オーストラリア労働安全局 2015年2月
工業ナノ材料:
毒性と労働衛生ハザードに関する最新情報

(エグゼクティブサマリー)

情報源:Safe Work Australia, January 2015
Engineered Nanomaterials: An Update on the Toxicology and Work Health Hazards
http://www.safeworkaustralia.gov.au/sites/SWA/about/Publications/Documents/899/
engineered-nanomaterials-update-toxicology.pdf


訳:安間 武 (化学材料問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2015年2月11日
最新更新日:2015年3月5日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/Australia/2015_SWA_ENMs_Update.html

 オーストラリア労働安全局(SWA)は、このプロジェクトを ToxConsult Pty Ltd に委託した。このプロジェクトのための資金は、国家実現技術戦略のもとに産業科学省によって提供された。
著者:
 . Dr Roger Drew, PhD, DABT
 . Ms Tarah Hagen, MSc Environmental Toxicology

エグゼクティブサマリー


(内容)

はじめに

 2009年にオーストラリア労働安全局(SWA)は、『Engineered Nanomaterials: A Review of the Toxicology and Health Effects (工業ナノ材料:毒性と健康影響のレビュー) 』 (Safe Work Australia 2009a) と題する報告書を委託作成した。これは2006年から2009年の初頭までの科学的文献の包括的なレビューであった。2009年報告書は、毒性学的情報を実証する実験的手法の詳細な記述を含んでいた。そのレビューのいたるところで出現したテーマは、実験系における工業ナノ材料(ENMs)の適切な特性化の重要性についてと、実験手順がデータと人間に対するその解釈/説明に深く影響を与える可能性についてであった。

 今回の報告書は、オーストラリア労働安全局(SWA)の2009年報告書の更新版であり、2009年から2013年初頭の間に公的に入手可能な工業ナノ材料(ENMs)に関する科学的文献と国際機関の討議を徹底的に論じるものである。実験的方法論への重みは小さく、職場(研究施設を含む)におけるハザードの特定、暴露、及びリスク管理に関係する情報に重みが置かれた。それにもかかわらず、この種のレビューでは、個々の研究を記述する文章が多くなることは避けられない。この報告書の初めの部分の章は、一般的な工業ナノ材料(ENMs)の毒性学的及び健康に関する情報を含んでいる。ナノ粒子毒性に関して多くの発表があることを認め、カーボンナノチューブ(CNTs)及び多くのナノ金属酸化物のための詳細な情報を提供している章もある。

 2009年レビューにおけるいくつかの重要な結論では、生体残留性が肺内での粒子状及び/又は繊維状物質による反応の誘発が重要な工業ナノ材料(ENMs)の特性であったが、今回の報告書はこの見解を強固にしている。長くて薄い CNTs は、中皮腫を誘発する能力を含んで、潜在的な繊維形成性作用を持つことを確認するさらなる情報が現在、入手可能である。 ENMs が自然に塊になりやすいという傾向は、体外(in vitro)及び体内(in vivo)データを人間暴露の状況に外挿するにあたり不確実性の大きな要因であるとみなされた。このことはいまだに事実であるが、凝集作用は ENMs の毒性学的反応に大きな影響を及ぼすことができるということは現在、研究者らにより認められている。これは一般的な現象ではないが、ハザードの特定にとって実験データはより利用可能となる結果をもたらす。これに関して、ENMs に結合している蛋白がそれらの細胞への取り込み、分布、及び生物学的影響に及ぼす影響と役割りを調査した多くの研究が発表された。2009年には ENMs のための職場暴露基準(WES)は具体的には設定されなかったが、いくつかの ENMs についてのげっ歯類の亜慢性吸入研究の利用が可能になった後、これらの材料のための職場暴露基準(WESs)が現在当局又は産業により確立されている。2009年レビューで指摘された職場の暴露情報の不足に目が向けられ始めたが、 ENM 暴露調査の発表は可能性ある ENM ハザードに関連する情報に比べて明らかにに遅れをとっている。暴露の分野にはまだ多くのなすべきことがある。

