子ども安全化学物質法案は
EPAにテスト要求権限を与える

−米会計検査院(GAO)の報告書に基づく法案−


情報源:Environment NEWS SERVICE, July 18, 2005
Kids Safe Chemical Act Empowers EPA to Require Chemical Testing
http://www.ens-newswire.com/ens/jul2005/2005-07-18-01.asp

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2005年7月20日
更新日:2005年8月04日

訳者解説
 この記事の法案のタイトルが ”こども安全化学物質法案” となっているが、法案のオリジナルによれば正式法案名は ”子ども、労働者、及び消費者の有害物質への暴露を低減するための有害物質規制法(TSCA)を修正する法案” であり、通称が ”子ども・労働者・消費者・安全化学物質法案 2005” 、又は ”子ども安全化学物質法案” である。したがって、この記事のオリジナル・タイトルは子どもだけを対象とする新たな法案であるような誤解を与えやすいが、あくまでも全ての国民を対象とした現行の有害物質規制法(TSCA)の修正案である。ただし、特に胎児、幼児、子どもの脆弱性を配慮した記述がある。
 法案のオリジナル:A BILL to ammend the Toxic Substances Control Act to reduce the exposure of children, workers, and consumers to toxic chemical substances (PDF)
 この法案は EU の REACH と同様な理念に基づいている。すなわち、化学物質は危険であることが証明されるまでは安全であると仮定するのではなく、企業側に化学物質を市場に出す前に安全性テストを実施し、また既存化学物質の安全性データを提出するよう求めるものである。
 この記事の中で ”化学会社が外国の政府に開示する情報” をEPAにも開示するとは、 ”EUに製品を輸出するアメリカの化学会社がREACHの要求に従ってEU当局に提出する安全性データ” をEPAにも開示する−という意味であると解釈できる。

 この法案の基になる報告書が米会計検査院(GAO)によって作成されたということは、あれほど REACH に反対しているブッシュ政権のアメリカでも、 REACH の理念が政策立案に影響してきていることを示すものと理解でき、注目に値する。ただしこの法案は民主党政権にならない限り実現は難しいと考えられる。

 GAO報告書オリジナル:CHEMICAL REGULATION - Options Exist for Improving EPA's Ability to Assess Health Risks and to Manage its Chemical Review Program (PDF)
 GAO報告書日本語訳紹介:議会請求者への米会計検査院(GOA)報告書 2005年6月紹介:化学物質規制
健康リスクを評価し、化学物質検証プログラムを管理するためのEPAの能力を改善する選択肢が存在する
(当研究会部分訳)

 日本でこのような報告書や法案が出ることを期待するのは無理か・・・?

 この報告書は、EPAが産業界及び環境団体と連携して高生産量(HPV)チャレンジ・プログラムを1998年に立ち上げたが、産業界の情報提供の協力が十分に得られず、その効果は明確ではないとしている。日本で本年6月に経済産業省、厚生労働省、環境省の3省が立ち上げた「官民連携既存化学物質安全性情報収集・発信プログラム」 (通称;Japanチャレンジプログラム)は、この効果が明確ではないアメリカのプログラムを真似したものである。



 米環境保護局(EPA)は法的な限界のために人間の健康と環境を有害な化学物質から守ることができないとする新たな政府の報告書が発表されたが、これはEPAの権限を強化する必要があると主張する議員たちにその論拠を与えることになった。

 米上院議員フランク R.ローテンバーグ(ニュージャージー州、民主党)は水曜日の記者会見で共同提案者の上院議員ジム・ジェフォーズ(バーモンド州、無所属)とともに”子ども・労働者・消費者・安全化学物質法案”について発表した。この法案は、赤ちゃんの哺乳ビンや食品容器のような消費者製品に使用されている化学物質に関し、今までのように化学物質は危険であることが証明されるまでは安全であると仮定するのではなく、化学物質製造者が健康と安全情報を供給することを求めるものである。

 ”毎日、アメリカ人は数百の化学物質を含む家庭用品を使用している。ほとんどの人々は、これらの化学物質は家族や子どもたちに安全であることが証明されていると仮定しているが、残念ながら、その仮定は間違っている”と上院議員ローテンバーグは述べた。

 ”我々は、殺虫剤と医薬品に関しては安全を確保する法律を持っているが、赤ちゃんの哺乳ビン、飲料水ボトル、食品容器、その他数千の製品に使用されている化学物質について同じような分析を行うよう求めることを怠ってきた。このことは言い訳ができない”とローテンバーグは述べた。

