チューリッヒ工科大学(ETH) 2017年4月19日
ナノ粒子はいまだに予測不可能である
ファビオ・ベルガミン

情報源:ETH Zurich News, April 19, 2017
Nanoparticles remain unpredictable
By Fabio Bergamin
https://www.ethz.ch/en/news-and-events/eth-news/news/2017/04/
nanoparticles-remain-unpredictable.html


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2017年5月18日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/news/
170419_ETH_Nanoparticles_remain_unpredictable.html

 環境中でのナノ粒子の挙動は極めて複雑である。チューリッヒ工科大学(ETH)の科学者らが大規模な概要調査で示しているように、包括的にナノ粒子の挙動を理解するのに役立つ体系的な実験データが現在、欠如している。もっと標準化されたアプローチがこの研究分野を進展させるために役立つであろう。
 ナノテク産業は活況を呈している。毎年、数千トンの人工ナノ粒子が世界中で製造されており、遅かれ早かれ、それらのうちのあるものは、最終的に水中又は土壌中に行き着く。しかし、専門家でさえ、そこで何が起きているのかを正確に述べることは難しいということが分かっている。それは複雑な問いであり、その理由は、多くの異なる種類の人工(工業)ナノ粒子が存在するということだけでなく、ナノ粒子は優勢な状態に依存して環境中で様々に振る舞うからである。

 化学・応用生物科学部門の上席科学者マーティン・シャリンガーによって率いられた研究者らは、この問題をある程度明らかにしたいと望んだ。彼らは工業ナノ粒子の挙動パターンを探して、 270 編の論文と、それらの中で記述されている 1,000 件近くの実験をレビューした。その目標は粒子の挙動について普遍的な予測をすることである。

粒子は自分自身を何にでも付着させる

 しかし、研究者らはそのデータを見て、非常に混じり合った像を見つけた。”その状況は、多くの科学者らが以前に予測していたであろうものよりもっと複雑である”とシャリンガーは言う。”我々は、今日利用可能なデータから一様な像を描くことはできないということを認める必要がある”。

 シャリンガーのグループの博士課程の学生で、ジャーナル『PNAS』に発表された研究の第一著者であるニコル・サニ=カストは次の様に付け加えた。”工業ナノ粒子は非常に劇的に振る舞い、極めて活性である。それらは、自分自身を何にでも、アグロメレート(訳注1)を形成するために他のナノ粒子に、又は環境中に存在する他の分子に、付着する”。

ネットワーク分析

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研究者らは科学的文献に発表された実験データをネットワーク分析を利用して評価した。この分析は、どのタイプのナノ粒子(青)が、環境条件(赤)の下に調査されたかを明らかにした。 (Visualisations: Thomas Kast)
 その粒子が正確にはどの様に、そしてどのような速度で反応するのかは、水又は土壌の酸性度、既存の鉱物や塩の濃度、そして全体として水中に融け込んでいる、あるいは土壌中に存在する有機物質の成分というような、様々な要素に依存する。工業ナノ粒子はしばしば、表面コーティングがなされているという事実が物事をさらに複雑にする。環境条件に依存して、粒子はそのコーティングを維持し、又は失い、そのことは結果としてそれらの反応挙動に影響を与える。

 文献で利用可能な結果を評価するために、サニ=カストはこの研究分野では初めてネットワーク分析(訳注2)を利用した。それは、社会的関連のネットワークを測定するために社会研究でなじみ深いテクニックである。彼女はそれを利用して分析を試みた結果、工業ナノ粒子に関する利用可能なデータは一貫性がなく、多様性が不十分であり、構造化されていないということ明らかにした。

機械学習手法

 ”もし、もっと構造的で一貫性があり、十分に多様なデータが利用可能なら、機械学習手法(訳注3)を利用して普遍的なパターンを発見することが可能になるかもしれない”と、シャリンガーは言う。”しかし、我々はまだそこに至っていない”。十分に構造的な実験データが最初に利用可能とならなければならない。

 ”科学界がそのような実験を体系的にそして標準化された方法で実行するためには、ある種の調整が必要である”と、サニ=カストは付け加える。しかし、そのような作業を調整するのは困難であるということを彼女は知っている。科学者らは一般的に、標準化された実験を日常的に実施するより、新しい手法と条件を探すことを好むことがよく知られている。

人工と天然のナノ粒子を区別する

 体系的な研究の欠如に加えて、第二の問題が工業ナノ粒子の挙動の研究に存在する。すなわち、多くの工業ナノ粒子は土壌中で天然に発生する化学成分からなるということである。現在までの所、工業ナノ粒子を天然に発生する同じ化学的組成の粒子と区別することは難しいので、環境中で工業ナノ粒子だけを測定することは困難であった。

 しかし、チューリッヒ工科大学(ETH)の化学・応用生物科学部門の研究者らは、ETH 教授デトレフ ・ギュンターの指示の下に、日常的な調査の中でそのような区別を可能にする効果的な手法を最近確立した。彼らは、サンプル中でどの化学的要素が個々のナノ粒子を構成しているのかを決定するために、最先端技術の高感度質量計技術(spICP-TOF mass spectrometry と呼ばれる)を利用した。

 ウィーン大学の科学者らとの共同作業で、 ETH の研究者らはその手法を天然のセレン粒子を含む土壌サンプルに適用し、そこで彼らは二酸化セレンの工業ナノ粒子と混合した。この特定の問題に理想的に適している機械学習手法を用いて、研究者らは二つの粒子クラスの化学的指紋の相違を特定することを可能にした。”人工的に製造されたナノ粒子はしばしば単一の成分からなっているが、天然のナノ粒子は通常、多くの追加的化学要素を含んでいる”と、ギュンターのグループの博士課程学生アレキサンダー・グンドラッハ=グラハムは説明する。

 新たな測定手法は、非常に感度が高いので、科学者らは、天然粒子より最大100倍多く、サンプル中の工業ナノ粒子を測定することができた。

参照
pdot.jpg(788 byte)Sani-Kast N, Labille J, Ollivier P, Slomberg D, Hungerbuhler K, Scheringer M: A network perspective reveals decreasing material diversity in studies on nanoparticle interactions with dissolved organic matter. PNAS 2017, 114: E1756-E1765, DOI: 10.1073/pnas.1608106114

pdot.jpg(788 byte)Praetorius A, Gundlach-Graham A,?Goldberg E,?Fabienke W,?Navratilova J, Gondikas A, Kaegi R, Gunther D, Hofmann T,? von der Kammer F: Single-particle multi-element fingerprinting (spMEF) using inductively-coupled plasma time-of-flight mass spectrometry (ICP-TOFMS) to identify engineered nanoparticles against the elevated natural background in soils. Environonmental Science: Nano 2017, 4: 307-314, DOI: 10.1039/c6en00455e


訳注1:ナノ粒子のアグロメレート
pdot.jpg(788 byte)エンバイロンメンタル・ディフェンス リチャード・デニソン 2008年12月5日 塊の変化:ナノ粒子凝集についての従来の知識に挑戦する

訳注2:ネットワーク分析
pdot.jpg(788 byte)ネットワーク分析/東京大学グローバル消費インテリジェンス寄付講
pdot.jpg(788 byte)ネットワーク分析/環境と品質のためのデータサイエンス

訳注3:機械学習手法
pdot.jpg(788 byte)機械学習/ウィキペディア
pdot.jpg(788 byte)機械学習/SAS



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