米大統領府 2011年6月9日
米国省庁の長へのメモランダム
ナノテクノロジーとナノ物質の応用の
規制と監督に関する
米国の意思決定のための政策原則


情報源:MEMORANDUM FOR THE HEADS OF EXECUTIVE DEPARTMENTS AND AGENCIES
June 9, 2011
Policy Principles for the U.S. Decision-Making Concerning Regulation and Oversight
of Applications of Nanotechnology and Nanomaterials
http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/omb/inforeg/for-agencies/
nanotechnology-regulation-and-oversight-principles.pdf


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2011年12月13日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/US_White-House/Policy_Principles_Nano.html

”我々の規制システムは、経済成長、革新、競争力、及び雇用創出はもとより、公衆の健康、福祉、安全、及び我々の環境を保護しなくてはならない。それは利用可能な最良の科学に基づかなくてはならない。”

オバマ大統領、エグゼクティブ・オーダー 13563、2011年1月28日

 ナノスケールで、画像化し、モデル化し、操作する能力は新たな技術をもたらし、事実上、我々の経済と日常生活の全ての分野に影響与えるであろう医療、情報技術、宇宙、エネルギー、輸送を含む多くの分野での新たな材料と応用を約束している。潜在的なナノテクノロジー応用の例は、高機能ながん治療、低価格な太陽電池、コンピュータ技術における次の革命を含む。会社は、疾病検出、軽量で強靭な材料、次世代バッテリーなどの領域で躍進的な能力を持つナノテクノロジーが可能にする製品をすでに提供している。

 ナノテクノロジーにおける進歩は経済成長を推進し、良質の仕事を創出し、広範な国家の課題に対応することができる。これらの可能性を実現することは、継続する研究、加速された革新、及び、経済的成長、革新、競争力、輸出、及び雇用創出を促進する一方で、公衆の健康、安全、環境を守る規制への柔軟性と適応性がある科学べースのアプローチを求める。

 オバマ政権の科学技術に関わる最高優先事項のひとつである国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(NNI)は、その端緒である会計年度2001年以来、その研究開発にほぼ140億ドル(約1兆1,000億円)を投資している。NNIの主要な目標は、ナノテクノロジーの責任ある開発であり、それは関連するリスクの理解と管理はもちろんであるが、ナノテクノロジーの便益を最大化することを求めている。科学技術に関する大統領諮問委員会(President's Council of Advisors on Science and Technology)が言及しているように、”ナノ物質と技術及びそれらを含む製品の安全な使用に関する適切な科学が不在の場合には、非意図的に人々と環境を害する機会が増大する。同時に、潜在的なリスクについての不確実性と憶測が消費者とビジネスの信頼を損なう恐れがある”。したがって、連邦政府は、ナノテクノロジーの環境、健康、及び安全の側面への資金を、会計年度2006年の3,770万ドル(約30億円)から会計年度2012年には1億2,350万ドル(約98億円)に増やした。

 国家経済会議(NEC)、行政管理予算局(OMB)、科学技術政策局(OSTP)、及び米国通商代表部(USTR)は、ナノテクノロジーの応用とナノ物質の監督のための政策の策定と実施の指針とするための原則一式を開発するための多省庁合意ベースのプロセスを指導した。この文書は、新たな技術を予断することなく、又は貿易に不必要な障壁を作り出す又は革新を妨げることなく人の健康、安全、及び環境を守る方法で、ナノ物質とナノテクノロジーのその他の応用を規制するためのバランスの取れた科学に基づくアプローチを促進することに関連する一般的に適用可能な原則をまとめることが意図されている。これらの原則は、現状の規正法令により規定される基盤の上に構築するものであり、既存の法的権限にとって代わる、又は連邦機関が法律により義務付けられている彼等の既存の法的及び規制的権限を執行することを妨げるものではない。米環境保護庁、米食品医薬品局、米労働安全衛生局のような規制的責任を持つ連邦機関は、公衆の健康、安全及び環境を保護するために適切な政策を実施し続けなくてはならない。

 連邦政府は、人の健康と環境を保護する責任があり、食品や消費者製品、職場で使用される化学物質、医療用製品、農薬を含んで多くの種類の製品の安全な製造、処理、使用、及び廃棄を確実にするために規制と監督活動を行なっている。ナノ物質及びナノテクノロジーの応用の監督と規制のための枠組みは、この全てを包括する責任に合致するためにいくつかの連邦機関によって現在使用されているリスクベースのアプローチのように、既存の法律とこの権限を利用する。これらのリスクベースのアプローチの基本的な要素は、曝露、生物学的分布(吸収、分布、代謝、排出を含む)、残留性、生物濃縮性、有毒性、薬物動態学のような人と環境の安全に関わる検討に関連する物質のこれらの特徴と特性、及び、したがって潜在的に関連する現在の規制の妥当性の問題を検証することである。そのようなリスクベースのアプローチは、規制は利用可能な最良の科学に基づくべきであり、科学的知見として必ず円熟し、証拠が増大し展開するという認識を反映する。現在の法に矛盾することなく、規制機関はリスク管理に科学に基づくアプローチを取るべきである。

