ政府の統合リスク管理の枠組み ( Integrated Risk Management Framework )』 には、予防原則と革新及び貿易との関連性について、いくつかの疑問ある仮定が含まれている。

革新は予防原則によって脅かされることはない

 討議資料は、予防的取組方法は、革新や技術変化に対する不必要な、あるいは非意図的な障壁とならないことを確実にすることの重要性を指摘している。
 同様に、統合リスク管理の枠組みは、革新と、リスクを冒すこと(risk-taking)とは、しばしば共存することができると指摘している。
 しかし、どちらの文書も、予防措置と革新が共存できるということ、及び、しばしば共存しているということを認めていない。
 実際、予防措置を革新に反するものとして位置付けることは、進取的な計画、行動、及び被害が起こる前にそれを見越して防ぐための配慮を要求するという、予防原則の元来の意味を否定することになる。
 予防原則は革新に反するとおとしめる討議資料中の言葉づかい(レトリック)は削除されるべきであり、予防に耐えうる革新が探求されるべきである。(参照:下記3.7項)

”貿易障壁を最少にする” 措置は、提案された一般原則から削除されるべきである

 ”貿易障壁を最少にする” 措置は、予防原則実施の指針中にはあり得ない。第一に、政策決定におけるそのような要件は、環境的、社会的、及び文化的要素を ”調和のとれた” 貿易協定の最小共通項目より下位に位置付けるものである。

 さらに、”貿易障壁を最少にする” という文言は、非実際的で高価な解決を強いるもので、コスト負担を不均衡に政府に負わせることとなる。メタネックス (Methanex) の事例が示す通り、政策決定に不当に影響を与えるようなものとして解釈できる。
(訳注:Methanex社が、ガソリン添加剤MTBEを禁止したカリフォルニア州を相手取り10億ドル(約1,100億円)の損害賠償請求している件か? NAFTA panel says cannot rule on Methanex MTBE case CANADA: August 8, 2002

 これらの理由で、貿易と予防的取組方法との関係は、適切な場合には、ケースバイケースで決定されるべきことを提案する。

フォローアップ調査の手法は柔軟でなくてはならない

 科学的知識は非常に高価である。有効な科学は、しばしば、監視、モデリング、評価、及び知識管理のための強力な官僚機構を必要とする。フォローアップ調査と社会的学習は重要であり、国内レベルでも実現可能であるが、義務のともなう調和した科学的要求を世界規模で導入する時には、注意が必要である。全ての国に、全ての潜在的危害を監視するために必要な科学基盤の整備や人材育成を期待することはできない。


第2部 勧告

 上述の問題点の一部は、理論化が十分でない社会科学の解釈から発生すると考える。すなわち、科学は、本質的にそして必然的に、他の社会的価値から分離することのできない社会的プロセスとして認識されるべきである。

 下記の点は、予防原則における、さらには、もっと一般的に政策決定における科学の役割に関連して、検討されるべきである。
  1. ”科学ベースのアプローチ” は社会的価値である
     問題を解決するために、あるいは、政策決定の正当性を与えるために科学を利用するということは、社会的なそして価値を付加する行為であると認識されなくてはならない。科学は判断、価値、及び優先度によって導かれる。人間の行為であるこれらの要素は、経験に基づく設計、データの分析、示すべき数字の選択の中に、そして、提起される論点の中に存在する。したがって、科学的知識と、それ以外の ”社会的価値” とを知的に区別することはできない。
     ”科学ベース” のアプローチを選択することは社会的価値を選択するということであり、そのように認識されるべきである。

  2. ”健全な科学” は長い論争の結果である
     社会学的研究は、科学的研究だけでは論争に決着をつけることはできないということをしばしば示している。規制及び法的議論の事例研究は、”健全な科学” というラベルは、ある種の科学的研究の前もって決められている姿というよりも、時間をかけて得られる政治的論争の結果であるということを、説得力をもって示している。
     しばしば、判事や弁護士のような科学者ではない人々は、どのような、あるいは、誰の科学が十分に ”健全” であるかを決定しようと試みるが、最終的には、これは常には予測することのできない歴史上の判定となる。

  3. ”健全な科学” の政治化は避けられない
     特に、予防原則が引き合いに出される場合には、信頼できる科学的専門家が論争する双方にいると考えられる。そのような科学的論争を解決する試みには、常に、政治、価値、及び判断が介在する。これらの要素は、 ”客観的” な科学の探求に埋没させるべきではなく、政策決定プロセスの明示的な一部分とすべきである。