機関のレビュー

 90 以上の報告書/書信/レビューが国家及び国際機関から特定され入手された。全体として、 ENMs は集合的に又は無条件に、本質的に良性である又は有害であるといずれもみなすことはできない。むしろ、ハザードとリスク評価が個別的に実施されるべきである。化学物質のための OECD の物理的及び化学的特性についてのテストガイドラインの多く及び関連するハザードは、そのままでは ENMs には適用することはできないとみなされている。テストは修正されたものか新たに開発されたもののどちらかが必要である。他方では、既存の毒性テストガイドラインは一般的に適用可能であるとみなされている。しかし、 ENMs の物理化学的特性は、ENMs の吸収、分布、代謝及び排出を理解する上で相当な課題があることを示している。

 化学物質のためのリスク評価パラダイムは、 ENMs への暴露によるリスク評価のための適切ガイダンスであるとする一般的な合意がある。様々な機関のレビューの中心的なテーマは、意味のある暴露評価とリスク特性化を可能とする十分な又は適切なデータの欠如であり、もっと多くの情報の必要性である。現在ほとんどの ENMs の著しいデータギャップはリスク評価への明白な不確実性を与え、そのことが何人かの著者の意見の中で、規制的な意思決定にはそれらを利用できないと表現している。

 バルク材料のための既存の職場暴露基準(WESs)は、その材料で作られたナノ粒子からの適切な健康保護を提供しないかもしれない。それでもなお文献の中には、職場の ENM 暴露測定の容認がバルク材料又は一般的ダストのための職場暴露基準(WES)との比較によりなされている多くの事例がある。そのような比較は、非常に注意深い考慮及び状況と根拠の文書がない場合には適切ではない。

 ヨーロッパのある機関による産業 ENM の職場の予備的な調査から得られた結論は、ENM 暴露からのリスクは適切に管理できないかもしれないことを示唆した。他方、イギリスのある機関は、研究グループと大学は一般的に彼らの研究室でナノ材料への暴露の適切な管理が行われていること見出した。

職業暴露と疾病

 様々な理由のために、職業的疾病と ENMs 暴露との関係を調べる疫学研究は、従来の化学物質曝露に比べて実施するのがなおさら難しい。少なからぬ理由は、ENMs を製造している又は使用している時に暴露する作業者の数が現在は少数であるということである。 このことが、人間の健康影響を特定するために従来使用されていた疫学的研究の検出力を著しく制限する。

 ENM の影響を調べるための具体的な医学的テストは存在しないが、ENMs に著しく又は繰り返して職業的に暴露する作業者の健康を監視する、あるいは少なくとも誰が暴露したか、使用された材料、使用期間、及び潜在的又は実際の暴露に関する情報を収集することは将来的に有益であろう。さらに、呼吸器系及び心血管系評価項目の調査におけるような従来の化学物質曝露のための医学テストの多くはまた、ENMs に対しても適切かもしれない。バルク材料のために特定された医学テストはまた、ナノ形状の材料にも適用することが期待される。

 職場の空気中及び作業者の吸気ゾーンの ENMs 測定に役立つ様々な機器が現在、商業的に利用可能である。そのような測定を実施する時には、特定の暴露場所のバックグランド粒子暴露が徹底的に特性化されることが極めて重要である。また、職場全体のデータを定量的に一般化することのむずかしさが特筆される。これは、一部には、異なる測定技術、報告詳細、製造/取扱い環境、及び粒子のバックグランド源によるものである。適切な暴露管理が行われる時には(通常は工学的解決)、空気中の ENMs の濃度は一般に低い値が報告される。