規制目的の記述

 ナノテクノロジーは、NNIにより、”独自の現象が新たな応用を可能にする、寸法が概略1〜100ナノメートルの間の物体を理解し制御する”こととして記述されている[1]。サイズは、今日まで、ナノテクノロジーとナノ物質のために開発された全ての定義の中で、断然人をひきつける特性である。
脚注[1]: National Nanotechnology Initiative Website, http://www.nano.gov/htmVfacts/whatIsNano.html

 ナノスケールの物質は、従来の寸法の物質が持つ特性とは異なる特性を持つかもしれない。独自の特性の出現はまた、物質又は最終製品自身がナノスケール範囲になくても生じることができる。ほとんどの定義は、少なくと1次元がサイズ特有のある範囲(例えば、一般的には約1〜100ナノメートルとして参照されるナノスケール範囲)を含むが、定義のあるものは、測定されるべき単位として外部又は内部構造を用いて2又はそれ以上の次元をサイズ範囲に適用しているものがある。またある定義は、物理的又は化学的特性(例えばサイズ分布、形状、電荷、又は表面積/体積比)、又は、独自の又は新たな特性(”ナノ現象”)に関連する基準を含む。

 NNIの記述は貴重な参照点を提供している。しかし監督と規制のために重要な論点は、ナノスケールで出現するそのような新たな又は変化した特性と現象はどのようにして生じるのか、又は特定の応用におけるリスクと便益をどのように変えるのかということである。ナノ物質で観察される新しい特性と現象に目を向けることは、サイズだけに基づく断定的な定義より最終的には有益かもしれない。ナノスケールで出現する特性と現象は、リスクと便益の両方を生じさせつつ、製品の安全性、効果、能力、又は品質を変化させるかもしれない応用を可能とする。これらの特性と現象は、ナノスケールでの物質の変更された物理的、化学的、又は生物学的特性、又はその他の明確な特性に由来するのかもしれない。これらの変化は、製品の安全性、有効性、能力、又は品質だけでなく、公衆の健康と環境に対しても肯定的に又は否定的に影響を及ぼす。

 単純化と包括性を目的として、この文書では以後、ナノテクノロジー使用に関わる物質、製品、その他の応用を参照する場合には、単純に”ナノ物質(nanomaterials)”とする。この文書おけるこの用語は、この物質のライフサイクルにわたり実施される規制的監督、この物質を含むかもしれない製品、又はこの物質を利用して製造される製品を広く参照するときに使用されるであろう。

ナノ物質レビューと監督のための枠組み

 上述したように、既存の法規制はナノ物質の規制と監督のための堅固な基盤を提供している。特にこれらの法令はこの技術の広範な潜在的な応用に対応している。関連する法令の下に、連邦機関は、これらの応用の安全性、効果、公衆衛生、及び環境影響を評価する権限を持っている。彼等が権限を執行するときに、連邦機関はナノ物質に関連する独自の特性と挙動を考慮して利用可能な最良の技術的情報を用いることを追求する。

 規制と監督という目的のために、連邦機関は、ナノ物質(及び/またはそれらの応用)で観察される特性又は現象がリスク、安全性、便益、又はその他の規制的基準に関連する問題を呈するかどうかについて注視する。連邦機関は、ナノテクノロジーの全ての応用が本質的に無害である又は有害であるとして断定的に判断するような科学的根拠のない一般化を避けるべきである。この点に関して、リスク判断を支える科学的な根拠に基づいてそれらが生じる背景の中で具体的なリスクを特定することは、具体的なナノ物質の認識は実証されていない一般化よりも科学的証拠に基づくことを確実にすることに役立つ。

 適切な規制的制度の中で消費者の信頼と自信を築くことは、ナノテクノロジーの革新を助長し、責任ある開発を促進するために不可欠である。連邦機関は、特定された具体的なリスク及びそれらが生じる背景を示す明確な情報を利害関係者に提供するよう努力するであろう。

 この枠組みは、連邦機関及びその他の利害関係者の経験に対応して進化することが期待される。上述したように、将来の科学的及びその他の発展は、ほとんど間違いなく連邦機関のアプローチの改善をもたらすであろう。実際、他の技術的革新の経験が示してきたように、科学の進展及び新たに出現している技術の影響についてよりよく知ることは、関係する潜在的なリスクと便益のもっと完全な理解を反映するよう規制のアプローチを修正することを可能にしてきた。同様な進化がナノ物質の規制と監督においても予測される。時が経過すると、行政的又は法的行動を通じて、修正する必要が生じるかもしれない。

