2010年12月4日
NGO国際水銀シンポジウムの記録
途上国における小規模金採鉱 フィリピンの事例
リチャード・グティエレスさん(比)

(Ban Toxicsバン・トクシックス代表)

文責:化学物質問題市民研究会
掲載:2011年2月25日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/INC2_CACP/101204/101204_Richard_Kouen.html

■はじめに
 ASGM=小規模金採鉱の水銀使用についてお話します。フィリピンでもミナマタ問題がつくられつつあるということと、それには私たちが共同で対応していかなければならないということをお話したいと思います。
 最初に小規模金採鉱の問題がいかに複雑であるか、理解していただきたいと思います。水銀の話をする時に金(きん)の話をしなければならないということは皮肉です。これは技術的問題というより、根本は貧困問題です。貧困であることで問題は複雑になります。

■小規模金採鉱問題は貧困問題
 これまでBan ToxicsとしてASGM小規模金鉱についてどのような活動をしてきたか。まず高木市民科学基金の支援で、ASGMについて調査をしました。環境・天然資源省の小規模金採鉱のための国家戦略計画策定にも協力しました。小規模金採鉱に関する意識向上を図るために、国際機関やほかのNGOとも協働しています。
 この問題は貧困問題です。フィリピン人の100人中33人が貧困層です。2,700万人が月収150ドルすなわち1万2千円以下の収入で、家族5人生活しています。貧困層のほとんどは田舎に住み、農業、漁業に従事していて、6人以上の大家族です。貧困家庭の3分の2では、世帯主が小学校以下の学歴です。彼らは財産を持っていないので融資を受けることができず、主な収入源は非公式な分野の活動からです。貧困世帯の大部分は慢性的な貧困状態にあります。
 皮肉なことに、最貧の10州のうち5州に豊富な金の鉱床があります。この資源は災いでもあります。金生産量のうち小規模な採掘で2万6千kg、大規模が1万kgです。小規模採鉱は2人から3人、せいぜい10人くらいで手か、簡易な機械で採掘しています。フィリピンの金鉱床は50億トン以上と推定されています。これは専門家から世界全体の供給量よりも多いと言われていますが、フィリピン政府は50億トンと言っています。
 世界の金産出国のトップ10に入っており、40州以上で金鉱床が確認されています。小規模金採鉱には1万8千人の女性、子どもを含む30万人以上の労働者が従事していて、200万人以上が家計をそれに頼っています。
 小規模金採鉱は、伝統的な、ゴールドラッシュの時代の採鉱です。法的には採掘権を認められていないので、非公式な労働者ということになります。国内最大の水銀発生源となっています。採鉱者の体内水銀濃度はWHO制限値の50倍くらいになります。

■合金アガルガムを加熱して
写真提供: Ban Toxics!

 採鉱方法は、地表、地下、水中などがあります。60センチ四方の穴を掘り、そこに水をためて、コンプレッサーを使って汚泥を吸い上げます。ロッドミル、ボールミルで鉱石を粉砕し、より細かい粒子にします。重力濃縮法や樋流し法、あるいは西部劇で出てくるパンニング(鍋)法があります。
 アマルガム法(右写真)は、水銀10〜25gを使って金1gを産出します。鍋の中の金と水銀の合金アガルガムを加熱して、水銀を蒸発させます。水銀が大気に放出されるというひじょうに危険な方法です。ホウ砂法では、ロッドミルの中に水銀を注入します。水銀をたくさん入れた方が金がたくさん採れると信じられていますが、専門家にいわせれば、金の量と水銀の量とは関係ありません。無駄な水銀が流出するとともに、大気にも放出されます。
 シアンを使うことも一般化してきています。より多くの金を抽出しようということで、カーボンインリーチ法では、シアン化溶液と水銀、鉱石を入れて撹拌します。シアンによって不純物が溶けて金が残ります。

写真提供: Ban Toxics!
■輸入水銀が雑貨屋で安く手に入る
 このような金の塊ができます。男性が手にしているのは5千ドル相当の金です。普通は家族で仕事をしていても1ドル50セントの収入にしかなりません。その中で5千ドルの収入が得られることはひじょうに魅力的です。貧困層がなんとか現金を手に入れたいということで金採鉱は増えています。
 国内の水銀の取引は、国内の鉱山は閉鎖されているので、ほとんど輸入です。合法的には歯科アマルガム利用などとして入っていますが、大半は闇市場を通じて手に入れています。アメリカ、EU、アルジェリア、キルギスタンなどから入ってきています。
 アメリカ、EUは2013年までに輸出を禁止し、アルジェリアはすでに採掘活動を中止し、キルギスタンも終了します。すると供給源も変わってくるでしょう。水銀の取引はアジア全体でも変化が起きています。価格はkg当たり45〜220ドルです。地元の小売店でグラムあたり8から16円で入手できます。歯科医院からも供給されています。
 政府の推定する水銀放出量は2008年に年間70トンです。デンマークの専門家が、小規模採鉱で年5トン放出されていると推定しています。北部ミンダナオの小規模採鉱では2001年に140トン放出されたという数字もあります。かなりの量が放出されていることがわかります。
 水銀汚染はどの程度広がっているのか、水俣では30年以上にわたり75〜150トンの水銀を水俣湾に放出しました。フィリピンでは30年以上にわたり、年間30トン以上の放出が続いています。フィリピンは、水銀による健康と環境の危機のただなかにあります。抜本的な対策が取られなければ、水俣のような事態になると思います。
 水銀は安くて手に入りやすいものです。お菓子、飲料水などが売られている普通の店で、このようにビニール袋に入れられて売られています(右写真)。安く手に入るので、未成年者も採鉱に参加し、日々のお金を手に入れることができます。シアンを使って、廃鉱石からさらに金を回収する動きが増えています。水銀とシアンの組み合わせで、より容易に有機水銀に転換します。住民は、水銀の有害性と代替方法に対する理解が欠けているために、このような状況が続いています。