  4. リスクと便益はしばしば不明であり、不均衡に配分されている
     予防原則は不確実性が高い情況で引き合いに出されるので、政策決定の相対的リスクと便益を正確に算出することは難しく、あるいは、不可能である。それにもかかわらず、最終的には、他の誰かが便益を享受する一方、特定の個人あるいは集団がこれらのリスクを負うということを認識すべきである。
     リスク管理及び予防におけるこの配分に関する側面を考慮する必要がある。
 上述した点は、政治的枠組みを、事前に決定されている、叉は、普遍的標準としての ”十分に健全な科学” に基づかせることには問題があるということを示唆している。むしろ、知的なそして政治的な課題は、信頼できる予測が不可能であり、新しい行為による影響がそれを監視し制御する我々の能力をしばしば超えるような環境政策を決定するプロセスの中にある。

 従って、我々は、予防原則の実施は、異種の、矛盾する、そして部分的な展望を際立たせ引き起こすプロセスの計画と実施に焦点をあてるべきであることを提案する。
 このプロセスは、政策決定における科学及びその他の要素の適切な役割に関する公衆の参画と討議を促進すべきであり、公衆の政策決定を組み立て、定義し、支える価値を目に見えるものにするよう努力べきである。

 疑いなく、このプロセスは、例えば、財政的制約、政治的圧力、データの入手、そして特に、時間的制約、などのために限界があるであろう。しかし、我々は、政策決定の結果とともに生きる多様な人々が、これらの限界を議論して具体化する機会と、 ”科学ベース” による政策決定の必然的に暫定的な特性を正しく認識する権利を、与えられるべきである。

以下、第3部で、このようなプロセスを実施するためのいくつかのステップを概説する。


第3部 提案

予防原則を実現するためのステップの提案

 上述した点に基づき、我々は、予防原則の実施を成功させるためには、下記の手順についての合意が必要であるということを提案する。この節は、バーレットとラッフェンスパーガー (Barrett and Raffensperger ) の論文から引用した。 (International Journal of Biotechnology in 2002 に掲載予定)

ステップ 1 目標を設定せよ

 政策決定の枠組みにおいて、リスク分析/管理は、許容に関する問いに注目しがちである。どのくらいの被害なら我々は許容できるか? どのくらいの安全なら、十分に安全か?

 これとは対照的に、予防原則は、より幅広い、 ”上流側” の問いを我々に投げかける。例えば、遺伝子組換え(GM)食品について、我々は GM 製品の ”許容リスク” を論じることから始めるのではなく、次のような質問から入っていく。我々は如何にして、生態学的に、経済的に、そして社会的に持続可能な農業を実現することができるであろうか?
 上流側の問いに焦点をあてることにより、長期的で革新的な政策目標を設定すること及び、これらの目標に合致する最も適切で効果的な方法を工夫することが要求される。
 この ”バックキャスティング(backcasting)” プロセスは、スウェーデンやオランダなどの国々で、環境保護のための遠大な計画立てるため採用され、成功した。

ステップ 2 代替案を評価せよ

 目標を設定し、問いかけの範囲を広げることにより、創造的で選択的な政策と技術の発展が鼓舞されであろう。予防的取組方法の下では、 ”代替案評価” によって、提案された技術叉は行為の代替案を調査し、評価する努力がなされるべきである。 (参照: O'Brien, 2000, Making Better Environmental Decisions, MIT Press)
 リスク評価とコスト便益分析の技術は、様々な代替案の潜在的な便益とリスクを特定し、評価し、比較するために有用なツールとなるかもしれない。

 選択肢を多様化し展望を広げることは、不確実性が存在する状況下で政策決定する場合によく確立された手法であり、予防原則の全ての面に対して重要である。。

ステップ 3 透明で開かれたプロセスを採用せよ

 予防原則の下では、実質的な国庫の予算が技術や政策領域に割り当てられる前に、特にそれの政策決定が公衆の安寧に直接影響を与える場合には、透明で開かれた政策決定のプロセスが制定されるべきである。
 特に開かれたプロセスにより、政策決定をより広い範囲の知識、経験、そして価値によって、すなわち、技術的及び道徳的観点から理にかなったアプローチによって、導くことができる。
 開かれたプロセスにより、法規制は強固なものとなり、政策決定者は説明責任を確実なものにすることができる。

ステップ 4 ”危害” を定義せよ

 我々の行為が危害(harm)を及ぼすかもしれないということを認めることが予防的取組方法を実施する理由として広く挙げられている。これは、我々は、新たな危害は予見できないかもしれないが、現在、ある程度分かっている、あるいは、それらしい、危険(hazards)を対象として扱っているということを意味する。
 しかし、 ”潜在的危害を定義する方法” は、安全に関する特定の技術と大きな関連がある。