 ナノ物質によって提起される問題に対応するときに連邦機関は、新たに出現する技術の規制と監督のための原則に従うであろう。特に法が許す範囲で、連邦政府は:
  • 科学的な健全性を確実にし、決定は利用可能な最良の科学的証拠に基づき、実現可能な範囲で純粋に科学的な判断を政策の判断から切り離すこと。
  • ナノ物質の人の健康と環境に及ぼす潜在的な影響に関する適切な情報を追求、開発し、新たな知識が利用可能となった時にはそれを考慮すること。
  • 実現可能で、正当な制限(例えば、国家の安全や企業秘密などに関わる制限)の範囲で、利害関係者の関与と公衆参加のための十分な機会を与えつつ、オープンで透明性のあるやり方で、関連する情報を開発すること。
  • ナノ物質の具体的な利用に関連する潜在的な便益とリスクに関して、公衆に情報を積極的に伝達すること。
  • 決定は、意思決定時における限定された情報とリスクの役割の認識を含んで、潜在的な便益と規制と監督の潜在的なコストの意識に基づくこと。
  • ナノ物質の新たな証拠と知識に適応するために、実行できる範囲で、彼等の監督と規制に十分な柔軟性を提供すること。
  • 安全、健康、及び環境への影響、及び曝露低減を考慮しつつ、及びリスクと便益を評価するための標準の監督アプローチを用いてリスクを管理しつつ、現在の法令と規制に矛盾することなく、連邦政府内でリスク評価とリスク管理における一貫性の適切なレベルを達成するよう努力すること。
  • リスク評価で特定されたリスクの程度に対応して、適切にかつ釣り合ったリスク管理措置を義務付けること。
  • (適用可能なら)ナノ物質に関連する健康と安全、経済、環境、及び倫理の問題を含んで、広範な問題に対応するために、お互い、州政府当局、及び利害関係者との調整を追求すること。 .
  • 国際社会の中で調整された協力的な研究を促進し、アメリカの規制アプローチ及びその理解を他の諸国に明確に伝達すること。
 ナノテクノロジーは、急速に出現している研究開発分野なので、公衆の健康と環境の保護は、規制機関が基礎科学と応用の両分野での開発についての情報を進行ベースで収集することを重要にしている。連邦機関は、情報を収集するために彼等の既存の法令を使用することで与えられる権限を使用してもよい。

 全ての領域で、法の順守はもちろん求められる。もし、法令の枠組みが、リスク又は危害がすでに特定されており、そのような危害のリスクを確立するための基礎が不十分であるような状況に、義務的な報告又はその他の情報収集システムを制限するなら、連邦機関は、リスク及び可能性ある危害を評価するために必要な情報を得るために、他の法的に利用可能な手段を調査すべきである。これらの戦略を遂行するに当り、連邦機関は不適切にナノ物質は本質的に有害である、又は無害であると特徴付けることになる行動を避けるために注意深くなるべきである。

 リスク管理を強化し、リスクとハザード・コミュニケーションを改善し、規制措置での調整、単純化、及び調和を促進するために、科学技術政策局(OSTP)、行政管理予算局(OMB)、及び米国通商代表部(USTR)によって設立されたワーキング・グループが、ナノ物質の規制と監督に関連するアプローチと用語の選択を調整するであろう。このワーキング・グループは、現在の法と矛盾することなく活動し、この枠組みを新たな状況と広範なナノ物質の多様性に適用しつつ、さらに、この枠組みを展開するであろう。さらに、連邦政府機関間ワーキング・グループは、関連する規制機関が、可能性ある不確実性と規制の意義に懸念のある領域を特定しつつ、ナノテクノロジーに関与し続け、進行中の研究に影響を与えることを可能にするであろう。可能ならどこでも、研究の方向性へのインプットは関連する情報収集の重要な一部とし利用されるべきである。

 要約して言えば、連邦機関は、規制的監督のそれぞれの領域を統制する特定のルールと既存の法的権限に従い、彼等の科学ベースのアプローチを継続するであろう。規制的責任を有する連邦政府機関は、公衆の健康、安全、及び環境を守るために適切な政策を実施し続けなくてはならない。規制とその他のリスク管理反応の基礎となる技術的評価は、それぞれの応用と意図される用途の特定の生物学的及び機械的な背景を考慮しつつ、適用可能な規制プログラムの下で証拠と具体的な応用に基づくであろう。

 ナノ物質は、支える科学的な証拠なしに、本質的に無害又は有害であるとみなされる又は特定されるべきではなく、規制的措置はそのような科学的証拠に基づくべきである。安全である、又は有害らしいというどちらかの証拠がある場合には、対応する規制的措置は通常、明確である。いくつかの法令は、危害を引き起こしそうな見込み(probability)の有無にかかわらず、単なるハザードの存在だけで、ある種の規制措置の引き金になるかもしれない。しかし一般的に、そして法に矛盾しない程度に、規制は単なるハザードではなくリスクに基づくべきであり、どのような場合もハザード、リスク又は危害の特定は証拠に基づかなくてはならない。これらの原則を適用するときに、規制当局は、公衆の健康と環境を保護する連邦政府の責任を果たす一方で、可能な限り革新と通商を阻害することを回避する柔軟性、適応性、及び証拠ベースのアプローチをとるべきである。


訳注:
New Haven Independent 2011年7月1日 アメリカのナノ政策の”原則”/ギネス K. ショー


化学物質問題市民研究会
トップページに戻る