 職場でのナノ粒子への暴露に関わるわずかな医学的症例が医学的文献に発表されているだけである。これらはすべて、工学的又は衛生管理的な不具合のために非常に高い暴露が関与している。これらの症例の特徴は、急激な呼吸器系損傷、重大な臨床的症状への急激な進展、治療の困難、そしてある場合には死に関連する不可逆的組織損傷である。

一般的毒性学的検討 (2015年2月18日)

 オーストラリア労働安全局(SWA)の ENMs レビュー(2009a)に見られるように、粒子及び繊維毒性パラダイムは、これらの物質の生体外(in vitro)及び生体内(in vivo)毒性調査の大部分を支えている。

 酸化ストレスを生成する ENMs の能力及び、炎症マーカーと広範な細胞型の増大、及び様々な評価項目の使用はまだ、ENMs についての多くの生体外(in vitro)研究の中心である。

 過去数年間にわたり多くのナノ金属酸化物について、それらが細胞内に入り込んだ後に究極の有毒種である金属イオンが細胞小器官内に生成されるという’トロイの木馬’メカニズム(訳注1)が研究されている。

 ENMs が体内や細胞内に吸収されると、それらが分散されるかもしれない生物学的環境中に存在する様々な高分子により広範にそして安定的に表面を覆われる可能性があることは明らかである。これが粒子の周囲に生物学的(タンパク質)コロナを形成する(訳注2)。このことが細胞がナノ物質をどのように”見る”かを主に決定する。’タンパク質’ENM 複合体が体内に分布されて細胞を通じて移動する時に結合したタンパク質の種は取り換えられるかもしれないが、この複合体は安定的であり、研究のために分離することができる。コロナは細胞との相互作用に、したがってそれらの毒性に影響を及ぼす。

 凝集した ENMs は、一次ナノ粒子よりも細胞による取り込みが低く、ナノ粒子が細胞内で凝集体を形成することがある。細胞内の凝集体は本質的に細胞質内に限られるが、個々のナノ粒子は細胞の核及びミトコンドリア中に見つけることができる。凝集した ENMs は、一次ナノ粒子に比べてより低い生体外細胞毒性を持つ。従って、作業者が個々のナノ粒子に暴露するのか又は凝集体に暴露するのかは、測定された暴露を毒性学的影響に対応させようとする時に重要である。後者はよく分散させたナノ粒子により決定されるかもしれない。米国労働安全衛生研究所(NIOSH)は、現場測定を実施しており、それらは ENM 排出の大部分は凝集し、煙霧質(エアゾル)構造を形成する傾向があることを示しており、それらはナノスケールより大きいが、それでもナノ物質であるとみなされるであろう。

 最近発表された情報は、生体外(in vitro)と生体内(in vivo)の毒性情報は必ずしも調和していないことを示唆している。しかし、このことは、生体外(in vitro)分析評価の開発と確認、表面積の標準化対応データの使用、および共生培養システムの使用によって改善されつつあるかもしれないが、調和は分析評価とENM に特有である。さらに、同じ生体外(in vitro)又は生体内(in vivo)技術がある一般的な ENM に適用された時に、実験結果に相違があるということは異常ではない。

 吸入された ENMs は、肺を通じて全身循環系に容易に吸収されるようには見えない。低濃度の場合には肺中のこれらが肺リンパ節で見いだされることはないか、又は非常にわずかしか肺外組織には達しないように見える。例外は、ある ENMs への非常に高い吸入曝露を受けた後の脾臓かもしれない。それにもかかわらず、分布研究は、非経口投与後、もし ENMs が全身循環系に吸収されれば、それらは体中に広く分布することを示している。しかし、主に食細胞を持つ組織(例えば、肝臓、脾臓、リンパ系の細網内皮系)については、食細胞が長命であるためにそれらは長期間とどまるかもしれない。これらの組織内での長期間の ENM の滞留の結果はまだ研究されていない。血液中の ENM の半減期は、体内からの排出より、むしろ細網内皮系による取り込みに依存する。

