BAN 有害廃棄物ニュース 2006年3月27日
劣悪な労働条件:アジアの船舶解体現場

アジャイ・プラカシュア(アジア・トリビューン(タイ))

情報源:BAN Trade News / 27 March 2006
Appalling conditions facing workers in Asian ship-breaking yards
by Ajay Prakash - World Socialist Web Site, Asian Tribune (Thailand)

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2006年3月30日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/basel/BAN/06_03_27_shipreaking_yards.html


 フランス退役空母クレマンソー号の解体に関する最近の議論は、インド、グジャラート州の巨大なアラン・ソシヤ船舶解体場(ASSBY)やその他アジアのどこにもある船舶解体現場の労働者が直面している劣悪な労働条件に光を当てた。

 フランス大統領ジャック・シラクは、フランス法廷が2月にクレマンソー号がインド水域に入ることを禁じる判決を行ったことを受けて、この空母を呼び戻さざるを得なかった。フランス法廷の判決は、同空母に残された大量のアスベスト及び健康と安全に対する不適切な措置という状況に対して出されたもので、グリーンピース、国際人権連盟(FIDH)、バーゼル・アクション・ネットワーク(BAN)などを含む環境団体による長い間の法律的及び抗議のキャンペーンに続くものである。

 ヨーロッパやその他西側諸国のどこの船舶解体場も、健康安全措置及び労働者らの保険のコストが高いので、大部分が閉鎖されている。クレマンソー号をインドで解体することで、フランス政府は、有害廃棄物の廃棄に関する国内及び欧州連合の規制を回避し、500万〜800万ユーロ(約7億円〜12億円)のコストを節減することを期待していた。

 ほとんどの船舶解体(90%近く)は、非常に安い賃金、劣悪な作業環境、及び安全規制の不備ということに成り立つ経済的優位のために、現在、インド、パキスタン、及びバングラディシュを含むアジアの船舶解体場で行われている。インドの船舶解体産業は、年間売り上げが5億2,100万ドル(約580億円)であるが、実際には激しい競争にさらされている。

 昨年、インドではわずか73隻の船しか解体されなかったが、前年までの年平均解体数は300隻以上であった。船舶リサイクル産業協会共同事務局長ニティン・カナキヤは、2月に『フロントライン・マガジン』誌に、”船舶解体市場におけるインドのシェアーの急激な落ち込みに大きな責任があるグジャラート州とインド中央政府の政策、主に不利な税構造、追加の税負担、及びグジャラート州カッチ県にある鉄鋼産業に与えられた関税優遇措置などが原因である”−と述べた。

 国際人権連盟(FIDH)の2002年12月の報告によれば、アランは世界最大の船舶解体場であり、183の異なるビジネスで直接的又は間接的に16万人以上の労働者が働いていた。そこには船舶解体以外に、オイル再処理工場、鉄鋼再処理工場、酸素製造工場、運輸会社、スクラップ製品店など、多くの関連ビジネスがあった。これらのビジネスのほとんどは閉鎖され、現在は約20又は26のビジネスが4,000人から10,000人を雇用してるだけとなった。

 安全と労働条件は劣悪である。2006年2月17日に起きたアランで解体中のチャイナ・シー・エクスプローラー号の大きな火災では9人が重症を負い、5人の労働者が死亡した。

 国際人権連盟(FIDH)は、アランでは事故がしばしば起きていると報告している。1997年から2002年の間に事故は173件、死亡者は132人に達している。2003年だけでも12人の労働者が爆発事故で死亡している。これらの事故はしばしば、どのような安全指示書も与えられずにガスやオイルを含んだ鉄構造やパイプを切断するために切断機やガスバーナーを使用する労働者によって引き起こされる。グジャラート海事委員会又は州及び中央政府には公式な事故統計資料がない。

 ある労働者らはグジャラート労働裁判所に告訴したが、そのほとんどは棄却された。国際人権連盟(FIDH)の報告書は、司法制度は”労働者に非常に不利なように偏向”していると指摘している。1997年のボルティモア・サン紙の報告によれば、たった一人の裁判官しかいないバーブナガル(Bhavnagar)労働裁判所には10,000件の未処理案件があった。

