ローウェル・センター・サステイナブル・プロダクション
統合化学物質政策
化学物質管理の新しい方向性を求めて

2003年10月

情報源:Lowell Center Chemicals Policy Initiative
INTEGRATED CHEMICALS POLICY
Seeking New Direction in Chemicals Management
October 2003

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2004年1月2日(全訳)

 欧州連合(EU)とその加盟国は産業用及び商業用化学物質の管理の指針となる政策の抜本的な再構築に乗り出している。
 この再構築は、既存の化学物質規制における限界への広範な批判と、人間の健康と環境を守るための統合された全ヨーロッパに及ぶ政策を期待する願望との結果によるものである。
 これらの新しいヨーロッパの政策はヨーロッパ以外の化学物質製造者及び使用者にも影響を与えることになる。
 従って、今、アメリカにおいて、 ”連邦政府及び州の現在の化学物質管理政策が国民の健康と環境を守り、より安全でクリーンな化学物質と製品の開発を支援することに関して効果的なのであろうか” という問いについて、広範な国民的議論をなすべき時が来たように思える。


  内 容

■現在の有毒化学物質管理の問題点
 コラム:現在の化学物質管理政策の限界
 コラム:事例−ポリ臭化ジフェニールエーテル

■統合化学物質管理に対するヨーロッパの新たな取り組み
 コラム:スウェーデン委員会の化学物質政策に関する新たな指針

■現在のヨーロッパのシステム−成功と限界
 コラム:欧州連合(EU)で現在、制限又は禁止されている化学物質

■新たな欧州連合の取り組み/化学物質の登録、評価、及び、認可 (REACH)
 コラム:一世代目標/長期的化学物質管理の強調
 コラム:The Lowell Center for Sustainable Production / Chemical Policy Initiative

■化学物質管理への世界の取り組み

■統合化学物質管理へのアメリカの取り組み
 コラム:アメリカの化学物質管理の成功事例/マサチューセッツ州有毒物質使用削減(TUR)プログラム

■まとめ
 コラム:持続可能な生産のためのローウェル・センターについて


現在の有毒化学物質管理の問題点


 長年、ヨーロッパとアメリカの双方では、有毒物質への人間の暴露について、及び、これらの暴露が健康にどのように影響するかに関する情報の欠如について、国民が広く懸念している。さらに、過去10年以上にわたって、ヨーロッパにおける、汚染食品、バイオテクノロジー、がんやぜん息など健康の脅威の増加、バルト海や北海の汚染などに関する一連の政策がうまくいかず、現在の化学物質管理システムは人間の健康と環境を守るためには不適切であると認識するようになった。

過去半世紀の間に、数千種の化学物質が作り出され、市場に出された。それらには、しばしば、環境や健康への影響に関する情報がほとんどない多くの日用品なども含まれている。
 過去半世紀の間に、数千種の化学物質が作り出され、市場に出された。それらには、しばしば、環境や健康への影響に関する情報がほとんどない多くの日用品なども含まれている。その結果、これらの化学物質への暴露と様々な健康への悪影響との関連を示す証拠が増えてきた。
 しかし、ほとんどの化学物質について、それらの健康への影響に関する情報はない状態である。
 1990年代にアメリカ環境保護局(U.S.Environmental Protection Agency)とヨーロッパ化学物質局(European Chemicals Bureau)の双方によって実施された調査により、今日市場で最もよく使用されている化学物質の毒性に関する情報がかなり欠如しているという深刻な状況が明らかにされた。

 アメリカ環境保護局の調査で、概略2,800種の大量製造化学物質 (年間製造量が100万ポンド、約454トンを超える化学物質) のうち、公開されており入手可能な基本的毒性データを持っているのは10%以下であり、40%以上のものは毒性データを全く持っていないことがわかった。
小量製造の化学物質又は化学物質の混合物についてはこの毒性データがほとんどなく、このような毒性データの欠如はしばしば、その物質が安全であることの証明であるかのような誤解を与えていた。

 大量製造化学物質及びその他の懸念される化学物質(例えば、子どもが暴露するかもしれないような)に対して国際的な自主テスト・プログラムが望ましい方向で進められているが、その動きは遅く、健康と環境を守るために十分ではない。データは収集されつつあるが、暴露は依然として続いたままである。
 たとえ基本的な毒性情報を集めることができても、それらは規制システムで処理されなければならず、予防措置がとられる前に、それぞれの個別物質が健康又は生態系に与えるリスクを最終的に立証する責任は政府機関にある。

 ある物質が有害であるかどうかを決定するツールである ”化学物質の定量的リスク評価”は、物質の毒性又は暴露に関する厳密な議論を行う時間のかかるプロセスであり、規制措置がとられるまでに何年もの遅れが生じる。
 リスク評価プロセスは、多種化学物質に対する暴露の検証ができておらず、やっと、子どもなどの特に脆弱な集団や生態系に関わる懸念に対し着目し始めたところである。
 化学物質の毒性、人間の体内汚染や暴露に関し、もっと多くのデータを集めることは、化学物質が人間や生態系の健康にいかに影響を与えるかを理解する上で重要であるが、調査だけでは被害を防ぐことはできない。

環境中に拡散し人間と生態系に著しいリスクを及ぼす可能性のある日用品に含まれる化学物質は現状の化学物質規制の下ではほとんど無視されているという認識が高まっている。
 ヨーロッパとアメリカにおける化学物質の規制はちぐはぐで反動的であり、よく分かっている問題に対して、もっと安全でクリーンな化学物質、製造システム、又は製品の開発を鼓舞するのではなく、個々の有害な化学物質を管理する又は暴露を削減するという対応をしてきた。
 現在の大気、水、土壌、及び危険廃棄物の規制、及び、労働衛生法は、製造及び廃棄プロセスからの有毒物質への暴露を制限することについてある程度効果を上げてきたが、しかし、それらは化学物質の製造から廃棄にいたるまでの全体のライフサイクルについて着目してこなかかった。
 例えば、1980年代以降に市場に出された化学物質についてテストと評価を求める規制は一般的には新たな化学物質によるリスクを制限する上で効果的であると考えられている。しかし、これらの規制は既存の化学物質によるリスクには着目していないが、これらの物質は現在市場に出ている化学物質の容量ベースで99%以上を占めている。

