欧州放射線リスク委員会(ECRR)
ECRR勧告2010 第1章 ECRR について
同勧告 序文
同勧告 全文(原文・英語)

情報源:European Committee on Radiation Risk
ECRR Recommendations 2010 - 1 The ECRR
Edited by Chris Busby
with Rosalie Bertell, Inge Schmitz-Feuerhake, Molly Scott Cato and Alexey Yablokov
http://www.euradcom.org/2011/ecrr2010.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2011年4月13日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nuclear/articles/ECRR_Recommendations_2010_1_ECRR.html

 これは、欧州放射線リスク委員会(ECRR)が2010年に発表した『ECRR 2010 勧告−低線量電離放射線への曝露の健康影響』の第1章「ECRRについて」の日本語訳です。尚、「序文」についても日本語訳を紹介しています。


1. ECRR について

1.1 背景

 欧州放射線リスク委員会(ECRR)は、民主的な制度が市民社会を放射能汚染の影響から守ることができないという警告を発する明白な証拠に直面しているという状況の中で、自発的に創設された市民社会の組織である。当然のことながら、この展開を推進する原動力はグリーン運動であり、それは地球の組織的な搾取と汚染を背景として、早くに行なわれた市民社会による目的とイデオロギーの再評価の結果であった。 ECRR は、欧州議会のグリーン・グループによって企画されたブリュッセルでの会議でなされた決議に基づき1997年に設立された。この会議は、現在は基本的安全基準指令(Basic Safety Standards Directive)として知られているユーロアトム指令(Directive Euratom 96/29)の詳細を討議するために特に召集されたものである。この指令は、2000年5月以来、欧州連合のほとんどの国において放射線への曝露と放射能の環境への放出を規制するEU法となっている。ユーロアトム条約はローマ条約(訳注1)に先んずるものであり、その文書は閣僚理事会により承認されているが、欧州議会がそれに対応するべき法的要求はない。したがって目だった修正もなく採択されたが、驚くべきことに、明細にされた放射性核種の線量があるレベル以下なら、放射性廃棄物を消費者製品にリサイクルするという法的な枠組みを含んでいた。

 この法案を修正しようとしたが限られたわずかな修正しかできなかったグリーンズは、そのような重要な問題についての民主的な管理の欠如を懸念し、人工放射性物質のリサイクルにより生ずるかもしれない健康影響に関する科学的な助言が作られることを望んだ。その会議の雰囲気は、低レベル放射能の健康影響について著しい意見の相違があり、この問題は公式な場で調査されるべきというものであった。結論として、その会議は、欧州放射線リスク委員会(ECRR)と名づけられた新たな組織を設立することを決定した。このグループの責任範囲は全ての入手可能な科学的証拠を考慮する方法でこの問題を調査し、最終的には報告書を作成することであった。特に、委員会の責任範囲は先例の科学についてどのような仮定もしないこと、及び、国際放射線防護委員会(ICRP)、 原子放射線による影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)、欧州委員会及びEU加盟国リスク機関のような従来のリスク評価委員会から独立を保つことである。

ECRRの責任範囲は過去も現在も次の通りである。
  1. 全ての科学的情報を自身で評価し、必要に応じて詳細に、最も適切な科学的枠組みを用いて、予防的アプローチを取りつつ、放射線曝露から生ずる全てのリスクを独自に見積もること。
  2. 放射線への曝露による被害の最良の科学的予測モデルを開発し、このモデルを支持する又は課題となるように見える観察を示し、更に予測結果の展望を完全にするために必要とされる研究領域を明らかにすること。
  3. 科学的知見、現実の経験、及び予防原則に基づく政策勧告の基礎を形成するための倫理的分析と哲学的枠組みを開発すること。
  4. 公衆及び、より広範な環境の放射線防護に関してなされるべき透明な政策決定を可能にし促進する方法で、正当性を支持する分析とともに、リスク及び被害のモデルを示すこと。
 ECRRが設立された後、直ぐに、欧州議会科学技術選択評価委員会(STOA)は、電離放射線への公衆と労働者の曝露に対する”基本的安全基準(Basic Safety Standards)”の批判を検討するために、ブリュッセルでの会議を企画した(1998年2月5日)。この会議で、著名なカナダの科学者バーテル博士は、歴史的理由のために冷戦時代に核兵器と原子力発電の開発に関与したICRPは、原子力産業に有利となるよう偏向しており、低レベル放射線と健康の領域に関する彼らの結論と助言は頼りにならないと主張した。

