ナノテク研究プロジェクト
厚生労働省医薬食品局
検討会報告書
概要と分析

ナノマテリアルの安全対策に関する検討会報告書

安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2010年4月19日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/project/nano_mhlw_PF_report.html

はじめに

 2008年に多層カーボン・ナノチューブがマウス(MCNTs)に中皮腫を引き起こす可能性を示す二つの研究報告が発表されました。ひとつは2008年2月に『ジャーナル・オブ・トキシコロジカル・サイエンス』[1]に発表された日本の国立医薬品食品衛生研究所の研究チームの研究、もうひとつは2008年5月に『ネイチャー・ナノテクノロジー』[2]に発表された英エジンバラ大学の研究チームの研究です。

 日本では、これらの研究が発表されるまでは、ナノ物質の安全管理/対策についての方針をほとんど示してこなかった厚労省/環境省/経産省は、急遽、ナノ物質の健康、安全、環境(HSE)に及ぼす影響と対策についての検討会を各省個別に開催し、それぞれが報告書やガイドラインを年度末の2009年3月31日までに発表しました[3] [4] [5] [6]。

 本稿では、厚生労働省医薬食品局が2009年3月31日に発表した「ナノマテリアルの安全対策に関する検討会報告書」」[4](以降、厚労省医薬食品局検討書)の内容を理解しやすくするために概要をリスト形式で紹介するとともに、厚労省医薬食品局の当面のナノ政策を知るために、検討書に述べられている背景及び目的を分析しました。