  ENMs で実施される動態/分布研究に関連する実験計画には、ヒトのリスク評価を精査する又はデータを使用する時に考慮すべき一般的ないくつかの課題がある。
  • 投与される用量は、予測されるヒト暴露よりしばしば非現実的に高い。

  • ENMs を処理する肺マクロファージ系の能力を超える用量は肺炎症とその結果としての ENMs の肺内の動態変化を引き起こす。したがってそのような研究は生体動態、全身吸収、又は ENM のハザード特性に関する適切な情報を提供していない。

  • ENMs を処理する肺マクロファージ系の能力は、食細胞とマクロファージプールの容量によって決定されるので、ENM の密度と容量は、吸入用量を設計する時に考慮すべき重要なパラメーターである。密度がより低い ENMs は、密度のより高い同等の質量を持つ ENMs 又は非ナノ物質より大きな容量を占める。その結果、肺の過負荷(すなわち食細胞活動の超過)は、より低い密度の物質については、より低い質量の用量で生じる。充填粒子間の空間のために、ENMs の凝集体(aggregation)と凝集塊(agglomeration)は事実上粒子の密度を減少し、したがって肺の過負荷の可能性が減る。

  • 湿性エアゾル ENM 調合は乾性粒子調剤に比べて高密度であるために、気道における相対的局所沈着の程度は全く異なるかもしれない。

  • ナノ物質の特性化はしばしば、媒体中で人間が暴露するものとは異なる。職業暴露は常に凝集体に対して起こり、生体動態又は毒性研究で注意深く特性化されテストされた初期のままのナノ材料ではない。

  • 組織濃度の定量化はしばしば間接的であり、ナノ粒子自体ではない。例えばナノ金属酸化物(nMeO)について、組織測定はしばしばナノ粒子(NP)ではなくて金属イオンについてなされる。炭素ベースの ENMs (例えば SWCNT や MWCNT)については、組織定量は、その製造工程で使用される金属触媒(又は放射性同位元素、例えばコバルト60)の測定によってなされるかもしれない。残念ながらこれらの物質は ENM から漏れ出し、したがって組織内の検出及び定量化は必ずしもその ENM の移行が生じたかもしれない場所の反映ではない。現時点では後者だけが透過電子顕微鏡(TEM)によって信頼をもって決定することができる。通常、投与されたナノ粒子のわずかだけが全身循環系に達するので(特に、管理され職場でのヒト暴露に該当する濃度での吸入の後)、ほんの一部を含むかもしれないナノ粒子を検出するために細胞を十分に検査するということは非常につまらない、労働集約的で時間のかかる作業である。それは文字通り、干し草中の一本の針を探すということわざに等しい。

  • 物質収支計算はしばしば行われない。その結果、呼吸器系により保持されるかもしれない、又は全身循環系に達するかもしれない ENM 暴露の割合は定量化することができない。そのような測定をしない ENM の評価は妥協である。

  • 生体外(in vitro)での細胞培養テスト系における ENMs の生体動態はしばしば無視される。多くの場合、系に適用されるENM 濃度は細胞表面における濃度ではない。 ENM はタンパク質コロナ及び/又は凝集体を獲得するので、実際上密度が小さくなる。その結果、生体外(in vitro)テスト系で一様な分布に必要な時間は、実際のテスト時間より長くなることがありる。特にもし ENM がインキュベーションプレートの底に付着した細胞に接触している場合には、重力に依存する。

 ENMs 全体の一般的な生体動態のテーマ
  • ENMは適当な濃度で吸入された後、大部分は吐き出されるか、あるいは粘液中に取り込まれる又はマクロファージ中の毛様体ラダー(ciliary ladder)を通じて除去され、結果として消える。後者が初期の肺からの迅速な一掃を説明している(半減期は1〜2時間以下)。外部曝露の一部分だけが肺胞に達し、非常に微量(0.01%のオーダ)が吸収されるかもしれない。それにもかかわらず、ある組織中に定着しているスカベンジャー(清掃)細胞中に長期間とどまることの結果は不確かなので、この吸収される小部分は懸念の種になるかもしれない。

