ヘルス・ケア・ウイズアウト・ハーム(HCWH)
2013年12月 報告書
ナノメディシン
新たな解決か 新たな問題か?

序文及び概要

情報源:Health Care Without Harm, December 2013
Nanomedicine - new solutions or new problems?
Author: Rye Senjen, PhD
http://noharm-europe.org/sites/default/files/documents-files/2462/
HCWH%20Europe%20Nanoreport.pdf


紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2013年4月27日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/ngo/2013_Dec_HCWH_Nanomedicine.html

序文

”真の知識は、人の無知の程度を知ることである” 孔子
”知れば知るほど疑問も湧く” ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

 ナノテクノロジーの世界は、魅惑的なものである。医学におけるナノスケール・テクノロジーの利用は、医療機器や治療薬で既に使用されている。我々は、小さな分子をどのように操作し、このスケールで示される新規な特性をどのように利用するかについて、人の健康と環境の面を問題にせずに学んできた。この分野が進展するにつれ、科学と商業的関心は、しっかりした規制の枠組みを提供すべき我々の能力を越えて走っている。ナノスケール製品の影響についての我々の理解と知識が増大してきても、我々は研究の焦点を影響の方向に徐々に転換するだけである。

 英国王立協会・王立工学アカデミーのナノ科学とナノ技術に関する報告書(訳注1)が、いくつかの規制は予防に基づいて修正される必要があると指摘してからすでに10年が経過している。それ以来、ナノ物質に関する多くの報告書が同様な要求を掲げて、様々な組織から発表されている。医療におけるナノ物質とナノメディシンに関する我々の報告書も変わらないが、しかし一方、ナノメディシンは治療の実施と医療の成果にある改善をもたらすかもしれないことを認めつつ、我々はナノ物質の取り扱いと開発を管理すべき何らかの全く基本的な規則を適用する必要がある。予防原則を念頭に置きながら我々は、ナノ物質とナノメディシンをカバーし、製品中のナノ物質を特定して表示し、ナノメディシン製品の安全性の懸念に目を向けた研究を優先付けるために、ヨーロッパの規制を改善すべきである。

 ところが我々は、ナノ物質に関連するリスクの特定と管理に対する欧州委員会の遅くて一貫性のないアプローチを見ている。この報告書が、ヨーロッパにおける議論に貢献し、そのプロセスへのなんらかの特別な推進力を提供することを希望する。この報告書は非常によく知られているわけではない事実;すなわち、我々は、健康と環境への長期的影響については全くわかっていないにもかかわらず、患者と医療従事者はすでにナノ物質に暴露しているという事実に光を当てたい。ナノテクノロッジーとナノメディシンの可能性とリスクは、公に研究され、分析され、議論され、規制される必要がある。

 ヘルス・ケア・ウイズアウト・ハームは、患者の安全と介護について妥協することなく、生態学的に持続可能であり、最早公衆の健康と環境への危害の源とはならないように世界中の医療分野を変えることを使命とする地球規模の非営利団体である。この報告書は、医療分野におけるより安全な製品、材料及び化学物質についての意識の向上を図るためのヘルス・ケア・ウイズアウト・ハームのヨーロッパにおける仕事の一部である。我々は、患者と従事者が医療で使用される化学物質についての情報に完全にアクセスでき、化学物質への暴露についての決定に参加できることを確実にすることを望む。

 空前の地球規模の経済的、社会的、環境的危機に直面している世界で、短期の政治的行動について、科学と規制への対応について、そして我々はどのようにして科学を実施しビジネスを行うかについて、問う必要がある。

 鉛、アスベスト、そしてDDTなどで起きたような、環境災害と人の犠牲を伴う歴史を繰り返してはならない。そうではなくて、過去の誤りから学ぼうではないか。我々はリスクを管理するためのデータが透明であるべきこと、及び人と環境を守るために我々の法律を早急に変えていくことを必要としている。我々は、行動を必要としており、遅れてはならない!

Anja Leetz(アンジャ・リーツ)
ヘルス・ケア・ウイズアウト・ハーム・ヨーロッパ代表


訳注1
英国王立協会・王立工学アカデミー報告 2004年7月29日 ナノ科学、ナノ技術:機会と不確実性−要約と勧告



概要
 物質を原子のスケールで操作する科学及びビジネスであるナノテクノロジーは、次の産業革命を起こすものとして位置づけられている。既にナノテクノロジー製品は、医療の分野を含んで日常生活の多くの領域で使用され始めている。広範で多様な商業的応用がすでに市場にあり、研究開発への継続的な投資は間違いなく更なる革新と多くの用途をもたらすであろう。

 医療介護の分野においてナノ物質は、改善された薬物溶解性、薬物送達(ドラッグ・デリバリー)システム、細胞及び組織の修復システム、診断および画像ツール、及び患者の体内の特定の患部を標的にすることができる治療薬のような広範な医学的応用の可能性を提供する。ナノスケールの医療及び薬学での応用と製品(まとめてナノメディシンと呼ばれる)は、広まっており、多くの製品がすでに臨床的用途にまで達している。