 予防的取組方法は、下記の危害の要素を徹底的に検証することを求めている。

A. 潜在的危害の特性は何か?

 有害な影響が下記のレベルで現われる
  ・個人
  ・集団
  ・生態系
  ・社会文化的、経済的、及び政治的システム

 影響はまた時間とともに現われる。それらは、直ぐにに観察され、短期間の影響しか持たないかも知れないし (すなわち、一世代)、あるいは、長期間経ってから現われ、あるいは、長期間、数世代にわたって環境中に残留し、持続するかもしれない。

B. 潜在的危害の程度はどうか?

 いくつかの予防原則の解釈では、危害の脅威が ”深刻” な時には、未然防止措置 (preventative action) がとられるべきとしている。しかし、しばしば、我々は特定の脅威がどのくらい深刻なのかわからない。
 従って、我々は、防ごうと試みている危害の深刻さを評価するために、何らかの指針が必要である。それらの指針は下記の危険(hazards)を考慮すべきである。
  ・不可逆性
  ・広範囲
  ・蓄積性
  ・非意図性
  ・不公平な分布
  ・将来の脅威の前兆あるいは傾向
  ・他の選択肢の制限
  ・回避性(Avoidable)

C. 危害を測定するためにどのような標準が用いられるか?

 どのように危害を定義するかは、結局、我々が用いる基準に依存する。例えば、遺伝子組換え(GM)食品や農産物を評価する時に、カナダとアメリカの政策は GM 作物の潜在的な影響を現状の農業手法による農産物と比較して測定する ”実質等価 (substantial equivalence)” という概念を用いた。
 他の国々は危害を評価するために異なった規準、例えば、有機農法あるいは持続可能な開発の長期的目標、を採用しており、その結果、 GM 作物の安全性と許容性について異なる結果が得られた。
 比較の基準は規制政策の結果に大いに影響するので、予防的取組方法では、そのような規準は交渉可能で、柔軟性をもち、明確であることが求められる。 (この問題は、 ”規準ケース” を定義することの難しさとして、時々、引き合いに出される)

ステップ 5 不確実性を分析せよ

 上述の要素は、潜在的危害のタイプと程度についての重要な問いに注目している。しかし、予防原則は、不確実性という条件の下で適用されるので、これらの問いに対する答えは必然的に暫定的で不完全であり、それらは既知の危害が起こる可能性を我々に警告するが、特定の影響を包括的に明らかにしたり予測することはできない。

 予防原則の下では、我々はさらに、不確実性分析によって我々の知識の限界をを探らなくてはならない。これは少なくとも下記3つの検討からなる。

A. 不確実性のタイプ

 多くの科学研究とリスク評価は、不完全なデータ、曖昧な結果、あるいは経験的なシステムの変わりやすさなどに起因する特定の限られた技術的不確実性のタイプについて認めている。この不確実性は、通常、信頼区間(confidence intervals )または平均分布として表現され、しばしば、さらなる科学調査によって削減することができる。
 しかし、予防原則の下では、不確実性のタイプとその発生源を追加する必要がある。例えば、
  • 方法論的またはモデルの不確実性は、研究対象のシステムを正確に表わすために選定された手法が信頼できないことにより生ずる。
  • 政治的不確実性は、特定の危険を検証しない、適切な代替案を開発しない、あるいは、危険や不確実性の程度を隠したり軽視する政策決定から生じる。
  • 認識論的不確実性は、生物学的、生態学的、社会文化的、及び政治的システムの集合から生じ、故に、閉鎖的な実験的研究の環境と、科学的研究の結果が適用される開放的で自由な環境との避けられないギャップから生じる(参照:Wynne 1992, Global Environmental Change, 2:117-127 )。 このタイプの不確実性により、我々の予測能力の限界と ”無知の境界” を知ることができる。
B. 証拠の標準と誤差

 予防原則の下では、証拠の厳密な標準 (例えば、合理的な疑い以上の) や、存在しないものを存在するとする誤り−偽陽性(false positives)を避けることの強調が、しばしば、合理的でなく、適切でないことが多い。これは、非常に複雑で変化しやすい条件の下で、特に、発生頻度や可能性が低い事象を調査する時には ”影響がない” ということを示すことの方が比較的容易であるからである。
 有害な影響を検出したら、注意深く計画され、監視された実験が必要である。否定的影響 (影響なし) は単に、テストが影響を検出できる程に、きちんとしたものではなかったからかもしれない。