  • 吸収された ENM の大部分は呼吸器リンパ系に移行し、一般的循環系には移行しない。

  • もしある ENM が全身循環系に入り込めば、 ENM 分布の主要な決定要因は、細網内皮(RE)細胞系との相互作用の程度である。

  • 細網内皮(RE)系を潜り抜けた小さな粒子は腎臓により排出されるかもしれない。

  • より大きな粒子及び矛盾しない表面電荷を持つ粒子は肝臓、脾臓及びその他の器官中の細網内皮細胞の標的になる。

  • タンパク質コロナは、細網内皮(RE)細胞が ENMs をいかに貪欲に隔離するかについて大きな役割を演じる。

  • ほとんどのナノ物質動態は、血液からの組織抽出(すなわち分布)を反映する比較的短い血液半減期によって特徴づけられ、体からの一掃ではない。

  • ナノ物質動態の共通の特性は、それらを隔離している組織中での粒子の保持である。これはおそらく、組織中に埋め込まれている食細胞の代謝回転時間の反映である。

  • ENMs は体内をリンパ系を通じて優先的に移動するかもしれない。
 ナノ物質は、吸入又はその他の暴露経路後、リンパ節に分布するという事実は、バクテリア、ウイルス、又は外部タンパク質などの抗原に対する免疫反応を調整することができることを示唆している。この報告書でレビューした限定された研究がこの可能性を確認している。残念ながら、実験計画は作業者への外挿が簡単ではないということである。しかし、免疫抑制を引き起こし、吸入曝露した作業者の呼吸器系感染症の増大の理論的な可能性はあるが、このことが実現する暴露の程度は不明である。

 証拠の重みは、様々な種類の ENMs は、正常な又は軽度に傷ついた皮膚を通じて細胞層に浸透することはないことを示している。 ENMs は生育不能な上皮角質層に閉じ込められる。しかし、10 nm 以下のナノ二酸化チタンは皮膚のより深い層を横断し、ある動物モデル(例えばヌードマウス)の場合は全身循環系に入り込むかもしれないことを示唆する研究もある。これらの研究の人間へのハザード特定及びリスク評価への妥当性についてはオーストラリア医薬品行政局(TGA)により疑問が提起されている。

 少数の特定の ENMs (CNTs、ナノ二酸化チタン、ナノ銀)について、職場暴露基準(WES)に基づく健康が当局又は産業により確立されている。これらは、亜慢性(90日間)反復吸入毒性データにより支えられており、特定のナノ物質に関する下記のセクションで記述されている。ENMs の大部分は、設定されるべき職場暴露基準(WES)に基づく具体的な健康を可能にする毒性データを持っていない。その代り、オーストラリア、ドイツ、オランダ、及びイギリスは、コントロールバンディング手法(訳注3)を調査し実施している。

 職場のリスク評価の現実は、安全データシート中の毒性学的及び物理学的ハザード情報に大きく依存している。これらの職場の情報源は大いに不適切であるということは明らかである。

カーボンナノチューブ(CNT) (2015年2月26日)

 長くて細い単層又は多層のカーボンナノチューブ(SWCNTs 又は MWCNTs)はアスベストのある形状に似た線維形成性毒性の特性を持っている。短い又はもつれた CNTs はこれらの影響を示さない。オーストラリア労働安全局の2009年報告書は、他の既知の線維形成性繊維と同様なサイズと形状を持つ CNTs [原注1]もまた線維形成性である、すなわち、長期的な暴露及び肺中の滞留により肺線維症及び肺中皮腫を引き起こす可能性があるかもしれないということを想定することが、もし他に理由がなければ、賢明であろうとする予防的勧告を行った。CNTs は、呼吸器系又は中皮性組織中で粒状及び/又は繊維状の病原体反応を誘発する能力を持つかもしれないということが強調された。吸入された CNTs への生物学的反応は複雑であり、予防的助言が今日においてもまだ適切である。