 健康と環境に対し最大のリスクを及ぼすかもしれないという議論の余地があるこれらの化学物質に対しては、政府はそれらが人間の健康に有害であるということが実証された後でなければ、その使用を制限することができなかった。
 実際、環境中に広がり人間と生態系に著しいリスクを及ぼす可能性のある日用品に含まれる化学物質は現状の化学物質規制の下ではほとんど無視されているという認識が高まっている。

現在の化学物質管理政策の限界
  • 化学物質のライフサイクルを通じての化学物質のリスクに着目する規制プログラムの欠如
  • 市場に出回っている大部分の化学物質である1980年代以前の既存化学物質に関する毒性情報、公開データ、及び政府の注目の欠如
  • 広い範囲の消費者製品に用いられている規制されていない化学物質からの曝露についての懸念
  • 予防措置がとられる前に有害性を立証する責任を政府に求める、時間と人手と金がかかるリスク評価プロセス
  • 生態系と健康に与える化学物質の影響についての増大する情報及び内分泌かく乱や子ども独特の脆弱性などの懸念の出現に対する遅い対応
  • 生態系と人間の体内における多くの化学物質の長期間の残留性と蓄積性
  • 既知あるいは疑いの高い発がん性、突然変異誘発性、生殖毒性などの本質的に危険な特性をもった化学物質を使用し続けること
  • もっと安全でクリーンな化学物質、製造システム、及び製品の研究と開発を行うための資金供給の不足
  • 様々な化学関連の事故のために化学物質及び化学産業に対する国民の信頼性の欠如


事例−ポリ臭化ジフェニールエーテル

 ポリ臭化ジフェニールエーテル類(PBDEs)は、化学物質管理の問題点とその解決方法を描き出している。PBDEs は、1960年代から繊維製品、プラスチック、電子機器、ポリウレタン・フォームなどで難燃剤として使用されているポリ塩化ビフェニール類(PCBs)と化学構造式が類似した化学物質の一族である。
 この事例は、化学的危険性と暴露に関するデータの収集を確実にし、もっと安全な代替物を開発し、他の潜在的に問題のある物質への代替を回避するのに役立つ統合化学物質政策の必要性を示している。
 PBDEs は、化学的に他の物質と結合しないので、それを含む製品の使用中及び廃棄中を通じて、製品から環境中に排出され広く拡散する。限られたその毒性情報 (定性的に PCBs の毒性と同等と考えられる) と残留性及び蓄積性を有する PBDEs が食物連鎖中に入り込んでいるという1980年代からの情報があったにもかかわらず、ヨーロッパの各国政府は、スウェーデンの研究者らがこれらの物質が人間の母乳中で指数関数的に増加しているということを見出して初めて、PBDEs について懸念するようになった。
 最近の研究ではこれらの物質が、堆積物、下水汚泥、穀物、海洋哺乳類、魚類、鳥の卵、陸上動物、人間の体内組織、母乳、そして家庭の屋内ダストにも存在することが判明している。

 PBDE に対するヨーロッパの対応は他のほとんどの化学物質に比べて早かった。人間の母乳中に蓄積しているという証拠に基づき、スウェーデン政府は、産業界に対しこれらの物質の使用を止めるよう積極的に働きかけ、その結果、スウェーデン女性の母乳中の PBDEs の濃度は劇的に低減した。
 欧州連合(EU)は、大いに懸念のある PBDEs のリスク評価を早急に完了させ、2003年の初頭に、 PBDEs を電子機器及び電気製品中で使用することを禁止する法案を採択した。 PBDEs の中の2種類については2003年2月に全ての製品での使用禁止にまで拡大し、第3番目の PBDE も厳しく制限される見込みである。
 電子機器製造会社を含む多くの企業がすでにこれらの化学物質を製品中で使用することを止めるか止める準備にかかっている。
 しかし、いくつかの電子機器製造会社は PBDEs を他の臭化難燃剤、テトラボモ・ビスフェノール-A(TBBPA)に置き換えたが、この物質もまた、作業者の暴露及び潜在的な健康影響を考慮して、ヨーロッパにおいては法的調査を求める動きが強まっている。

 この事例は、日用品中で使用されている規制されていない化学物質が人間と生態系をいかに汚染するかということを示している。それだけでなく、これは、政府がいかに早く化学物質のリスクに対応できるか、そして、産業界がいかに短期間で同じ目的を達成するための代替物を開発し実現することができるかも示している。
 この事実は本質的に危険な特性とその物質への暴露の可能性について、問題が発生する前に注意深く検討することの必要性を示すものである。
 それまた、より安全な代替物の開発をもたらし、他の潜在的に問題のある物質への代替を回避するのに役立つ統合化学物質政策の必要性を示している。



問題に目を向ける
統合化学物質管理に対するヨーロッパの新たな取り組み

統合された全ヨーロッパに及ぶ化学物質政策がない中で、多くの加盟国は自主的に強制力のあるプログラムを実施し、新たなヨーロッパの取り組みの展開に影響を与える方向に動いている。
 ヨーロッパにおける統合化学物質政策のうねりは、過去10年間にわたって、自国で化学物質政策を展開してきた、いくつかの 欧州連合(EU)加盟国、特にスウェーデン、デンマーク、オランダ、イギリス、及びドイツから沸き起こった。
 しかし、欧州連合(EU)は 15の加盟国からなり、これらの諸国は EU レベルの法律を自国の政策に直接取り入れることを要求されている。化学物質の取引は国際的なものなので、欧州連合(EU)の立法措置は、加盟各国が化学物質の法的な制限と段階的廃止について何をすることができるかに関し、非常に深い影響を与える。
 イギリス、ドイツ、及びオランダなどのように大きな化学産業を持つ加盟国は、スウェーデンとデンマークのように1990年代から進歩的な化学物質政策を行ってきた国々と同様に、彼らの関心に合致した新たな化学物質政策を確立するよう、欧州委員会とその立法部門に圧力をかけた。

