POLITICO 2023年8月5日
EU 化学物質法改正への EU の対応の
遅さがもたらす 5 つの現実的影響

現在の規則の欠陥により、ヨーロッパ人は
有害な化学物質にさらされたままになっている
レオニー・カーター (記者 POLITICO Europe)
情報源:POLITICO, August 5, 2023
5 real-life impacts of the EU's foot-dragging on chemicals law reboot
By Leonie Cater

https://www.politico.eu/article/reach-legislation-
chemicals-european-union-industry-fertility-bisphenol/


訳:安間 武/化学物質問題市民研究会
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2023年8月8日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/reach/news/230805_POLITICO_
5_real-life_impacts_of_the_EUs_foot-dragging_on_chemicals_law_reboot.html

 欧州の議員、NGOs 及び科学者らは数か月間、ブリュッセル(欧州委員会)に対し、夏休み前に長らく待ち望まれている化学物質規則の見直しを打ち出すよう求めてきた。

 しかし、EU 諸機関の廊下には人影がなく、政策立案者たちが休暇に向かうにつれ、その期待は打ち砕かれつつある。

 来年の欧州選挙が迫る中、多くの人は現在、この提案が欧州委員会の任期終了前に議員らによって精査され、承認されるには遅すぎて、さらに先延ばしになるのではないかと懸念している。

 REACH として知られるこの法律の改正案は当初、昨年11月に提出される予定だったが、期限は 3月に延期された。 そもそも改正を行うべきかどうかをめぐる内部の意見の相違と産業界からの激しいロビー活動のなか、委員会は改正を今年末までに提出すると述べて再び改正を延期した。

この遅れは、欧州全域の無数の産業部門と何百万もの消費者に影響を与える可能性がある。 REACH は単なる EU 法の一部ではない。有害な化学物質から人々と環境を守ることを目的とした非常に複雑な制度である。そして欧州委員会自身も、現在の規則には多くの欠陥があることを認めている

 NGO、欧州環境局(EEB)のタチアナ・サントスは、”欧州委員会は人々と環境を守る責任と義務を果たしていない。私にとってそれは明白だ”と語った。”本当に欠けているのは、この緊急性の認識である”。

 POLITICO は、その 1年間の遅延による潜在的な主要な影響を 5 つ分析している。

1. 出生率が低下している

 この提案の主な目的のひとつは、体内のホルモンに大混乱をもたらし、女性と男性の両方の生殖能力の低下に関連している”内分泌かく乱物質”として知られる化学物質類を特定する EU の能力を高めることである。

 この化学物質は現在、包装、玩具、化粧品、日焼け止めなど多くの製品に使用されており、専門家らは内分泌かく乱物質を特定するために使用される現在の情報要件は基準をはるかに下回っていると長年警告してきた。

 ビスフェノール A は最もよく知られているもののひとつであるが、他のビスフェノール類、フタル酸エステル類、パラベン類など、さらに多くのものが日用品に使用されている。

 欧州環境局(EEB)の報告書によると、現在規制当局が特定している内分泌かく乱物質は毎年”わずか2種類”で、残りの多くは未特定のままであり、その結果生じるリスクは”不適切に管理されている”としている。 内分泌学会は、1,000 種類以上の内分泌かく乱化学物質が存在する可能性があると推定している

 カロリンスカ研究所の上級研究員で、内分泌かく乱物質類を 20年間研究してきたパウリイナ・ダムディモプルーは、自分自身と”将来の子供たち”を環境ホルモンから守りたいなら、”店で何を買えばいいのか本当に分からない”と語った。 ”だからこそ規制が必要なのである”。

2. 有害な衣類がふえている

 ”ファッションの被害者(訳注:Fashion Victim:ファッションの流行を盲目的に取り入れる人のこと|1000BEAN英会話ブログ)”という表現は、衣装だんすにぶら下がっている有害物質を詳しく調べてみると、まったく新しい意味を持つ。

 グリーンピース・ドイツは、2022年の報告書で、欧州市場で分析した中国のファッション大手シャインの47製品のうち15%に、REACH が定める規制値を超えるレベルの有害化学物質が含まれていることが判明したと報告した。 その中には靴中の”非常に高レベルのフタル酸エステル類”や幼児のドレス中のホルムアルデヒドも含まれていた。

 グリーン議員サスキア・ブリクモントが今年初めに議会に提出した報告書は、衣類が”私たちとそれを製造する労働者らを病気にする可能性がある”ことが判明した報告した。 また、REACH の立法の欠陥が、欧州で販売される衣類への有害化学物質の混入を許す一因となったと主張した。