■魚、水質、子どもや住民が高濃度レベル
 水銀とその影響に関するフィリピンの研究についてお話します。ダバオ湾では、子どもたちのIQが下がっていることが分かります。特に弱いのは、胎児と新生児です。パラワンの閉鎖された水銀鉱山近くの住民と地域社会の健康と環境リスクの調査が行われています。
 魚類4種が、魚における総水銀およびメチル水銀の基準レベルを超えています。魚類2種はメチル水銀の基準レベルを超えています。曝露地域の子どもと赤ちゃんは高いメチル水銀レベルだということが分かりました。
 UNIDO(国連工業開発機構)による別の調査では。ティワルド、モンカヨ、コンポステラ渓谷の地域、主要な河川の水銀レベルは、飲料水および水生生物保護のための水質基準を超えています。河川の底質および浮遊沈殿物の水銀濃度は水生生物保護のための基準を超えています。ディワルワルの採鉱労働者および影響を受けた村人は水銀中毒の深刻な症状を抱えています。体内の濃度がひじょうに高く、サポートを受けています。
 アポコン、タグムにおいては、学童の水銀レベルがひじょうに高いことが分かりました。これは無機とメチル水銀の同時曝露のためです。魚類3種でWHOの淡水魚中の水銀濃度基準を超えています。このデータを皆様に提示しているのは、どの研究でも同じ結果になっているということを示すためです。
 多くの魚種が水銀の影響を受けている、学童の水銀濃度が高くなっている、このような事実から、フィリピン政府に注意喚起を呼びかけたいと思っています。

■シアン化物汚染や暴力、未成年者労働
 小規模金採鉱による影響は、まず水域と海洋生物への水銀とシアン化物による汚染が深刻です。ほかにも、さらに掘り下げるために坑道を支えるために、木が伐採されます。これらを現状に復旧させる努力はされていません。土壌浸食が洪水をもたらし、土壌の生産性も喪失しています。野放しの移民が起きていて、地域の食料、水の供給に支障をきたしています。
 ゴールドラッシュにより、土地所有争いが起きています。大規模な金採鉱事業者と小規模な金採鉱者との間に争いが起きています。大規模事業者が採掘権を政府から獲得しているので、小規模金採鉱はほとんどが非合法に行われています。資金的に不十分なため、法的な採掘権を得ることができないのです。そのため大規模な採掘の周りで小規模な採鉱が行われることなります。大規模事業者は権利を小規模採鉱により浸食されるとして、紛争の解決は警備員などを使った暴力的なものになります。
 暴力が多発し、酔っ払いのような不道徳な行為も増大します。十分な医療もなく、健康への懸念があります。大半が資源のあるところに次々と移る移動労働者で、違法労働者です。十分な健康と安全のサービスを得ることができません。十分な機材ももたず山の中で坑道を掘って採掘します。搾取の問題もよく見られることです。労賃が安いので、事業者は大人より未成年者を雇う傾向があります。未成年者に対する社会的保障はありません。未成年者や家族への水銀中毒が深刻になっています。

■法的な整備、制度面での課題
小規模金採鉱者は、法的、制度的な問題にも直面しています。フィリピンの法律は時代遅れで、国民に十分な保護を与えないものです。制度を変えようにも資金的な負担が必要です。特定の地域を区切って、小規模金採鉱者用に設定することが求められています。資源のある場所はむしろ大規模な事業者に認可が下り、小規模採鉱者は排除されるという構図が繰り返されています。 するとますます小規模採鉱者が、違法に大規模事業者の区域に入って行くことになります。法的な整備、制度面での課題があります。環境資源庁に水銀の使用量や保有量がどれくらいあるのか聞いても、具体的な回答はないでしょう。なぜならそのような情報がそろっていないからです。

■世界の水銀供給の流れを止めること
 勧告についてお話します。
 まず、水銀の世界の供給の流れを止めること。そのためには、水銀の一次採鉱をやめること、それにより小規模金採鉱者はほかの道へ歩むよりほか選択肢がなくなります。そうすることにより彼らを守れます。また、水銀の供給にかかわるところでは、アメリカ、EUが輸出をやめるので、日本がそれに追随することを我々は求めています。
 輸出すると、その用途に関しては輸出国が管理することはできません。日本の水銀が何に利用されているか、フィリピン国内では水銀の容器には輸出国は書いてありません。
 水銀を使用しない適切な金遊離技術を調査するための研究を行うこと。技術と金採鉱がうまく合致することが必要です。十分な資金を提供し、適切な機器を提供する。労働者を公式な団体に組織化することで、搾取を減らすことができます。非合法の労働者であることで、調査もむずかしくなります。
 一貫した国の政策を策定すること、地域における採鉱規制委員会を強化すること、採鉱者、その家族、影響を受ける地域社会に、水銀の有害性の意識向上を図ること。彼らは水銀の有害性について知らないのです。

(文責:化学物質問題市民研究会)




化学物質問題市民研究会
トップページに戻る