ナノフォーラム・レポート 2006年4月
農業及び食品産業におけるナノ技術
ティジュ・ジョセフ、マーク・モリソン

情報源:Nanoforum Report:
Nanotechnology in Agriculture and Food
Tiju Joseph and Mark Morrison Institute of Nanotechnology, April 2006
http://www.nanoforum.org/dateien/temp/nanotechnology
%20in%20agriculture%20and%20food.pdf

http://www.nanoforum.org

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年5月 3日
更新日:2006年6月21日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/nanoforum/nano_agri_food.html

訳注:欧州委員会(EC)のナノテク・インフォメーション・ネットワークであるナノフォーラムの2006年4月の小論文 「農業及び食品産業におけるナノ技術」 を全文紹介します。この論文はナノテクを推進する立場から書かれたもので、農業・食品産業の分野でナノテクがどのように適用可能であり、どのように”すばらしいか”を示しています。ナノテクを推進する側の思考を理解する上で、大変参考になります。ナノ粒子やナノ製品が人の健康や環境へ及ぼす影響、安全基準や規制、表示などの法的側面、特定大企業や特許所有者による農業・食品市場の独占的支配の可能性や不必要に人工の手を加えた食品が及ぼす社会的な影響などを問う視点はありません。
  1. はじめに
  1.1 ナノ技術とは何か?
  1.2 食品市場におけるナノ技術
  2. 農業におけるナノ技術
  2.1 精密農業
  2.2 高性能デリバリー・システム
  2.3 ナノ技術による農業分野の他の発展
  3. 食品産業におけるナノ技術
  3.1 容器包装と食品の安全
  3.2 食品加工
  4. 結論
  資料



1. はじめに

 現在の世界の人口は60億人近くであり、その50%がアジアに住んでいる。開発途上国に住む人々の多くが、環境影響と政治的不安定のために、日々の食品不足に直面しているが、一方先進諸国では余剰食品がある。開発途上国のために旱魃と病害耐性の作物を開発し生産高を最大限にすることに拍車がかかっている。先進国では、食品産業はより新鮮で健康な食材を求める消費者の要求によって動かされている。これは大きなビジネスであり、例えばイギリスの食品産業は年間 5.2%の成長率の景気に沸いており[1]、生鮮食品の需要は最近の数年間で10%増加した。

 ヘルスケア、繊維製品、材料、情報通信、及びエネルギー分野に革命を起こすナノ技術の潜在的能力についてはよく宣伝されてきた。実際、ナノ技術を導入したいくつかの製品はすでに市場に出ており、それらには抗菌性ドレッシング、透明日焼け止めローション、防汚織物、車用傷の付かない塗料、自動洗浄窓ガラスなどがある。ナノ技術の農業と食品産業への適用は2003年9月にアメリカ農務省によって初めて注目された[2]。その予測では、ナノ技術は、食物が生産され、加工され、包装され、輸送され、消費されるまでの食品産業全体を一変させる。この短い報告書ではこれらの変容の主要な面を検証し、農業食品産業における現在の研究とそれらが与える将来への影響に光をあてる。

1.1 ナノ技術とは何か?

 ナノ技術は、個々の原子、分子、又は分子集団の操作又は自己組織化(self-assembly)により新規の又従来とは非常に異なる性質を持つ材料やデバイスを作る技術である。ナノ技術はトップダウンでも適用できるし(例えばナノ電子工学及びナノ工学における光通信技術での適用のように最小構造のサイズをナノスケールまで小さくする)、又は、ボトムアップでも適用できる(個々の原子と分子を操作してナノ構造とし、化学又は生物学により近くなる)。

 ナノ技術の定義は、ギリシャ語の ”小人” を意味する ”ナノ” という接頭辞に基づいている。もっと技術的には ”ナノ” は 10-9又は 10億分の1を意味する。比較として、ウィルスは概略 100ナノメートル(nm)のサイズである。ナノ技術という言葉は一般的にそのサイズが0.1〜100ナノメートルの物質を指す時に用いられるが、これらの物質はそのサイズが小さいことのために、もっと大きな物質(マイクロメター及びそれ以上)とは異なる特性を示すということもまた、本質的である。これらの相違には、物理的強度、化学的反応性、電気的抵抗、磁性、光学的効果などがある。

1.2 食品市場におけるナノ技術

 ナノ技術は新たな産業革命であると表現され、先進国も発展途上国も市場のシェアを確保するためにこの技術に投資している。現在、アメリカは4年間で37億ドル(約4,000億円)を国家ナノ技術イニシアティブ((NNI)を通じて投資して先頭にいる。アメリカについで日本と欧州連合(EU)が続いており、双方ともかなりの額の基金(年間7億5,000万ドル(日本)、及び12億ドル(EU各国))を出している[3]。開発途上国の投資のレベルは比較的低いかもしれないが、しかし、このことは、そのような諸国の世界への影響を低めるものではない。例えば、中国の学術論文発表のシェアは1995年の7.5%から2004年の18.3%に上昇しており、世界のランクで第15位から第2となった[4]。その他、インド、韓国、イラン、タイもまた、それぞれの国の経済成長と必要性に応じた分野での適用に焦点を当てつつ、追従している。例えばイランは農業と食品産業のためのナノ技術におけるプログラムに焦点を当てている。ヘルムス・カイザー・コンサルタント社の最近の調査はナノ食品市場は、2010年までに26億ドル(約2,900億円)から204億ドル(約2兆2,000億円)にまで急上昇すると予測している[5](下図参照)。同報告書は、世界の人口の50%以上であるアジアが、中国にリードされて2010年までにナノ食品の最大市場となると示唆している。


 今日、世界中で400社以上がナノ技術研究開発(R&D)を活発に行っており、今後10年以内に1,000社を超えると予測される。数の上ではアメリカがトップであり、続いて日本、中国、そして EU となる。技術市場調査及び産業分析を行うビジネス・コミュニケーション社による見積りでは、ナノ技術の市場の2003年には76億ドル(約8,400億円)であったものが2011年には1兆ドル(約110兆円)になると予測される[6]。しかし、農業及び食品産業におけるナノ技術の潜在的な全能力はまだ発揮されていない。

