2007年5月20-24日 フェロー諸島トルシャウン
胎児プログラミング発達毒性に関する国際会議
”フェロー声明”
環境有毒物質への発達期の暴露の人の健康影響


情報源: International Conference on Fetal Programming and Developmental Toxicity
in Torshavn, Faroe Islands May 20-24, 2007
The Faroes statement:
Human health effects of developmental exposure to environmental toxicants
http://www.pptox.dk/Consensus/tabid/72/Default.aspx

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2007年7月1日
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背景

 胎児期及び幼児期は環境のハザードに対し著しく脆弱な期間である。これら脆弱性が増すウィンドウ期間に起きる有害化学汚染物質への暴露は、幼児、子ども、そして人の一生を通じて疾病や障害を引き起こす。過去に認識された有毒暴露の影響の中には先天的奇形及びその他の異常出産がある。これらの出産は明らかに外見から分り、妊娠中または妊娠前の有毒暴露に関連していた。しかし発達初期の化学物質への暴露によって引き起こされる微妙な影響であっても重要な機能的欠陥及び後の人生における疾病のリスク増大をもたらすかも知れない。発達期の組織機能の柔軟性と疾病のリスクという考え方は実験的及び疫学的研究の双方から多くの支持を得ている。したがって、特に脆弱性のクリティカル・ウィンドウ(critical windows)が強調される暴露のタイミングが、毒性学的評価において考慮されるべき重要な要素となる。

 2007年5月20日〜24日、環境健康、環境化学、発達生物学、毒物学、疫学、栄養学、小児科学の分野の研究者らが、フェロー諸島(訳注:デンマーク自治領)トルシャウンで開催された「胎児プログラミング発達毒性に関する国際会議(PPTOX 2007)」に参集した。この会議の目標は胎児期及び出生後初期の有毒物質への暴露の影響、及び生涯にわたるそれらの影響に対する新たな識見をハイライトすることであった。この会議では初めて、人の健康に対する環境リスクをはっきりさせるためにヒトのデータと実験室での結果の解釈に焦点を当てた主要な研究者が一堂に会した。

最先端の研究

 発達中の胎児は子宮内環境の外的要因に対して極端に感受性が高い。胎児の発達は予測される出生後の環境条件に適合するために栄養とエネルギー供給が子宮内環境で調整される。子宮内と出生後の環境に相違が生じると、エネルギー代謝、内分泌機能、及び組織発達に異常が生じる。進化はエネルギー使用を最適化するという"倹約"現象に好意を示してきたが、豊富な食料と限られたエネルギー消費という環境においては、肥満、代謝症候群、及び関連する疾病をもたらす可能性が増大する。

 エネルギーと栄養代謝の発達にかかわる生理学的メカニズムはまた、環境化学物質の有毒影響に非常に無防備である。胎児期及び出生後初期の化学物質暴露は、通常の発達を決定しまた青年期及び成人期の疾病リスクをもたらす遺伝子発現に重要な影響を与える。多くの環境化学物質は DNA メチル化とクロマチン再編成によって遺伝子発現を変更することができる。これらのエピジェネティック変異(訳注:参考ウェブサイト)は特定の器官や組織に永久の機能的変化を及ぼし、次世代にも影響を与えるかもしれない疾病への感受性を高めることがある。

 げっ歯類モデルに関する新たな研究が、ホルモン活性物質、ジエチルスチルベストロール、トリブチルスズ、ビスフェノールA、ゲニスタインのような有毒化学物質への発達期の暴露は、恐らく、DNA 配列は変更しないが遺伝性のあるエピジェネティックなメカニズムを通じて、生殖系異常、代謝障害、肥満と糖尿病、がん等の発症を高めることがあることを示している。
 最早、妊婦には用いられていないが、エストロゲン様薬剤ジエチルスチルベストロールへの胎児期の暴露は、膣がん、子宮ガン、及び乳がんのリスク増大を引き起こす。プラスチック成分ビスフェノールAへの発達期の低レベル暴露は乳がん又は前立腺がんに罹りやすくし、またよく使われる殺菌剤ビンクロゾリンへの胎児期暴露もまた後々のがん発症を促進する。これらの物質は成人の組織体への発がん性は全く弱いが、それでも発達中の胎児には危険である。さらに加えて、発がん性物質への暴露が初期の発達段階で起きる場合には、予測される寿命はその疾病発症の通常潜伏期間を越えるであろう。

 ヒトの生殖系の機能は子宮内ホルモン環境の変化に非常に敏感である。男性においては精巣がん、精液の質低下、停留睾丸の発症増加は母親の喫煙とジエチルスチルベストロールのような内分泌霍乱物質への暴露と関係している。さらに追加的なリスク要素には、母親の不妊治療、フタル酸エステル類への暴露、及びエストロゲン様及び抗アンドロゲン様作用を持つ農薬への職業的暴露がある。ポリ塩化ビフェニール(PCB)またはポリ臭素化ビフェニール(PBB)、エンドスルファン(訳注:農薬・殺虫剤)、またはDDT化合物のような内分泌かく乱化学物質への出生前後の暴露は、青年期における性徴の発現及び性的成熟に影響を与えるかもしれない。これらの影響のあるものの発現は遺伝的特徴によって促進されるかもしれない。

 脳は特に発達期における有毒物質への暴露に敏感であり、正しい順序で正しい時に完了しなくてはならない複雑な一連のステップがある。脳の機能のほんのわずかな減少でも、たとえ精神発達遅延または明白な疾患がなくても、社会的機能や経済的活動に深刻な悪影響を与えるかもしれない。それぞれの神経毒汚染物質は恐らく無視できる程度の影響しか及ぼさないかもしれないが、いくつかの有毒化学物質の組み合わせが、母親のステレスや甲状腺機能の低下のような他の有害要素とあいまって、脳機能に重大な欠陥を引き起こすかも知れず、深刻な退化的な疾病を起こしやすくするかもしれない。