原注1:それは、最も懸念がある高アスペクト比、及び最短長が約 15〜20 μmの繊維である。

 前回のレビュー(Safe Work Australia 2009)以降、毒性吸入テストのための CNT エアゾルの信頼性ある生成を可能とする技術が開発された。これらの研究は、気管内又は鼻咽腔の暴露手順により初期になされた発見を支持するものである。中皮腫リスクは、病原体繊維寸法の CNTs が職場に存在する程度に依存する。今日までの証拠は、職場の空気中のほとんどの(恐らく全ての) CNTs は、亜又は低ミクロンサイズの吸入可能な凝集体である。そのような凝集体が肺環境内で単一の繊維又は繊維構造に分離できるかどうかの疑問に対応した研究は見当たらない。

 CNTs は間接的遺伝子毒素であることはよく示されている。それらは主として、活性酸素の形成を通じて DNA/染色体切断を引き起こす。さらに、CNTs は、分裂細胞の中心体構造と直接的に相互作用することができる。

 現在、調査中の毒性学的作用様式に関連する CNTs の主要な特性、及び、毒性、又は特性と生物学的反応の関連に基づく職場等級別分類を予測するのに役立つかもしれないCNTs の主要な特性は:

  • 持続した酸化ストレスを誘引する傾向がある。しかし、肺の炎症自体は必ずしも有害影響の自動的な指標ではないことに留意すること。

  • 物理的な寸法と腫瘍化の可能性。

  • 細胞間構造への物理的干渉。

  • 生体内蓄積性。CNTs は、潜在的に模擬的生体液中で、又は好中球中のペルオキシダーゼ酵素及びその他の細胞により分解され得る。これらの影響は、生体内蓄積(biopersistent)とは何を意味するのかを定義するために役に立つ。

  • 生物学的媒体中での CNT コロナ。
 多くの組織が最近、CNTs のための暴露基準を確立した。不確実性に対応するために様々な研究と様々な調整係数を用いて派生した長期暴露のための基準は、0.0003〜0.034 mg/m3 の範囲にある。亜慢性吸入曝露に基づくこれらの値をオーストラリアで採用することは適切であると考えられる。米国立労働安全衛生研究所(NIOSH)は、ひとつの職場暴露基準(WES)の文献と学術的な派生の詳細な評価を最も多く実施してきた。NIOSH によって提案された数値は、カーボン元素のための推奨される分析手法(NIOSH method 5040)によって達成可能な定量化の限界(0.001 mg/m3)である。この数値及び、その分析技術が MWCNTs、SWCNTs 及び CNFs (カーボンナノファイバー)のための 8 時間職場暴露基準としてオーストラリアで採用することを検討することが提案される。

 動物及び生体外研究で評価された MWCNTs、SWCNTs 及び CNFs は、商業的に流通しているかもしれない、又は今後するであろう CNT/CNF 材料のほんの一部だけである。またそれらの間に様々な毒性学的潜在能力があるように見える。しかし、確認された信頼性ある生体外テスト又は高い識別能を持った経済的な短期生体内ハザード特性テストが開発されるまで、職場の全ての CNTs とCNFs を有害影響について同じ能力を持っているとして扱うことが賢明である。従て、単一の職場暴露基準(WES)を全てに適用することが勧告される。

二酸化チタン(TiO2) (2015年2月26日)

 全体的として、前回のレビュー以来、TiO2 ナノ粒子の職業リスク評価のためのさらなる展開を潜在的に提供することのできる発表された著しい追加的な重要研究はない。前回のレビュー以降発表された毒性学的及び分布研究は、TiO2 ナノ粒子の潜在的なハザードのより良い理解と、前回のレビューでなされた結論についての証拠の支持を提供するものである。