分析結果

1. 厚生労働省医薬食品局の立場

 報告書の記述を検討し分析した結果、厚生労働省医薬食品局は次のような立場であると理解しました。

  • ナノは優れた新素材で様々な用途に用いられることが期待されるとするナノ推進
  • ナノで人の健康に影響を及ぼすとした報告はないと強調
  • 予防的アプローチではない
  • 現時点では、ナノマテリアルに特化した法律や化学物質のサイズに着目した規制を直ちに導入するための根拠はない
  • 既存制度の下でナノマテリアルにも対応することが当面は適切である
  • 引き合いに出されている米・EUの情報は、現時点では必ずしも最新ではない
  • ナノ物質がサイズを要件として化審法の新規物質とはならないないことを問題にしない
  • 医薬食品局管轄下の全てのナノ製品について、安全性テストデータを含めて個別製品のデータを把握していない
  • ドラッグデリバリーの管理についての展望を示していない
  • ナノ化された食品添加物の管理をどうするのか言及していない
2. 分析
  • ”従来の材料にはない優れた性質を有する新素材が得られる可能性が高いことから、国際的に積極的な研究開発が進められている”、”カーボンナノチューブ等を用いた画期的製品の開発が期待されるほか、今後更に新しいナノマテリアルが開発され、さまざまな用途に用いられていくことが予想される”などに代表されるナノ推進の論調がいたるところに見られる。
  • 一方、”ナノマテリアルの生体影響については、現在まで人の健康に影響を及ぼすとした報告はない”という記述が報告書の中で繰り返し(3回)強調されている。
  • 予防原則又は予防的措置に関連する記述は、報告書の最後に”予防的原則も踏まえ、必要に応じて、ナノマテリアルに適用できるような新たな仕組みのあり方について検討することが適切である”とする記述が1回あるだけである。
  • 同じ労働省でも労働基準局 のナノマテリアル報告書が、「ヒトに対する有害性が明らかでない化学物質に対する 労働者ばく露の予防的対策に関する検討会」という名前が示すように”予防的アプローチ”又は”予防的対策”などの記述が、本文中に少なくとも12回は現れるのとは大きな違いである。
  • ちなみに環境省の報告書では、”予防的な取組”又は”予防的対策”などの記述が5回あるが、経済産業省の報告書では、労働省労働基準局の報告書の参照を除けば、本文で”予防的取組”という記述は1回だけである。
  • ”現時点では、ナノマテリアルに特化した法律や化学物質のサイズに着目した規制を直ちに導入するための根拠となり得る科学的事実は認められないため、既存の制度の下でナノマテリアルにも対応することが当面は適切であると”断言している。労働省労働基準局の報告書が、現行の労働安全衛生法では化学物質の形状や大きさに着目して化学物質を区分していないことから、ナノサイズのものであっても、あくまでも既存化学物質としか取り扱われず、労働安全衛生法第57条の3に基づく届出の対象とはならないとしているが、化審法でも同様なことがいえるのに、医薬品食品局の報告書では、このことを問題視していていない。
  • 有害物質規制法(TSCA)において、既存化学物質と分子の固有性が同一ではないカーボンナノチューブのように新規化学物質とみなされる場合もあるが、他方で、粒子(分子)のサイズのみが異なる無機系のナノマテリアルは新規化学物質とはみなされていないことを引き合いに出して、化審法の下でナノ物質がそのサイズのために新規物質とみなされないことを正当化しているように見える。
  • 欧州の新たな化学物質の規制であるREACHでも既に登録している既存の化学物質をナノ化した場合、物性等について登録情報を更新しなければならない可能性があるものの、現状、ナノマテリアルの取扱は特にその他の物質と区別されていないとして、化審法の現状を正当化しようとしているように見える。
  • 医療用として最も期待されているドラッグデリバリーシステム(DDS)やナノ医薬品についての安全管理を今後行なうにあたり、どのような展望を持っているのか示されてない。
  • ナノに関連した厚労省医薬食品局が管轄する製品(医薬品、化粧品、食品、食品容器包装、繊維、家庭用品・雑貨・スポーツ用品、塗料・インク 、家庭用品・雑貨・スポーツ用品 など)で国内市場に出ている全てのものについて、同局はその安全性の確認を含めての把握していない。
  • アメリカやEUでは、”ナノマテリアルに関する大部分のリスクは現行の法律により対応可能といった結論となっており、現時点では、ナノマテリアルに特化した法規制を行うといった動きには至っていないとい”という、必ずしも最新ではない情報を引き合いに出して、日本にナノマテリアルに特化した法律や化学物質のサイズに着目した規制は存在しないことを正当化しようとしているように見える。
  • しかしEUでは、2009年11月30日欧州議会及び理事会で承認された化粧品に関する規則(EC) No 1223/2009でナノ物質の形状で存在する物質についての届け出と合理的に予知できる暴露条件の提出、及びナノ物質の形状の全ての成分の表示が求められ、また食品についても2009年、欧州議会はナノ物質の形状で存在する全ての成分は成分リスト中に明確に示し、成分の名称の後に"ナノ"という語句を括弧つきで示すことを求めている。これらは、ナノのリスクについて現行の法律では対応可能ではないことを示している。
  • ”食品添加物として使用されているナノマテリアルについて、国連食糧農業機関(FAO)/世界保健機関(WHO)合同食品添加物専門家会議(JECFA)の報告書によると、ナノ化された食品添加物がこれまでの食品添加物とは異なる性質を有する場合には、これまでの食品添加物に対する評価結果をナノ化された食品添加物に対してそのまま適応することはできないと指摘されている”としながら、日本ではどうするのか言及していない。
検討書の概要

構成と目次

 厚生労働省医薬食品局報告書は27ページ(1.〜5.)からなり、別添とし参考資料1 及び参考資料2 があります。
 全体の構成はつぎの通りです。
1. 検討の背景
2. 検討の範囲
3. 開発の現状及び最新の科学的知見
 (1)我が国におけるナノマテリアルの用途・生産量
 (2)ナノマテリアルの性状
 (3)ナノマテリアルの生体への影響
4. 規制の現状
 (1)薬事法
 (2)食品衛生法
 (3)家庭用品に含まれる化学物質等に係る規制
5. 安全対策に係る課題と今後の方向
 (1)安全対策に係る課題
 (2)安全対策の方向
 (3)今後の具体的な対応
 (4)今後の課題
ナノマテリアルの安全対策に関する検討会委員名簿
参考資料1 各ナノマテリアル概要※
参考資料2 ナノマテリアルの健康影響に関する文献調査について※
※平成19 年度厚生労働省委託業務ナノマテリアル安全対策調査報告書(株式会社東レリサーチセンター)より引用