1 Taylor Nelson Sofres, 52 weeks ended 5 January 2003, Geest estimates
2 Nanoscale science and engineering for agriculture and food systems, Dept. of Agriculture, United States, 2003.
3 Some Figures about Nanotechnology R&D in Europe and Beyond, European Commission, December 2005
4 Ranking the Nations: Nanotech's Shifting Global Leaders, Lux Research Inc.
5 Helmuth Kaiser Consultancy, Nanotechnology in Food and Food Processing Industry Worldwide, 2004
6 Business Communications Company, Inc., Global Nanotechnology market to reach $29billion by 2008


2. 農業におけるナノ技術

 EU の展望は”知識ベースの経済”であり、その一部として EU はバイオ技術の潜在能力を EU の経済、社会、及び環境の利益のために最大限活用するよう計画している。この分野には、健康的で安全な食品、病害虫のリスク増大、天候パターンの変化による農業及び漁業生産への脅威などを含む新たな課題が存在する。しかし、バイオ経済を作り出して行くことはひとつの課題であり、様々な異なる科学分野をひとつにまとめていくという複雑なプロセスである。

 ナノ技術は、病気の分子レベルでの治療、迅速な病気の検出、植物の栄養吸収力強化などの新しいツールをもって農業と食品産業に革命をもたらす潜在的能力を持っている。高性能センサーや高性能デリバリー・システムは農業がウィルスやその他の作物病原菌と戦うのに役立つであろう。近い将来、殺虫剤と除草剤の効率を上げるナノ構造の触媒が実現し、使用量を下げることを可能にするであろう。ナノ技術はまた、代替(再生可能な)エネルギー供給を通じて、そして汚染を削減し既存の汚染を浄化するフィルターや触媒を通じて間接的に環境を保護するであろう。

 アメリカ、ヨーロッパ、及び日本で広く使用されている、作物管理のための現代的な技術を効率的に駆使した農業手法は、環境管理農業(Controlled Environment Agriculture (CEA))と呼ばれる。CEA は、先進的で集約的な水耕ベースの農業である。植物は園芸実施が最適となるよう管理された環境の中で育てられる。コンピュータ化されたシステムが作物畑のような局所的環境を監視し制御する。今日存在するCEA 技術は農業にナノ技術を導入するための優れたプラットフォームを提供する。すでに使われている多くの監視と制御システムを用いて、”偵察”能力を与えるCEAのためのナノ技術デバイスは、生産者が作物収穫の最善のタイミング、作物の生育状況、及び微生物又は化学物質汚染のような食品安全の問題を決定する能力を大幅に改善する[7]。

2.1 精密農業

 精密農業は、環境変数を監視し目標操作を施してアウトプットを最大にし(作物生産高)、インプットを最小にする(肥料、殺虫剤、除草剤など)、長年待ち望まれている目標である。精密農業は、コンピューター、GPS システム(Global satellite Positioning Systems)及び高度に局所化された環境状況を測定するための遠隔検出装置を使用して、作物が最大の効率で育っているかどうかを決定し、問題の特質と場所を特定する。土壌の状態と作付け計画を決定するための中央化されたデータを利用して、種まき、肥料、化学物質及び水の使用を正確に調整することができ、生産コストを下げ、生産を高めることで農家に利益をもたらす[8]。精密農業はまた農業廃棄物を削減するのに役に立ち、環境汚染を最小にする。まだ完全には実施されていないが、ナノ技術により可能となる小さなセンサーと監視システムは将来の精密農業方法に大きな影響を与えるであろう。

 ナノ技術により可能となるデバイスの主要な役割のひとつは、リアルタイム監視のために GPS システムに接続された自律型センサーの使用の増大であろう。これらのナノセンサーは、土壌の状態と作物生育状態を監視することができるよう畑中に広く配置される。無線センサーはすでにアメリカとオーストラリアの一部で使用されている。例えば、カリフォルニア州ソノマ郡ワイン用ぶどう園、ピックベリーでは、IT 会社であるアクセンチュア社の支援の下に WiFi システム(訳注: Wireless Fidelity の略。業界が無線LANの標準規格「IEEE802.11b」の互換性を保証するために定めた名称でワイファイと読む)を設置した[9]。そのようなシステムの初期設置コストは、そのようなシステムが最良のブドウを育成し、それがより良いワインとなり、値段を高くすることができるという事実によって正当化される。そのような無線ネットワークの使用はもちろんワインぶどう園に限られず、例えば、『フォーブス誌』 は、ハネウェル社(世界中に支社を持つ技術 R&D 会社)のこの小さなナノセンサーがミネソタ州の食料雑貨店で監視用に設置されていると報じている[10]。この技術は店員が賞味期限の切れた食品を特定するとともに、新たに仕入れのために発注することを思い起こさせる。無線センサーの世界市場は2010年までに70億ドル(約7,7000億円)になると予測されている[11]。

 センサーにおけるバイオ技術とナノ技術の結合は感度のより高い装置を作り出し、環境変化にすばやく対応することを可能にする。例えば:
  • カーボンナノチューブ[12]又はナノカンチレバー[13]を用いたナノセンサーは個々のたんぱく質や、小さな分子でさえ補足して測定するのに十分なほどに小さい。
  • ナノ粒子又はナノサーフェイスはバクテリアなどの汚染物質が存在すると電気的又は化学的信号を出すよう設計することができる。
  • 他のナノセンサーは酵素反応により、又はデンドリマーと呼ばれるナノ操作による分子分岐により、目標化学物質とたんぱく質を結合するよう精密に動作する[14]。
 最終的に、高性能センサーの支援を受けた精密農業は、正確な情報を提供することにより、農民がより良い判断をするのに役立ち、農業の生産性を上げることになる。


