デラウェア・オンライン 2007年12月2日
ナノのリスクは小さなことではない
日焼け止めから食品容器、衣服までナノ技術は世界中に可能性を提供しているが・・・

情報源:Delaware online, Sunday, December 2, 2007
Risks of nanos no small matter
From sunscreen to food packaging to clothing, nanotechnology offers a world of possibilities
By JEFF MONTGOMERY, The News Journal
http://www.delawareonline.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20071202/NEWS/712020375/1006/NEWS

紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2007年12月4日


 ルーシーA.バンティングはジョージアタウン地域にあるヘアー・日焼けサロンで客に日焼け止めを売り、客の肌を手入れをすることについて少しばかり心配があった。

”ナノサイズ”の懸念

 バンティングは、100ナノメートルより小さなものを作り使用し爆発的に成長しているビジネスであるナノ技術の”約束と落し穴”について新たに出現している議論に注目している。1ナノメートルは10億分の1メートルであり、人の髪の毛の太さの8万分の1のサイズである。

 ナノスケール物質は、他の物質と組み合わされて通常とは異なる振る舞いをする。そのユニークさの中に途方もない価値と未知の環境的脅威が横たわっている。

 バンティングや多くの専門家たちはナノ製品が人や環境に直接接触した時に、それらから生じる検証されていない又は予期していない危険(ハザード)について懸念している。研究者と政府の規制当局らは、体内組織や生きた細胞の中にさえ入り込むことができるこれらの人工の原子サイズの物質によってもたらされ特異なリスクについて、もっと多くの研究が必要であると述べている。

 ”私はもう日焼け止めを一切売らない。私は今年の夏から止めた”とバンティングは述べた。”あなたはその中に何が入っているかご存知ない。そしてあなたは誰かの血液中に入り込むことができる何かを使用しているということを理解していない。”

 デラウェアを拠点とするデュポン社はナノスケール物質の開発における世界のリーダーである。同社はまた、先週パリで開催されたナノスケール商品と産業の安全を確実にする方法に関する会議を含む、技術に関する世界的な会議において著名な存在である。

 今年の初めに同社は、ナノ物質を開発する産業界のために、リスク評価と情報共有を目的とした自主的な環境の”枠組み”と呼ばれるものを発表した。全国的な非営利環境団体であるエンバイロンメンタル・ディフェンスはこのプロジェクトに関してデュポンと2年間にわたり活動を共にした。

 デュポンと多くの環境活動家達との基本的な相異は、ナノテク産業が自身で規制することを信用することができるかどうかということである。デュポン社はリスクと規制のに必要性についてもっと多くの研究を望み、さしあたり自主的な”管理(ステュワードシップ)”がよいとしているが、他の多くの環境団体は化学産業に対して行っているように連邦政府機関が直ぐに規則を策定すべきであると述べている。(訳注1

 非営利の環境消費者団体である技術評価国際センター(ICTA)の専属弁護士であるジョージ A.キンブレルは産業界が自身で規制することを任されることには本質的なリスクがあると述べた。

 ”一般的に、産業側が政府とパートナーを組むことについて言えば、”鶏小屋に狐”を入れるようなものだ”とキンブレルは述べた。

 専門家らは、ナノテクが可能とする新たな製品がどっと押し寄せることを予測している。もっと良い化粧品や塗料から高価ではない太陽光パネル、分子サイズの回路と医療機器、及び汚染地下水や感染血液を浄化する”賢い”フィルター等まで・・・。

 2000年に、ある政府の見積りは、ナノ物質が世界経済と人間の生活のあらゆる所に入り込み、ナノスケール製品の潜在的な価値は2015年までに1兆ドル(約100兆円)に達するとしている。もっと最近の予想では同年までに2.5兆ドル(約250兆円)になると見定めている。

既に数百の製品が市場に出ている

 ナノ物質は既に我々の世界に浸透しているが、ほとんどの人々はそのことを知らない。

 ワシントンDCにあるウッドロー・ウィルソン国際学術センターにより管理されている新規ナノ技術プロジェクトは、ナノ製品と産業を追跡している。同プロジェクトは10月に600種近くのナノ製品をリストしたが、そのほとんどが消費者製品、電子機器、余暇用製品であり、製造に使用されるナノテク物質はさらに多く、その数は日々、増加している。

