予防原則がつぶされた事例
環境正義に関するカリフォルニア環境保護局(Cal/EPA)
諮問委員会の勧告最終報告(2003年9月30日)の紹介


情報源:
Recommendations of the California Environmental Protection Agency (Cal/EPA) Advisory Committee on Environmental Justice to the Cal/EPA Interagency Working Group on Environmental Justice FINAL REPORT September 30, 2003

California Environmental Protection Agency
Development of the Cal/EPA EJ Strategy


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2005年11月4日

訳注: 経緯
 ここでは、Cal/EPA の環境正義に関する諮問委員会の勧告ドラフトで記述されていた予防原則が、最終報告でどのように削除されたか、誰がどのように削除を主張したかを明らかにします。


■2003年7月11日、カリフォルニア環境保護局(Cal/EPA)の環境正義に関する諮問委員会は 『環境正義に関するCal/EPAの勧告ドラフト』 を発表し、2003年9月12日締め切りのパブリック・コメントを実施した。この報告書は、Cal/EPA における効果的な環境正義に関するプログラムを確立し実施するための包括的な勧告であるとされ、環境法に予防原則を適用することを提案していた。
環境正義に関するカリフォルニア環境保護局/諮問委員会の勧告ドラフト(2003年7月11日)の紹介(当研究会訳)

■2003年9月30日に諮問委員会はパブリックコメントの結果を反映した最終報告書をCal/EPA 環境正義に関する部局内部間作業部会(Interagency Working Group)に勧告書として提出した。今回、この報告書の中の予防原則、予防的アプローチ、予防に係る記述を紹介する。
Recommendations of the California Environmental Protection Agency (Cal/EPA) Advisory Committee on Environmental Justice to the Cal/EPA Interagency Working Group on Environmental Justice FINAL REPORT September 30, 2003

■アメリカ化学協会 American Chemistry Council (ACC)を中心とした産業界が、カリフォルニア州の ”予防原則” の精神を取り入れた法律と化学物質規制の採用の動きに、反対キャンペーンとロビー活動を行った。
EWG プレス・リリース 2003年11月20日:カリフォルニア州の予防原則/反有毒物質の動きに米化学産業界が秘密計画 (当研究会訳)

■2004年8月に産業界が組織したと思われる団体 CCEEB (California Council for Environmental and Economic Balance)が予防原則の適用に反対するコメントをCal/EPAに提出した。同様の内容については、2003年9月の諮問委員会の最終報告の中([. 少数意見 (諮問委員会メンバーからの”少数意見報告書”))でも紹介されている。
CCEEB’s Comments regarding the July 2004 Draft Cal/EPA Intra-Agency Environmental Justice Strategy, August 6, 2004

■2004年8月に作業部会は、諮問委員会の勧告及び作業部会案のパブリックコメントに基づき、環境戦略を発表した。予防原則に関しては、”現在の環境法での適用状況を調べる”というだけの記述にとどまり、それ以外は全て削除された。
部局内部間 環境戦略 2004年8月
INTRA-AGENCY ENVIRONMENTAL JUSTICE STRATEGY AUGUST 2004

■2004年10月にカリフォルニア環境局は作業部会の環境戦略に基づき、”2004年環境正義行動計画” を発表し、下記4つの重点項目を挙げた。
 ・予防的アプローチに関する指針の開発
 ・累積影響分析に関する指針の開発
 ・公衆参加と地域能力構築のためのツール向上
 ・知事の”環境行動計画”の中で環境正義の考慮を確実なものにすること
California Environmental Protection Agency / OCTOBER 2004 ENVIRONMENTAL JUSTICE ACTION PLAN

内 容

Tはじめに
U立法権限
V勧告の目的と概要
W公聴会及びパブリック・コメントの意見概要
X環境正義に関する Cal/EPA 諮問委員会の勧告
  • 目標 1:意味ある公衆の参加を確実にし、地域団体が環境政策プロセスに効果的に参加できるよう能力向上を図る
     ・指針とスタッフ訓練
     ・情報入手
     ・関係構築

  • 目標 2:環境関連の法、規制、政策の作成、採用、実施への環境正義の統合
     ・プログラム開発と採用
     ・プログラム実施
      -土地利用とゾーニング
      -施設又はプロジェクトの設置と認可
      -移動汚染源管理
      -リスク削減と汚染防止
      -土地浄化
     ・プログラムの法的施行

  • 目標 3:有色及び低所得層地域の健康と環境に関する環境正義を推進し対処するための研究とデータ収集の改善
     ・データ収集
     ・データ有効性
     ・地域に根ざした研究