7 The US Department of Agriculture, Nanoscale science and engineering for Agriculture and food systems
8 Precision Agriculture: Changing the Face of Farming, Doug Rickman, J.C. Luvall, Joey Shaw, Paul Mask, David Kissel and Dana Sullivan
9 Virtual Vineyard, Gregory J. Millman, Accenture,
http://www.accenture.com/xdoc/en/ideas/outlook/3_2004/pdf/case_sensor.pdf
10 Quentin Hardy, Sensing opportunity, Forbes Magazine, 2003
11 ONWorld Press Release, Wireless sensor networks: A mass market opportunity
12 Carbon nanotubes are rolled sheets of graphite that are hollow and a few nm in diameter, but can be several micrometres (or more) long.
13 Cantilevers are micro-scaled structures that can be modified to bind specific chemicals. Binding causes the cantilever to bend (much like a diving board), and this movement is detected optically or electronically.
14 Down on the farm, ETC group, 2004: http://www.etcgroup.org/documents/ETC_DOTFarm2004.pdf


2.2 高性能デリバリー・システム

 農薬の使用は20世紀の後半に増加し、例えば DDT は最も効果がある農薬として世界中で広く使用された農薬のひとつであった。しかし、DDT を含むこれらの農薬の多くは後に非常に有毒であり人と動物の健康に影響を与え、その結果として生態系全体に影響を及ぼすことが分った。その結果、それらは禁止された。作物の生産高を確保するために、在来の手法である作物の輪作と生物学的害虫管理を混ぜた統合害虫管理(IPM)システムがポピュラーとなり、チュニジアやインドのような多くの諸国で実施された。

 将来、新規な特性を備えたナノスケール・デバイスが農業を”高性能”にするために使用することができる。例えば農民の目に見えるようになる前に植物の健康問題を特定するために用いることができる。そのようなデバイスは適切な改善措置をとることにより様々な異なる状況に対応することができるかも知れない。たとえそうでなくとも、それらは農民にそのような問題を知らせることができるであろう。このようにして、高性能デバイスは予防的及び早期警戒システムとして機能するであろう。そのようなデバイスは、ナノ・メディシンが人におけるドラッグ・デリバリーをもたらしたように、化学物質を制御され、狙いをつけたやり方で送り届けることができるであろう。ナノメディシンの発達により、現在、動物においてがんのような病気を高精度で治療することができるようになってきており、標的デリバリー(特定の組織及び臓器を狙ったシステム)が非常にうまくいくようになった。

 カプセル化や制御放出手法などの技術が殺虫剤や除草剤の使用に革命をもたらした。多くの会社は、既存のものよりも水にもっと効果的に溶けることができる(したがって反応性を増す)サイズが100〜250nmのナノ粒子を含む調剤を製造している。他の会社はナノ粒子懸濁(ナノエマルジョン)を採用しているが、それは水又は油ベースのどちらもあり、殺虫剤又は除草剤を施した200〜400nm径のナノ粒子の一様な懸濁を含んでいる。これらは容易に、ゲル、クリーム、液体、など様々な媒体に組み込むことができ、予防的措置、治療、又は収穫作物の保存など多くの用途を持つ。

 世界最大の農業化学会社シンジェンタはその農薬製品にナノエマルジョンを使用している。成長調整剤として成功した製品のひとつとして Primo MAXXR 植物成長調整剤があり、熱、旱魃、病気、又は運輸などのストレスがかかる前に使用すれば、turfgrass の物理的構造を強化し、成長期を通じてストレスに耐えることができる[15]。シンジェンタの他のカプセル化製品は、綿花、米、ピーナッツ、及び大豆の害虫(昆虫)に関して広範な防除をもたらす。KarateR ZEON という名前で市場に出ているものは、活性成分ラムダ−シハトリン(天然のピレトリン[訳注:除虫菊の殺虫成分]の構造に基づく合成殺虫剤)を含むマイクロカプセル化された迅速放出の製品であり、葉に接触するとカプセルが破れて放出する[16]。それとは対照的に、カプセル化製品である ”gutbuster” は、ある種の昆虫の腹部のようにアルカリ性環境に接触した場合にのみカプセルが開いて放出する[17]。

 他の分野では、科学者らは環境的変動に対応することができる肥料と農薬のデリバリー・システムを実現する様々な技術に取り組んでいる。最終的な目標は、電場、熱、超音波、湿度など異なる信号に対応して、よく制御された方法で(ゆっくりと又は素早く)彼らの ”貨物を搬送” するような製品を用途に応じて作ることである。

 新たな研究はまた、植物に水、農薬、及び肥料をもっと効率的に施し、人手を省き、農業をもっと環境に優しくすることを目指している。より小さな会社は、LG、BASF、ハネウェル、バイエル、ミツビシ、デュポンなどの大会社と提携して、ナノ技術を使用して今後10年で植物健康監視システムを完成させるであろう。

2.3 ナノ技術による農業分野の他の発展

 農業はほとんどの開発途上国の基幹であり、人口の60%以上がその生計を農業に頼っている。環境状況の監視、そして栄養や農薬の適切なデリバリーのための改善されたシステムの開発とともに、ナノ技術は様々な作物の生物学の理解を進め、それによって生産高や栄養的価値を潜在的に強化することができる。さらに、それは、付加価値のある作物や環境修復への道を開くものである。

 粒子農業はそのような例のひとつであり、定義された土壌で植物を育てることにより産業用途のナノ粒子を産出するというものである。例えば、研究者らは金を多く含む土壌で育てたアルファルファ(訳注:マメ科の飼料作物)は根から金のナノ粒子を吸収し、その組織中に蓄積することを示した。その金のナノ粒子は収穫した植物組織から物理的に切り離すことができる[18]。