 より小さな粒子は日焼け止めローションを効果を失わずに皮膚上で透明にすることができるので、いくつかの新しい日焼け止めはナノ物質を含んでいる。しかし、ある研究者らは、より小さな粒子は組織の奥深くに作用して潜在的に皮膚の細胞を暴露して光による化学反応を引き起こすが、これはまさに日焼け止め使用者が避けようとしているがんのリスクを引き起こすプロセスである。

 ホッケーのスティックやその他のスポーツ用品に使用されているカーボン・ナノチューブは人の体の中でアスベストのように振舞う。もうひとつのナノ製品であるカーボン”バッキーボール”は既に小さな水生生物や魚類に深刻な又は致命的な影響を及ぼすことが知られている。

 しかし、政府は現在、化粧品中のナノ添加物に対して市場に出す前の表示やテストの要求をしておらず、連邦政府の規制当局は有害物質としての規制やテスト実施の追加要求を行うに当たり、粒子のサイズを考慮することは除外している。

 ”これはまさに始まったばかりである”とウィルソン・センターによって2006年に著わされた論文が警告している。”これから続くナノベースの製品の生成ははるかに大きなそして深遠な社会的影響をもたらすであろうことが予測される”。ますます複雑なナノ製品が医療、化学、そしてその他の試みのために設計されるので、”公衆の健康と環境に対する新たなリスクが出現するであろう”。

 これらの問題は、世界の指導的経済人30人が、いかにナノ技術のリスクを管理するかといった他のトピックス等とともに議論するために先週後半にパリに参集した会議の焦点であった。

デュポンは目立つ存在であった

 同社の世界規制部門のディレクターであるテリー L.メドレイは、OECD 主催の第3回”人工ナノ物質に関する作業集団(Working Party on Manufactured Nanomaterials)”に対する国際的諮問委員会の共同議長を務めた。

 このセッションは、全てのナノサイズ物質の開発、潜在的な規制、さらには表示に関してさえもデュポンの巨大な影響力を見せつけた。

 政府の規制当局らは新たな管理のために事例を作らなくてはならないとメドレイは会議の前に述べた。規制当局らは暫定期間に自主的な枠組みを試用すべきであり、それを国家の政策に組み込みことができると彼は述べた。

 ”新たな又は追加的な規制要求を課す前に、情報を収集し検証する必要がある。そうすれば我々はその措置が実際に適切であり十分であることを確実にすることができる”とメドレイは先週述べた。

 欧州共同体(EU)のある機関は今年の初めに、過去の新規物質、例えば有毒物質PCB類の問題を指摘しつつ、アメリカの規制当局と産業界を製品表示の問題に関する取り組みが遅いと叱った。

 ”ナノ物質は、安全テストも受けずに食品容器など数百の消費者製品中で既に使用されているのだから、公衆は知る権利がある”と天然資源防衛協議会(NRDC)の上席化学者ジェニファー・サスは述べた。”そして産業界と規制当局は、情報、監視、及び公衆の保護を提供する義務がある”。

 ”我々は、実際に選択の余地がない。現在、他に政府の強制力ある監視プログラムが存在しないのだから、産業界と協力することを試み、何らかの成果を希望せざるを得ない”とサスは述べた。

 デュポンは環境的”スチュアードシップ”に関する合意の欠如と政府が急いで規制を採択することの両方について懸念しているとメドレイは述べた。

 ”我々は実際に多くの環境的な健康と安全に関する影響が生じていること、そして我々が実際にその対話を援助することができるかどうかについて見ている”とメドレイは述べた。

 エンバイロンメンタル・ディフェンスの企業提携マネージャーであるスコット・ウォルシュはナノ物質に対する公衆の反発が産業の莫大な利益の可能性を妨げることになると述べた。

