ケムセック(ChemSec) 2017年5月9日
より安全な化学物質の製造者は、
誰も彼らに耳を傾けない時に、
なぜ政治を思い悩むのか
認可プロセスはヨーロッパの革新を損なう

アン=ソフィー・アンダーソン 
(ChemSe 事務局長)

情報源:ChemSec news May 9, 2017
Why should producers of safer chemicals bother with policy when no one listens to them?
The authorisation process hurts European innovation
By Anne-Sofie Andersson, Executive Director, ChemSec
http://chemsec.org/why-should-producers-of-safer-chemicals-
bother-with-policy-when-no-one-listens-to-them/


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2017年6月6日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/reach/ChemSec/News/
ChemSec_170509_Why_should_producers_of_safer_chemicals_bother_with_policy.html

 私がまだ化学を学んでいたころ、私はどちらかと言うと古びたブラウンストーン作りの集合住宅の中の小さな部屋を借りていた。当時の私の隣人アニータは、集合住宅に住む人々が時々面倒を見ていた優しい老女であった。

 通常、それは骨の折れることではなかった。きれいな陶器の食器を食器棚から上げ下げする、掃除機の袋を交換する、遠方のちょっとした用を足す、というようなことであった。

 しかしアニータは物事の記憶に苦労しており、しばしば、さっき頼んだことをまた頼んできた。あなたがすでに掃除機の袋は交換したと主張しても、彼女は耳を傾けようとしなかった。彼女は、実際に物事を忘れているというより、5分間の付き合いを楽しんでいるだけだったと私は想像している。

 それではなぜ私が、この古い話を持ち出したのか?

 それは、欧州化学物質庁(ECHA)と REACH の認可プロセスが、アニータの感情的な雰囲気を強く私に思い起こさせるからである。より安全な代替物質の製造者らは”第三者の声”として、そのプロセスで再三再四、意見を求められたが、アニータと同じように、彼らが言わなくてはならないことに誰も耳を傾けない。

 アニータを支援することは厳密にいえば私の責任ではない−私にはやらなければならない私自身の仕事がある−ということと同じ論法で、多くの会社は政治的なプロセスに関わることは彼らの本来のビジネスではないとみなしているのだと私は思う。

 彼らのビジネスは、彼らの製品を売ることでおり、ヘルシンキやブリュッセルで当局のために評価を書いたり、様々な会議に出席するための出張に多くのお金と人材を費やすことではない。それでも彼らはそれをするが、多くの場合、それは無駄であるように見える。

 REACH の認可プロセスについて詳しくない方のために少し説明すれば次のようになる。EU では、最悪のそして最も有害な化学物質は Annex XIV の認可リストに記載され、会社がこれらの化学物質を使用することができるようにするためにはまず、欧州化学物質庁(ECHA)にいわゆる認可(authorisation)のための申請をしなくてはならない。

 申請者は、その化学物質がどの様なリスクをも及ぼさない、又はその使用が社会にとって非常に重要であるにもかかわらず他に置き換えることができないことを示す必要がある。しかしそれは法的文言に書かれていることであり、実際にはその会社の製品を誰かが買っているということを申請者が示せば十分であり、それが強い論拠になる。

 この時点で、代替物質の製造者はそのプロセスに呼ばれる。そのことは、その目的は申請者は隅々まで実際に調べたということを確かめることなので、論理的には非常に良いことである。

 しかし現実には、例え代替物質の製造者が、”はい。この有害化学物質を他の物質で代替することは可能です”と具申しても、彼らの主張が考慮されることはほとんどなく、その認可は彼らに不利な影響を及ぼすことになる。

 公平のために言うと、代替物質はしばしば全く同じ結果を実現することができない。例えば、わずかな色の違いがあるかもしれない。

   良い例は、昨年からのクロム酸鉛訴訟である(訳注1:欧州委員会がカナダの会社にクロム酸鉛の使用を認可したことについてスェーデンが訴訟を起している件)。認可を申請した会社は道路標識のための塗料にクロム酸鉛を使用したいと望んでいるが、スウェーデンを含む EU の多くの国は、より安全な代替物質があるので、数十年前に有害なクロム酸鉛(訳注2)の使用を止めた。

 しかし、現実に使用されているその代替塗料の黄色はクロム酸鉛の黄色に比べて光沢がわずかに異なっており、クロム酸鉛に認可が与えられた。(現在スウェーデンは欧州員会に対してこの決定について裁判を起こしている)。

 クロム酸鉛の使用を支持する人々は、それは反射の強い黄色であり、道路の安全にとって重要なことであると主張する。しかしスウェーデンの道路の安全が、数十年来使用されているもっと穏やかな黄色の代替塗料のために損なわれているという兆候はないので、この主張は説得力がない。実際にスウェーデンは、EU 中で道路の安全が最良な国の一国である。

