EHP Forum Online: 2011年1月1日
ナノ技術が約束する
クリーンエネルギーを検証する


情報源:EHP Forum Online: 01 January 2011
Examining Nanotech's Clean Energy Promises
Rebecca Kessler
http://ehp03.niehs.nih.gov/article/fetchArticle.action?articleURI=info%3Adoi%2F10.1289%2Fehp.119-a17

訳:野口知美(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2011年2月24日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/ehp/ehp_110101_nano_clean_energy.html


 ナノ技術の恩恵として宣伝されていることは数多くあるが、ナノ技術が化石燃料への依存度を下げるのに役立つかもしれないというのは最も魅力的な恩恵のひとつである。研究者や産業アナリストはナノ技術の可能性として数例を挙げて、乗り物や風力タービンの軽量化や効率化、太陽光パネルから得られる太陽エネルギーの増加、バッテリーの小型化や長寿命化、絶縁体の改良化、照明器具の高性能化を予測しており、このうちのいくつかは既に実現して市場に出回っている。しかし、保護団体の地球の友(FOE)が発表した新しい報告書((訳注1))は、人工ナノ物質がもたらすクリーンエネルギー革命はグリーンウォッシュ(訳注2)に過ぎないと非難し、未熟な技術の二酸化炭素排出量、環境フットプリント、ヒトの健康への影響が省エネ全般に影を落とす恐れがあると主張している。

 人工ナノ物質は、少なくとも1次元が1〜100ナノメートルの比較的新しい種類の人工物質で、大きいものでも赤血球の80分の1のサイズである。このように小さなスケールでは容積に対する表面積の比が巨大であり、物質は全く新たな特性を帯びるようになる。さまざまな形状及び化学的性質のナノ物質は現在、薬剤や消費者製品、環境復旧、エネルギー産業などに応用されている。

 FOEの報告書の焦点のひとつは、ナノ物質を数多く製造するためには莫大なエネルギーが必要だということである。例えば、あるライフサイクル分析によれば、製品の強化や軽量化のために広く使用されているカーボン・ナノチューブを製造するのに必要なエネルギーは、エネルギーの大食漢として悪名高いアルミニウムの2〜100倍であると推定されている。しかし、この報告書を批判する人の中には、ナノ物質の製造に必要なエネルギーというのはその総合的利益を台無しにするほどのものなのか疑問を呈する人もいる。米国化学工業協会ナノ技術審議会特別委員のJay Westは、声明の中で次のように述べている。「ナノ物質の中には製造するのに大量のエネルギーを消費するものもあるかもしれないが、こうしたエネルギー消費を補って余りあるほどの省エネがナノ物質によって実現するかもしれない」。(この報告書に対するコメントを米国エネルギー省に求めたが断わられた。)

 FOEの報告書はまた、ナノ技術をさまざまに適用して実現することが約束されている省エネを素早く実現し効果を生み出すことができるのか疑問を投げかけている。例えば、ナノ物質を使用して製造された太陽光パネルが効率性や耐久性の面で通常のシリコンパネルに遅れを取っていることを示す研究をいくつか引用し、ナノ技術が追いつくのを待っている暇はないと述べている。「気候変動について考えれば、状況の改善を待つ余裕など実際にはない」と、この報告書の著者の1人であるIan Illuminatoは言う。さらにこの報告書は、石油化学会社は既知の石油・ガス埋蔵地域から採掘できる石油の量が倍になることを期待して、ナノ技術に莫大な額を投資していると警告している。また、多くのナノ物質の製造プロセスは大量の水と溶剤の使用に依存しており、有害な副産物や大量の廃棄物を生成するということも指摘している。

 しかし、ウッドロー・ウィルソン国際学術センターの新興ナノテクノロジーに関するプロジェクトのディレクターであるDavid Rejeskiは、次のように述べている。「その他の技術の開発期間と比較してナノは特に時間がかかるというわけではなく、むしろ速い方であろう。今後5〜10年で気候問題に対する大規模な解決策を提供できるような速さだとは言えないかもしれないが、10〜20年以内にナノはエネルギー問題を解決するにあたって現在よりもずっと重要な役割を担うことになるだろう」。