以下は特に断りがない限り、厚労省医薬食品局検討書からの抜粋の引用です。

”1. 検討の背景”の概要

  • ”ナノマテリアルは、その組成単位がごく小さくなることにより、ナノマテリアル特有の物性を示すことが知られており、従来の材料にはない優れた性質を有する新素材が得られる可能性が高いことから、国際的に積極的な研究開発が進められている。”
  • 既にカーボンブラック、シリカ、酸化チタン、酸化亜鉛等のナノマテリアルが生産されている。
  • その用途もタイヤ、シリコーンゴム、化粧品、医薬品等にわたっており、一般消費者向けの製品への利用が拡大されている。
  • さらに、近年、カーボンナノチューブ等についての研究開発も行われており、それらを用いた画期的製品の開発が期待されるほか、今後更に新しいナノマテリアルが開発され、さまざまな用途に用いられていくことが予想される。
  • ナノマテリアルの生体影響については、現在まで人の健康に影響を及ぼすとした報告はない。
  • ナノマテリアルの生体影響についての研究が世界各地で行われており、最近、一部の学術論文において、一定の条件下でマウス等に影響を与えることを示す報告等もなされている。
  • しかし、人の健康への影響を予測するために必要十分なデータが得られた状況には至っていない。
  • そこで、ナノマテリアルの現在の開発・応用状況、ナノマテリアルに特有とされる物性、ナノマテリアルに関して現在得られている科学的知見等を踏まえ、一般消費者向けの製品に使用されているナノマテリアルの安全対策を進めていく上での課題や、今後の安全対策の方向について検討するため、今般、学識経験者等を参集し、「ナノマテリアルの安全対策に関する検討会」(座長:福島昭治 中央労働災害防止協会・日本バイオアッセイ研究センター所長)を開催し、7 回にわたる検討の結果、本報告書を取りまとめた。
”2. 検討の範囲”

  • 本検討会においては、海外の動向、最新の科学的知見、技術の進歩等を踏まえ、医薬品、化粧品等の化学物質及び化学物質を含有する製品の安全対策を検討の対象とした。
  • なお、労働現場におけるナノマテリアルのばく露防止対策については厚生労働省労働基準局において、廃棄後に埋立や焼却処理などにより処分される場合も含めた環境中に排出されるナノマテリアルの管理方策等については環境省において検討されており、本検討会の検討の対象から除外した。
  • また、検討対象とするナノマテリアルの範囲は、100nm 程度以下を目安としたナノオーダーサイズの粒子(分子)及びその凝集体とした。
  • ただし、自然発生物や不純物・夾雑物といった非意図的に生成されるナノマテリアルについては、現時点では除外した。
  • なお、ナノマテリアル全般を対象に情報収集した結果、現時点ではナノマテリアルごとの有害性も明確になっていないことが判明したことから、個別の物質ごとの安全対策について検討するのではなく、ナノマテリアル全般の安全対 策について検討した。
3. 開発の現状及び最新の科学的知見

(1)我が国におけるナノマテリアルの用途・生産量

 厚生労働省が平成19 年度に実施した委託調査によると、ナノマテリアルの用途・生産量は図表1 及び図表2 のとおりである。この委託調査では、既に実用化されている、又は実用化が近いとされる21 種類のナノマテリアルを対象として、ナノマテリアル製造事業者等からのヒアリング調査が実施された。


@ 主なナノマテリアルの使用状況
(省略)

A ナノマテリアルが使用されている代表的な製品
(ア)医薬品
医薬品用途としては、ドラッグデリバリーシステム(DDS)に用いられるリポソーム4が挙げられるが、調査実施時点で、国内ではナノサイズのDDS を使った医薬品の例がなく、需要は研究開発が中心である。その他に、ナノクレイやシリカなどが製剤のための助剤として利用されている。また、フラーレンやデンドリマーを利用した新たな医薬品が注目を集めており、今後、多様なナノマテリアルの医薬品への利用が拡大することが見込まれるとのことである。