 残念ながら、STOAの報告者であった故アッシマコポウロス教授は、ICRPとその助言を広範に非常に厳しく批判したバーテル博士の発表を正確に報告しなかった(Asssimakopoulos 1998)。ICRPの対応として科学委員長バレンティン博士はワークショップで、ICRPは放射線の安全に関する助言を与える独立した組織であるが、その助言が安全ではない又は疑問があると考える人々が他のどのようなグループ又は組織と協議することは自由であると述べた。この会議に参加した欧州議会のメンバーらは、この示唆に注目し、放射線曝露の健康影響の問題に対応し、現在の法規制を強化する代替の分析を提供するであろうECRRによる新たな報告書の準備を支持することに合意した。

 人工放射性物質への低レベル曝露が疾病を引き起こすことを示す十分な証拠が当時入手可能であり、同じ放射線リスク・モデルをを使用したICRP及びその他の機関の従来のモデルはこれらの影響を予測することに完全に失敗したという見解が、ECRRの最初の会議及びSTOA会議の両方で広くもたれた。かくして、この問題に対する新たなアプローチが必要になり、2001年に欧州議会の様々なメンバーが二つの慈善団体とともに2003年報告の草案を指示した。

1.2 2003年以降の展開

 2003年、ベルリンでの最初のECRR勧告(ECRR2003: 放射線リスクに関する欧州委員会の2003年勧告。放射線保護を目的とする低線量放射線曝露の健康影響)は、電離放射線への曝露の危険についての認識の転換を示すものであった(訳注2)。ECRRは、電離放射線への曝露の影響を計算するための新たな実用的なリスクモデルを発表した。歴史的な吸収線量データと既知の元素の物理−化学的挙動を用いつつ、疫学的データと科学的根拠に基づくこのモデルの適用は、曝露を受けた集団の観察をよく説明し、よく予測するという結果を示した。それは大きな注目を浴びた。報告書は3刷に及び、日本語、ロシア語、フランス語、スペイン語に翻訳された。チェコ版が準備されている。それは英国国家放射線防護委員会(NRPB)により注目されたが、棄却された。同時に、英環境大臣マイケル・ミーチャーは、これらの主張の意味合いとそれらのを支える証拠を議論するために公式の政府委員会(CERRIE)(CERRIE 2004, 2004a)を創設した(CERRIE 2004, 2004a)。これらの議論はまた、ECRR2003の発行後2年間にわたり、このモデルをレビューするために科学者チームを投入したフランスIRSNにも注目された。IRSN 報告(IRSN2005)はモデル自身の科学的ベースを検討対象にしたのであるが、現在のICRPモデル(及び全ての類似のモデル)の科学的ベースに関するECRRの懸念は十分に根拠があると結論付けた。ECRRの主張が広く許容されそうには見えないが、これは政治的な問題であったし、現在もそうであり、そのことは本報告書の中で概要が議論されている。