 子どもはプラスチック容器から飲み物を飲む。この容器が作られたプラスチック安全性はテストされていないかもしれない。

 上院議員ジェフォーズは、”多くの調査で、我々は数百とは言わなくても数十の合成化学物質を我々の体内に持っているのに、我々はそれらが我々の健康にどのような影響を及ぼすのかについてほんの僅かしか情報を持っていない。子ども安全化学法案が実現すれば、初めて、子どもたちが毎日接触する化学物質は適切にテストされ、見直しが行われることになる。今や、我々の消費者用品や家庭製品に含まれる化学物質を高い標準のものにし、それらが我々の体に与える影響を完全に理解すべき時である”と述べた。

 米会計検査院(GAO)の天然資源・環境ディレクター、ジョン・スティーブンソンによって書かれたこの新しい報告書は、まだ市場に出されていない新規化学物質のリスクを管理し、すでに市場に出ている既存化学物質のリスクを評価し、有害物質規制法(TSCA)の下に化学会社から供給される情報を公開するためのEPAの取り組みについて見直しを行っている。

 スティーブンソンは、化学会社にテストの実施を求める権限、そして化学会社が州政府および外国政府に供給する企業秘密情報を見る権限をEPAは持つべきであると勧告している。

 その報告書は、議会は化学物質のリスクを評価するEPAの能力を改善するために有害物質規制法(TSCA)の下での追加的な権限をEPAに与えることを考慮するよう勧告している。

 今日、化学会社は新規化学物質をEPAのレビューを受ける前にテストするこをと有害物質規制法(TSCA)からは求められておらず、化学会社は一般的にそのようなテストを自主的には実施していない。

 アメリカでは現在、数万の化学物質が商業的に使用されており、毎年700種以上の新たな化学物質が市場に導入されているが、EPAは全ての既存化学物質のリスク評価を日常的に行っているわけではない。

 化学会社は化学物質についての情報は企業秘密であると主張するので、EPAは化学物質のリスク評価に必要な情報を入手することの困難に直面している−とこの米会計検査院(GAO)報告書は述べている。

 EPAは、会社側の企業秘密であるとの主張の適切性を評価する権限を有するが、非常に多くの主張に対処するための要員が十分ではないとEPAは述べている。

 州の環境機関は、製造設備における高い毒性を持つ物質が存在する場合、担当要員に警戒態勢をとらせるための緊急事態対応計画を作成する必要があるので企業秘密情報を入手することに関心がある。

 データ供給責任は会社にはなく、データ入手責任はEPAにあるので、そのためにEPAは時間と手間がかかり、したがって有害物質規制法(TSCA)はEPAのレビュー業務をしやすくするものではない。

 EPAが公衆の健康を守るための取り組みが十分ではないのは有害物質規制法(TSCA)による法的制約のためであるとローテンバーグは述べている。

 この法律の手続き要求は法の実施をやりにくくしているので、この法律が成立して以来29年間にわずか5件の有毒物質しかEPAによって規制されていない−と彼は述べている。

  テストデータが限られている場合には、EPAは新たな化学物質の毒性をかつてテストを実施したことのある似たような分子構造を持つ化学物質に基づくモデルを使用して推定している。

 しかし、これらのモデルは化学物質の特性や有毒性、特に一般的な健康影響に関して必ずしも正確ではないので、これらのモデルを使用することが、化学物質が市場に出される前に完全に評価されることを請合うものではないということを米会計検査院(GAO)は指摘した。

 もし、テストデータ及び健康と安全に関する情報をEPAが入手できない場合には、そのモデルはその物質が潜在的に有害化学物質であるかどうか特定するためのスクリーニング・ツールとして一般的には有効であるとEPAは信じている。新たな化学物質の予想される潜在的な用途や暴露のような他の情報と併せることで、そのモデルは新たな化学物質をレビューするために合理的なベースを与えるものである−とEPAは述べている。
 もちろん、EPAは追加的情報を入手できればそのモデルの予測能力を改善することになると認めている。

 2005年子ども安全化学物質法案は、物質はその危険性が証明されるまでは安全であると仮定するのではなく、消費者製品中の化学物質が市場に行き渡る前に、製造者が健康と安全情報を供給することを求めている。

 危険と暴露の情報をEPAと公衆に公開することによって我々の毒性に対する知識の欠如を埋めることができる。

 この法案はEPAが今後5年間で300化学物質の安全性を決定するよう求めている。2020年までに、市場にあるすべての化学物質は安全基準に合致する必要がある。

 他の5人の民主党上院議員がこの法案の共同支援者となっている。マサチューセッツ選出のジョン・ケリーとエドワード・ケネディ、カリフォルニア選出のバーバラ・ボクサー、ニューヨーク選出のヒラリー・クリントン、そしてニュージャージー選出のジョン・コージンである。