 ”我々が望まないことは、政府がきちんと仕事をしないので多数の消費者が安全性を懸念してナノ技術を拒絶することである”とウォルシュは述べた。

過去の経験から学ぶ

 ナノテク産業は新たな技術のリスク及び潜在的な責任を理解することに大いに関心を持っている。

 デュポンは開発し数十年間使用した製品で後に著しい環境的な危険(ハザード)を宣言した、例えばガソリンへの鉛添加剤から地球のオゾン層を破壊するクロロフルオロカーボンに到るまで、トラブルの歴史を持っている。最近では同社はテフロンやその他の焦げ付き防止物質を製造するために使用されるPFOAとその関連物質を非意図的に放出した問題を引き起こして数百万ドル(数億円)を支払った。
 (訳注2:2004年:飲料水系を汚染に関する地域住民数千人の集団訴訟で1億760万ドル(約120億円)の和解金、2005年:PFOAに関する健康リスクの報告義務違反でEPAに1,650万ドル(約18億円)の罰金)

 ”私はデュポンは経験から学んでいる会社の一例であると考えたい”とウォルシュは述べた。

 NRDC のサスは、他の諸国や経済は既にブレーキをかけていると述べた。欧州共同体はEUの化学物質安全法の改訂の一環としてナノ物質の表示を含んで新たな要求を検討している。

 ”我々の立場は、”テストをするまでそれをものに入れるな”ということである。しかし人々が予測するほどにまだ広範囲ではないが、実際に既にものに入っている”とNRDCのサスは述べた。

 OECD のあるグループは安全研究への投資が少ないとアメリカを既に批判していた。それはメドレイが共同議長を務めたOECDのナノ物質に関するビジネス−産業界諮問委員会で先週パリで会ったグループである。懸念はあるとしながら、そのグループはデュポンのナノの枠組みに概要が述べられている自主規制のアプローチを受け入れている。

 ”保険会社とその他の投資会社はナノテクについて非常に注意深い見方をしていると私は思う”とをウォルシュは述べた。”彼らは他の製品で経験してきたような損失を避けることを望んでいる。アスベストは、リスクが適切に管理できなかったために巨額の損失をもたらしたひとつの例である”。

リスクは誇張されているか?

 多くの科学者や産業側はあまり心配していないが、それはひとつには自然自身がナノ粒子に対して強い特質を持ち得るからである。

 ウルトラファイン・テクノロジー社の社主バーラン・テクルは、多くのナノ物質はそのように小さくて分離していることに非常に不安であり、遊離した状態に置かれるとお互いに引きつけあい、集合し、お互いが結合する傾向がある。

 ”難しいのはその物質を作る時である”と述べるテクルの会社はいくつかのナノ物質の特許を持っている。”ナノスケールで物質を作る時に、それらの物質は非常に反応性が高まる。それらはお互いに反応し、多量であれば再結合するであろう”。

 デュポン社の研究開発センターの革新計画ディレクターであるクリシュナ C.ドライスワミは、ナノサイズ粒子は少しも新しいものではないと指摘する。

 あるナノ物質は天然に生じ、あるいは人間により知らぬ間に生成されていた。例えば、中世のステンド・グラスはその赤色と黄色を金と銀の塩からとり出したとドライスワミは述べた。職人達はその金属塩を試行錯誤でガラスに加えて光を美しく散乱するナノサイズの小片を作り出した。

 化学自身が常にナノ粒子に頼ってきたとドライスワミは述べた。

 ”化学の全ては常に原子と分子に関わっているというのが事実である”と彼は述べた。”我々がしていることの多くは知的な方法で原子を扱う能力を関与させることである”。

 しかし、今年の初めに発表した報告書の中で EPA は、ナノ物質は有害な特性を持っているかもしれず、環境中に残留し、有害なものに変化し、あるいは未知で潜在的に危険な方法で環境中を移動するかもしれないと宣言した。

 ”環境に放出される、あるいは大量に使用される意図的に製造されるナノ粒子に人が暴露することの懸念は、それらが製品とし広範囲に適用されていることを考えれば、非常に大きい”と EPA は警告している。

