農業貿易政策研究所(IATP) 2011年6月
米・農業ナノテク
規制不在のまま どんどん疾走する

エグゼクティブ・サマリー及び結論

情報源:Institute for Agriculture and Trade Policy June 2011
Racing Ahead U.S. Agri-Nanotechnology in the Absence of Regulation
Executive summary and conclusion
By Steve Suppan
http://www.iatp.org/files/2011.6.29%20AgriNanotech%20SS.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2011年8月4日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/IATP/IATP_2011_Racing_Ahead.html


エグゼクティブ・サマリー


 6月9日、米環境保護庁(EPA)と食品医薬品局(FDA)は、それぞれ別個に、初めて、遅ればせながらナノ物質を取り込んだ製品を規制する方向の措置として、自主的ではあるが画期的な産業界へのドラフト・ガイダンスを発表した(訳注1訳注2)。ホワイトハウスは同日、ナノテクノロジーとナノ物質の規制及び監督の原則に関するエグゼクティブ・メモランダムを発出した(訳注3)。そのメモは、”会社は、病気の検出、より軽くより強い材料、次世代バッテリーのような領域で、画期的な能力を持ったナノテクノロジが可能にする製品をすでに提供している”と述べている。

 しかし、これらの製品のどれも米連邦機関によって規制されていない。ナノテクノロジーの農業と食品への応用のための研究開発は近年、急速に拡大しており、世界の公共投資及び少なくとも民間資金による研究は500億ドル(約4兆円)を越える。工業ナノ物質(ENMs)の公衆の健康及び環境への影響について多様な不確実性があるにもかかわらず、工業ナノ物質(ENMs)による1,300製品が商品化されている。

 これらの不確実性は、一部には、1〜300ナノメートル(ヒトの髪の毛の径は80,000ナノメートル)というこれら粒子の極めて小さなサイズに起因する新しい物理学的、化学的、生物学的特性によるものである。ナノスケール物質の極めて大きな表面と質量の比は、同じ材質のマクロスケールのものとは異なる特性と用途をもたらす。ナノ粒子が吸引された時にどのような健康ハザードが生じるのか、又は 工業ナノ物質(ENMs) が食品容器から食品に、従ってヒト体内にどの程度移動するのかについていまだ明確ではない。

 ナノテクノロジー製品とプロセスのための効力のある義務的な規制構造に到達するためには、いくつかの段階が必要である。 法的に合意された工業ナノ物質(ENMs)の定義はない。規制当局がすでに市場にでている製品を規制するために必要な公式の登録も、開発中の製品の目録も存在しない。2011年3月現在、非政府組織である新興ナノテクノロジープロジェクト(PEN)は、製造者が工業ナノ物質(ENMs)を含むと主張する製品を1,300以上登録したが、その数は2020年までに3,400になるであろうと見積もっている。

 定義がないということは、単なる技術的な問題だけではなく、政治的な課題でもある。拘束力のある法的定義を約束するという決定は、規制するための関連する決定、及び規制を実施し強制力を持たせるための人的、技術的、資金的リソースを確実にするという約束が前提となる。たとえ、EPAレビューのための工業ナノ物質(ENM)提出に関する6月のEPAガイダンスの後でも、定義を決定することはできるであろうし、適切なリソースも提供することもできるであろうが、商業化申請者から製品データを得ることは難しいであろう。工業ナノ物質(ENMs)製造レベルを見積もるためのある研究プロジェクトは、製造レベルに関して調査されたほとんどの会社は、研究者等が会社に秘密を保証すると約束しても、秘密ビジネス情報(CBI)であるとして、開示することを拒否した。

 もし、規制当局がピアレビューされた科学的文献に発表されているナノテク製品のデータを持っていれば、彼等が取り掛かることができるEHS(環境健康安全)リスクがある。例えば、中国の研究者等は、動物実験でナノ銀の吸収はDNA分子の複製を阻害し、別経路の分子ネットワークにより遺伝的変異を引き起こすことができることを見つけた。ナノ銀は、他の多くの用途がある中で、病原菌を殺すために食品容器材料中で使われており、そのために食品の賞味期限を延ばしている。

 既知の工業ナノ物質(ENMs)の毒性学的影響をテストするだけでも、世界的なコストの見積りは、2億6,500万ドル(約200億円)〜18億ドル(約1,400億円)の範囲となる。米国では、リスク評価のためのデータ収集とデータ分析の法的義務は政府が帯びるが、その法的義務を実施するために必要な予算を提供することに議会の強い反対がある。世界保健機関(WHO)と国連食料農業機関(FAO)の援助の下に行なわれた農業ナノテクノロジーに関する最初の(そして唯一の)専門家会議からの報告書は、工業ナノ物質(ENMs)への”段階的なアプローチ(tiered approach)”を示唆している。そのような段階的なアプローチは、欧州連合の化学物質、製品、廃棄物の規制に関するREACHの特徴である。科学的な文献が、公衆、労働者、及び環境健康により高い本当らしいリスクを示す場合には、そのような文献により情報を得た規制当局は優先的に製品データを入手し、リスク評価を実施すべきである。