 太陽光産業においてナノ技術を推進する大きな理由はコストにあるということに、誰も異存はないであろう。現在のところ、従来のシリコンベースの太陽電池は1ワット当たり1.50〜2.00ドルほどでエネルギーを作り出している。しかしながら、太陽光がエネルギー市場で多くのシェアを獲得するためには大幅にコストを下げなければならず、シリコンベースのパネルでは追いつく見込みがほとんどない、とナノ構造ベースの太陽電池を開発している新興企業Magnolia Solar社の社長兼CEOであるAshok Soodは述べている。彼の会社のビジネスモデルは、ナノ構造ベースの太陽電池は効率性の面でシリコンベースの太陽電池に勝るとも劣らず、1ワット当たりの価格を1.00ドル未満に下げることもできるということを示す分析や実験データに基づいていると言う。「それは実証されたか?ある程度は実証されている。将来性はあるか?もちろん。本質はそこにある。1ワット当たり1ドル未満にすることができれば占めたものだ」。

 なお、ナノ物質がヒトの健康に及ぼすかもしれない影響については、さらなる情報が必要であるとの意見で概ね一致している。これまでの限られた証拠から、躊躇を見せる研究者もいる。例えば、マウスを使ったいくつかの研究によれば、腹腔内に投与(ヒトの中皮への暴露の代用)または気管に注入されたカーボン・ナノチューブはまるでアスベストのように作用する。別の研究では、ナノスケールの二酸化チタンを皮下注射された妊娠マウスの子どもは神経障害を発症するということが分かった。

 FOEは、この5年間ナノ物質を含む製品の商業化を一時停止するよう要請し、現在審議中である公衆衛生や環境を潜在的脅威から守るための規制を策定するよう求めてきた。「われわれは適切な規制を求めているが、残念なことに、科学と新技術はいつも規制当局が思いもよらない規制上の課題を突きつけてくる。しかも、そうしたときには(既に)数多くの製品が市場に出回っているのだ」とIlluminatoは述べている。

 Rejeskiは、特に製造プロセスを環境に優しいものにするための研究努力がなされている今、ナノ技術を否定してしまうのはまだ早いと信じている。「人々はもっと賢くなるであろう。ナノ物質を製造するのに、たくさんのエネルギーや有害化学物質を使用したいと思っている企業などひとつもない。だが、環境に配慮したプロセスを開発するには、10年や20年といった歳月とさらなる投資が必要になるかもしれない」と彼は述べている。実際、FOEの報告書が発表されたのとほぼ同時期に、マサチューセッツ工科大学の研究者たちは実験室レベルでエネルギー所要量を半減し、有害な副産物を90%以上削減するという新しいカーボン・ナノチューブ製造方法を発表した。しかしながら、たとえエネルギー使用の削減量を10倍にすることが最終的に達成されたとしても、カーボン・ナノチューブを製造するのにアルミニウムや鋼鉄よりもはるかに大量のエネルギーを消費するということに変わりはないだろうとFOEの報告書は指摘している。

 コロンバスのオハイオ州立大学とニューデリーのテリー大学のBhavik Bakshi教授によるカーボン・ナノファイバーのライフサイクル分析はFOEの報告書に引用されており、彼はアスベストや殺虫剤のDDTといった過去の革新のときと同じ過ちを繰り返さないようにするために、政府とナノ技術産業は製造と製品の双方を環境に優しいものに変えることを目的とした投資をすぐさま大幅に拡大しなければならないと信じている。歴史的に見て、新技術のもたらす目先の利益への関心が強すぎるために潜在的な問題を考慮することがなおざりになり、数年後に問題が生じてはじめてその問題を考えるようになるのである、とBakshiは言う。「ナノ製品の導入に関しては、より高い基準を設けなければならない」。


訳注1
FoE 報告書 2010年11月 ナノテクノロジー、気候、エネルギー:過熱気味の約束と熱気?
(エグゼクティブ・サマリーと背景)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/FoE/FoE_nano_climate_energy.html

訳注2:グリーンウォッシング
ウイキペディア:グリーンウォッシング(greenwashing)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0
グリーンウォッシング(greenwashing)は、環境配慮をしているように装いごまかすこと、上辺だけの欺まん的な環境訴求を表す。 安価な”漆喰・上辺を取り繕う"という意味の英語「ホワイトウォッシング」とグリーン(環境に配慮した)とを合わせた造語である。
特に環境NGOが企業の環境対応を批判する際に使用することが多く、上辺だけで環境に取り組んでいる企業などをグリーンウォッシュ企業などと呼ぶ場合もある。



化学物質問題市民研究会
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