EU 環境委員スタブロス・ディマスのスピーチ
気候変動とREACH

在欧米国商工会議所 ブリュッセル  2005年7月19日

情報源:Stavros Dimas Member of the European Commission, responsible for Environment
Climate Change and REACH
At the American Chamber of Commerce in the EU, Brussels, 19 July 2005


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2005年7月22日


 紳士並びに淑女の皆様

 EUの二つの重要な政策分野、気候変動と化学物質管理について皆様にお話しすることは私の大きな喜びです。どちらの分野においても産業界は重要な役割を果たします。我々はこの課題を成し遂げるためには、あなた方を必要としています。しかし、両方の分野で産業界も利益を得る立場にあるのです。私はこのことについて皆様と討議するこの機会を非常に歓迎するものです。

気候変動:(日本語訳省略)

REACH:

 REACHに話を移します。気候変動に対する戦いとは違い、REACHはひとつの特定の問題を克服するために講じられたひとつの政策です。その問題とは、人間の健康と環境に及ぼす化学物質の影響について、そして化学物質の使用の安全な方法について、我々の知識が欠如していることです。しかし、それは多くの利益と効果をもたらす政策です。我々政策決定者とっての主要な課題は、産業界と社会全体の異なる関心について調和を図ることでした。

 私は、欧州委員会が作成し、現在、議会と理事会で審議中のREACH提案について、我々は成功したという自信を持っています。REACHは知識のギャップを埋め、化学物質を安全に使用することを可能にし、従って人間の健康と環境を守ることに役立つでしょう。同時に、REACHは、EU化学産業界の競争力を維持し、強化すらするでしょう。それはまた、世界中のどこにおいても化学物質の安全な管理に重要な貢献をするでしょう。最近のアメリカの動き(訳注1)は、我々が正しい方向に進んでいることの証明であり、さらに、EUが人間の健康と環境の保護という点で先頭に立っているということであります。したがって、私は、皆様のREACHに関する2004年の意見表明のタイトル−欧州化学物質政策の革命−には心から賛同します

訳注1:米会計検査院(GAO)の報告書に基づき、民主党議員らが”子ども安全化学物質法案”を提案したことか?
参照:子ども安全化学物質法案はEPAにテスト要求権限を与える−米会計検査院(GAO)の報告書が引き金−(当研究会訳)

REACHの理由:

 まさに、我々は革命を必要としています。しかし、なぜか? 世界の化学物質生産量は4億トンに達しています。しかし、これは信じられないことですが、我々が使用する全ての化学物質の人間の健康と環境に及ぼす影響に関して体系的な検証を実施していません。このことは、世界の主要な化学物質生産地域であるヨーロッパ、アメリカ、アジアのいずれでも起きていることです。

 このようなことは容認できません。化学物質によって引き起こされていると疑われる疾病の数が増大していること、我々の化学物質が北極のように遠く離れた場所にまで到達しているという事実、化学物質が環境に加えたダメージ、例えば、我々を有害な太陽光線から守るオゾン層の破壊−などを見れば明らかです。
 これはほんのひとつの事例ですが、非常によく状況を語っているいるのがアスベスト問題です。アスベストの悲劇を招いたのは無知であったことです。この発がん性繊維物質に過去に暴露したことにより、いまだに毎年数千人の人々が死んでいます。アメリカの裁判所は補償請求の訴訟の洪水であふれてしまい、被害者を補償するための基金を設立するということで議会が請求総額を減額しない限り2,000億ドル(約21兆円)に達する恐れがあります。

 我々は同じことが再び起こるようなことを許してはなりません。同時に、我々は現代社会は化学物質を必要としており、化学産業界は我々の経済にとって重要であるということを頭に入れておかなくてはなりません。EUの中では化学産業は三番目に大きな製造業であり、31,000の企業と190万人の雇用を抱えています[1]

 REACHはこれらの問題に対するバランスのとれた答です。

REACHの構造:

 それでは、REACHは何をするのか? ある量以上の化学物質の製造者又は輸入者はその化学物質を新設されるEU化学品局に登録することが求められます。それらの化学物質の基本的な特性と用途、及びにそれらを安全に取り扱う方法に関する基本的な情報を提出しなくてはなりません。もし、それらが懸念を及ぼすものなら、もっと多くのテストともっと保護ができる措置を開発しなくてはなりません。したがって、提案されているシステムは化学物質の安全性の責任を製造者に求めるものです。

 安全情報はサプライチェーンの中で広く伝えられてゆき、化学物質のユーザーはリスクを避けるためにそれらをどのように扱えばよいのか知ることができ、企業機密でない情報は公開されます。

 規制案の構造は実行可能で効果的であるよう注意深く設計されています。それは生産量とリスクに基づいて異なる情報要求を考慮しており、またデータの共有や他の国際的な又は国家のプログラムの下に実施される評価から得られる情報の利用などコストを削減する方法が許されています。