 従って、予防原則は、確度標準 (weight-of-evidence standard) を採用し、存在するものを存在しないとする誤り−偽陰性 (false negatives) を避けるように偏らせることを我々は提唱する。
 確度標準の手法では、膨大で多様な源からの情報は、政策決定の過程で熟慮の上、重み付けられる。
 確度標準は、その行為が有害な影響を持つかもしれないと結論付ける前に因果関係の定量的測定値だけに依存することはないので、このプロセスは誤差を警戒すべき方向にシフトすることに役に立つ。
 定量的研究が使用される時には、予防的取組方法は、偽陽性 (false positives) とともに偽陰性 (false negatives) の可能性も統計的計算により明確にされる。
 そのような予防的取組方法は現在、多くの生態学的研究、特に資源管理と保護に関連する分野では、標準的要求である。

C. 受け入れられる証拠

 上述した確度標準 (weight-of-evidence standard) は、特定の問題に関する結論に至る上で、多分野の証拠を受け入れる。
 このプロセスは、定量的で、管理され、再現性があり、一般化された実験 (非常に複雑で変化しやすいシステムの精度の良い予想指標となりうるが) を行なうことの難しさを認識している。
 大多数の情報源は、公開され、熟慮されたプロセスとともに、このような状況下での政策決定の基礎を堅固なものにする。
 例えば、GM 作物に関する政策において考慮されるべき多分野証拠は下記のようなものを含む。
  • 多分野及び分野を横断する調査
  • 複合専門領域からの情報 (地域や伝統的知識を含む)
  • 多くの情報源及び説明理由 (事例研究、コンピュータ・モデル、他の技術との関連性を含む)
  • 価値と目標の多様性
ステップ 6 立証責任を移行せよ

 我々は、予防原則が、狭い法的概念である ”立証責任 (burden of proof)” から、行政的にはより適切で実現性があるより広い概念の ”責務責任 (burden of responsibility)” への再構築を求めることを提案する。
 責務責任には下記が伴う。
  • テストの実施:提案する技術や行為の潜在的影響に対するテストの実施叉は資金負担、及び、他にもっと有害性が少ない代替案は存在しないことの実証
  • 公開された協議と第三者による検証:技術や行為の提案者は、第三者によるテスト手順、データと結論の検証、及び、影響評価に関連する情報の公開を認めること
  • 通知と告知同意:消費者及び輸入業者に知らせる責任
  • 保護措置:既存の (現在、市場に出ている) 製品の否定的影響 (negative impacts) を防止するための措置を採用する責任
  • ライアビリティ:パフォーマンス・ボンドのような仕組みを通じての有害影響に対する金銭的責任
ステップ 7 予防的行動をとれ

 上述の要素を織り込むことで、予防原則は、包括的な技術評価 (technology assessment)−リスク分析、環境影響評価、及び社会影響評価など他のタイプの分析を含むかもしれない最上位の枠組み−の役割を負う。

 従って、予防原則を実施するということは、単純にあるいは不必要に新しい技術や行為を禁止するということを意味するものではない。それは決して反科学、反技術ではない。むしろ、この原則は、新しい政治傾向、技術発展のための新しい手法、そして、複雑さと不確実を認めるより強固な科学的手法を促進するために使うことができる(使われてきた)。
 ”クリーン” 技術や生産方式、逆リスト手法(reverse-listing procedures)、知る権利の立法、そして ”最良の入手可能な技術” の採用などは、予防的行動の例である。
 どのような行動を選択するかに関わらず、この原則を適用する場合は全て、その目標と代替案に対する広範な問いかけを織り込むべきである。特定の技術の潜在的な危害、便益、及び不確実性に関する研究に対する支援、開かれた透明な政策決定のためのプロセスの確立、責務責任(burden of responsibility)が提案者にあることを確実にすること、そして、フィードバックと学習の仕組みを開発することなどである。


第4部 質問への回答

 討議資料に挙げられた質問の関連する部分について、明確に回答する。
  1. この討議資料は、予防的取組方法と指針原則の記述に関し、明確か?

     討議資料の多くの節は非常に明確である。しかし、上述したように、予防原則の下での、科学の役割、及び、政策決定における他の要素の役割が不明確である。

  2. この原則は、予防的取組方法を実施する場合に、誤用や濫用 (誤解、適用の誤り) を防ぐことができるか?

     防ぐことはできないと思われる。理由は、科学的証拠、判断、価値、懸念に対する社会の選択レベル、伝統的知識、等の相互関連性が不明確なままであるからである。
     我々は、この討議資料が、これらの問題に対処し解決するプロセスを確立することに焦点をあてることを提案する。

  3. この討議資料は、カナダ国民の様々な必要性に対し、適切に対処しているか? もし、そうでなければ、正しい対処はどのようにすればできるか?

     この討議資料は、政策決定に対する公衆の参画を正当に認めている。しかし、それをどのように実現するかが明確でない。特に、どのようにして多様な意見を取り込むのか、どのようにして ”公衆の参画” を科学的知識と折り合いをつけるのか?



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