 北欧諸国、スウェーデン、デンマーク、及びノルウェー(非加盟国)は国際的化学物質政策の標準化の設定を長年行ってきた。彼らの化学物質に対する懸念は、残留性と生体蓄積性を有する汚染物質によって引き起こされる水系の汚染や日用品からの化学物質汚染などであった。北欧の化学物質政策では2つの基本的な原則が強調されている。

代替:もし、潜在的に有害な化学物質よりもっと安全な代替案があるなら、それを使うべきとする考え
予防:たとえ、リスクの特性と程度が十分には分からなくても、措置がとられるべきこと

 これらの新たな政策は、危険な化学物質のリスクを削減するための法的及び自主的な様々なツール、教育と技術的支援から税金、調達、そして危険化学物質の段階的廃止にいたるまで、を含んでいる。特定の分野については下記を含んでいる。
加盟国の政策は、危険な化学物質リスクを削減するための様々な法規制と市場ベースのツール、教育と技術的支援から税金、調達、そして危険化学物質の段階的廃止にいたるまで、を含んでいる。
  • リスク削減のために製品と製品のライフサイクルへ焦点をあてること。
    化学物質政策が製品暴露に着目し、製品政策(すなわち、製造者責任)と統合することは重要なことである。

  • 迅速に判定するプロセス。
    当局は、完全な情報が出るまで待つのではなく、個々の物質の危険性を特定し、削減のために潜在的に危険な化学物質の重要度を決めるために、入手できる情報は何でも使用しようと試みている。

  • ”懸念リスト”を確立すること。
    いくつかの国々では化学物質の懸念リストを作成している。デンマークではこのリストを ”望ましくない物質リスト(list of undesirable substances)” と呼んでいる。政府当局は、これらの化学物質を避けるためにビジネス関連機関及び調達関連機関を支援している。

  • 有害化学物質の段階的廃止。
    いくつかの国の政府は問題ある化学物質及び未調査の化学物質を段階的に廃止する一連の政策的目標を設定している。
  • よりクリーンな技術によるもっと安全な製品の開発と採用、及び代替。いくつかの国では、より安全な代替案を開発する重要なステップとして、代替物のための技術支援と実証プロジェクトを推進している。

 その他の諸国でも革新的なプログラムを展開している。オランダ政府は、1998年に、危険な物質のリスクに目を向けた多数関係者が参画するプロセスとして ”物質の管理に関する戦略” を確立した。
 強い法的強制力に裏付けられた合意を基盤とする取り組みについて長い歴史を持つオランダは、2004年までに全ての化学物質の ”迅速な調査” 分析を実施する責任を産業界に負わせるシステムを展開した。
 このことは、企業が入手可能な情報を用いて、その物質の危険特性と潜在的暴露及び使用に基づき、懸念される物質のレベルを分類するという、定量的リスク評価を行うことである。
 この分類に基づいて、最も危険で未調査の化学物質の廃止から、懸念が比較的小さい物質の使用制限まで、政府は企業に対する一連の措置を展開してきた。
 オランダ政府はこのシステムを調達政策に統合しつつあり、化学物質の代替に関する実証プロジェクトを実施するために化学物質製造者及び使用者と協力して推進している。

 1999年、イギリスは自主的な化学物質管理政策提案 ”化学物質の持続可能な製造と使用:戦略的取り組み−政府の化学物質戦略” を発表した。この提案により、化学物質のテストとリスク削減の目標が設定され、イギリス政府にその化学物質政策の実施についてアドバイスする仕組みとしての ”関係者フォーラム (Stakeholder Forum)” が設立された。
 この ”関係者フォーラム” は、懸念される化学物質の迅速な特定を可能にする一連の基準を開発し、併せて、産業界によって提案されたリスク管理戦略の実施にいたった。イギリス環境局と健康安全局は化学物質管理を認可及び支援業務に統合する提案を発表した。化学物質の川下ユーザーと小売業者の重要性を理解しつつ、政府と非政府組織(NGOs)は自主的に化学物質政策プログラムを実施している企業に対し、彼らの調達の実施においてこれらの企業を優先することを約束した。

スウェーデン委員会の化学物質政策に関する新たな指針

 2020年までに達成すべき15の環境品質目標を掲げた 1999年の ”スウェーデン環境品質目標”の主要な目的の一つは、 ”毒性のない環境 a non-toxic environment” を達成することである。

 ”環境から、健康又は生物多様性の脅威をもたらす人工の物質や金属をなくさなくてはならない。このことは次のことを意味する:環境中で自然に起こる物質影響のレベルはバックグラウンド・レベルに近いものでなくてはならず、環境中における人工物質の影響はゼロに近くなくてはならない”

 政府委員会は、全ての潜在的に有害な化学物質は、上市要件として、基本的なテストを2010年までに完了させなければならないこと、化学物質政策は製品中での使用に関連した危険性に目を向けること、及び、特に有害な特性を持つある化学物質はいずれ廃止されるべきこと−を結論とするこれら目標を実施するようを要求した。これらには下記が含まれる:
  • 残留性と生体蓄積性のある新たな物質は、2005年以降は調合剤又は最終製品中に化学物質として存在することは許されない。
  • 残留性と生体蓄積性のある既存の物質は、2010年以降は化学物質、調合剤、製品として使用することができない。(2015年以降は全ての残留性と生体蓄積性のある物質)
  • 既知のあるいは疑いの高い発がん性物質、突然変異性物質又は生殖毒性を持つとして分類された物質は2007年以降には消費者製品中に存在することは許されない。
  • 水銀使用の排除(2003年までに)、鉛(弾薬と錘は2008年までに)、そしてカドミウム(すでに実施中)、又はそれららの化合物は廃止されるなければならない。