アメリカ政府は注視されている

 EPA、議会、及び政府諸機関は行動を起こすべき期限に直面するので、来年は、ナノテクの約束とリスクとの矛盾は人々の注意をもっと引くようになるであろう。

 産業を支援しアメリカの政策を策定するために開発された多機関計画である国家ナノ技術イニシアティブ( National Nanotechnology Initiative)は2008年中旬に産業及び環境グループからの資金調達の増額要求を認可するはずである。

 議会では、議員らは新たなナノ世界でアメリカが優位に立つようにしたいと望んでいるが、そのリスクも心配している。自主的規制のためのEPAの現在の計画に関する議会での聴聞会において、EPA及びいくつかの議会内委員会が監視を強化するために徹底的な見直しを求められることが期待される。
 ”物質の特性を根幹から変更する能力を持つ”ナノ技術”は、EPAにかつてない困難な課題と最大の機会を課すかもしれない”と過去2回にわたりEPA長官を務めたウィリアム D. ラッケルズハウスは今年の初めに演説の中で述べた。

 ナノ科学は新たな今世紀の単一の最も重要な進歩かもしれないと彼は付け加えた。

 一方、ヨーロッパでは来年、一般化学物質法が現在有害化学物質に適用しているのと同じ制限をナノ物質に課すかどうかを決定することになっている。専門家からは、厳格なEUの制限はアメリカに対しもっと厳しい、もっと注意深いアプローチを取るよう圧力をかけることになると述べている。

 ”我々は、新規技術が出現し、適切な監視を行うべき時に、歴史的及び文化的な記憶喪失に陥る”と技術評価国際センター(ICTA)のキンブレルは述べた。”これは初めての驚異的物質ではないし、最後のものでもないであろう。歴史は、我々が人の健康になんらかの悪影響が出るまで何も行動を起こさないことを繰り返してきたと教えている”。

連絡先
Contact Jeff Montgomery at 678-4277
or jmontgomery@delawareonline.com.


 ナノ技術の用途

  • 安価で効率的な太陽光セル及び燃料セル
  • 医薬品を組織又は細胞の深くに送り込むための空洞のナノスフェアア(球体)又は格子
  • ナノスケールDNA健康テスト及び疾病の早期治療
  • ナノスケールの動き又は振動を測定できるセンサー
  • 要求に応じて模様と色を変えることのできるカメレオンのようなカムフラージュ繊維
  • 柔軟性のある電子表示(ディスプレー)
  • 地下水汚染を補足する又は中性化する頭脳的フィルター
  • 光駆動の分子サイズ電動モーター
  • 超小型スーパーコンピュータ用ナノ回路
  • 組織と容易に結合する医療移植
  • ジェットエンジン用超軽量高強度材料
  • 軽量強化コーティング材及び塗料
  • 高価ではなく効果的な汚染管理システム

デュポン社−エンバイロンメンタル・ディフェンス
ナノリスクの枠組み概要
 デュポン社と非営利団体エンバイロンメンタル・ディフェンスは今年の初めにナノ技術リスクの評価と管理に対する第一段階のアプローチを発表した。この新たな”枠組み”は、賞賛と批判の両方を浴び、議論の引き金となった。デュポン社担当者はこの枠組みは規制の置き換えではなく、いかにこの技術を管理するかを決定する上で産業と国家を支援するものであると主張している。

  1. ナノ物質とその用途について完全に記述し文書化すること

  2. ナノ物質の3つの”側面”を研究し開発すること。すなわち、物理的特性、製造から廃棄に到るまでの環境・健康・安全に関する危険性(ハザード)、事故時又は意図された使用による人又は環境への可能性ある暴露経路

  3. 情報のギャップを調査し、リスク・データ又は”最悪ケースのシナリオ”を評価すること

  4. 特別な設備、製造変更、又はリスク警告のような、リスク管理のための選択肢を評価すること

  5. ナノ物質について決定を文書化し、内部及び外部の団体と情報を共有すること

  6. 必要に応じて見直しを行い、採用すること

訳注1:デュポン−エンバイロンメンタル・ディフェンス関連記事
訳注2:PFOAに関するデュポン関連記事



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る