  • 目標 4:効果的なメディア間の調整と環境正義問題の説明責任の確保
     ・メディア間の調整
     ・Cal/EPA の説明責任
Y勧告の実施
Z将来の評価のための勧告
[少数意見
1. CCEEB と代替意見(少数意見報告書)の背景
2. 諮問委員会の勧告に関してCCEEBが重大な懸念を持つ問題領域
 A. 政府命令による化学物質/製品/プロセスの代替
 B. 適切な科学ベースのツールと政策が入手できる前の”累積影響”と累積影響/累積汚染責任の規制の定義
 C. 予防
 D. 感受性の高い感覚器官近くでの行為への許可の発行をしないこと

3. CCEEB が諮問委員会に提案した上記論点に関連する言葉の変更
4. 終わりに

X章の目標2 の勧告に対するCCEEB の変更提案 2003年10月6日
\背景資料と参照(付属書)


訳注: 以下、予防原則、予防的アプローチ、予防を含む記述を紹介します。

IV. 公聴会及びパブリック・コメントの意見概要

(Page 13/54)  諮問委員会はまた、予防的アプローチの使用、予防原則の可能性ある定義と解釈、及び累積影響(cumulative impacts)の評価手法に関するコメントもお願いした。これらの論点を議論する会議において諮問委員会に対しプレゼンテーションがなされ、また、多くの書面による又は口述によるパブリック・コメントも受領した。諮問委員会が検討した資料は付属書 I (Appendix I)(訳注)で見ることができる。

 (訳注) Appendix I: THE PRECAUTIONARY PRINCIPLE IN ACTION A HANDBOOK First Edition Written for the Science and Environmental Health Network By Joel Tickner - Lowell Center for Sustainable Production Carolyn Raffensperger - Science and Environmental Health Network and Nancy Myers
予防原則を行動にうつすための ハンドブック 第1版 (グリーンピース・ジャパン 訳)

X. 環境正義に関する Cal/EPA 諮問委員会の勧告

(Page 13/54)
 勧告に関し、諮問委員会はパブリック・コメントを求め、多くのコメントを受領した(前章参照)。委員会は提出されたコメントを注意深く検討し、コメントをいただいたことに感謝する。諮問委員会は勧告の中にに4つの主要な目標を設定した。これらの目標は、4つのドラフト戦略要素にしたがって形成されたもので、委員会は、”環境正義目標”とした。
 それらは諮問委員会及び部局内作業部会に与えられた権限を広く反映している。目標はまた環境正義に関する諮問委員会の広範な論点の理解を反映しており、したがって諮問委員会が目を向けるよう求められた特定の項目以上のことを包含している。これらの目標は下記からなる。
 (1)意味のある公衆参加を実現すること
 (2)環境プログラムに環境正義を統合すること
 (3)環境正義に関する研究とデータ収集を改善すること
 (4)環境正義に目を向けて調整と説明責任を明確にすること

 既に述べたとおり、諮問委員会はまた、環境規制に対する予防的アプローチ、及び累積影響の分析についての有意義な議論に参加した。これらの議論及びこの論点について受領したパブリックコメントを通じて、非常に具体的ないくつかの勧告が出てきた。これらの勧告は4つの目標全てに現れているが、特に目標(2)に顕著である。これらの実際の勧告に加えて、諮問委員会は予防の使用に関するいくつかの重要な結論に達し、また、この論点について合意に達するために考慮すべきことがらについて理解した。

 委員会は環境と公衆の健康保護への予防的アプローチを使用することの重要性に関して広く合意に達した。諮問委員会メンバーは、公衆の健康又は環境に与える現実の測定可能な危害が起きるまで、危害を防ぐ又は最小にすることができる代替を評価するのを待つことは必要はない、又は適切ではないと信じている。諮問委員会はまた、理事会、部局、オフィス(BDO)で現在実施されている多くのプログラムは全く予防的であると認識している。諮問委員会が入手可能なデータに基づけば、環境正義の問題に目を向ける又は防止するためには、さらなる予防が必要かもしれないとう結論が得られる。

(Page 21/54)
目標 2:環境関連の法、規制、政策の作成、採用、実施への環境正義の統合
  • プログラム開発と採用
    • 理事会、部局、オフィス(BDO)は、既存又は開発中のプログラムの中で予防的アプローチが現在使用されている、又は使用できる明確な決定又はプロセスを特定し、環境正義の問題に目を向ける又は防止するために、さらなる予防が必要かどうかかを評価すること。
    (Page 21/54)
  • プログラムの法的施行
    • 公共のプロセスを用いた汚染防止又はその他のメカニズムを通じて子どもへの環境リスクを削減すること
       ・・・

      (Page 26/54)
       上記を実現するために、・・・Cal/EPAもまた、汚染防止プログラムを実施するために財政的に学校と自治体を支援することを模索する。これらの行動を実施するに当り、Cal/EPAは財政的裏づけのない命令を地方政府に下すべきでない。リスク削減措置の選択例としては下記のようなものがある。
      • 包括的な代替物の評価に基づき、有害農薬、洗剤、塗料、インクなどの使用を削減又は排除するために、汚染防止又は予防的アプローチを実施するよう学校及び自治体に要求すること
      • ・・・
    (Page 36/54)
    [. 少数意見 (諮問委員会メンバーからの”少数意見報告書”)
     カリフォルニア環境と経済バランス協議会( CCEEB - California Council for Environmental and Economic Balance)

