1. ナノ物質とは
ナノ物質の定義で公式に定まったものはないが、一般的には少なくとも1 次元が100 ナノメートル以下の物質という非常に微小な物質である。(注:1 ナノメートル=10 億分の1 メートル)
本提言で対象とするナノ物質は、厚生労働省が平成20年11月に発表した『ヒトに対する有害性が明らかでない化学物質に対する 労働者ばく露の予防的対策に関する検討会 (ナノマテリアルについて)報告書』に従い、「大きさを示す3次元のうち少なくとも一つの次元が約1nm〜100nmであるナノ物質、及びナノ物質により構成されるナノ構造体(内部にナノスケールの構造を持つ物体、ナノ物質の凝集したものを含む。)であること」と定義する。
ナノ物質は自然界にも存在し、また非意図的物質として例えばディーゼルエンジンの排気ガス中等にも存在するが、近年、多くのナノ物質が工業的に製造されるようになった。物質がこのような微小なナノサイズになると、物理的、化学的、電磁学的、光学的に全く新たな特性を示すようになり、このよう特性が新た特質を持つ材料として、あらゆる産業分野で活用されるようになってきた。
2. 拡大の一途をたどるナノ市場
既に世界中でナノ技術を利用した製品が広い範囲で市場に出されている。その製品範囲は、電気製品、バッテリー、冷暖房空調、厨房用品、自動車用品、電子機器、 食品・飲料、子ども用品、衣料品、化粧品、身体手入れ用品、スポーツ用品、日焼け止め、家具、建材、装飾品、塗料、ペット用品、医療品等などがあり、これら以外にも汚染した土壌や地下水などの環境浄化、あるいはドラッグ・デリバリー・システム等の先端医療の分野など極めて広い範囲でナノ技術の適用が検討されている。
日本で市場に出されているナノ製品に関しては、産業技術総合研究所のウェブページ「ナノテクノロジー消費者製品一覧」がある。世界的にはWWICS / PEN(新興ナノ技術プロジェクト)のナノテク製品目録が有名である。
ナノ導入製品の世界の市場規模は、2004 年は1.4 兆円、2007 年は31 兆円であり、2014 年には約280 兆円 (全製品の15%)になると予測されており、拡大の一途をたどっていると言われている。
3. ナノ物質が及ぼす新たな有害影響の可能性
ナノ物質のヒト健康や生物、生態系に有害影響を及ぼす可能性を示す研究報告が増大しており、それらのうちの一部には下記のようなものがある。詳細については当研究会の下記ウェブページをご覧ください。
ナノ物質の有害性に関する研究の紹介
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/project/Nano_EHS_Paper_List.html
- ナノ銀は神経毒性として作用する(2010)
- 実験室の大気浮遊ナノ物質が研究者に懸念を起こす(2010)
- ナノ粒子は細胞バリアを越えてDNAを損傷する(2009)
- あるナノ粒子は胎盤関門を通過する可能性がある(2009)
- 単層カーボン・ナノチューブはバクテリアの細胞膜に穴をあけてバクテリアを殺す(2009)
- ナノ銀がゼブラフィッシュを奇形にする(2009)
- カーボン・ナノチューブがげっ歯類に肺毒性を示す(2009)
- TiO2 ナノ粒子はマウスの脳の発達に影響を与える(2009)
- 人工ナノ粒子は海洋食物網を汚染する(2009)
- ゼロ価鉄ナノ粒子及び二価鉄は気管支上皮細胞に酸化ストレスを引き起こす(2009)
- 有毒物質がナノ粒子に乗り細胞内に進入する(2009)
- 多層カーボン・ナノチューブはマウスの肺に吸入された後に肋膜に移動する(2009)
- 食品保存用ナノ銀はDNA転写を阻害する(2009)
- カーボン・ナノチューブとフラーレンがラットのDNAを損傷する(2008)
- 銀ナノ粒子はサイズが小さいほど毒性が大きい(2008)
- 酸化アルミニウムのナノ粒子はヒト脳内の血管細胞を殺し傷つける(2008年)
- 二酸化チタン・ナノ粒子が脳細胞を傷つける(2008)
カーボン・ナノチューブをマウスの腹腔に投与するとアスベストのようにマウスの中皮に病変を起こす(2008、日、英)
- 銅ナノ粒子はゼブラフィッシュに害を与える(2007)
- カーボン・ナノチューブは微生物を突き通す(2007)
- ナノ粒子は有害金属を細胞内に運ぶ(2007)
- カーボン・ナノチューブ製造時に使用される金属は水生生物に影響を与える(2007)
- 単層カーボン・ナノチューブは血管系を損傷する(2007)
- ナノ粒子はマウスの肺への細菌性エンドトキシンの影響を悪化させる(2006)
- ナノ粒子は脳への直接経路で神経系を直撃し、脳に蓄積する(2006)
- 二酸化チタンのナノ粒子 脳細胞にダメージを与える(2006)
- フラーレンが魚の脳に酸化ストレスを引き起こす(2004)
4. ナノ物質−日本では何が問題か?
