ケムセック(ChemSec)2015年3月17日
環境規制に反対する経済的主張は
なぜ問われるべきなのか


情報源:ChemSec News, 17 March 2015
Why economic arguments against environmental regulation should be questioned
http://www.chemsec.org/news/news-2015/january-march/
1427-why-economic-arguments-against-environmental-regulation-should-be-questioned


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2015年4月13日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/reach/ChemSec/News/
chemsec_150317_Why_economic_arguments_against_environmental_regulation.html


 この論評は、ケムセックの政策顧問テリーサ・チェルにより書かれ、2015年3月にChemical Watch's Global Business Briefing に掲載されたものである。

 人々は、環境規制は産業に負の影響を及ぼすと考える傾向がある。現在行われている 3つの重要な議論において、経済的損失、失業、競争力低下は一部の産業界と当局により警告されている懸念である。その議論とは:REACH の下における認可(訳注1);内分泌かく乱化学物質のための基準(訳注2)、及び環大西洋貿易投資協定(TTIP)に関連するEU化学物質政策(訳注3)である。

 しかし、過去の経験を振り返れば、環境規制の負の影響の率直な見積もりは、故意か、否か、非常に誇張されていた。我々の最近の報告書 Cry Wolf (狼少年) の中で、我々は、実際には環境規制が産業に経済的利益をもたらすことができるのに、産業界は懸念を組織的に誇張している過去の事例を集めた。

 我々は、政策策定者らに、このことを学び、現在の規制の議論で用いられているコスト見積もりの共通の落とし穴を知るよう求める。我々の報告書は、政策策定者らが知るべきコスト見積もりの3つの共通の問題点を特定している。

 第一に、使用されたコストのモデルはしばしば、固定的で限定されている。固定的モデルは、どのような規制も許容できない高いコストを産業にもたらすことを示すために用いられる戦術である。産業と、そしておそらくもっと驚くべきことには市場は、変化に適合しないということを決めてかかっている。これらのモデルは、新たな革新のコストは時の経過及び市場の成長とともに低下する傾向があるという事実を含んで、確立されている原則を無視している。

 第二に、会社に及ぼす規制の累積的負担は、個々の規制の合計よりもはるかに低いことを調査が示している。しかし、このことはコストの見積もりでしばしば無視されている。

 第三に、産業への利益効果はしばしば過小評価又は無視される。ますます多くの調査が環境的規制から生じる利益を指摘している。これらは、革新と競争力の増大を含む。

狼少年により影響を受けた現在の議論

 予想と結果の比較ができるようにするために、我々の報告書は古い事例に基づいているが、これらの欠陥ある前提に基づいたコスト計算はしばしば、今日でも使用されている。

 内分泌かく乱化学物質のための基準が、第一段階として殺生物剤及び殺虫剤規制に向けて開発中である。産業団体によるコスト見積もりは革新のための産業の能力を無視している。ひとつの事例として、もし現在の殺虫剤が禁止されるなら、実際には代替として栽培される作物がすでに市場で利用可能であるにもかかわらず、特定の農作物の生産高損失は100%であると見積もられている。2014年1月から EU 法の下に義務的となっている総合的病害虫管理(IPM)のおかげで、殺虫剤の必要性が減少していることもまた、多くのコスト見積もりで無視されている。

 REACHにおける認可プロセスは、代替物質がある場合には非常に高い懸念のある物質(SVHCs)を廃止することにより革新を推進するよう設計されている。欧州環境庁(ECHA)委員会が認可授与に関する彼らの意見を述べる前に、代替物の構成要件に関するパブリック・コンサルテーションが行われる。認可の申請は現在までのところ少数の物質についてのみ考えられてきた。しかし我々はすでに、主として経済的評価にいくつかの大きな問題を見ることができる。コスト見積もりはあたかも会社が市場で隔離され、あたかも代替物の値段(price)は固定的であるかのように計算されている。

 最近のひとつ事例は、塗料中のクロム酸鉛類である。塗料中のクロム酸鉛類は、大分前にいくつかのヨーロッパ諸国では廃止されているにもかかわらず、ある一社はこれらの物質をさらに20年間、使用するための認可を得ようとしている。コスト分析を単一の会社に限定し、市場の大部分を無視することは規制を逆効果にする。我々は、認可は代替物が市場で入手できない場合に限り、授与されるべきであると信ずる。

 我々の最大の懸念は、このアプローチが代替物の製造者と使用者を不利益にするという事実にある。そうではなく、彼らは、非常に高い懸念のある物質(SVHCs)を廃止期限が過ぎた後もまだ使用することを許される会社と競争するこなく、彼らの製品を市場で売る機会を与えられるべきである。このことは、有害性の低い化学物質に向けて市場が移行する可能性を損なうことに関連する。我々は、欧州委員会が非常に高い懸念のある物質(SVHCs)に対する代替物の製造者と使用者を支援し、市場で代替物が入手可能な場合には認可を拒否することを望む。

 環大西洋貿易投資協定(TTIP)に関する議論に、EU による厳格な化学物質規制が再び会社と貿易への障害になるということがある。我々の報告書の結論のひとつは、環境政策は 欧州連合、オーストラリア、及びアメリカで事業を行っている会社のために広く同様なコストを説明する様に見えるということである。

’無言’の会社

 進歩的な会社はしばしば、規制の変更に対して期限より前に準備をしている。彼らはすでに作業を終わらせ、コストを吸収しており、より厳格な規制を通じて公平な競争の場から利益を上げるであろう。最近の OECD 報告書は、よく設計された環境規制は全体の生産性向上を妨げることがなく、実際には高い生産性を会社にもたらすことを示している。残念ながら、これらの会社は意見を公然と述べる必要を理解せず、意見を聞かることもほとんどない。

 10年以上、化学物質の多くの指導的な川下使用者と良好な関係を保ってきた我々は、会社の環境的実行と良好なビジネスとの間に矛盾はないことを確信している。我々の報告書及びその他は、これはまた産業についても真実であることを示している。我々は、ますます多くの会社が進歩的なアプローチの利益を理解し、規制当局は政策を決定する前に、現代的な産業の進歩的な能力を留意しつつ、コスト見積りを慎重に見ることを希望する。

 我々は、経済が危ういと告げられると、環境的譲歩は切り捨てることができる贅沢であるとみなす傾向がある。我々の健康又は生態系へのダメージを避けるという環境規制の包括的な目的を一瞬忘れて、次のことを良く考えてみよう:危うい経済こそが、厳格な環境規制を導入する又は維持するための十分な理由ではなかったのか?


訳注1:関連情報
ケムセック(ChemSec)2015年2月10日 ケムセック 効果的な認可プロセスを要求、先導的産業はREACHを支援している

訳注2:関連情報
ChemSec News 2015年1月28日 加盟国及び欧州議会 EDC基準に関するスウェーデンの訴訟に参加

訳注3:関連情報
The Guardian, 7 January 2015, Report: transatlantic trade agreement could increase toxic pesticide use Elizabeth Grossman



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る