(イ)化粧品
化粧品用途(ファンデーション、日焼け止め等)としては無機系ナノマテリアルが幅広く使用されており、そのうち酸化チタン及び酸化亜鉛が大きなシェアを持っている。酸化チタンについては、平均粒径20〜50nmのものが多く使用されている。化粧品用途のナノマテリアルは表面処理されているものが多く、原料の段階でシリコーン、水酸化アルミニウム、ステアリン酸、シリカ、アルミナ、界面活性剤等によりコーティングされている。また、化粧品としてナノサイズのリポソームが利用された事例も確認されている。

(ウ)食品
食品の用途としては、シリカ、ナノクレイ、リポソーム及び白金ナノコロイドの使用事例が確認されている。シリカは食品用途として、ナノクレイは食品添加物として利用されている。また、ラクトフェリンを内包したリポソームについては、いわゆる健康食品としての利用事例が確認されている。白金ナノコロイドについても、ミネラルウォーター、ヨーグルト等に利用されている。

(エ)食品容器包装
食品容器包装用途としては、ナノクレイや鉄をペットボトルに利用する研究が進んでおり、国内でも利用が開始されると見込まれているとのことである。

(オ)繊維
繊維用途としては、酸化チタン、酸化亜鉛、銀+無機微粒子、シリカ及びカーボンブラックの使用事例が確認されている。

(カ)家庭用品・雑貨・スポーツ用品
家庭用品・雑貨用途としては、銀+無機微粒子の使用事例が、スポーツ用品用途としては、フラーレン及び銀+無機微粒子の事例が確認されている。

(キ)家電・電気電子製品
家電・電気電子製品用途としては、電子部品内部への使用事例が多く、フラーレン、多層カーボンナノチューブ等の使用事例が確認されている。また、家電用途では、フィルターにも利用されており、酸化チタン、カーボンナノチューブ、銀+無機微粒子等の使用事例が確認されている。

(ク)塗料・インク
塗料・インク用途としては、建築塗料、自動車用塗料、インクジェットインク等の中に、カーボンブラック、ナノクレイ、カーボンナノチューブ、酸化チタン等が使用されている事例が確認されている。

(ケ)その他
タイヤのゴム用途として、カーボンブラックがゴムに混練されて使用されている。また、その他の用途として、印刷用紙や家庭用インクジェット紙のコーティング剤として、シリカ、デンドリマー等が使用されている事例が確認されている。

(2)ナノマテリアルの性状

 物質の諸特性(電気的、光学的、磁気的等の性質)の多くは、その物質中の電子の挙動を反映したものであるとされている。ナノマテリアルにおいては、結晶のサイズが小さくなることにより、物質中の電子の状態が変化し、通常の大きな物質にはないような現象が生ずるとされており、ナノマテリアルは、一般の化学物質とは異なる性質を有することが示唆されている。(以下省略)

(3)ナノマテリアルの生体への影響

 ナノマテリアルは近年急速にその利用が進んでいるものであり、あわせて生体への影響についても調査研究が進められている。現段階では、ナノマテリアルが人の健康に影響を及ぼすという報告はない。ナノマテリアルの生体影響についての研究が世界各地で行われているが、人の健康への影響を予測するために必要十分なデータが得られた状況には至っていない。(以下省略)