 ナノ技術はまた地下水の浄化に用いることができる。アメリカの会社 Argonide 社は、浄水用に 2nm 径の酸化アルミニウムのナノファイバー(NanoCeram)を用いている。これらのファイバーからできたフィルターは、ウィルス、バクテリア、原生生物包嚢を水から除去することができる[19]。同様なプロジェクトはいたるところで、特にインドや南アフリカのような開発途上国で実施されている。ドイツの化学会社グループ BASF の将来ビジネスへの投資は、ナノ研究投資 1億500万ドル(約120億円)のうちの、かなりの部分が水浄化技術の開発に向けられている。フランスのユーティリティ会社 Generale des Eaux もまた、ダウケミカルの子会社 Filmtec と提携して、独自のナノフィルター技術を開発した。

 一方、フランスの複合企業 Suez の水部門 Ondeo は、0.1ミクロンの孔を持ったウルトラフィルタレーション(超ろ過)呼ばれるシステムをパリ郊外のプラントのひとつに設置した[20]。いくつかも会社が水のフィルタレーションに取り組んでいる中で、Altairnano のような会社は浄化アプローチを追求している。Altairnano 社の Nanocheck は、水環境中からリン酸エステル類を吸収するランタン(La)ナノ粒子を含んでいる。これらを池や水泳プールに適用すると効果的にリン酸エステル類を除去し、その結果藻類の繁殖を防ぐことができる。同社はこの製品が、藻の除去に莫大な金をかけている商業用釣り堀で利益を上げることを期待している[21]。

 アメリカのリーハイ大学の研究は、鉄から作られた超微粒のナノスケール・パウダーは汚染土壌や汚染地下水の浄化のための効果的なツールとして使用できることを示している。これらの汚染はアメリカにおける1兆ドル(約100兆円)の大問題であり、それらには 1,000か所以上の未処理のスパーファンド・サイト(管理されずに放置されている有害廃棄物廃棄場所)、150,000以上の地下タンクからの漏洩、及び非常に多数の廃棄物埋め立て場、廃鉱、産業跡地などがある[22]。

 鉄ナノ粒子は、トリクロロエタン、四塩化炭素、ダイオキシン類、PCB類のような有機汚染物質類の酸化、分解を促進し、これらの物質を毒性がはるかに小さいより単純な炭化化合物にする。これはまた、ナノ水産養殖への道を開くもので、世界中の多くの養殖業者の助けとなる。生物環境ナノ技術センター(Centre for Biological and Environmental Nanotechnology (CBEN))の研究は、ナノスケールの酸化鉄粒子は地下水からヒ素を結合し除去することに非常に効果があることを示した。(地下水のヒ素は開発途上国の数百万の人々への水供給に存在する問題であり、現在は有効な解決手法がない[23]。)


15 http://www.syngentaprofessionalproducts.com/to/prod/primo/
16 http://www.syngentacropprotection-us.com/prod/insecticide/Karate/
17 Syngenta’s US Patent No. 6,544,540: Base-Triggered Release Microcapsules
18 Liz Kalaugher, Alfalfa plants harvest gold Nanoparticles, Nanotechweb
19 http://nanotechweb.org/articles/news/3/4/7
20 Small times, http://www.smalltimes.com/document_display.cfm?document_id=6959
21 Altairnano, http://www.altairnano.com/applications.html
22 NanoApex, http://news.nanoapex.com/modules.php?name=News&file=article&sid=3790
23 http://cohesion.rice.edu/centersandinst/cben/research.cfm?doc_id=5100


3. 食品産業におけるナノ技術

 食品産業におけるナノ技術の影響は、この主題に特化した様々な会議の組織、よりよい安全な食品のためのコンソーシアムの設立、さらにはメディア報道の増加とあいまって、過去数年間でより明確になってきている。かつてナノ食品における開発計画を明らかにすることについて躊躇していたいくつかの会社は現在、市場のシェアを維持するために、既存の製品を改善し新たな製品を開発するための計画を公表するようになっている。
 その適用のタイプには、スマート(訳注:頭のよい、又は情報処理機能を持つの意)容器包装、要求に応じた保存と相互作用食品などが含まれる。”要求に応じた”食品の概念の上に立ち、相互作用食品の概念は消費者が自身の栄養的必要性や味に対応して食品を自由に変えることができる。この概念は、風味又は色強化剤、又は添加栄養素(ビタミンなど)を含んだ数千のナノカプセルが食品中で待機(休眠)しており、消費者によって選択されたときにのみ活性化する[24]。
 ネッスル(Nestle)、クラフト(Kraft)、ハインツ(Heinz)及びユニリーバー(Unileve)を含む食品巨大企業の大部分は、次の10年でナノ食品市場のシェアを確保するために特定の研究プログラムを推進している。

 ナノ食品の定義は、ナノ技術又はツールが、食品の栽培(培養)、製造、加工、又は包装のいずれかの工程で使用されることである。それは原子を操作した食品又はナノマシンによって製造された食品であることを意味しない。ナノマシンを使用して分子食品を生成するというのは夢のある考えであるが、これは直ぐには実現できない。
 その代わり、ナノ技術は健康な食品文化を作り出しつつ、既存の食品プロセス・システムを変え、食品の安全を確保する潜在的能力についてもっと楽観的である。それらはまた、体が食物を摂取して吸収する時に添加物又は改良剤が選択されることによって食品の栄養品質を強化できる希望がある。これらの目標のあるものはその実現ははるか先のことであろうが、食品包装産業はすでに製品中にナノ技術を取り入れている。

3.1 容器包装と食品の安全

 製品の賞味期限を最適化するスマート容器包装を開発することが多くの会社の目標である。そのような容器包装システムは、小さな穴/裂け目を修復し、環境条件(例えば、温度と湿度の変化)に対応し、もし食品が汚染されていたなら消費者に警告することができるであろう。
 ナノ技術はこれらを解決することができる。例えば、ホイルの浸透作用を変更する、バリア特性を増強する(機械的、熱的、化学的、及び微生物学的)、機械的特性及び耐熱特性を改善する、活性抗菌表面を開発する、微生物学的及び生物化学的変化の検出と信号発信、などがある[25]。