世界的に共通する問題点もあるが、特に日本での主な問題点は下記の様にまとめることができる。国はナノ技術の安全に関する政策方針を早急に示し、ナノ物質の安全管理を確立すべきである。
- 国としてのナノ物質管理の全体枠組み、理念、目標、組織、法体系、手続き、スケジュール等が示されていない。
- ナノ安全管理が省庁縦割りである。例えば、省庁毎に検討会が行なわれ、報告書/ガイドラインが個別に作成されている。
- 国は、日本を含めて世界でうまくいかないことが実証されている事業者の"自主的"安全管理を目指している。
- ナノ安全管理政策の策定に市民参加がない。例えば、検討会への市民の参画がなく、報告書/ガイドラインへのパブリックコメントもない。
- ナノサイズになると特性が変わるのに、ナノサイズであることをもって新規化学物質とはみなされていない。
- ナノに特化した安全管理基準がない。
- ナノ製品を市場に出す前に安全を確認することが求められておらず、事業者が安全評価を実施できる施設を持っているどうかも疑問である。
- ナノ物質及びナノ製品に関するデータ提出義務がない。
- ナノ製品に表示義務がない。
- 市民はナノ安全性管理に関する情報を入手できない 。
5. ナノ物質管理の仕組みが必要
現在までのところ、世界中でナノ物質の管理・規制が行われている国はない。日本では、ナノ物質管理はもちろんのこと、ナノ物質管理に関する公開の議論もなく、行政の行う検討会への市民参加もない。製品は安全性を確認されないままに市場に出ている。人の健康と環境を守るために、早急に下記基本要件を備えたナノ物質管理の仕組みを作ることが必要である。
- ナノ物質の有害影響からの人の健康、安全、環境 (HSE) 保護を目的とする。
- ナノ物質管理の政策立案・策定の全ての段階に市民を参加させる。
- ナノ物質管理は予防原則に基づく。
- データのないナノ物質は市場に出さないというノーデータノーマケット原則に基づく。
- 安全性が確認されるまでナノ物質の環境放出は行わない。
- ナノ物質は同一の化学的組成からなる大きなサイズの物質とは異なる特性を持つことがあるので、全てのナノ物質は新規化学物質とみなす。
- ナノ物質管理は自主管理ではなく法的拘束力のあるものとする。
- 国はナノ物質の計測方法、有害性試験方法及び評価基準を確立する。
- 製造・輸入者はナノ物質を事前に届け出る。
- 製造・輸入者は暴露シナリオを作成し、有害性試験を実施し、国にデータを提出する。
- 国は提出されたデータを評価する。
- 国は評価に基づき、ナノ物質の管理グレードを決める(許可、制限、禁止)。
- 安全性に関わるデータは全て公開する。
- ナノ物質を含んだ製品に表示を義務付ける。
6. 新たな「ナノ物質管理」制定の提案
- 新たな「ナノ物質管理法」の制定を前提に、検討会を設置し、法制定のための詳細な要件とスケジュールを策定する。
- 検討会には、ナノ物質の安全管理に関わる市民団体、労働団体、消費者団体を参加させる。
- ナノ物質の管理項目の緊急度を勘案して、法の段階的な導入を行う。
第1段階: 暫定的「ナノ物質管理法」
第2段階: 包括的「ナノ物質管理法」を目指して段階的に着手
- 段階的導入のスケジュールを確立する。
第1段階: 2011年12月31日までに完了
第2段階: 2019年12月31日までに完了
7. 検討会の設置
新たな「ナノ物質管理法」の制定を前提に検討会を早急に設置し、法制定のための詳細な要件とスケジュールをまとめる。
この検討会には、ナノ物質の安全管理に関わる市民団体、労働団体、消費者団体に、”意味のある”参加をさせる。
検討会でまとめた要件とスケジュールに基づき、早急に法制定に着手する。
8. 第1段階の暫定的「ナノ物質管理法」
法制定が実現するまでに時間がかかることが予想されるが、その間、ナノ管理を放置しておくことはできないので、少なくとも下記内容を含む過渡期対応の暫定的な「ナノ物質管理法」を早急に制定することを提案する。
8.1 既に市場に出ているナノ物質及びナノ製品
- 製品に含まれる全てのナノ物質成分のラベル表示を義務づける。
- 製造・輸入者に試験データを含む所定のデータを提出させる。
- 国は提出されたデータと入手可能な他のデータに基づき、暫定的に安全性を評価し、予防原則に基づき、暫定的管理グレード(許可、制限、禁止)を決定する。
8.2 新規に市場に出すナノ物質及びナノ製品
- 製品に含まれる全てのナノ物質成分のラベル表示を義務づける。
- 製造・輸入者に試験データを含む所定のデータを提出させる。
- 国は提出されたデータと入手可能な他のデータに基づき、暫定的に安全性を評価し、予防原則に基づき、暫定的管理グレード(許可、制限、禁止)を決定する。
- 製造・輸入者は暫定的管理グレードが決定されるまで当該ナノ物質を市場に出すことはできない。
9. 第2段階の包括的「ナノ物質管理法」
この法律の目的を達成するために、下記4つの基本的な管理を行う。
(1) ナノ技術標準化管理
(2) ナノ物質管理 (主に有害性に基づく管理)
(3) ナノ技術応用・ナノ製品管理 (主にリスクに基づく管理)
(4) ナノ物質影響監視管理
ナノ物質管理法の概要については下記を参照のこと。
10. 関連する既存の法律及び新たに制定される法律
ナノ物質が既存の法律に関連する場合には、必要に応じて改正する。
また新たに制定される法律との整合性を図る。
下記に関連する可能性がある既存の法律の一部を列挙する。
- 環境基本法
- 化学物質審査規正法
- 労働安全衛生法
- 化学物質排出把握管理促進法
- 廃棄物処理法
- 土壌汚染対策法
- 水質汚濁防止法
- 大気汚染防止法
- 家庭用品品質表示法
- 消費者生活用製品安全法
- 食品衛生法
- 薬事法
- 農薬取締法
- 建築基準法
- 製造物責任法
- 下水道法
以上
|