 既存化学物質に関する情報の欠如もあって、EPAは、産業界及び環境団体と連携しながら高生産量(HPV)チャレンジ・プログラムを1998年に立ち上げ、このプログラムの下で化学会社は大量に生産される化学物質の基本的特性に関する情報を自主的に供給し始めた。

 ”このプログラムがEPAが人間の健康と環境に対する化学物質のリスクを決定するために十分な情報を作り出すかどうか明らかではない。有害物質規制法(TSCA)の下で、化学会社から受け取る情報を公的に共有するためにはEPAの能力はあまりにも限られている”とスティーブンソンは書いている。

 米会計検査院(GAO)は議会に対しEPAの健康と環境に対する化学物質のリスクを評価する能力を改善するために、3つの措置を勧告している。

 第一に、化学会社にテスト実施を求めることができる ”法的強制力のある同意協定” を会社と締結する権限を明示的にEPAに与えること

 次に、化学物質製造者及び調剤者に対し製造量に応じてテストデータを作成することを求める権限をEPAに与えること

 そして、最後に化学会社が州政府と外国政府に供給する企業秘密情報を入手する権限を、その情報が許可なく開示されることを防ぐ措置をとるという前提でEPAに与えること

 EPAの化学物質レビュー・プログラムを改善するために、米会計検査院(GAO)は、今後のレビューのための化学物質に優先順位をつけ、それらのリスクを評価するために必要な追加情報を特定して入手するために、EPA長官がHPVチャレンジ・プログラムを通じて収集される情報を用いるための方法を作成し実施することを勧告している。

 スティーブンソンは、新たな法においては化学会社が、健康と安全のための調査のコピー、及び会社がアメリカ国内で製造又は処理する、又は国外に輸出する化学物質の環境と健康への影響に関し外国の政府に提出する情報をEPAに開示することを勧告している。

 EPAは、化学物質のリスクを評価し予測するために、そして化学物質の製造、使用、及び処分に関する法的決定を導入するために使用されるモデルを改善し有効なものとするための戦略を立てるべきである。

 そして、最後にスティーブンソンは、最初に情報が機密であると主張された後ある期間以内にEPAに提出された機密要求を会社が再度言明すべきことを勧告している。

 EPAは、米会計検査院(GAO)報告の結果と勧告に反対するわけではないが、2つの独自のコメントを提案した。

 スティーブンソンへの書簡の中で、EPA主席補佐官スーザン・ヘイズンは、新しい法案が、化学会社が外国の政府に開示する情報をEPAが共有するよう求めることは有用な情報をもたらすかも知れないが、”外国政府の指令よりもEPAの国内での優先順位に目を向けた情報収集のための他のアプローチをとる方が賢明かもしれない”−と述べた。

 これ対してスティーブンソンは、”外国政府に提出された情報へアクセスすることは、既存の化学物質のリスク評価と新規化学物質の評価のためにEPAが使用するモデルの改善のために有用で重要な情報源をEPAに提供することになる”と答えた。

 ”しかし、例えば、すでに存在する情報の重複を避ける−などの理由があるのなら、EPAは、この法案をもう少し範囲を狭めて調整することができる”とスティーブンソンは書いている。

 ヘイズンはEPAは有害物質規制法(TSCA)が”法的強制力を持つ同意協定”を明示的に認めるために変更する必要はないと述べているが、それは”現在でもこれらの合意を締結するために必要な強い法的権限がある”と彼女は信じているからである。

 スティーブンソンは、有害物質規制法(TSCA)はこれらの合意を締結するための権限をEPAに明示的に与えておらず、裁判所はテスト実施規則の公表ではなく、むしろテスト実施を要求することの裁量にEPAは欠けると判断するであろう”と答えた。


訳注:参考資料
米会計検査院(GOA)報告書 2005年6月
化学物質規制−健康リスクを評価し、化学物質検証プログラムを管理するためのEPAの能力を改善する選択肢が存在する
 (当研究会部分訳)

■GAO報告書の概要
GAO Abstract for Chemical Regulation: Options Exist to Improve EPA's Ability to Assess Health Risks and Manage Its Chemical Review Program

子ども、労働者、及び消費者の有害物質への暴露を低減するための有害物質規制法を修正する法案(当研究会部分訳)
A BILL to ammend the Toxic Substances Control Act to reduce the exposure of children, workers, and consumers to toxic chemical substances (PDF)

■米上院環境と公共事業委員会プレスリリース2005年7月13日
上院議員ジム・ジェフォーズ アメリカ人を消費者製品中の有害化学物質から保護する法案を提案
Minority Press Release 07/13/2005
SEN. JEFFORDS INTRODUCES BILL TO PROTECT AMERICANS FROM HAZARDOUS CHEMICALS IN CONSUMER PRODUCTS
(HTML)



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