現在のヨーロッパのシステム
成功と限界

ヨーロッパの法のいくつかが、高い懸念のある化学物質は、それらの本質的な特性又はリスクに基づき、実現可能なら、もっと安全な物質に置き換えるべきであるとする代替の概念を実施している。
 新たな欧州連合(EU)化学物質政策の提案は、1960年代以来実施されてきた化学物質と調合剤に関する欧州連合(EU)の下記4つの法律に基づき、統合し、ある場合には置き換えるものである。
  ・危険物質指令(Dangerous Substances Directive (67/548/EEC))
  ・危険調合剤指令(Dangerous Preparations Directive (88/379/EEC))
  ・既存物質規制(Existing Substances Regulation (73/93/EC))
  ・制限指令(Limitations Directive (76/769/EEC))

 これらの法律の中で注目すべき点は下記の通りである。
  • 1981年以降に商業用となった全ての新たな化学物質を製造又は輸入する者は当局に報告し、市場に出す前に基本的な毒性テストとリスク評価を実施することの要求

  • 化学物質及び調合剤の製造者、輸入者、及び販売者は取り扱おうとする物質又は調合剤が基準により危険物質に該当するかどうか評価し、もし、危険物質に該当するなら、物質又は調合剤に危険マーク、リスクについての説明、及びリスクに関連する安全予防措置を含む表示をすることの要求

  • 欧州連合当局は、1980年以降市場に出された既存化学物質のデータ収集プロセス、優先度設定、リスク評価、及びリスク管理を行う義務があるという要求

  • 消費者に著しいリスクを及ぼす可能性のある化学物質、調合剤、及び製品を市場で制限する又は禁止すること
 これらの4つの法律は、職場における発がん性物質及び突然変異誘発性物質の代替に関する、及び化粧品における懸念物質の制限に関する、他の欧州連合の法律によって補完される。最近、成立した ”電子及び電気機器からの廃棄物と危険物質に関する制限指令”は、製造者が使用済みの電子及び電気機器を回収することと、これらの製品の製造過程でいくつかの危険化学物質の使用を制限することを要求している。

 水環境(地下水を含む)を維持し改善することを目的とした法を統合支配する”2000年 水枠組み指令”は、水環境に対してあるいはそれを通じて著しいリスクを及ぼす化学物質の優先度を決め、残留性や生体蓄積性のある化学物質を危険物として分類するプロセスを確立するものである。この指令は、最も優先度の高い物質に対し、欧州委員会及び加盟国が20年以内に、排出、放出、及びロスをなくすあるいは中止することの達成を求めている。

現状のヨーロッパの法律は、市場に出ている多くの物質と調合剤の表示や分類と共に、新化学物質に関するデータの入手及び見直しについては成功している。
 現状のヨーロッパの法律は、市場に出ている多くの物質と調合剤の表示や分類と共に、新化学物質に関するデータの入手及び見直しについては成功している。
 例えば、制限指令は、約850種の既知あるいは可能性のある発がん性、突然変異誘発性、又は生殖毒性としての表示を持った物質を含む、概略900種の化学物質をカバーする42の物質又は物質のグループを制限するという結果をもたらした。
 この指令は、ある物質はその本質的な危険性に基づいて管理されるべきとする概念を確立した。

 ヨーロッパ諸国は新たな化学物質に関するデータを要求し、有害な物質を制限する方向に動いているが、その取り組みは断片的である。加盟国レベルで実施される現在のヨーロッパ化学物質規制の執行と監視は十分ではなく、ばらばらに行われている。
 さらに、現在の各法律はデータの欠如と既存の化学物質の見直しに目を向けることについてうまくいっておらず、それは現在の時間のかかる議論の多いリスク評価とリスク管理のプロセスに起因する。これらの全ては、ヨーロッパ全体で調整されていない化学物質管理の不具合を招く結果となっている。


欧州連合(EU)で現在、
制限又は禁止されている化学物質

 下記は欧州連合で制限されている物質の一部を示すリストである。これらの制限は、”制限指令 Limitations Directive” 、 ”危険物質に関する制限指令 Restrictions on Hazardous Substances Directive” 、及び、特定の物質又は物質のクラスに対するその他の法律を通じて達成されている。
 その他の制限は加盟国レベルで実施されている。これらの制限のあるものは特定の使用に関連している。

  • 既知・可能性ある発がん,
    突然変異誘発性物質,生殖毒性物質
    及びこれらの物質を含む調合剤
  • 電子機器中の鉛
  • カドミウム
  • ポリ臭化ジフェニールエーテル類
  • 銅クロム酸ヒ素
  • トリブチルスズ
  • ペンタクロロフェノール
  • クレオソート
  • ヘキサクロロエタン
  • 短鎖塩素化パラフィン類
  • 電子機器中の水銀
  • 幼児用製品中のフタル酸エステル類
  • 電子機器中の六価クロム
  • 宝石中のニッケル
  • 繊維製品中及び電子機器中の
    ポリ臭化ビフェニール類
  • 繊維製品中のアゾ染料
  • 有機スズ化合物
  • トリクロロエタン
  • テトラクロロエタン



新たな欧州連合の取り組み
化学物質の登録、評価、及び、認可 (REACH)

 現在の EU 化学物質政策では十分に保護できないという懸念が増大し、1998年春の非公式な欧州環境大臣理事会で議論された。この会議に基づき、欧州委員会は化学物質管理に関する既存の法律体系の機能の分析を行った。2001年、欧州委員会(欧州連合の行政機関)は、根本的に新しい統合化学物質政策のための同委員会の考えをまとめた 『将来の化学物質政策に関する白書 (White Paper on a Future Chemicals Strategy)』 を発表した。
 この政策の全体としての目標は、ヨーロッパ内部の市場分裂を防ぎ、貿易障壁を回避し、ヨーロッパ産業の革新と競争力を強化しつつ、健康を守り、有毒物質のない環境を推進することである。

