エンバイロンメンタル・ディフェンス
リチャード・デニソン 2009年7月14日
TSCAにおけるナノ物質の正体隠し

情報源:Environmental Defense, July 14, 2009
Hiding a toxic nanomaterial's identity: TSCA's disappearing act
by Richard Denison
リチャード・デニソン(上席科学者)
http://blogs.edf.org/nanotechnology/2009/07/14/hiding-a-toxic-nanomaterials-identity-tscas-disappearing-act/

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年8月20日
このページへのリク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/e_defence/e_090714_hiding_toxic_nano_identity.html


 前の投稿(ココココ)で、私は、EPAが2008年7月に BASF から90日間のラット吸入試験でカーボン・ナノチューブ(CNT)の非常に低用量での有害影響の届出を受けていたことを議論した。その届出の中で BASF はそのCNTの具体的な特定(identity)は企業秘密情報(CBI)であると宣言し、その情報を公開することを拒否した。しかし、そのことに関連して、現在、BASFは結局そのCNTの正体を明らかにすることに決めたようである。

 当初の届出は、有害物質規制法(TSCA)第8条(e)の要求に基づき BASF によって提出された。この条項は、会社がその物質又は混合物が”健康又は環境に著しいリスクを及ぼすという結論を合理的に支持する”新たな情報を入手したときには、30日以内にEPAに知らせるべきことを求めている。

正体が隠されていた
 BASF は、TSCAの要求を遵守したが、当該ナノ物質の特定は企業秘密情報(CBI)であると主張して、”カーボン・ナノチューブ”という一般的な名称だけを明らかにすることを求めた。したがって公衆には、実際の構造が単層なのか多層なのか、あるいはもっと違うものなのか知る術はなかった。

正体が明らかにされた
 つい先週、BASF は、ほとんど間違いなく同じ研究の論文をジャーナル『Toxicological Sciences(毒性科学)』に発表した(訳注1)。(要約は公開されているが、論文全文は有料である)。用量、動物の数とタイプ、暴露条件、観察された影響など詳細の全てはTSCA第8条(e) の届出報告されたものと合致している。

 この状況においてBASFは、それが多層でありその他の構造と特徴を詳細に記述することによって初めてそのCNTの正体を完全に明らかにすることを選択している。

 以前に報告したとおり、この研究は、このナノ物質がEPA及び国際基準の下で特定された高懸念レベルよりも200倍低い用量であっても非常に有毒であり、肺の炎症と肉芽腫を引き起こすことを発見した。それは少なくとも結晶質シリカより1桁高い毒性があり、BASF自身が発表された論文で述べているように、ナノ構造のカーボンブラックより10倍毒性が高い。

 研究者はピアレビュー文献に論文を発表する時には、そのナノ物質を完全に特定し特性を明らかにし、ジャーナルはそのような論文だけを受け入れるようにする努力がナノテクノロジー社会では積み重ねられている。例えば、”Minimum Information for Nanomaterial Characterization Initiative(ナノ物質特性化計画のための最小情報)短縮してCharacterization Matters”を参照のこと。

 そのことはなぜBASFが最近の論文中でそのような完全な特定と特性化を提供したのかを説明している。それではなぜ、BASFは同じ研究をEPAに提出する時にナノ物質の正体は秘密とすべきと主張したのか?

 答えは簡単である。それをすることができたからである。

TSCAの下での知る権利:健康影響があること−あり、化学物質の特性について−なし
 EPAは、TSCA第8条(e)の下に受領した届出で、化学的な特定、及びしばしば届出者の名前は企業秘密であるとの主張があり、したがってそれらの項目については公開されていない届出を日常的にを公表している。これ以上役に立たず、フラストレーションを抱かせるような公表システムは想像することもできない。ある化学物質は深刻な健康又は環境影響を引き起こし、TSCAは直ちにEPAに届け出ることを求めるほどに十分重大であることがわかっている。公衆の一人として、それがいかに悪影響を及ぼすのかはわかっても、どのような化学物質がそのような悪影響を及ぼすのかはただ想像することしかできない!

 TSCAの下で、会社が提出すべき健康と安全の研究対象となる化学物質の正体(特定)を企業秘密とすることを実際に禁止しなかったEPAは最低である。

次のこと考えてみよう。

  • TSCA自身は健康と安全に関する研究の公表を排除しておらず、むしろ求めている。TSCA第2613条(b)

  • EPA規制は、化学的特定は健康と安全の研究に欠かせないものであると明確に定義している。健康と安全の研究の定義について、40 CFR §716.3§720.3(k)を参照のこと。
  • EPA規制は、会社はたとえ健康と安全の研究に関連していても、新規化学物質の特定について企業秘密であると主張してもよいとする条件を設けている。しかし、EPAはそのような主張を請求者が”特定の化学物質の特定が健康と安全研究を理解するために不必要である”ということを立証できなければ、そのような主張は拒否できることを規制は述べている。 40 CFR §720.90(c)(3)を参照のこと。
 カーボン・ナノチューブ(CNTs)の具体的な特定を知ることが健康と安全の研究を理解するために重要ではないと合理的に主張することができる人がいるであろうか? 例えば、明らかにどのような長さの単層CNTsでもよいというわけではなくなくて、ある長さの多層カーボンナノチューブ(CNTs)がアスベストのように振舞うという最近の発見があるなら、ナノ物質の特定を知ることは健康と安全データを理解する上で核心的である。

 しかしEPAは、ナノ物質についてそのような主張を排除するための明確な措置をとっていない。実際に私の以前の投稿で議論したことであるが、EPAが受領した8つの届出のうち4つが物質の特定が隠されていた。

 EPAがなぜ措置をとらないかについて、ひとつの可能性ある理由がある。それは、EPAが年間数千件の企業による秘密情報(CBI)の主張をレビューするリソースを持っていないということである。

 TSCAがCBIの主張を安易に許しているが、実際に検証すれば、そのような主張の多くが通るとは思えない理由がことごとくある。1992年のEPA調査は不適切なCBI請求の程度に関する広範な問題を特定した。2005年米会計検査院(GAO)報告書の32-33ページを参照のこと(訳注2)。

 EPAはもちろん、CBI指定を個別に挑戦することはできるが、大変なリソースを必要とするのでそのようなことはほとんどしない。EPAによる挑戦が成功しないかぎり、情報は秘密のままである。

 これは抜本的解決が求められるナノの問題である。TSCAのCBI条項の抜本的な改革。それは私が 『Environmental Law Reporter』に発表した最近の論文の中で議論したTSCAにおける10の本質的な要素のひとつである。



訳注1
SAFENANO 2009年7月30日 吸入研究 カーボン・ナノチューブのげっ歯類への肺毒性を示す

訳注2
会計検査院(GAO)報告書 2005年6月(概要) 化学物質規制 健康リスクを評価し、化学物質検証プログラムを管理するためのEPAの能力を改善する選択肢がある



化学物質問題市民研究会
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