4. 規制の現状

  • 厚生労働省は化学物質の安全性規制に関する諸法を所管しており、医薬品、医療機器等及び食品添加物については、品目ごとに市販前に有効性、安全性等が事前に審査されており、その安全性が担保されている。
  • 化粧品及び食品用の容器包装等についても、成分として使用が可能な物質又は使用が禁止・制限されている物質のリストや製品に係る規格・基準の策定等が行われており、その安全性を担保する仕組みがある。
  • しかしながら、現段階では、ナノマテリアルに特化した法律や化学物質のサイズに着目した規制は存在しない。
  • 世界的に見ても、現時点でナノマテリアルに特化した規制は存在していないが、日本と同様に、医薬品や化粧品などに含まれるナノマテリアルの安全対策について、米国食品医薬品局(FDA)、欧州共同体委員会等においても検討が進められており、その検討の結果について報告書が取りまとめられている。
  • それらの報告書によると、ナノマテリアルに関する大部分のリスクは現行の法律により対応可能といった結論となっており、現時点では、ナノマテリアルに特化した法規制を行うといった動きには至っていない。
  • 他方、ナノマテリアルについての情報が不足しているため、情報収集を推進する必要があるとされており、収集された情報に基づき、法規制やその運用を見直す必要性が指摘されている。
  • こうした指摘を受けて、米国、欧州等において、政府が事業者等に対してナノマテリアルの安全性等についての情報を提出するよう求める動きも始まっている。
  • 食品添加物として使用されているナノマテリアルについて、国連食糧農業機関(FAO)/世界保健機関(WHO)合同食品添加物専門家会議(JECFA)において検討されている。その報告書によると、これまでJECFA では、ナノ化されたものとそうでないものとの違いを踏まえた評価は行っていないが、ナノ化された食品添加物がこれまでの食品添加物とは異なる性質を有する場合には、これまでの食品添加物に対する評価結果をナノ化された食品添加物に対してそのまま適応することはできないと指摘されている。
  • 一方、一般工業品等に含まれるナノマテリアルについても、米国の化学物質に関する規制法である有害物質規制法(TSCA)において、ナノマテリアルに特化した規定はない。
  • しかしながら、従来から、既存化学物質と分子の固有性が同一であるかという観点から、化学物質が新規化学物質かどうかが判断されている。
  • そのため、カーボンナノチューブのように既存化学物質である黒鉛等の同素体とは分子の固有性が異なるとして、新規化学物質とみなされる場合もあるが、他方で、粒子(分子)のサイズのみが異なる無機系のナノマテリアルは 新規化学物質とはみなされていない。
  • なお、新規化学物質については、特定の試験データ提出の義務付けはなく、届出者が保有する情報等を製造前届出として米国環境保護庁(EPA)に提出することとなっている。
  • 欧州の新たな化学物質の規制であるREACH(化学物質の登録・許可・認可及び制限に関する規則)においても、既に登録している既存の化学物質をナノ化した場合、物性等について登録情報を更新しなければならない可能性があるものの、現状、ナノマテリアルの取扱は特にその他の物質と区別されていない。
以下の法については規制対象の説明をしているがナノに関連した記述はないので省略