 ナノ物質は、ナノスケール(少なくとも1次元が10億分の1メートルの単位で測定される)における独自の特性を利用するよう設計されている。そのようなサイズは表面積を大きく増加させ、その結果、より大きな同一物質と比べると新規な特性をもたらすので、サイズはナノ物質とナノメディシンの重要な属性である。したがってナノ物質は、より大きな化学的及び/又は生物学的反応性又は触媒的活性を持つかもしれない。これらの新たな特性は非常に有用かもしれないが、物質をこのスケールに変えることはまた、新たな毒性学的リスクを導入する結果となり得る。

 より大きな表面反応性と溶解性又は脳血流関門のような生物学的バリアを通過する能力はナノ化された薬物にとって望ましい挙動かもしれないが、これらの特性はまた、患者の特定の治療場所から外れることがあれば、又はその薬物が環境中に入り込むようなことがあれば、望ましことではない。したがってナノ物質の生物学的利用能、生物蓄積、有毒性及び/又は環境的変換及びナノ物質の相互作用を理解し、監視することが重要である。現在、標準的なリスク評価手順はナノ物質を取り扱うためには不適当であるように見え、そのような小さな物質の環境監視のためのツールはまだ開発されていない。

 この報告書は、ナノメディシンが不当に新たなリスクをもたらすことなく、その約束を実現するための対応を必要とする規制的問題を提起するとともに、環境と人間の健康リスクを特に強調しながら、ナノメディシンの概要を一般的に述べるものである。

 ヘルス・ケア・ウイズアウト・ハームは、ナノメディシンは、我々の現在の健康問題のあるものに利点と革新的解決を提供するかもしれなと信じる。しかし我々はまた、ナノ物質製品の新たな特性のうちのあるものは、厳密に臨床的観点からは望ましいかもしれないが、人の健康と環境に新たなリスクをもたらすことができるということを懸念する。ナノメディシンを臨床/医療の想定範囲に完全に閉じ込めることは不可能であり、それらのライフサイクル全体を考慮することは必須である。従事者や仲間の非意図的暴露及び環境的汚染は、製造、使用、廃棄処分の間に生ずるかもしれず、知識、理解及び規制的管理にギャップがあるので、現在は定量化することが難しく、不可能でさえあり、健康と環境への影響をもたらすの可能性がある。

 欧州連合の化学物質法は、ナノスケール化学物質を具体的に参照しておらず、そのような物質が、その親である”バルク”化学物質とは非常に異なる特性を持つことができることを明示的には認めていない。ナノ物質には新たな驚くべき特性があるのだから、ヘルス・ケア・ウイズアウト・ハームは、それらは規制目的のために新たな物質としてみなされるべきであると信じる。

 多くの具体的な勧告が提案されている。これらは第6章でさらに精査されているが、ここではその概要を示す。
  • 予防原則は、ナノ物質に対する規制的アプローチを強調しなくてはならない。
  • EUの規制の枠組みの限界に目が向けられなくてはならない。
    • ナノ物質はEUの法律で新規物質として分類されるべきである。
    • ナノ物質のどの様な定義もサイズ閾値を100nmに限定すべきではない
    • REACH は、ナノ物質のより低い閾値要求の必要性を考慮すべきである(すなわち100g 以下)。
    • REACH は、ナノ物質のための特定の文書一式データを求めるべきである。
    • 薬理学的及び機械的機能の両方を結合するナノメディシンは、意図的及び非意図的放出の両方のリスクを認めつつ、厳格に規制されるべきである。
    • ナノ物質の安全な廃棄物処分の必要性に照らして、廃棄物管理の法と指針の見直しが行われるべきである。
  • 適切なテスト実施の方法論を確実にするために、ナノ物質の特性が特定され分類される必要がある。
  • 人及び環境中のナノ物質の安全性、運命及び残留性に関する科学的知識に対応するために、及びナノ物質とそれらの人の健康及び環境への影響の検出及び監視のための標準、ガイドライン及びツールを開発するために、研究が必要である。
  • ナノメディシンの便益とリスクを検討する時には、製造、廃棄及び可能性ある環境的影響を含んでナノメディシンの全体的ライフサイクルが考慮されなくてはならない。例えば
    • 有毒性と環境的運命を考慮して、耐用年数終了後の管理オプションを評価するためのガイドラインが必要である。
    • 実行可能ならナノベースの洗剤及び殺菌剤の使用は避けるようにすべきであるが、それは環境への未知の悪影響とともに、抗菌耐性の増悪をもたらすからである。
  • 患者、従事者及びコミュニティは情報への完全なアクセスと意思決定プロセスへの関与ができることが必要である。このことは次のことを含むであろう。
    • ナノ物質の製造、輸入及び使用をリストするEU登録
    • 全てのナノメディシン製品の義務的な表示
    • 患者、従事者及びコミュニティのナノ物質への暴露に関連する決定への公衆の参加


化学物質問題市民研究会
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