 免疫系もまた出生前後の重要な発達期に影響を受ける。新たな証拠は、ポリ塩化ビフェニルやアトラジンのような免疫毒性化学物質への暴露、及び母親のストレスが、ワクチンを含んで外部タンパク質に対する免疫系の異常反応を引き起こすかもしれないことを示唆している。そのような影響は、子どもたちが感染症にかかりやすくなることやアレルギーになるリスクが増大することなど、免疫系のバランスのシフトに関連しているかもしれない。

 発達期の有毒影響に関する研究は今までは母親の暴露及び新生児の環境を強調してきたが、父親の暴露もまた子どもの発達に影響を与えるかもしれない。実験的研究は、電離放射線、喫煙、及びある種の化学物質は重要であるかもしれないことを示唆しており、ある暴露は子どもの性比にも影響を与えるかもしれない。

結論

  • 子どもの健康の三つの側面が発達毒性リスクに関連して重要である。第一に、母親の化学物質体内汚染は胎児や新生児と共有され、したがって子どもは体重に比較するとより大きな用量で暴露している。第二に、有害影響への感受性は、妊娠前から青年期までを通じて発達期に増大する。第三に、有毒物質への発達期の暴露は生涯の機能障害と疾病リスクの増大をもたらすことがありえる。

  • したがって健康と疾病の発達プログラミングに与える環境影響についての研究は毒物学の理解について新たなパラダイムを導いた。4世紀以上前にパラケルスス(Paracelsus)によって作られた古いパラダイムは”毒は用量次第(the dose makes the poison)”であった訳注1)。しかし、初期発達段階に被った暴露については、最も重要なことは”毒はタイミング次第(the timing makes the poison)ということである。この拡張されたパラダイムは胎児と子どもを防ぐことが可能な危険から守るために広範な配慮に値する。

  • 新たな識見の一部は、生殖、免疫、神経行動、心臓血管、内分泌異常、さらにはある種のがんや肥満に関係のある胎児プログラミングに関する多数の動物研究から引き出されている。これらの有害影響は、環境に存在するものと同程度の現実的な人の暴露レベルでの化学物質汚染に関連付けられている。

  • 関連するメカニズムの中で、変更されたエピジェネティック・マーキングに起因する遺伝子発現の変化について格別の懸念が提起された。その懸念とは後の人生で疾病に対する感受性が高くなるだけでなく、その影響は次の世代に受け継がれるということである。

  • ほとんどの慢性疾病プロセスは、多くの因果関係と複雑性によって特徴付けられる。そのようなプロセスを理解するには、システムと組織生物学に焦点を当てたもっと全体論的なアプローチが必要である。
提言
  • 人の疾病の病因論に関する研究は、初期の発達を組み入れ、器官の機能と続いて起こる疾病リスクを決定する要素を適切に特性化する必要がある。そのような関連は長期的追跡研究(prospective studies)の中で最もよく検証することができ、既存及び計画中の出生コホートがこの目的のために利用されるべきである。

  • 領域横断的アプローチ及び暴露バイオマーカーと病気の罹りやすさに関する動物データの解釈は人の病気の病因論研究における応用のために推進される必要がある。関係する科学領域間で及びこれらの科学者と政策決定者の間で主要な概念と用語の情報伝達と説明が十分に行われる必要がある。

  • 環境化学暴露評価は初期発達の期間を強調すべきである。すでに日常的に収集されている暴露データは疫学研究における応用のために最適化される必要がある。臍帯血、へその緒組織、母乳、その他生物学的サンプルは暴露バイオマーカーの評価のために及び遺伝子発現の変化の決定のために適用されることができる。

  • ヒトは発達期及び生涯を通じて多くの化学物質に暴露しているので、疾病に対する生涯アプローチ(life-course approach)の中で混合暴露が考慮される必要がある。さらに、重要な栄養の摂取及び社会環境のような他のライフスタイル要素に帰する相互作用が調査される必要がある。この研究は遺伝変異と遺伝的に病気に罹りやすい性質の影響を伴うべきである。

  • 環境化学物質の毒性テストとリスク評価は初期発達期の感受性と有害プログラミング影響の長期的な結果を考慮する必要がある。生殖毒性または発達神経毒性を評価するためにテスト・プロトコールは存在するが、そのようなテストは日常的には使用されておらず、そのような影響の可能性は必ずしも環境暴露安全レベルに関する決定に考慮されていない。

  • 蓄積した研究による証拠は、環境化学物質への有毒暴露に対する防止の取り組みは脆弱な集団としての胎児と小さな子どもを守る事に焦点を当てるべきであることを示唆している。多くの環境有毒物質へのいたるところでの暴露が存在するので、危害を防止するための新たな取り組みが行われる必要がある。意思決定の遅れは有毒暴露とその長期的な有害影響をもたらすことになるので、そのような防止の取り組みは個々の危険に関する詳細な証拠が生成されるまで待つべきではない。したがって現在のやり方は、暴露低減に対する予防的アプローチをもっと適用することによって、最も脆弱な生命段階を保護することの必要性に目を向けるよう修正される必要がある。
備考:この声明は、会議参加者からのコメントと提案を考慮しながら、当会議の国際科学委員会によって作成された。この声明(マイナーな編集上の修正を実施中)は会議の報告集に含まれるであろう。
訳注1


化学物質問題市民研究会
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