    (Page 36/54)
    1. CCEEB と代替意見(少数意見報告書)の背景

     X章の目標2は、環境正義を環境法、規制、及び政策の開発、採用、実施、及び強制に統合することに目を向けている。CCEEBはこの目標やその下での多くの勧告については同意する。しかしCCEEBは下記に関連する目標2の下の勧告には重大な懸念を持つ。

    1) 政府命令による化学物質/製品/プロセスの代替
    2) 適切な科学ベースのツールと政策が入手できる前の”累積影響”と累積影響/累積汚染責任の規制の定義−下記のような報告書で勧告されている規制・措置を含む:
     A) 既存施設の緩衝ゾーン
     B) 小さな汚染源の移転
     C) 土地利用計画における地域の許可と任務の拒否
     D) 地域の媒体特有の累積汚染責任に釣り合った許可条件
    3) 予防原則と予防的アプローチ
    4) 感受性の高い集団の近くでの行為への許可を発行しないこと

    (Page 37/54)
    2. 諮問委員会の勧告に関してCCEEBが重大な懸念を持つ問題領域

    (Page 43/54)
    C.予防
    (Pages 13 and 21)

     CCEEB は、 Cal/EPAの理事会、部局、オフィス(BDO)が規制プログラムを開発し実施する時に予防的アプローチを既に実施していると認識している。例えば、カリフォルニアは連邦政府よりも厳しい大気汚染基準を持っている。カリフォルニアのリスク評価指針はEPAのリスク指針より厳しい。そのリスク評価指針は、曝露及び科学的不確実性を考慮するためのその他の詳細に関して控えめな仮定をしている。

     CCEEBは、予防に関する諮問委員会の勧告の一部を支持している。
     CCEEBは、Cal/EPAは、1) 公式に予防の重要性を認めるべきである:2) 理事会、部局、オフィス(BDO)は、既存又は開発中のプログラムの中で予防的アプローチが現在使用されている、又は使用できる明確な決定又はプロセスを特定し、環境正義の問題に目を向ける又は防止するために、さらなる予防が必要かどうかかを評価すべきである:と勧告する言葉を支持してきた。後者の勧告に関して、各BDOは個々のプログラムについてよく知っているのだから、(環境局に対立するものとして)この検証を実施すべきである。

     予防に関する勧告のうち、CCEEBが懸念する部分は下記の記述である。

      ”公衆の健康又は環境に与える現実の測定可能な危害が起きるまで、危害を防ぐ又は最小にすることができる代替を評価するのを待つことは必要はない、又は適切ではない。”

     CCEEB は、環境機関が、ヒトに関する疫学的研究のような完全な情報を含まない科学的情報に基づいてしばしば規制しなくてはならないということを認める。しかし、上記で引用した言葉は、予防原則の言葉に非常に似ている。すなわちウイングスプレッド版:”ある行為が人間の健康あるいは環境に危害を与える恐れがある場合には、原因と結果の関連が科学的に完全には証明されていなくても、予防的措置がとられなくてはならない”。CCEEB は、予防原則は予防の極端な形であるとみなしている。例えば、この領域に関するCCEEBの懸念のひとつは、その適用において、予防原則は”危害の恐れ”を構成するための証拠に基づいた標準や手続き的基準のいずれをも一般的に含んでいないということである。危害の恐れが生じるためには、証拠又は情報のどのような数量や特質が求められるのか不確実である。この不確実性が、規制にとって健全なベースではない危害の単なる申し立てに基づく規制をもたらすことがある。もうひとつの懸念は、予防原則の適用はプロジェクト又は製品の利益についての考慮を一般的に含んでいないということである。CCEEB は、Cal/EPAは諮問委員会の上記に引用した記述を環境正義の戦略の一部として織り込むべきではないと信じる。

     我々は、諮問委員会の報告書の16ページの記述は諮問委員会が書いている通り有用であるとして注目する。

      予防を強化するための勧告はゼロ・リスクを保証すること又は確かな危害の恐れがないのに命令を実施することを意味するものではない。

     確かに、21ページの諮問委員会の予防に関する記述はこの16ページの記述と合わせて読まれるべきである。しかし、たとえ一緒に読まれても、CCEEB は上述した懸念をまだ持っている。CCEEB は環境局が措置をとる前に完全に科学的であれと言っているわけではない。重要なことは環境プログラムは健全な科学に基づくべきであり、根拠のない危害の申し立てに基づくべきではないということである。


  • 化学物質問題市民研究会
    トップページに戻る