 REACH プログラムは、市場に出ている全ての化学物質に対し基本的であるが柔軟性のあるテストを求め、最も高い懸念のある化学物質に対しては予防措置をとることで、新規と既存の化学物質の間にある情報と管理の溝を埋めるものである。
 この白書は、全ての化学物質のテストの拡大と特に危険性の高い化学物質の管理の2点を強調している。それは新たな化学物質(通常、既存化学物質より完全にテストされ管理されている)と既存の化学物質との間にある情報及び管理の溝を、新規、既存の区別をなくすことで、埋めようとするものである。特定の目的には下記が含まれる。

  • 産業側に、化学物質に関する情報の生成、リスクの評価、及び安全の確保の責任を求めること−注意義務
  • 製造チェーン全体にテストの実施と管理の責任を拡大すること
  • 非常に懸念の高い物資の代替、及び、より安全な化学物質の革新
  • 動物テストを最小にすること
    欧州連合は現在、”代替案の確認のための欧州センター”を通じて、化学物質毒性テスト方法の代替案を検討中である

 白書の主眼は、欧州連合のための REACH (Registration, Evaluation and Authorization of Chemicals 化学物質の登録、評価、及び、認可) と呼ばれる新たな統合化学物質管理の体系の確立である。
 REACH プロセスは、下記の要素からなる。

登録 (REGISTRATION)

 REACH 制定後11年以内に、年間1トン以上が市場に出ている全ての化学物質(約30,000物質)は登録されなければならず、登録しない場合には市場から禁止される。製造量の多い化学物質ほど実施期限が短い。化学物質の製造者と輸入者は下記内容の登録書類を提出することが要求される。
・成分が何か及びその特性
・意図する用途と曝露
・製造量
・危険分類
・安全データシート
・意図する用途と廃棄についての予備的リスク評価(委員会指針)
・リスク管理方法の提案

 化学物質の川下ユーザーもまた、この体系の下に情報を供給することが求められる。
 登録では、生態及び人間に対する基本的な毒性テストが求められる。このテストの範囲は製造量に基づき、1〜10トンでは試験管テストだけであるが、それを超えるともっと規模の大きいテストが求められる。
 登録は、ある種の中間体とポリマー及び研究開発用の化学物質は免除される。
 テスト要件は柔軟であり、主要な危険及び曝露情報を得られるよう設計されている。各社はコンソーシアムを組んでデータを作成しサプライ・チェーンを形成することが許される。

評価 (EVALUATION)

 年間100トン以上製造される化学物質(約5,000物質)及び特に懸念の高い(particular concern)化学物質は加盟国が実施する評価プロセスを経る。この評価は物質毎に用意されるテスト・プログラムを含む。評価の結果は、当該物質の制限(restriction)又は禁止(ban)を含むリスク管理方法に反映される。

認可 (AUTHORIZATION)

 REACH の実施にかかるコストは莫大であるが、それらは主に産業側のテスト実施にかかるコストであり、ほとんどの分析では、REACHがもたらす健康と生態系の利益、あるいはより安全な物質を求めることで刺激される革新の潜在については考慮していない。
 その物質の持つ本質的に危険な特性に基づく最も懸念の高い(greatest concern)化学物質は、その使用を続けるためには、医薬品の規制とよく似た認可プロセスを経なければならない。認可は、社会経済的な影響、必要性、リスク、代替物質が経済的及び技術的に可能かどうかなどを勘案してケースバイケースで決定されることになる。
 認可対象となる化学物質は、既知のあるいは高い疑いのある発がん性、生殖毒性、又は突然変異性のある物質、及び残留性有機汚染物質(POPs)など約1,400種である。いくつかの議論の後、このリストは、残留性・生体蓄積性・有毒性物質((PBTs)、毒性の有無に関わらず高残留性・高生体蓄積性物質(VPVBs)、及び、他の同等の懸念がある物質(内分泌かく乱物質及び抗原過敏物質など)が加えられて拡張された。

 REACH プログラムを実施する上での多くの作業は EU 加盟国で行われるが、データ収集、プログラム管理、及び技術支援のために新たな機構が設立される。
 (訳注:インターネット・コンサルテーションの結果、新設される欧州化学品機構の権限が強化され、登録手続き及び評価は欧州化学品機構が単独で責任を持つこととなった)。

 欧州連合は世界最大の化学物質製造地域であり世界の総生産の28%を生産する。化学産業は、ヨーロッパで3番目に大きい産業であり、約170万人の雇用者を抱え、約36,000の中小規模の企業がある。
 REACH 提案時にいくつかの経済性分析が実施されているが、REACH プログラムの経済的影響の分析結果については広い範囲の変動がある。欧州委員会が委託した分析によれば、REACH プログラムの実施には14〜70億ユーロ(約1,900〜9,300億円)のコストがかかり、その85%は製造者にかかるテストに関するコストである。

 今日までに実施された分析は一般的に、REACHによってもたらされる健康、生態系及び化学物質管理の利益、あるいは、認可とテスト要求を通じてより安全な物質を求めることで刺激される潜在的革新について考慮していない。しかし、ある一つの分析は、REACHによる職業上の健康と安全の利益だけでREACH実施のコストを上回ることを示している。