 容器包装への導入を可能としたナノ技術の財政的展望は上向きの様に見える。現在の容器包装市場は11億ドル(約1,200億円)規模であるが、2010年までに37億ドル(約4,000億円)に増大すると予測されている。現在までにスマート容器包装産業は予想以上に早く成長しており、すでに成熟の兆候が見られる。
 金融会社フロスト・アンド・サリバン社による調査によれば、今日の消費者は容器包装に対し、便利さとともに食品の品質保護、新鮮さ、及び安全をもっと求めている。彼らは、これが容器包装の革新的手法に対する関心の増大の背景にある主な理由であると結論付けている[26]。
 スマート容器包装システムを開発しているいくつかの組織がある。例えば、クラフト・フーズは、アメリカのラトガース大学の研究者らとともに、容器包装中に”電子舌”を組み込む開発を行っている。これは、食物が傷んだときに放出するガスに非常に過敏に反応する多くのナノセンサーからなり、結果としてセンサーは色が変わり、食品が新鮮かどうかを目に見える明確なサインで示す。
 バイエル・ポリマーは、デュレタン(Durethan) KU2-2601 包装フィルムを開発したが、それは、現在市場にあるものよりも軽量で強力で耐熱性がある。食品容器包装の主要な目的は、中味が乾燥することを防止し、それらを湿気や酸素から守ることである。この新たなフィルムは、莫大な数のケイ酸塩ナノ粒子”で強化されたハイブリッド・システム”として知られている。これらは酸素やその他のガスの進入を非常に減らし、湿気を追い出し、したがって食品が傷むのを防ぐ[27]。

 プラスチックはガラスより軽く、金属缶より安いので、ビール製造所は理想的にはビールの出荷にプラスチック・ボトルを使いたい。しかし、ビール中のアルコールがボトルとして使用されているプラスチックと反応し、賞味期間を著しく短くする。
 ボリダン社(Voridan)はナノコー社(Nanocor)と提携して、インパーム(Imperm)と呼ばれる粘土(clay)ナノ粒子を含むナノ化合物を開発した。その結果、ボトルはガラスより軽くて強度があり、はるかに壊れにくい。このナノ化合物構造は、ビールからの二酸化炭素のロスと酸素のボトルへの侵入を最小にし、ビールを新鮮なままに保ち、賞味期間を6ヶ月に延ばす[28]。
 この技術は、ミラー・ブリューイング社(Miller Brewing Co.)を含む数社によって採用された。ハネウェル・スペシャルティ・ポリマー(Honeywell Specialty Polymers)もまた、賞味期間を延長(26週間)するナノ化合物を導入したプラスチック・ビール・ボトルの開発に成功した。
 ”イージス(Aegis)”ナイロン 6 は、3層構造の保護層であり、2003年後半から、韓国ハイトブリュワリー社(Hite Brewery Co.)の1.6リットル、ハイト・ピッチャー(Hite Pitcher)ビール・ボトルに使用されている[29]。
 異なる戦略として、コダック社(Kodak)は、容器包装の中味から酸素を吸収する能力を持ち、その結果食品の劣化を防ぐ抗菌フィルムを開発している。
 他の組織は、ナノ技術による感度の向上又は食品汚染の容易な検出の方法を探している。例えば、アグロミクロン社(AgroMicron)は、サルモネラル菌やE. coliのような微生物の表面に結合するようにした発光性蛋白を含むナノバイオ・ルミネッサンス・ディテクション・スプレー(NanoBioluminescence Detection Spray)を開発した。結合すると可視白熱光を発するので汚染された食品や飲料の検出を容易にする。発光が強まればそれだけ微生物の汚染が高いということである。同社はこの製品をバイオマーク(BioMark)という製品名で市場に出すことを目指しており、現在、バイオ・テロ対策や海上輸送コンテナーへ適用するために新たなスプレー技術を開発中である[30]。

食品の安全を確実にするための同様な戦略において、グッド・フード・プロジェクトのEUの研究者らは、食品中の化学物質、病原体、毒素を検出するための携帯ナノセンサーを開発した[31]。これは、(金と時間がかかる)サンプルの試験所への送付の必要を回避し、食品を農場、畜殺場、輸送中、加工中、又は包装工場で安全性と品質を分析することを可能にする。
 このプロジェクトはまた、病原体を検出するために、DNA バイオチップを用いたデバイスを開発している。この技術はまた、肉や魚の中の異なる種類の有害なバクテリアや果物に影響を与える菌類の存在を決定するために適用することができるであろう。このプロジェクトはまた、農場の環境条件を監視するとともに、果物や野菜に残留する農薬を特定するために用いることができるマイクロアレイ・センサーを開発する計画を持っている。これらは、”良食品センサー(Good Food sensors)”という造語で呼ばれている。

24 John Dunn, “A Mini Revolution,” Food Manufacture, September 1, 2004.
http://www.foodmanufacture.co.uk/news/fullstory.php/aid/472/A_mini_revolution.html
25 Nanotechnology targets new food packaging products, http://www.foodproductiondaily.com
26 http://www.foodproductiondaily.com/news/ng.asp?id=63704
27 Nanoparticles make DurethanR films airtight and glossy, Bayer Polymers
28 Safer And Guilt-Free Nano Foods, Josh Wolfe, Forbes/Wolfe Nanotech Report, http://www.forbes.com
29 http://www.ptonline.com/articles/kuw/12437.html
30 http://www.agromicron.com/BTP.htm
31 http://www.goodfood-project.org/


 ”健康、環境、その他の用途で、いろいろに使え廉価で使い易い診断ツール”を目指してEUが資金提供しているバイオフィンガー(BioFinger)プロジェクトは食品分析において異なる適用を見いだした。そのデバイスは、カンチレバー技術を利用しており、そこではカンチレバーの先端は特定の分子(バクテリアの表面にあるような分子)に結合すると曲げて共鳴させる化学物質でコーティングされている。バイオフィンガー(BioFinger)ディバイスは、カンチレバーを使い捨てのマイクロチップに組み込んで小型で可搬なものになっている[32]。