 色の違いなど目立つものではなく、認可を申請する会社がそれは月とスッポンの違いだと何度言い立てても関係ない。

 欧州化学物質庁(ECHA)内では、美学のどのレベルが許容できるかを決定するのは彼らではないと考えている。欧州化学物質庁(ECHA)は、あるものの見栄えが良いかどうかを決定する立場にない。それは全く筋が通っている。私もまたアニータにファッションの助言を求めたりはしない。その違いは、アニータは私の生活に又はヨーロッパの革新に、決して脅威を及ぼさなかったということである。

 そして革新は、現在、ここではリスクにさらされている。私は、化学物質分野におけるほとんどの利害関係者は環境と健康面について理解していると思う。(しかし多くの人々は”美学的に心地よい”何かを製造するために、労働者のがんの発症がどのくらいが考慮されているかを知ったなら、少なからずショックを受けるのではないかと私はいぶかっている)。

 しかし緊急の問題は、、同じ古い有害化学物質を会社が使用することをしばしば許すことにより、我々はより安全な製品に向かって少しも進歩しないということである。

 代替を強制することで新たに出現しているより安全な代替物質への需要を高めることができるのに、よく知られた有害物質の使用を認可すれば革新を妨げることになる。要するに”規制が革新を促す”ということである。

 この種の政策の影響は非常に現実的であり、その後の出来事の連鎖反応のきっかけとなる。

 有害化学物質の使用にゴーサインを出す⇒代替物質製造者のビジネスの可能性が低くなる⇒代替物質製造規模の大型化のための投資が小さくなる⇒代替物質の価格が高止まりする。私は、ある代替物質製造者から、認可が災いして、銀行から新たな投資のための融資を受けることが難しくなったということを聞かされた。

 そして当然のことであるが、歴史は議論を引き起こしたばかりのその認可問題を繰り返している。12の会社の連合体を代表するジャーハーディ(Gerhardi)社は、いわゆる装飾メッキ−基本的に車のプラスチック部品にクロムメッキの外観を与えるのためのもの−に、発がん性物質であり規制されている三酸化クロム(chromium trioxide)(訳注3)を使用するための申請書を提出した訳注4::メッキ工程で三酸化クロム(6価クロム化合物)を使用するが、最終的メッキは6価クロムを含まないとしている)。

 代替物質の連合体は認可プロセスに前向きに取り組み、多くの時間を割いたが、そこでもまた美学が問題となり、最終的には彼らの代替手法は、全く同じ美学的結果を実現することができないという理由で無視された。

 しかし、建設的な兆候もある。今回は欧州化学物質庁(ECHA)の諮問委員会の中に大きな反対意見があるように見えることである。4人の代表者が、二つの異なる、いわゆる少数意見を支持したが、それは諮問委員会の意見に反対する公式の異議である。委員会のメンバーが批判するということは非常に異例なことである。

 ひとつの少数意見はジャーハーディの申請書の市場調査の欠如を標的にしている。”・・・代替手法で作られた部品を顧客は受け入れないであろうという申請者の主張を適切に正当化するものが申請書中には何もない・・・”。

 その文章は、現在実施されている認可プロセスにどの様な問題があるかを非常にうまく描いている。それは、いささか、被告が自分に不利な申し立てを組み立てている裁判のように見える。あなたはその物質に罪があるとするような多くの事実を見つけることを予期するであろうか?

 もっと悪いことは、欧州化学物質庁(ECHA)が認可プロセスで提出された文書中以外はどこも調べないことである。簡単なグーグル検索で当該化学物質の代替物質を製造している、又は使用している多くの会社を明らかにすることができるが、それはその情報が提出されているかどうかは関係ない。

 そして美学の問題に関しては、それらが問題かどうかを見極めることができる意思決定者がいなくてはならない。もし、色や光沢の違いの代償が非常に懸念ある物質の使用を許すということなら、道路標識の目立たない色の違い、又はクロムメッキの車のドアハンドルの光沢などは”社会にとって重要なこと”ではない。

 それは後ろ向き思考というものであろう。非常に高い懸念のある物質(SVHCs)の使用は、REACH がそもそも目指す廃絶すべきものだからである。


訳注1:クロム酸鉛訴訟
訳注2:クロム酸鉛 訳注3:三酸化クロム 訳注4:ECHA Adopted opinions and previous consultations on applications for authorisation
Chromium trioxide / Plating on Plastics for Automotive Applications (PoPAA)
・・・Plastics are used as a common substrate for numerous interior and exterior applications in the automotive industry due to several beneficial properties. PoPAA (plating on plastics for automotive applications) is the electrochemical treatment of plastic surfaces to deposit metallic chromium to achieve an improvement in the surface appearance, level of corrosion protection and to enhance durability. ・・・
・・・The resulting coating is free from hexavalent chromium and is characterised by its corrosion resistance, chemical resistance, sunlight resistance, sufficient adhesion and stone chip resistance, high wear and scratch resistance.



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る