   全体的に、最近の急性及び繰り返し曝露吸入研究は、高密度において、しばしば軽度で一時的な影響しか見られないので、TiO2 ナノ粒子は肺の刺激又は炎症を誘発する可能性は低いとする結論を支持している。大気の粒子物質汚染と同じように、数時間の単一吸入曝露の後、TiO2 ナノ粒子は生体内で肺の炎症を起こさずに心臓への影響を生成することができるようにみえる。しかし、これらの研究は、主に可能性ある作用機序を調査するために設計されており、用量反応関係を報告していない。ナノTiO2 (及び他の ENMs)の心肺の見地に関する追加的な情報がいずれ用意されるであろう。

 多くの生体外及び生体内調査がナノTiO2 は、主にコメットアッセイ(訳注4)における DNA 鎖の切断で見られるよう遺伝毒性の可能性があることを示している。このことは、副次的な遺伝毒性メカニズム(酸化ストレス)を通じて起き、遺伝子との直接的な相互作用ではないと結論付けられている。2009年のオーストラリア労働安全局(SWA)による吸入発がん性に関するレビューへの追加的情報はまだ見つかっていない。現状の意見は、TiO2 発がん性は肺の過負荷に関連しているということに変わりはない。二段階皮膚発がん性評価は、ナノTiO2 には腫瘍促進の潜在能力はないことを示した。

 多くの機関がTiO2 ナノ粒子のための健康に基づく予備的な職場暴露基準(又は同様な基準)を得ている。それらは 0.017〜 0.3 mg/m3 の範囲にある。米国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の2011年暴露限界勧告 0.3 mg/m3 は慢性ラット研究とその時のリスク評価手法に基づいているので、この値がオーストラリアの職場暴露基準(WES)として採用されることが提案される。

酸化亜鉛(ZnO) (2015年3月5日)

 ナノ-ZnO の毒性データベースは、いくつかの他のナノ金属酸化物(nMeOs)ほど広範ではない。他のナノ金属酸化物と同様に生体外細胞培養系のナノ-ZnO は、酸化ストレスを経て細胞毒性と間接的DNAダメージを引き起こすことができる。このことは、ナノ酸化物が媒体から細胞に移動した後に細胞内で亜鉛イオンが介在しているように見える。

 職場の評価のための急性吸入毒性情報の使用は、実験で使用されている非常に高い濃度を用いることになる。そのような濃度においては、予想される肺の炎症と細胞毒性が観察される。利用可能なナノ-ZnO を用いた急性及び亜慢性経口研究は、様々な組織中で金属濃度の増大と組織ダメージのプラス又はマイナス指示を示すが、それらの有用性はナノ-ZnO が実際に胃腸部から吸収されたという証拠の欠如のために減じる。この環境ではナノ-ZnO は大いに可溶化されるようである。

 日焼け止めにおけるナノ-ZnO の使用は、オーストラリアで実施される精巧な人間とマウスの研究を促したが、そこでは非常に感度が高く安定した同位元素技術によって、皮膚に塗った亜鉛(ナノ又はサブミクロン形状のどちらでも)のほんの一部(0.001% 以下)が血液中に吸収されることを示すことができる。さらに吸収は、繰り返しの塗布を止め皮膚が洗い流された後も数日間、継続する。増大した血中亜鉛が亜鉛イオンの結果なのか又はナノ-ZnO 吸収の結果なのか決定することはできない。通常の亜鉛循環レベルに比べて、ナノ-ZnO 日焼け止めから吸収される量はほんのわずかであり、組織中の亜鉛のホメスティック・バランス(訳注:身体が正しく機能するために必要な濃度)に影響を与えることはない。有害影響は予想されない。文献の証拠の重みは、ナノ-ZnO は皮膚に浸透しないことを示している。他の調査は、分析技術が十分な感度を持っていなかったために、金属の非常に小さな吸収を検知していなかったかもしれない。