 アメリカ軍は食物供給がテロリストに襲われたときに使用する超センサーを開発している。現在のシステムは食品中に病原体が存在することを確認するのに数日かかるが、新しいナノ技術が可能にした超センサーは病原体を即座に検出することができるであろう。そのような技術は食品産業で広く適用されるであろう。

 ボン大学の研究者らは、ロータス効果(蓮の葉の表面を覆うナノスケールのワックス効果により、水が玉になり走る現象)を用いた容器包装のための防汚コーティングを開発している。畜殺場及び食肉処理プラントでは特に、そのような技術の恩恵を受ける。
 イギリスのリーズ大学の研究グループは、酸化マグネシウムと酸化亜鉛のナノ粒子は微生物を破壊するのに高い効果があることを明らかにした。これらは銀ナノ粒子よりもかなり廉価に製造できるので、食品容器包装に多大な用途がある[33]。

 ナノ技術はまた、食品アイテムの監視と札(タグ)に用途を見いだしている。無線認識(RFID)技術が50年以上前に軍により開発されたが、現在は店頭における食品アイテムの監視からサプライチェーンの効率改善にいたるまで多くの用途がある。データを無線受信機に送信することができるマイクロプロセッサーとアンテナからなるこの技術は、倉庫から消費者の手元に届くまで商品を監視するために用いることができる[34]。
 手動でスキャンし個別に読み込む必要のあるバーコードとは異なり、RFIDは読み取りのために商品を並べる場所(ライン)は不要であり、一秒間に数百のタグを自動的に読み込むことができる。
 ウォルマート(Wal-Mart)、ホームデポ( Home Depot)、メトロ・グループ(Metro group)、及びテスコ(Tesco)などの小売業界ではすでにこの技術をテスト済みである。
 主な欠点はシリコン製造のための製造コストが高いことである。ナノ技術とエレクトロニクスの融合(ナノトロニクス)により、これらのタグは、より安価で、より使いやすく、より効率的になる。

 北欧の食品産業の科学者グループは、健康で安全な食品を開発する取組を強化するために、責任あるやり方で食品産業におけるナノ技術の応用を推進することを目的としてナノ食品コンソーシアムを結成した。資金を提供した会社には、アルラ・フーズ(Arla Foods)、ダニスコ(Danisco A/S)、アールス・ユナイテド(Aarhus United A/S)、ダニシュ・クラウン(Danish Crown amba)、システマティック・エンジニアリング・ソフトウェア(Systematic Software Engineering A/S)、そしてインターディスプライナリ・ナノサイエンス・センター(Interdisciplinary Nanoscience Centre(iNANO))が含まれる。
 消費者に安全な食品を供給するという使命の下に、このコンソーシアムの優先事項は[35]:
  • 食品サンプルが有毒化合物又はバクテリアを含んでいないかどうかをほとんど瞬時に明らかにすることができるセンサーを開発すること
  • 食品製造用機械のための抗菌表面を開発すること
  • 食品のためのより薄く、より強く、より廉価なラッピングを開発すること
  • より健康な栄養成分を含む食品の創造

 食品科学の分野で活動しているデンマークの研究所の連合である先端食品研究センター(LMC)による調査は、第7次フレーム・プログラムのための彼らの優先事項を設定した[36]。6項目からなる優先領域は:
  • 知的革新のための食品と動物飼料の基本的な理解
  • 食品研究におけるシステム生物学
  • 食品分野/生物学的製造における生物学的刷新
  • 技術開発
  • 栄養遺伝子学(nutrigenomics)
  • 消費者ニーズによる革新と食品コミュニケーション
 彼らはこれらの領域へ焦点を合わせることは、ヨーロッパにおける食品研究と開発において全体論的(holistic)で学際的なアプローチを生み出すであろう。彼らは、食品化学に適用されるべきナノセンサー、及びナノ流体技術に加えて、機能的特性をもったナノ粒子を製造することを目指している。
 他の興味あることは、輸送中、あるいは商品展示棚での製品状態を監視することを可能にする知的包装材料、及びバイオ・ベースの包装技術の開発を含む。


32 http://www.biofinger.org/
33 http://www.foodproductiondaily.com/news/ng.asp?n=59980-nanotech-discovery-promises
34 Radio ID Tags: Beyond Bar Codes, http://www.wired.com/news/technology/0,1282,52343,00.html
35 New consortium to secure safe and healthy food, Press release,14-06-2005, http://www.scanbalt.org/sw4126.asp
36 Danish food researchers list priorities for FP7 and underline relevance of nanoscience, Press release, 01-09-2005, http://www.lmc.dk

3.2 食品加工

 容器包装に加えて、ナノ技術はすでに機能的又は相互作用食品の開発に影響を与えており、それは体の要求に反応し、栄養をもっと効率的に与えることができる。様々な研究グループがまた、新たな”オン・デマンド(要求に応じた)”食品を開発しているが、それらは必要があるまで体内で待機しており、必要に応じて細胞に栄養を送り込む。
 この分野のキーとなる要素は、栄養を運ぶために食品中に組み込まれるナノカプセルの開発である。食品加工における他の開発には、栄養の吸収を増すために既存の食品にナノ粒子を加えることがある。

 西オーストリアの大きなパン会社のひとつは、同社で最もよく売れている製品”最高級パン”にマグロのオイル(オメガ3−脂肪酸の源)をナノカプセルに含めることに成功した。
 ナノカプセルは、それらが胃に到達した時にのみ開くように設計されており、このことにより魚の油のいやな味を避けることができる[37]。