 REACH プログラムは化学物質管理における根本的な変革であり、効果的な実施を確実なものとするために多くの検討すべき困難な課題がある。REACH 法案は2003年に、発効時期は2006年までと予想されている。
 欧州連合における根本的な化学物質規制の再構築は途方もない困難な仕事であり、多くの詳細な問題点が提示された。欧州委員会は、実施計画に対し技術的なアドバイスを得るために、2001年に多くの関係者によるワーキング・グループをいくつか設立した。欧州委員会が困難な課題と考えたものとして:
  • 徐々に実施され、規制当局に過大な負荷を与えず、産業界に悪影響を与えない、実行可能なシステムを確立すること
  • 対象となる化学物質の数とタイプ、及び登録と認可プロセスの程度という観点からのREACHの範囲
  • 化学物質の川下ユーザー及び、輸入品を含む製品への REACH の適用
  • 企業秘密を法的に守りながらサプライチェーン及び公衆に対し情報への適切なアクセスを確保すること
  • 汚染防止及び管理、製造政策、及び職業上の安全など化学物質に関連した他の規制プログラムと REACH プログラムの統合
  • 加盟国と責任を分担しつつ REACH プログラムを調整する新たな機構(欧州化学物質機構)の設立
 REACHの立法手続きは2003年夏までに完了し、その後、 EU の立法機関である欧州議会と欧州閣僚理事会に諮られる予定である(訳注:2003年10月29日に欧州議会と欧州閣僚理事会に提出された)。
 立法化の最終手続きは2006年までに完了し、その後直ぐに発効すると予想されているが、その時期は、2004年にEUへの加盟が予定されている中部ヨーロッパからの加盟国の動向にもよることになる。

一世代目標/長期的化学物質管理の強調

 いくつかの加盟国の政策及び国際条約と同様に REACH プログラムは、一世代以内に危険な化学物質を排除することを意味する ”一世代目標” の概念に基づいている。この概念は、1995年、北海の保護に関する第4回国際会議のエスビエル宣言で初めて確立された。
 いくつかの政策の中で、一世代目標は法的に拘束力を持つようになり、他方、政策的な推進力及び説明責任の方法として機能している。単なる政策上の表現である以上に、欧州諸国政府はこの目標達成のために踏み出すことを強く約束している。この概念は、2002年の持続可能な開発に関する世界サミットの宣言にも織り込まれている。
 エスビエル宣言は一世代目標を次のように定義している。
”これは、危険物質の放流、排出、漏洩を継続的に削減することによって北海の汚染を防止し、これにより一世代(25年)以内に、環境中の濃度を物質が自然に発生させるバックグラウンド値に近づけ、人工物質の汚染濃度をゼロに近づけることを最終目標として、汚染を終息させることを意味する。”



化学物質管理への世界の取り組み

 このヨーロッパの新しい化学物質政策は、域内及び国際的な条約、合意、及び諸計画によって生じる義務により、相当程度に具体化された。欧州連合はこれらの国際的な気運を新たな政策を支援、強化し、国際的な基準と整合性をとり、考えの遅れた反動的な欧州諸国を説き伏せ、そして、欧州連合を化学物質規制の結果生じる潜在的な通商関連論争から守るために利用した。

 化学物質管理に対する現在のヨーロッパの取り組みに影響を与えている最も重要な国際的条約とプログラムのいくつかを下記に挙げる。
  • 北東部北極の海洋環境保護のためのオスロ−パリ条約
    (The Oslo and Paris (OSPAR) Convention for Protection of the Marine Environment of the North-East Atlantic)
     1992年に採択された OSPAR 条約は、北東部北極の海洋汚染に対する以前の2つの条約を下敷きにして構築された。欧州委員会を含む北東部北極圏諸国のこの条約は、陸上設備及び海上設備からの汚染防止を要求することで海洋環境を保護するための拘束力のある政策決定を採用することができる。”1998年の危険物質に関する OSPAR 戦略” は、海洋環境の潜在的危険物質のリスク評価するためのツールの開発、懸念される化学物質の特定と優先順位の設定、及び優先度の高い物質に対する行動計画の設定を通じて、一世代以内にこの地域内への危険物質の流入を排除するためのプロセスを確立する。

  • 残留性有機汚染物質に関する2001年ストックホルム条約
    (2001 Stockholm Convention on Persistent Organic Pollutants)
     ストックホルム条約は残留性有機汚染物質(POPs)によって引き起こされる健康と環境に対する脅威に目を向けた法的拘束力のある措置を確立する。この条約は、すでに制限されている農薬、ポリ塩化ビフェニール、ダイオキシン類及びフラン類を含む 12物質の国際的な製造中止を確立する。また発展途上国に対し既存 POPs の管理と分解廃棄に関する経済的及び技術的支援、POPs の国際的な研究と監視、及び、例え完全な情報が入手できない場合でもリスクと長距離の移動に関する証拠に基づき、条約リストに新たな POPs を追加するための ”予防的” プロセスを提供する。
 国連は、化学物質の地球規模の循環のリスクを削減するために、その他いくつかの計画を実施している。

  • 世界水銀評価(Global Mercury Assessment)は水銀への曝露による健康へのリスクを特定し削減することを目的としている。

  • 残留性有毒物質の地域的評価(Regionally Based Assessment of Persistent Toxic Substances)は、残留性有毒物質によってもたらされるダメージ、脅威及び懸念の包括的な地域ベースの評価を確立し、措置の実施のための優先順位を評価し、決定するために、ストックホルム条約に基づいて構築された。

  • 事前インフォームド・コンセント(PIC)に関するロッテルダム条約は1998年に採択され、危険化学物質、それらの国際的取引、及びそれらの使用制限に関する情報交換に便を図るものである。

  • 化学物質の安全性に関する政府間フォーラム(IFCS)は国連が支援する120カ国の活動であり、非政府組織、産業界、及び労働組織も参加している。それは、化学物質の分類、表示、汚染防止、及び危険削減に関する共同行動のための政策指針を提供し、優先順位を策定し、情報を生成し、戦略を展開し、勧告を行う。

 国連は現在、新たに確立された ”国際的化学物質管理に対する戦略的アプローチ(Strategic Approach to International Chemicals Management)”の規定のもとに、ばらばらな活動を統一するよう試みている。


統合化学物質管理へのアメリカの取り組み

 統合化学物質政策に関する議論が現在アメリカで起きている。多くの初期の連邦政府及び州政府の環境保護の法律は大胆で遠大な化学物質管理の目標と政策を掲げていた。特に、連邦政府の有害物質規制法 (Toxic Substances Control Act (TSCA)) は、1980年以降、市場に投入された新たな化学物質の危険性に着目した効果的なプログラムを明記していた。多分野からのライフサイクル検討プロセスを通じて、 TSCA の新化学物質プログラムは潜在的に有害な物質の製造と市場への投入を抑止し、よりグリーンな化学物質と製造プロセスの開発を奨励することを意図していた。