 現在の法律は”物質を販売する企業に安全性試験を完了することを義務付けている”が、実際にはそれらの試験には”透明性の問題があると報告書は主張している。

 大手衣料品企業は化学物質のサプライチェーンに関する透明性と情報を求めており、服飾大手 H&M(訳注:H&M(エイチ・アンド・エム)は、スウェーデンのアパレルメーカーが展開するファッションブランド|ウィキペディア) は今年初め、”安全で循環的な服飾(safe and circular fashion)”を確保するための”迅速な”法改正を欧州委員会に求めている。

 同社はまた、化学物質のリスク評価方法を合理化し、暴露レベルに関係なく、内分泌かく乱を含むより多くの危険(hazards)に対して特定のリスク管理措置を自動的に適用するという委員会の約束を支持した。

3. 動物実験からの移行が遅い

 REACH の微調整により、EU 全体でウサギ、モルモット、マウスに対して実施される化学検査の数が削減される可能性がある。

 非動物実験法はまだそれほど安全でも効果的でもないが、改正法案によって現在と同じくらいの数の動物実験を実施する必要性が低くなる可能性があると一部の活動家は主張している。

 NGOの ChemSec によると、この見直しは化学規制当局に”予防原則を積極的に適用するよう求める可能性があるという。 つまり、規制当局が化学物質の安全性を疑う十分な理由がある場合、追加の試験を実施する必要はなく、その情報に基づいて立法できるということである。

 ”意思決定の前に要求される証拠の量は、しばしば非現実的であり、いわゆる’分析による麻痺(paralysis by analysis)’につながる。すなわち何の措置も取られず、有害な化学物質が市場に出たままになる”と ChemSec は主張する。

 欧州委員会は先週、120万筆の署名を集めた動物実験に関する市民の取り組みに応え、規制目的での化学物質の動物実験を段階的に廃止すると約束した。 それには、部分的には、REACH が公開された場合、その時点で変更を加えることが含まれる。

4. 未知の領域に留まり続ける

 大量の有害化学物質より怖いものは何であろうか? 大量の有害化学物質を規制する当局はそれについて何も知らない。

 REACH の重要な原則のひとつは、”ノーデータ・ノーマーケット(データなければ上市なし)”というスローガンである。これは、化学物質に関する十分なデータが提供されなければ、その化学物質は EU 市場にアクセスできないことを意味する。 しかし、環境活動家らは、このキャッチーなスローガンは実際の仕組みを反映していないと主張し、刷新が問題解決の鍵になると主張している。

 欧州環境庁は 2020年に、例えば市場に流通している 10万種の化学物質のうち、包括的な危険情報が入手できるのは 500種のみであると推定した。 この状況を”化学物質リスクの未知の領域(unknown territory of chemical risk)”と分類した。

 欧州委員会自身も影響評価の中で、化学物質登録書類には物質の安全性を評価するための重要なデータが欠けていることを認めた。

 法的慈善団体(Legal charity)であるクライアントアース(ClientEarth)(訳注:ClientEarth は、気候、電力、環境に関する国際的な法律の専門家集団です。私たちは、政府、民間企業、人々との協力のもと、法律を活用することで気候変動に取り組み、低炭素社会への転換を推し進め、自然を保護しています。|ClientEarth)と他の NGO は、欧州委員会に対し、他の措置の中でも特に化学物質の登録要件を強化し、拡大することを望んでいる

5. 業界を混乱させる

 欧州の化学業界は必ずしも REACH 改正に賛同しているわけではなく、エネルギー危機の中で”新たな”グリーンディール法の導入にかかるコストについて懸念を表明している(訳注:欧州グリーンディールは欧州連合の新しい成長戦略で、2050年までに持続可能な気候中立 (温室効果ガスの排出を実質ゼロにすること) と循環型経済の実現を目指す。またあらゆる汚染とその汚染源を排除して有害物質のない環境を実現するという野心的なアプローチの一環として、人々のより良い健康と環境を保護するという目標も盛り込んでいる。・・・|有害物質のない環境に向けた持続可能な化学物質戦略/欧州委員会)。

 それ以来、曲調が変わった。 化学企業は、何が起こるかわからない不確実性に怯え、準備を始めるために欧州委員会が今何を計画しているのかを確認したいと考えている。

 ”産業界は、抵抗しても意味がないと悟ると、少なくとも何が起こるかを知るために、できるだけ早くそれを実行するよう推進し始めた”と欧州委員会のある関係者は語った。

 欧州化学工業連盟は、内分泌学者による REACH の早期制定を求める声を公的に支持している。

 ”夏までに REACH 2.0 を公表しないことは、欧州の化学産業と EU の競争力全体に悪影響を与えることになる」と 欧州刷新(Renew Europe)議員のマーチン・ホヨシックは述べた。”取締役会が法律の指示を待っているため、化学業界による大規模投資は保留されている”。


訳注:関連情報


化学物質問題市民研究会
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