 (1)薬事法
 (2)食品衛生法
 (3)家庭用品に含まれる化学物質等に係る規制

5. 安全対策に係る課題と今後の方向

 (1)安全対策に係る課題
  • 一部のナノマテリアルについては、一般消費者向けの製品への利用が拡大しており、今後もナノマテリアルを使った新たな製品が開発されることにより、ナノマテリアルがさまざまな用途に用いられることが予想される。
  • 他方で、ナノマテリアルの安全性に関しては、現在まで人の健康に影響を及ぼすという報告はない。
  • また、動物実験データも少なく、人の健康への影響を予測するために必要十分なデータが得られた状況にはない。
  • しかしながら、粒子(分子)のサイズが小さくなること等により、ナノマテリアルが一般の化学物質とは異なる有害性を有することが示唆されている。
  • したがって、ナノマテリアルに関するリスク管理の観点から、ナノマテリアルの使用の実態に関する情報や生体への影響などに関する情報を収集しつつ、簡便な手法も含めて生体影響や物性に関する試験方法等の開発を推進し、 開発された試験方法に基づきin vivo 試験、in vitro 試験等を実施していく必要がある。
  • また、ナノマテリアルに関する国、事業者及び消費者の間での情報交換の充実も課題の一つとして考えられる。
 (2)安全対策の方向
  • ナノマテリアルの開発状況や使用実態などを注視し、ナノマテリアルの人の健康への影響に関する情報等の収集に努め、収集された情報を消費者へ積極的に提供しつつ、国民の健康を確保する観点からどのような対策が必要なのか引き続き検討すべきである。
  • また、ナノマテリアルに関する技術は、現在も技術的に発展途上にある最先端の技術であり、製造者責任の観点から事業者が開発の段階から主体的に安全対策を進めるべきであるが、国も事業者と協力してナノマテリアルの安全対策に積極的に取り組むべきである。
 (3)今後の具体的な対応
  @ ナノマテリアルの安全性及びその使用の実態等に関する情報の収集
  • 現在、ナノマテリアルに特化して安全性情報等を収集する法律上の規定や仕組みはない。しかしながら、ナノマテリアルであるか否かにかかわらず、医薬品や化粧品などについては、副作用等報告等により個別の製品による副作用等情報が収集されている。
  • 他方、食品が原因と疑われる健康被害の事例については、都道府県等を通じて、また、家庭用品を含む消費生活用製品による死亡、危害等重大製品事故については、都道府県等や経済産業省を通じて厚生労働省へ報告されている。
  • また、平成19 年度には、厚生労働省委託業務として、実用化されている、又は実用化が近い21 種類のナノマテリアルを対象として、ナノマテリアル製造事業者等からヒアリング調査を実施し、国内生産量や用途情報を把握するとともに、文献調査等によりナノマテリアルの生体への影響等に関する情報やナノマテリアルの安全対策に関する国際的な動向などについて調査を実施した。
  • 平成20 年度には、情報収集の優先度が高いと考えられる、多層カーボンナノチューブ等のナノマテリアルについてより詳細な情報を収集している。
  • 事業者においても、ナノマテリアルの安全性等に関して試験・研究を実施するとともに、文献情報を調査することなどにより、情報の収集を行っている。
  • 今後も、国及び事業者は既存の仕組みにより収集される健康被害等の情報に注目するとともに、ナノマテリアルの人の健康への影響に関する情報、使用の実態や用途情報、製造・輸入量についてより積極的に情報収集すべきである。
  • 情報収集に当たっては、実際にナノマテリアルについての情報であるのか確認するなど、情報の質にも注意する必要がある。
  • また、動物への影響がないからといって、必ずしも人へも影響がないというわけではないという点にも留意して情報を収集すべきである。
  • 他方で、医薬品、化粧品、食品等に使用されているナノマテリアルが人の健康へ与える影響を調べるためには、可能な限り、発生し得る健康影響を試験研究の結果等から事前に予測しておくべきである。
  • なお、これに関連して、ナノマテリアルが使用されているとされる化粧品や食品等について、優先的に情報収集する必要があるとの指摘がある一方で、そういった製品中にナノマテリアルが含有されているか疑わしい場合もあるため、ナノマテリアルが含有されているものかどうか実際に確認する必要があるのではないかとする意見もあった。

  A ナノマテリアルの安全性に関する試験・研究の推進
  • 厚生労働省においては、現在、厚生労働科学研究費補助金化学物質リスク研究事業により、代表的なナノマテリアルについて、ナノマテリアルの安全性確認における健康影響評価手法の確立やナノマテリアルの経皮毒性評価手法の開発、ナノマテリアルの体内動態可視化手法の開発等を推進してきている。
  • また、経済協力開発機構(OECD)においても、ナノマテリアルの安全性に関する試験・研究が推進されている。平成18 年10 月に第1 回OECD 工業ナノ材料部会が開催され、OECD 加盟国が国際的に協調して、ナノマテリアルについての情報収集等を実施することが合意されており、平成19 年11 月には、OECD スポンサーシッププログラムが発足し、フラーレンや単層・多層カーボンナノチューブなど14 種類の代表的ナノマテリアルについて、生体への影響等に関する評価文書が策定されることとなった。
  • 厚生労働省は、関係省庁とも連携しながら、OECD の取組に積極的に協力している。
  • 今後も、OECD 等における国際的な取組状況を踏まえつつ、国内の研究機関とも協力しながら、
    • ナノマテリアルの生体へのばく露法やばく露評価法といったばく露に関する研究及びその手法の開発
    • 生体試料中での分析法や体内分布測定法といった体内動態に関する研究及びその手法の開発、
    • ナノマテリアルの毒性やその種差に関する研究及びその試験方法の開発
    • ナノマテリアルのin vitro 試験法の開発 等
    を引き続き推進し、開発された手法や試験法に従い試験を実施していくべきである。
  • なお、対象となるばく露経路としては、経皮、吸入、経口及び目に対するばく露等の様々なばく露経路が考えられるが、特に経皮、吸入及び経口ばく露が重要である。
  • また、ナノマテリアルの試験・研究に当たっては、ナノマテリアルの凝集や分散を考慮する必要がある。
  • 他方で、ナノマテリアルが人の健康に与える影響について、何らかの研究の結果が出された場合には、その影響がナノ化したための影響であるのか、化学物質が本来持つ影響であるのか分析する必要がある。
  • また、過去に実施された研究のうち、相反する結果が出たものについて、相反する結果となった理由を解析する必要がある。
  • また、これに関連して、ナノマテリアルの試験法の確立にはある程度の期間を要すると予想されるので、ナノマテリアルの国内製造量と何らかの疾病との関連について、疫学的な調査を並行して行うことも検討すべきではないかとの指摘の一方で、疫学的な調査には非常に時間がかかるという懸念もある。
  B 関係府省庁等との連携(省略)
  C 国際機関等との協力(省略)
  D 消費者とのリスクコミュニケーションの充実(省略)