 2003年及びCERRIE以降、放射線リスクの眺望はすっかり変貌した。ECRRが活動を開始した時に、内部被爆と細胞標的DNAにおける影響の異方性(anisotropy)についての疑問は、大いに新しいことであり、又は少なくともICRPが避けてきたことであった。当時のリスクモデルの疫学的ベースは、完全に高線量の外部被爆であり、それらは日本の原爆被爆生存者研究、及び ICRP1990 での説明であった。それ以来、チェルノブイリ事故の健康影響の全貌が見えてきたが、そのような警告を発する報告を辛らつに”放射線恐怖症(adiophobia)”であると烙印を押し続けた ICRP や UNSCEAR によって、無視されているように見える。しかし、 ECRR2006 と ECRR2009 に貢献している著名な研究科学者によってその遺伝的発達が記述されたネズミ(bank voles)、小麦、その他の生物の世代への影響は、放射線恐怖症のつくりごとではなかった。

 広域(ソ連圏外諸国及び欧州各国の両方)に影響を及ぼしたチェルノブイリの現実のデータの結果はECRR2003 モデルの予測を裏付けた。その後、劣化ウランと呼ばれるウラン兵器の使用による放射性降下物中に存在する、分子上及び粒子状の元素ウランへの曝露の例外影響の報告があった。これによりウランへの内部被爆の影響についての研究に大きな努力が向けられた。この研究によって提起された疑問もまた、1997年にECRRによって提起され、それはECRR2003モデルの基礎となり、DNAとそれらの崩壊モードの化学的類似性に基づくある種の同位元素への内部被爆の重み係数の開発につながった。

 2004年、ベラルーシがん登録のオケアノフ博士はスイスを訪問し、 ECRR2003によって予測されたものと一致するがん発症率増大に関するデータを発表した。2004年にもスウェーデン北部のがん研究が、チェルノブイリ放射性物質降下の5年後、セシウム137汚染が100kBq2増大する毎に統計的に有意に11%増加することを示した(Tondel et al 2004)。これは、ICRPモデルにおける600倍の誤差を示すものであり、核兵器実験の放射性物質降下物が同様な誤差で同様な影響を持つことを示すECRR2003 で与えられた証拠を支えるものである。ベラルーシからのデータとスウェーデンの2004年の発見は、この新たなモデルの確認であるとみなすことができる。

 2007年、長期にわたる小児白血病研究の最新版が発表された。ドイツ小児がん登録のこの発表は原子力発電所の5km圏内に住む子どもたちの小児がんへの統計的に有意な影響を示している(KiKK 2007)。調査の規模と著者らの連携の問題でこのことから何かを結論付けることは不可能であるが、小児がんと原発が放出する放射性物質への曝露との因果関係を証明した。この調査はICRPモデルでの誤差を全体的に約500〜1000倍とするECRR2003でのハイライトに加えられた。

 2009年、ECRR2003で報告された研究の更新で、チェルノブイリ後の小児白血病の疫学に関するデータのメタアナリシス(訳注3)が、チェルノブイリ放射性物質降下の時に胎内にいた子どもたちに統計的に有意な43%の余分の小児白血病が発症したことを示した。外部被爆と内部被爆を比較してハイライトされた誤差は600倍であった(Busby 2009)。  これらの問題のどれも、 全ての証拠を無視し、自身のICRPモデルを支持する研究論文だけを選択的に引用した2007年ICRP報告には反映されなかった。ICRPリスクモデルは、ICRPリスクモデルがデータによって曲げられたとことを示す証拠を引用しなかったUNSCEAR 2006から証拠を採用した。

 さらに、ECRR2003で示されたことであるが、核分裂生成降下物及び核兵器大気核実験によるウランへの内部被爆が現在のがん発症の主要な原因であるということがますます明らかになってきた。法的訴訟及び核テスト帰還訴訟では現在、ECRR2003およびその主張に基づいて定常的に勝訴し(例えば Dyson 2009)、政府機関がこのモデルを採用し、時代遅れのICRPモデルを極端な一方に、ECRRモデルを他方に置くことが増えている。