 この構造は、5年間にわたる空前の草稿の検討と広範な協議実施の結果です。それには産業界、アメリカが明らかにその主役である通商相手国、小売業者、消費者団体、環境・健康・その他のNGO、そして動物愛護団体等との数百に及ぶ会議を含みます。また、REACH草稿案に関するインターネット・コンサルテーションが実施され、6,000通以上のコメントがありました。これらのコメントはREACHをもっと合理的なものにし、REACH実施の予想コストを約80%削減することに役に立ちました。

コストと利益

 欧州委員会の影響評価によれば、REACHの範囲に該当する30,000種類と見積もられる(既存)化学物質のテストと登録のための直接コストは登録期間である11年間で約23億ユーロ(約3,000億円)です。これは年間あたりで見れば、現在のEU化学物質産業の年間総売上高(2004年は5,800億ユーロ)の0.05%以下です。

 川下ユーザーへのコストを含む合計コストは約28〜52億ユーロ(約3,700〜6,800億円)であり、それは追加コストがいかにサプライチェーンの中で吸収されるか、そして登録コストのために市場から撤退する化学物質の数に依存して変動します。欧州委員会は撤退する化学物質の数は1〜2%であると見積もっています。

 2005年4月、欧州産業連盟(UNICE)とは欧州化学工業会(CEFIC)によって実施された影響評価の結果が発表されました。この作業は、自動車、電子機器、軟包装材と無機物質などの特定の産業分野への影響、そして革新性と新規加盟国への影響に焦点を当てたものです。その結果は欧州委員会自身の影響評価を広く確認するものでした(訳注2)。

訳注2:EU議長国プレスリリース 2005/05/12 REACH ワークショップ:REACHはヨーロッパの競争力を損なうものではないと議長国(当研究会訳)

 もし、REACHが化学物質関連疾病の10%を削減できれば、これは控えめな仮定ですが、健康への利益は30年間で500億ユーロ(640億ドル、約6兆7,000億円)と見積もられています。このことは、数万の不妊、がん、皮膚疾患、神経疾患、その他の疾病を避けることができることを意味します。

 REACHはひとつのことにだけ、焦点を当てているわけではありません。人間の健康と環境だけを目指しているわけではありません。それは、一方では環境と健康の保護と他方でEU化学産業界の必要との間の正しいバランスをとることを目指しています。それは、長期的な利益が初期の投資をはるかに上回る、コスト効果のあるシステムです。まず第一に、それは革新を推進します。我々は新しいより安全な物質が市場に出されることを期待しています。

 第二に、それは消費者の化学分野及び化学産業界への信頼を増大するでしょう。事実、REACHはEUで製造される化学物質の、又はEUに輸入される化学物質の価値をもっと高めるでしょう。なぜなら、それらの化学物質が、いかに最良にリスクを管理し、いかに最良に物質を使用するかに関する情報とともに、安全に関する情報を伴うからです。このことにより、訴訟のリスクの減少という利益も追加されるでしょう。

 国際的には、REACHは2002年の持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)での、2020年までに化学物質の有害影響を最小にするという呼びかけに対応するものです。それはまた、OECDの下になされている作業や国際化学工業協会協議会(ICCA)の高生産量化学物質安全性点検計画(igh Production Volume Initiative)など、現在勧められている国際的な取り組みを補完するものです。

現在の活動:  恐らくご存知だと思いますが、現在、理事会と欧州議会はREACH提案に関し精力的に作業を進めています。議会はこの提案を秋には採決にかけられる予定であり、議長国イギリスは今年の末までに理事会の政治的合意を得ることを目指しています。

 欧州委員会は、両機関と協力して提案本文に関する技術的情報と説明を準備中です。欧州議会には10の異なる委員会があり、それぞれが意見を出すでしょう。我々は環境委員会からだけでも1,000以上の修正提案を受けており、その全ての詳細を検討するのに忙しくしています。

 欧州委員会は理事会と議会の望むことに対して敏感です。我々は、欧州議会が第一読会で提案する修正案がREACHの基本的な目的である人間の健康と環境を高いレベルで保護するということ及び企業が繁栄するための実行可能で透明な枠組みを脅かすものでなければ、可能な限りそれらの修正案を受け入れるつもりです。

結論:

 安全な化学物質の管理と気候変動は大きなチャレンジです。我々は、産業と経済に対する最小のコストでそれらを実現する道を探し、そして我々全てのために持続可能な未来を確実なものにしなくてはなりません。このことは政策決定者と産業界との連携を必要とします。私は皆様のご意見をお聞きしたく思います。


[1] 2004年、EU化学産業は世界の総売上高(1兆7,360億ユーロ)の33%(5,800億ユーロ)を占める世界第一位の化学物質製造地域である。また、世界最大の輸出及び輸入地域であり、世界貿易の半分以上を占める。欧州化学工業会(CEFIC):事実と数値 世界的展望における欧州化学産業 2005年1月 http://www.cefic.org/factsandfigures/


化学物質問題市民研究会
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