 イスラエルの会社であるニュートラリース社(Nutralease)は、細胞にナノ粒子中の栄養を届けるために、ナノサイズ自己組み立て液体構造(Nano-sized Self-assembled Liquid Structures (NSSL))技術を利用している。この粒子はミセル(脂肪でできた中空球で内部に水様液を持つ)で径が約30ナノメートルである[38]。この”機能性食品”は、内部に水様液を含んでいる。このキャリアーに組み込まれている栄養素は、リコピン(訳注:トマトなどの赤色色素)、ベータ・カロチン、ルテイン(訳注:赤橙色柱状晶の色素)、CoQ10、及びDHA/EPAを含む。
 ニュートラリース社の粒子はこれらの成分が腸から血流にもっと容易に入るようになっているので、生物学的利用能を増大する。この技術は、体内のコレストロール吸収を14%減らすと主張するカノーラ活性オイル(Canola Activa oil)を搬送するために、すでにシェメン・インダストリーズ(Shemen Industries)によって採用され市場に出されている。この技術はまた、医薬品業界で潜在的な適用がある。

 多くの化学会社が体に容易に吸収され、製品の有効期限を延ばすことができる添加物の研究を行っている。バイオデリバリー・サイエンス・インターナショナル(Biodelivery Sciences International)は、ナノコチリート(nanocochleates ナノ蝸牛状物)を開発したが、それは50ナノメートルのコイル状ナノ粒子であり、食品の色や味に影響を与えることなく、ビタミン、リコピン、オメガ脂肪酸などの栄養素をもっと効率的に搬送するために使うことができる[39]。
 クラフト・フーズは、相互作用食品(interactive foods)を製造するためのナノ技術の適用を調査するために15の大学と研究グループによるコンソーシアムを組んでいる。これらは消費者が異なる味と色を選択することを可能にする。このコンソーシアムはまた、ナノセンサーによって検出される欠乏に反応して栄養素を放出するスマート食品、及び食品とともに摂取されるが活性化されるまで待機しているナノカプセルを開発する計画を持っている。
 これらの新たな開発の全ては超食品の概念を現実のものとし、これらは、エネルギーの増大、認識機能の改善、よりよい免疫機能、老化防止などを含む多くの異なる利益を提供することが期待される。

 ナノ技術はすでに化粧品産業で透明なクリームを製造するために利用されている。栄養科学の分野でナノ技術を利用している会社ロイヤル・ボディケア社(Royal BodyCare)は、径が5ナノメートル以下のコロイド状(又はエマルジョ)の粒子であるナノスーティカルズ(NanoCeuticals)と呼ばれる新製品を市場に出した。同社は、この製品はフリー・ラジカルをかき集め、ハイドレーション(水和)を増し、体の ph のバランスをとると主張している[40]。同社はまた、栄養補給剤を組み込んだナノサイズの粉、ナノクラスター(NanoClustersTM)を開発した。摂取されると、それは栄養の吸収を強化する。

 食品と化粧品の会社はビタミン類を直接、皮膚に届けるための新たなメカニズム開発するために共同作業を行っている。例えば、ロレアル化粧品(L'Oreal)の株を49%持つネッスル(Nestle)はビタミン E を直接肌に送り込むために透明な日焼け止めクリームを開発した。その目的は、紫外線保護に加えて、皮膚により吸収されビタミン E を徐々に放出するクリームを製造することにある。
 透明な紫外線保護クリームはすでに市場に出ており、ロレアル社はこの機能が追加されたクリームを直ぐに市場に出す予定であるとしている。
 エスティローダー 社(Estee Lauder)のような他の競合会社は、ナノ粒子を使用した老化防止成分を製造している。

 アメリカを拠点とするオイルフレッシュ社(Oilfresh Corporation)はレストランやファーストフード店でのオイルの使用を半分に削減する新たなナノセラミック製品を市場に出した。その表面積が大きいことにより、その製品はフライ食品に用いる油の酸化と凝集を防ぎ、その結果、油の有効使用期間を延ばすことができる。さらなる利点は、油の温度がもっと早く上がり、調理に必要とするエネルギーを削減することである[41]。

 オランダのワーヘニンゲン大学は最近、食品産業におけるナノ技術の応用に関する研究に特化した研究センターを設立した。ワーヘニンゲン。バイオ・ナノ技術センターは次のような様々な主題に注力するであろう[42]。
  • 食品の品質と安全の検出と診断
  • 栄養のカプセル化とデリバリー
  • 物理的及び(生物)化学的プロセスのためのマイクロおよびナノ・ディバイス
  • 化学的生物学
  • ナノ技術
  • 消費者科学技術評価
 ドイツの会社アクアノバ社(Aquanova)は、脂肪削減と飽和のための二つの活性物質をひとつのナノキャリアー(平均30ナノメートルの中空球:ミセル)を組み込む新たな技術を開発したが、それは、インテリジェント体重管理への新たなアプローチといわれる革新である。
 NovaSOL Sustain と呼ばれるこの製品は、脂肪削減のために CoQ1O を、飽和のためにアルファ・リコピン酸を使用している。 NovaSOL 技術はまた、液体を曇らせないビタミン E 調剤、SoluE、及びビタミン C 調剤、SoluC を生成するのに用いられている。NovaSOL 製品はまた、胃酸から内容物を保護するので他の栄養補給剤に導入することができる[43]。

 異なる戦略として、ユニリーバー(Unilever)は、アイスクリームの舌触りを与えるエマルジョン粒子のサイズを小さくすることによって低脂肪アイスクリームを開発している。これにより同社は、エマルジョンの使用を90%削減し、脂肪分を16%から約1%に減らすことを期待している[44]。