 ICRPは、本報告書で議論されている新たな開発であるウラン光電子強化の問題で困惑した。一様な組織等価物質を仮定するのではなく、媒体吸収及び原子の変異性を考慮するこのアイディアは高原子番号であるために現在ICRPによりモデル化されているものより、ウランが数百倍危険であることを示している。ICRP及び他の関連機関はこの開発に確実に対応することができず、何も変わっておらず、ウラン曝露は容認されたままである。長い間、バイスタンダーシグナル号やゲノム不安定化のような後天的影響に関する多くの研究がICRPモデルの科学的ベース、がんのクローン拡張原理を論破し続けている。このモデルは現在、破産している。

 2009年のはじめに、ICRPの科学委員長であり1990年及び2007年の報告書の編集者であるジャック・バレンタイン博士は辞任した。2009年4月21日のストックホルムにおける彼とECRRのクリス・バスビー教授との公開討議において、彼はICRPリスクモデルは、人集団への曝露の健康影響を予測する又は説明するために採用することはできないと述べた。これは内部曝露の不確実性が、実際ある場合には2桁と非常に大きいためであると彼は続けた。このことがECRR設立以来の主張であり、ECRR2003にも書かれている。バレンティンはまた、彼は最早、ICRPに雇われていないので、ICRP や UNSCEAR が文献報告書やECRRによって提起されたチェルノブイリやその他の影響を無視することは間違っていると彼は考えるということを言うことができると(このビデオ・インタビューで)述べた。

 2009年5月、ECRRはギリシャのレスボス島で国際会議を開き、医師や放射線専門家が8カ国から参加した。この会議で、高原子番号の元素による光電子強化の現象及びウラン曝露の影響の討議はもとより、2003年以後に出現した新たな証拠を含んで、ECRR2003リスクモデルとその展開が集中的に議論された。結論として、レスボス宣言がまとめられた(Appendix参照)(訳注4)。この声明は、政府によるICRPリスクモデルの早急な廃棄、及び、暫定的な措置として、ECRR2003リスクモデルの採用を要求した。このモデルは、2013年以降出現した新たな証拠を追加し、高原子番号の元素による光電子強化現象及びウラン曝露の影響の討議を導入して、2010年に更新された。

 大規模な政治的、経済的、軍事的、及び法的な影響を持つ新たな規則の採択に対する政治的及びロビーング抵抗が激しいであろうことは委員会にとって明らかでなので、科学と政治の接点領域は議論が必要である。科学的な助言から確実な政策を得る事に対する見解を持って、新たなアプローチが開発されなくてはならない。そのような議論は第3章に加えられている。これはECRRを設立した出来事に著しく関連がある。グリーンズは基本安全基準指令 96/29 に大きな影響を与えることはできなかったが、彼らは6.2条を次のように修正することができた。

 もし新たな重要な証拠が出現したなら、曝露を含んで加盟国は全ての実施の正当性を見直さなくてはならない。

 疫学的及び理論的根拠に基づき、現在、明らかにそのような状況にある。


訳注1ローマ条約/ウィキペディア
 1957年3月25日に調印された欧州連合の2つの基本条約である欧州経済共同体設立条約と欧州原子力共同体設立条約である。ベルギー、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、西ドイツによって調印された。欧州原子力共同体は、欧州連合の下で運営されているものの、半ば独立した形態で設置されている国際機関。英語表記から EAEC や Euratom とも表記される。

訳注2資料:第99 回原子力安全問題ゼミ(2004年12月15日)ECRR 欧州放射線リスク委員会2003 年勧告:放射線防護のための低線量及び低線量率での電離放射線被曝による健康影響 規制当局者のために実行すべき結論(Executive Summary)

訳注3メタアナリシス/ウィキペディア
 メタアナリシス(meta-analysis)とは過去に行われた複数の研究結果を統合し、より信頼性の高い結果を求めること、またはそのための手法や統計解析のこと。メタ分析とも言う。

訳注42009年5月6日 欧州放射線リスク委員会(ECRR) レスボス宣言



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