 食品と農業へのナノテクノロジー応用の範囲には、農薬中の毒素の生物学的利用能強化、少用量での栄養効果、アイスクリームの舌触り改善、食品容器中のバクテリア検知などが含まれる。現在のルールでは、会社によって安全であるとすでにみなされ、従ってFDAへの報告の必要がないマクロサイズの物質は、ナノスケールの形状でも同様に安全で報告の必要がないとみなされるかどうかの決定は、会社の裁量に任されている。さらに、”同一”物質のマクロサイズのものに比べて工業ナノ物質(ENMs)の表面積−質量比は極端に大きいが、もし会社が当局に対し、当局の独立した評価のためにデータの提出を求められないなら、それらの工業ナノ物質(ENMs)の許容1日摂取量を決定することは不可能である。

 2008年、新興ナノテクノロジー・プロジェクト(PEN)と食品製造業協会(GMA)は、産業側代表、政府規制当局、及びNGOsに、ナノを導入した一般的及び仮想の食品容器をEPAとFDAがどのように規制すべきかについて検討させた。このプロジェクトは、食品容器包装材料のためのFDAの現在の規制プロセスの下記を含む課題を明らかにした。
  1. ENMが食品に移動するかどうか決定するためにENM特性を特性化するための方法論を確認すること
  2. ENMsへの消費者曝露を決定する移動研究プロトコールを確認すること
  3. 現在のFDAの毒性テストのためのset dietary concentration triggers はENMsにとって適切であるかどうかを評価すること
  4. ENMs と同一物質であるマクロスケール物質の毒性学的データは、ENMs の毒性及び安全性評価に使用できるかどうを決定すること

 しかし、これらの課題は、理論的なだけではない。ピューリツァー賞受賞のジャーナリストであるアンドリュー・シュナイダーは、ラテンアメリカから輸入されるいくつかの果物や野菜は、賞味期限を延ばすためにナノ粒子でコーティングされていると報告している。特許申請のレビューに基き、規制当局は食品ナノ・コーティングの成分に関するある知識は持っている。これらの成分には、バクテリアに対する抗菌剤としてのナノ銀やナノ亜鉛、含水量の損失を防ぎフィルムの透明性を確保するためのナノシリカ、紫外線による劣化を防ぐためのナノ二酸化チタンなどがある。これらの成分のマクロ形状のものは食品添加物として許可されているが、ナノスケールでのそれらの安全性を評価するためのテストはいまだなされていない。行政的、技術的、及び資源の制約が、食品ナノコーティングとENMsを使用する食品容器包装の効果的な輸入検査に対する大きな障害となっている。

 食品、飼料、及び食品容器包装材中の ENMs の存在を簡単で信頼性のある測定をするための方法を開発するための科学的、予算的、基盤施設的な困難さのために、あるいは多分それにもかかわらず、国際的な食品規格機関であるコーデックス委員会(訳注:FAO/WHO合同食品規格委員会とも呼ばれる)は7月に、2013〜2018年の戦略計画にナノテクノロジーを含めるかどうか検討するかもしれない。コーデックス規格は、貿易の利便性を目的とする世界貿易機関(WTO)の衛生と植物防疫措置に関する協定により、権威あるものとしてみなされている。少なからぬそれらの製品がすでに規制なしに、あるいはリスク評価なしに貿易が行なわれている農業ナノテクノロジーに関する作業をコーデックス委員会がなぜ引き受けるべきかについては多くの理由がある。同時に、コーデックス規格は FAO/WHO 専門家会議及び/又は食品添加物に関する FAO/WHO 合同委員会のような常任委員会の科学的助言を求めている。しかし、FAO と WHO 加盟国政府はそのような科学的助言の資金調達をコーデックスの優先事項としてこなかった。しかし、もし加盟国が ENMs食品の義務的な上市前安全評価及び上市後の調査を実施するための効果的なルールと資源を持つ前に規格が開発されるなら、コーデックス規格は適切な規制実施能力なしに貿易を増やすことに役立つだけであろう。