 (4)今後の課題
  • 現時点では、ナノマテリアルに特化した法律や化学物質のサイズに着目した規制を直ちに導入するための根拠となり得る科学的事実は認められないため、既存の制度の下でナノマテリアルにも対応することが当面は適切である。
  • しかしながら、現状では、ナノマテリアルの人の健康への影響に関する情報や人の健康への影響を予測し得る情報等が不足している一方、今後、ナノマテリアルの実用化が進展し、様々な製品に使用されていくことが予想される。
  • そのため今後とも、安全対策に関する国際的な動向にも配慮しながら、注意深く科学的な知見やナノマテリアルの実用化についての情報収集に努めるとともに、生体への影響に関する試験方法等の開発を推進し、開発された試験方法に基づき試験を実施していく必要がある。
  • さらに、ナノマテリアルを含有する化粧品等の広告実態、ナノマテリアル製造事業所周辺の健康被害、ナノマテリアルの事故及びその原因その他ナノマテリアルの人健康への長期的影響等のナノマテリアル関連情報に関するより積極的な収集のあり方について検討すべきである。
  • その上で、今後、新たに収集される情報に基づき、既存の制度で十分に対応できるかどうかをさらに検討し、予防的原則も踏まえ、必要に応じて、ナノマテリアルに適用できるような新たな仕組みのあり方について検討することが適切である。
厚労省医薬食品局検討書からの抜粋の引用終わり。


参照

[1] p53+/-マウスにおける多層カーボンナノチューブ腹腔内投与による中皮腫の発生
日本トキシiコロジー学会『ジャーナル・オブ・トキシコロジカル・サイエンス』 2008年2月号
http://www.jniosh.go.jp/joho/nano/files/takagi2008/takagi2008jp.pdf

[2] Carbon nanotubes introduced into the abdominal cavity of mice show asbestos-like pathogenicity in a pilot study
http://www.nature.com/nnano/journal/v3/n7/abs/nnano.2008.111.html
ウッドロー・ウィルソン国際学術センターPEN ニュース 2008年5月19日 アスベストに似たカーボン・ナノチューブはアスベストのように作用する
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/PEN/080519_Nanotubes_Asbestos.html

[3] ヒトに対する有害性が明らかでない化学物質に対する 労働者ばく露の予防的対策に関する検討会 (ナノマテリアルについて) 報告書 平成20年11月/厚生労働省労働基準局
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/11/dl/s1126-6a.pdf

[4] ナノマテリアルの安全対策に関する検討会報告書 平成21年3月31日/厚生労働省医薬食品局
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/03/dl/h0331-17c.pdf

[5] 工業用ナノ材料に関する環境影響防止ガイドライン 平成21年3月 ナノ材料環境影響基礎調査検討会/環境省総合環境政策局環境保健部
http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=13177&hou_id=10899

[6] ナノマテリアル製造事業者等における安全対策のあり方研究会 報告書 平成21年3月/経済産業省製造産業局 http://www.meti.go.jp/press/20090331010/20090331010-2.pdf

[7] ナノマテリアル製造・取扱い作業現場における当面のばく露防止のための予防的対応について(平成21年3月31日基発第0331013号により廃止)
http://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-49/hor1-49-4-1-0.htm

[8] 基発第0331013号 平成21年3月31日 都道府県労働局長 殿 厚生労働省労働基準局長 (公印省略) ナノマテリアルに対するばく露防止等のための予防的対応について
http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/2001K210331013.pdf



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