 アメリカのウッドロー・ウィルソン国際学術センターは市場に出ているナノ技術の消費者製品データベースを作成し、現在までのところ食品産業に関しては、直接関連する15項目以上を特定した。このリストは、ロイヤルケアボディ(RBC)ライフサイエンスによって開発されたナノスーティカルズ(NanoCeuticals)、シェメン・インダストリーズ(Shemen Industries)によって開発されたカノーラ活性オイル(Canola Activa oil)、LG エレクトリカルズ(LG Electricals)、サムソン(Samsung)、 及び ダエウー(Daewoo)によって製造されている冷蔵庫で使用される銀ナノ粒子の抗菌剤と防臭剤、ヘルス・プラス・インターナショナル(Health Plus Internationa)によって製造されている All Spray For Life は新設計の事前計量、ノンエアゾールを使用、栄養補給剤の粘膜投与のためのナオスーティカル・デリバリー・システム(NDS)は胃腸吸収に比較して生物学的能が増強。詳細な製品リストはウェブサイトから入手可能である[45]。


訳注ウィルソン・センターのナノ技術消費者製品目録 (当研究会紹介)
ナノ食品の例ウィルソン・センターのリスト から一部抜粋)
チョコレート・ガムチョコレート食用油サプリメントサプリメントサプリメントサプリメントサプリメントサプリメントサプリメント


37 http://www.foodscience.afisc.csiro.au/foodfacts/foodfacts11-fishoil.htm
38 http://www.nutralease.com/technology.asp
39 http://www.biodeliverysciences.com/bioralnutrients.html
40 Royal Body Care, http://smartwoman.royalbodycare.com/Nanotechnology_Revolution.aspx
41 Oilfresh Corporation, http://www.oilfresh.com/of1000.html
42 http://www.biont.wur.nl/nl
43 http://www.aquanova.de/product-micelle.htm
44 How super-cows and nanotechnology will make ice cream healthy, Daily Telegraph (21.8.05)
45 http://www.nanotechproject.org/index.php?id=44&id=44&action=view&dbq=food&p=0


4. 結論

 世界的に、多くの諸国が農業食品分野におけるナノ技術の可能性を特定し、多額の投資を行っている。アメリカ農務省(USDA)は、短期、中期、長期に達成されるべき野心ある計画を策定し、農業分野が直面している課題に目を向けて貴重な現象、プロセス、及びツールを見つけ出すことを目指している。同じ重要さがナノ技術に関連する社会的問題に置かれ、また及び公衆の問題意識の改善に置かれている。

 イギリス食料基準局(FSA)は、食品、特に容器包装分野におけるナノ技術の新たなそして潜在的な適用を評価するための調査を委託した。同時に、他の政府部門からもっと多くの金が、機能食品、栄養搬送システム、色、味、濃度のような食品の風味の最適化のための方法などを含む研究開発に向けて割り当てられている。

 この研究開発は先進国だけに限られたものではない。イランのような開発途上国は、農業への適用に焦点を合わせた自身のナノ技術計画を採用している。イラン農業省は、農業分野におけるナノ技術の使用を拡大するためのプロジェクトに35研究所がコンソーシアムを形成して取り組むことを支援している[46]。
 同省はまた、この分野における専門的な人材を開発するための訓練計画を策定しようとしている。彼らはすでに、食品産業において潜在的な適用が期待される強力な抗菌剤であるナノシド(Nanocid)を彼らの最初の商業的ナノ技術製品として製造した。
 この製品はまた、洗剤、塗料、セラミックス、空調システム、掃除機、家電製品、靴、衣料品などの様々な製品の製造に広がっている。
 インドは、ルディアーナのパンジャブ農業大学のグリーン革命に対する先駆的貢献を認めて、同大学に2006年予算において2260万ドル(約25億円)を割り当てた。同大学の高生産穀物種の研究は1960年代の食糧生産の増強に寄与し、今、新たなプロジェクトは農業における新たなツールと技術の開発を含んでいる。

 食品産業と市場に導入される製品に及ぼすナノ技術の影響がどのようなものであろうと、食品の安全性は最も重要な懸念である。この必要性はナノ技術をセンサーに適用することを強化し、それは食品の安全と保障を確実にし、商品が賞味期限が近づいた時に顧客や店員に知らせる技術をも確実にする。
 新たな抗菌コーティング及び防汚処理をしたプラスチック・バッグは容器詰め食品の安全性と保障を確実にする点で大きな改善である。

 しかし、ナノ粒子を食品に使用すること、及びナノ技術を使用して操作することに懸念があり、それは遺伝子組み換えの議論で提起されたのと同じ問題を引き出す可能性を持っている。
 これに関して、最近イギリスの食品化学技術研究所(Institute of Food Science and Technology)の報告書が、ナノ粒子が食品に導入される前に、もっと多くの安全データが要求されるということを主張している。
 同報告書は現在の法規は会社にナノ粒子を含む食品にラベル表示をすることを求めていないので、消費者は食品の中にナノ粒子が含まれていることを知ることができないということを指摘している。同報告書は、成分とともに粒子サイズの影響に焦点を当てた市場投入前の適切な安全評価を要求している[47]。
 カナダのETCグループはさらにもっと進んでおり、農業食品におけるナノ技術の一時的休止(モラトリアム)を要求している[14]。同グループはまた、主要企業とハイテク大学が新規の食品アイテムに特許を求めることは先進国以外の会社の革新を締め出すものとして告発している[48]。

 最後になるが、いわゆる”分子食品製造”である原子や分子から食品を製造するのに一日あれば可能であろう。すでにいくつかの研究グループは、この製造を探求しているが、しかしそれはやはり分子ではなく細胞を使用したトップ・ダウンのアプローチである。そのような技術の実際的な適用ははるか将来のことであろうが、そのような技術はもっと効率的で持続可能な食品製造プロセスの開発を可能とし、そこではより少ない原材料の消費で、より栄養価の高い食品を入手することができる。


46 Iran agro sector developing nanotech, http://www.iranmania.com/News
47 http://ifst.org/nano.pdf
48 Nanotechnology and Intellectual Property, ETC Group,
http://www.etcgroup.org/article.asp?newsid=508


資料
 関心ある読者は、農業・食品産業におけるナノ技術の適用について、本小論文で述べているよりもっと詳細な分析を行っている下記の資料を読むことをお勧めする。


化学物質問題市民研究会
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