二酸化セレン(CeO2) (2015年3月5日)

 二酸化セレン・ナノ粒子は、溶解性が低く、肺中に潜在的にとどまる。高い吸入曝露は肺中で粒子状特有の病理学の変化をもたらした。体内動態学研究は、ナノ粒子自体よりもセレンの運命を測定することにより実施された。しかし、セレンは溶解性が不十分であり安定しているので、組織内のセレン濃度は粒子状に関連するということが研究者らによって推定された。適度の量のナノセレンの吸入後すぐに、約25%が糞便中に排出されるが、このうち90%以上が最初の24時間以内に排便される。このことは、肺からの除去(粘膜毛様体による)は急速であり、胃腸管からの吸収は限られていることを示している。全身循環系に入り込むと、 CeO2 ナノ粒子は、広く体内に分布し細網内皮(reticuloendothelial)系に最高濃度をもたらす。そこに一度入り込むと長期間とどまる。

 ナノセレンの毒性学的作用の様態はまだよくわかっていない。それにもかかわらず、生体外、並びに生体内での吸入高曝露及び気管内調査は、生体内残留粒子に関連する典型的な酸化ストレスと肺肉芽腫の生成を含む炎症反応を示している。ナノ粒子が細胞内に入り込んだ後に酸化ストレスを生成することを予想しなかったわけではないが、ナノセレンは生体外系で DNA 鎖切断を引き起こすことができる。

銀(Ag) (2015年3月5日)

  銀ナノ粒子(Ag-NPs)についての静脈内研究は、肝臓、脾臓、及び腎臓内の銀の堆積を示しているが、他の器官での高まる濃度もまた報告されている。

 銀ナノ粒子の毒性学的影響はナノ形状によってよりも銀イオンによって大きく受けるかもしれないことを示す証拠が増えている。生体外での細胞毒性及び遺伝子毒性を調査した多くの研究はあるが、生体外発見と生体内発見との間の関連性を明らかにすることができる生体内情報が欠如している。このことは生体外実験でしばしば用いられる過度に高い粒子濃度により悪化させられる。恐らく単独の様式ではないだろうが、多くの複雑な生体内影響が酸化ストレスの発生に依存しないことが観察されているけれども、生体外研究は主に細胞内酸化ストレスに向けられている。

 銀ナノ粒子については、多くの短期(10, 28 及び 30 日)繰り返し曝露吸入研究が利用可能である。これらのうちのあるものは、化学物質の安全性データを生成するための OECD 吸入ガイドラインによって実施されている。血液と組織の銀濃度の増加に関連する明確な用量はあるが、重要な影響(肺胞炎症と肺機能の変更)は、肺の中で、そして高濃度暴露の場合にのみ生じる。骨髄小核テストは、肺毒性を引き起こすことが示されている濃度への90日間暴露の後、否定的であった。銀イオンと銀ナノ粒子は、濃度依存で DNA 付加体と小核を形成することができるが、銀イオンの方が強力である。


訳注1:関連情報
ES&T 2007年4月25日 ナノはトロイの木  新たな研究がナノ粒子は有害金属を細胞内に運ぶことを示す

訳注2:関連情報
Carbon Nanomaterials Research Group: A. Hirano
独立行政法人産業技術総合研究所ナノシステム研究部門 平野 篤 博士 (工学)

訳注3:関連情報
「不確かさ」に向き合う〜コントロールバンディング手法を用いた実際的なナノ材料管理〜

訳注4
コメットアッセイ/ウィキペディア
コメットアッセイ(comet assay)は変異原性試験の一種。電気泳動の原理を利用し真核生物の細胞または細胞核におけるDNAの切断を検出する方法で、単細胞ゲル電気泳動法(Single cell gel electrophoresis;SCGE)とも呼ばれる。DNAの損傷から修復の過程を指標として変異原性(遺伝毒性)を調べる方法としてよく用いられる。またアポトーシスの検出にも用いられる。



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