 1980年代から1990年代の初期を通じて、広範な多くの関係者による化学物質政策に関する議論が五大湖地域で起きた。1978年の五大湖水質合意 (Great Lakes Water Quality Agreement) は、 ”人間の健康と水生生物資源の繁殖を守るために残留性有毒物質の流入を事実上なくすためのプログラム” を通じて ”五大湖生態系の水の化学的、物理的、及び生物学的な安全性を取り戻し維持するよう” 関連団体に呼びかけた。
 1992年と1994年の”隔年発行報告書”で、五大湖の水質に関し専門的なアドバイスを行うアメリカ−カナダ国際合同委員会は、全ての残留性及び生体蓄積性のある化学物質の放出を止めることを勧告した。残念ながら、野心的な削減目標と合同委員会の勧告は、カナダ政府、アメリカ政府、及び五大湖の州政府による広範な政策形成にはいたらなかった。この地域的な化学物質政策の展望は政治的意思の欠如により進展しなかった。

 連邦政府の ”緊急計画及び地域の知る権利法” は ”汚染防止法” とともに、化学物質及び物質管理の重点項目として、汚染源の削減と有毒物質に関する情報について、連邦政府の目を向けさせることとなった。
 連邦政府の ”緊急計画及び地域の知る権利法 (Emergency Planning and Community Right-to-Know law)” は ”汚染防止法(Pollution Prevention Act)” の成立とあいまって、化学物質及び物質管理の重点項目として汚染源を削減することに連邦政府の目を向けさせることとなった。アメリカ環境保護局(EPA)は ”汚染防止事務所” を通じて、産業界が危険化学物質の使用を削減し、よりクリーンで安全な化学物質と化学合成物を開発し、よりクリーンな製品を設計することを奨励するために、多くの自主的な奉仕活動、教育活動、及び諸計画の実証を援助した。これらには様々な分野の諸計画があり、例えば、”常識運動とクリーン技術代替分析計画”、”グリーン化学計画”、”環境のための設計計画”などである。

 EPA の ”残留性・生体蓄積性・有毒物質計画(Persistent Bioaccumulative ToxicsProgram (PBTs))” は廃棄物中の残留性・生体蓄積性・有毒物質(PBTs)の削減に目を向けている。 ”高製造量物質への取り組み(High Production Volume Challenge)” 及び ”自主的な子どものテスト実施計画 (Voluntary Children’s Testing Program)” を通じて、EPA はまた、産業界が化学物質のリスクに関するよりよいデータを開発することを奨励した。
 しかし、これらは化学物質管理のための有効なツールではあったが、製品中の化学物質や統合化学物質管理手法に対する広範な注目を得るにはいたらなかった。

 危険化学物質に対する連邦政府の規制が遅々として進まない中で、マサチューセッツ州とニュージャージー州は、汚染防止義務計画規制法の実施に成功した。その他の州も、教育、奉仕活動、及び州が後援する技術的支援などに着目した汚染保護法を立法化した。

 製品中の化学物質に着目した州法の中で最も成功したものの一つは1986年の ”カリフォルニア州 安全な飲料水と有毒物質執行法(California Safe Drinking Water and Toxic Enforcement Act (or “Proposition 65”))” であり、企業が発がん性あるいは生殖毒性物質を飲料水の水源に放出することを禁じている。
 この法律の下では、州政府はこの法律によってカバーされる化学物質のリストを維持することを求められている。企業は、彼らが製造する又は販売する製品中の化学物質に曝露する個人への明確な警告を表示することを求められている。市民は企業が適切な表示を怠った場合には告訴することができる。

 1990年代の後半から、いくつかの州と地域は残留性・生体蓄積姓・有毒物質(PBTs)の使用を削減するための自主的な義務計画を展開した。1998年、ワシントン州は PBTs によって引き起こされる汚染を排除するために州内全域に及ぶ政策を承認した。この計画は 9種類の PBTs を指定し、さらにそれ以外の 13種類を将来の活動計画で目を向けるべき化学物質として ”PBT 作業リスト” に加えた。州の生態環境局は、監視、公衆の教育と支援、研究、及び調達を通じてこの計画を実施している。

 1999年、オレゴン州は、州当局者に対し2020年までに残留性化学物質の排出ゼロを実現するよう特別命令を発した。
 ニューハンプシャー、バーモント、メーン、ロードアイランド、オレゴン、コネティカットの諸州は、様々な消費者製品中での水銀の使用を廃止することを立法化した。
 他のいくつかの州及び地域は特定の化学物質の使用を禁ずる調達政策を確立し、州政府の調達契約にあたってはこれらを使用しない製品の購入を奨励した。

アメリカにおける化学物質管理の成功事例
マサチューセッツ州有毒物質使用削減(TUR)プログラム

 1989年に成立した ”マサチューセッツ州有毒物質使用削減法 (Massachusetts Toxics Use Reduction Act(TUR))” は、企業に対し、計算上の許容排出レベルに頼るのではなく、リストされた有毒物質の使用を削減する方法を探し求めることを奨励するものである。年間10,000ポンド(約4.54トン)以上の有毒物質を使用する製造企業は、年間の有毒物質の使用量と廃棄物生成量を計算することが求められる。企業はその後、有毒物質の使用と廃棄物を減らすための代替案を開発し、徹底的に検証し、その効果を測定しなければならない。これらの計画と物質の集計データは公開される。化学物質使用料が、企業に対する自主的な技術支援と規制プログラム、及び、より安全な化学物質、製造プロセス、製品を求める企業と地域を支援する研究・訓練プログラムに対し、資金として充当される。