 ナノテクノロジーの応用に関する潜在的な便益の公共の楽観的な評価と潜在的なリスクとの間に深刻な不均衡がある。適切な安全規制を決定するための取り組みが、ナノテクノロジーの応用が特定の技術的又は公共の利益目標を達成するための最適な手段であるかどうかを評価するための相対的技術評価の枠組みを持って開始されるべきである。投資家は、リスク研究が有害性のひろまりと製品を市場から回収せざるを得なくするような深刻さを明らかにする前に、製品が広く行き渡り、”受容される”ようになることを望んでいるように見える。

 EPAとFDAのそれぞれの権限下にあるナノテクノロジー製品に関する産業界への自主的なガイダンスを発行するというEPAとFDAによる6月9日の発表は、小さいことではあるが、規制に向けての第一歩を促進するものである。農業ナノテクノロジーにおけるEHS研究のための予算と権限を最小にすること、及び、農業ナノテクノロジーのハザードは、もしそれらが公衆の健康と環境に有害であるとみなされても、追跡不可能で法的責任を求める原告の手の届かぬものとなるであろうと信じて疑わないことは、実現可能な技術又は商業化政策とは言えないであろう。確かに、規制がないことに依存する政策とリスク研究へのわずかな投資では、ナノテクノロジー推進者が約束する21世紀のいわゆる”新たな産業革命”を可能にすることはできない。


結論

 政府、会社及び大学の研究者等は、大部分、EHS(環境・健康・安全)研究に携わるより、投資、雇用創出、及び”潜在的便益”の源としてナノテクノロジーを推進することに積極的である。投資家及び立法者への”潜在的な便益”の物語は、リスクと規制のコストの物語よりはるかに魅力的である。投資家にとって魅力のないことは、公的であろうと私的であろうと、これらのリスクについての研究が規制の遅れとさらには商業化の禁止という結果さえもたらし、研究費と開発費も失うということが、まさしく現実の可能性であるということである。ナノテクノロジーの応用の潜在的便益と潜在的リスクの評価の間には不均衡がある。”便益の主張に適用される証拠となる手ぬるい基準とは反対に、公衆の健康と安全を守るための規制が制定されるためには、そして新たな製品のナノに特化した安全評価が求められるためには、その前にリスクが明確に証明され定量化されることが求められる(訳注:ノーデータ、ノーレギュレーションの概念)。この矛盾する、そして証拠の基準の適用における全く自己本位の不公平は、長年実現されていない”潜在的な便益”の絶えることのない推進をもたらしており、一方、EHSリスクの研究は、予算的にも政策的にも見放されている。

 ”潜在的な便益”といわれるものについての一群の厳格な分析は、ナノテクノロジーの応用が特定の技術的又は公共利益の目標を達成するために最適な手段であるかどうかを評価するための相対的技術評価(comparative technology assessment)の枠組みである。アメリカ政府内では、強固な相対的技術評価は、技術評価室(Office of Technology Assessment)を廃止するという1995年の議会の決定により行なわれなくなった(死んだ)が、この決定について当時、あるジャーナリストは”ヘッドライトを消して将来に向かって運転するようなものだ”と評した。規制のない 農業ナノテクノロジーの推進の場合は、投資家の運転者はライトを消しているだけでなく、ペダルの足元には、リスク研究が有害性のひろまりと製品を市場から回収せざるを得なくするような深刻さを明らかにする前に、製品が広く行き渡り、”受容される”ようになればよいという希望をもっている。

 EPAとFDAのそれぞれの権限下にあるナノテクノロジー製品に関する産業界への自主的なガイダンスを発行するというEPAとFDAによる6月9日の発表は、小さいことではあるが、規制に向けての第一歩を促進するものである。しかし、そのようなことはナノテクノロジーからの多様な便益のための希望である。もし、正しく理解されていないナノテクノロジー・リスクを管理するための規制を採択するときに、”余りにも多くの用心”が適用されると、ナノ推進者は投資の損失とナノテクノロジーにおける公衆の自信の喪失を恐れることになる。

 農業ナノテクノロジーにおけるEHS研究のための予算と権限を最小にすること、及び、農業ナノテクノロジーのハザードは、もしそれらが公衆の健康と環境に有害であるとみなされても、追跡不可能で法的責任を求める原告の手の届かぬものとなるであろうと信じて疑わないことは、実現可能な技術政策とは言えないであろう。規制がないことに依存する政策とリスク研究へのわずかな投資では、ナノテクノロジー推進者が約束する21世紀のいわゆる”新たな産業革命”を可能にすることはできない。


訳注:米国の最近のナノ規制の動き
訳注1: EPA New Policy for Nanotechnology in Pesticides
訳注2: FDA Guidance for Industry
訳注3: MEMORANDUM


化学物質問題市民研究会
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