 この法律の成功は感銘深い事例となった。10年以上の間に、マサチューセッツ州の有毒化学物質の排出は80%以上削減、有毒廃棄物は約60%削減、そして有毒化学物質の使用は約40%削減された。マサチューセッツ州の企業は、金額換算できない健康と環境への利益以外に、製造プロセスで1500万ドル(約16億5千万円)以上を節減した。(参照 http://www.turi.org

 同州は現在、5つの危険度の高い化学物質−水銀、鉛、トリクロロエチレン、ヒ素、及びダイオキシン類・フラン類に対する自主的な削減プログラムを実施中である。しかし、有毒物質使用削減法はマサセッチューセッツ州内の製造企業だけに適用され、従って州外で製造される製品中に含まれる化学物質には適用されない。
 最近、マサチューセッツ州で提案された法案、 ”明日への健康法(Act for a Healthy Tomorrow)” は、もしより安全な代替物が入手可能なら、製造システム及び製品中で10種類の問題ある化学物質の代替を呼びかけることでこのギャップを埋めようと試みている。
 この法案は、新たな物質の追加と、より安全な代替に関する研究開発及び技術的支援に関する条項を含んでいる。


約注:
当ウェブで紹介している ”マサチューセッツ州有毒物質使用削減条例 (TURA) の紹介” も一読ください。




まとめ

 デンマークやスウェーデンなどのノルディック諸国は、過去 10年間以上、重要な水系の汚染に注目して、積極的に統合化学物質政策を推進している。これらの国々では、化学物質を使用している企業が有害物質への依存を低減し、より安全な代替物質を開発することを奨励するするために、教育、調達、懸念ある化学物質のリスト作成、エコラベル、よい安全な代替物質に関する研究・開発、及び、化学物質中止要求などの、様々な自主的義務政策ツールを成功裏に使用した。

 一方、以前は特定の諸国は孤立していたが、現在は持続的な化学物質管理を推進するためにヨーロッパ全体に及ぶ革新的で活気に満ちた政策が進展している。これらの政策はいくつかの要素によって拍車をかけられている。
  1. 現状の化学物質政策の限界についての認識の増大、及び、化学産業界の自信の欠如
  2. 化学物質への曝露による健康と生態系に及ぼす影響についての懸念
  3. 環境の改善と危険物質の削減−いわゆる一世代目標に対する長期的政策的使命
 ゆっくりした、思慮深い教育プロセスと様々な関係者(産業界、政府、市民団体、学会)間の公開議論を通じて、欧州連合とその加盟国は、化学物質管理政策を根本的に再構築するたもの十分な状況を得て、化学物質の登録、評価、及び認可 (Registration, Evaluation and Authorization of Chemicals (REACH)) の提案を具体化する統合化学物質政策を作り上げることができた。
 ヨーロッパにおける化学物質政策の広範な変化は避けることができない。この新たな政策は、市場にある全ての化学物質に関する基本的なデータ、化学物質のライフサイクルを通じてのリスクに関する情報、化学物質のリスクに関する迅速な評価、及び、最も高い懸念のある物質の代替を要求する。
 過去25年間で、最も野心的な化学物質政策であるこの新たなヨーロッパの化学物質政策は2006年に発効され、化学物質政策の世界標準となることが期待されている。

 REACH 提案とそこにいたるまでの数々の議論は、アメリカの匹敵するどのような計画−それらは政府及び産業界の一部がここアメリカでの採用に不同意という結果をもたらした−をはるかに超えるものである。それだけでなく、この新たなヨーロッパの政策はアメリカ及び世界中の製造者にも影響を与えるであろう。電子産業や自動車産業など、いくつかのアメリカの製造業では、すでに、REACH プログラムの一面を実施し、制限(Restriction)に直面するかもしれない化学物質の代替物質を特定することに着手している。

 ライフサイクルを通じての化学物質のリスクに関するデータを収集するとともに、有害化学物質を特定し代替するための政策を展開することで健康と生態系に対する有毒物質の影響を削減するという世界の動きの最前線に位置することが、進取的な政府と企業にとって最もためになることである。

 更なる化学物質政策に関する情報は、下記にて得ることができる。


持続可能な製造のためのローウェル・センターについて

 マサチューセッツ・ローウェル大学の持続可能な生産のためのローウェル・センター (Lowell Center for Sustainable Production (LCSP)) は、革新的な研究、政策モデルの開発、及び、持続可能な生産と消費を支援する訓練プログラムの分野で主導的な学際的研究機関として国際的に認められている。環境団体、政府機関、産業界、及び労働組合との密接な連携を通じて、センターは、環境的に健全な製造システム、健康な労働環境、及び経済的に実行可能な労働組織を研究、開発、及び推進している。
 センターは、よりクリーンな製造、製造管理、持続可能な消費、及び、予防原則に関する推進にあたって国際的に主導的な役割を果たしている。

 ローウェル・センターの化学物質政策運動は、長期的展望に基づき、統合された政府と産業界の化学物質管理政策の実現に導く議論を伝え、活性化することを目的としている。そのような化学物質政策は、より安全でクリーンな製造システムの開発を刺激しつつ、労働者、地域、及び消費者の健康を守るために、全体論的(holistic)で統合的(integrated context)な観点で見なくてはならない。
 この運動の目的は以下のようなものである。
  1. 持続可能で統合された化学物質政策の展望を開発する
  2. 広範なアメリカ及び国際的な関係者に対し、ヨーロッパ、アメリカ及び国際的な化学物質政策運動に関する情報の提供と教育を行う
  3. ヨーロッパとアメリカの専門家が統合化学物質政策のための経験と戦略を共有するために連携を展開する
  4. アメリカ国内及び海外における州レベル及び連邦レベルでの政府と産業界の統合化学物質政策運動の確立を支援する
 持続可能な製造の化学物質政策運動のためのローウェル・センターについての詳細については、同センターのウェブサイトをご覧ください。


Lowell Center for Sustainable Production
UNIVERSITY OF MASSACHUSETTS LOWELL
One University Avenue, Lowell, MA 01854 USA . 978.934.2980 . Fax 978.934.2025




化学物質問題市民研究会
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