 国際条約では有害物質の輸出と輸送を禁止しているにもかかわらず、解体される船舶には、アスベスト、PCB類、鉛、クロム、水銀など様々な有害物質が含まれている。

 アランの労働者らは、有害化学物質を取り扱うための防護装置もなく訓練も受けていない。彼らはその危険性と潜伏期間の長い健康影響について知らされておらず、また基本的な安全防護もなしに働いている。彼らのほとんどは手袋もせず素手で、古いスリッパを履いて働いている。

 グリーンピースのキャンペーン担当者ラマパチ・クマールは、”アランの平均的な労働者らが明日のことを心配するのはよく理解できる。彼らは日雇い労働者であり、直ぐにでも影響を受ける。彼らは扱っている有害物質の危険な結果について聞かされたこともないし、事前にそのような情報を得る権利があるということも知らない”−と述べた。

 国際人権連盟(FIDH)報告は、アランの医師らが、彼らの死亡の主な原因は、劣悪な労働条件と社会条件に起因する事故と職業病であると述べている。それらには、皮膚病、マラリア、栄養失調、下痢、肺結核、及び呼吸器系疾患などが含まれる。

 船舶解体労働者らの多くは、オリッサ州、ウタール・プラディシュ州、ビハール州など、インド他州からの移民者であり、日雇い又は月決め契約である。彼らは貧困のために職を求めて家を離れ、彼らの仕送りをあてにしている家族に送金している。約70%は20〜40才の農業労働者であり、低いカースト出身で教育も受けていない。

 アランの労働者の多くは、”ムカダム(muqadams)”として知られる下請け契約によって雇われている。労働者らは、船主や政府担当官と会う権利を持っていない。ジャヤーナリストに話したり労働組合を作ることを含むどのような違反行為も解雇の対象となる。解体場に立ち入るためには、時間がかかり煩雑な手続きをしてグジャラート海事委員会の許可をもらわなくてはならない。

 労働時間は決められておらず、規制もされていない。通常、朝8時から夜7時までであるが、残業をしばしば求められる。残業又は週末の作業の手当ては出ない。食堂もない。

 下請け業者は給料を決め、労働者を必要に応じて採用したり首にする。有給休暇はなく、事故の場合の補償もない。世界人権連盟(FIDH)によれば、ムカダム(muqadams)契約のほとんどは労働契約法(1970年)の第12条で規定されている最低条件に違反している。

 日当は、非熟練労働者では1ドル(約110円)以下であり、熟練労働者でも最大1.85ドル(約200円)である。最も危険な作業を引き受けて自分の命をリスクにさらす労働者はもっと高い賃金を得ることができる。ほとんどの労働者らは解体場近くの掘っ建て小屋かスクラップで作った小屋に住んでおり、したがって昼も夜も汚染した空気を吸っている。トイレもシャワーもなく、きれいな飲料水もない。

 世界人権連盟(FIDH)の報告書は、ほとんどのアランの労働者らには共済基金のようなものはなく、例えば、55歳の労働者は15年間、解体場で働いた後退職しても年金は一切ない。

 州及び国家レベルの政府ははこのような条件の改善をほとんど行ってこなかった。彼らが懸念を無視することで産業が成り立ち、そのことがまた、他の産業への安い鉄材の源となる。

 グジャラート海事委員会(GMB)は、準政府組織であり、港湾全体及び個人事業の管理を行っている。同委員会は民間事業者と船主の調停、及び州当局と労働者の調停を行う。

 低コストを維持するための船舶解体ビジネスからの圧力のために、同海事委員会は労働法又は安全基準を執行せず、労働者のための基本的な施設も供給していない。労働法を実施し適切な労働条件と安全を確保することに責任のあるグジャラート州の労働局は何も手を下さない。

 この業界の競争の激しさのために、船舶解体労働者の給料、労働条件、及び健康が、利益と作業の円滑な流れを維持するための犠牲となっている。

 クレマンソー号に対する抗議はインドにおける労働安全の欠如を指摘したかもしれないが、船舶解体現場の劣悪な労働条件を改善するためには何もしていない。もしアランの解体場が閉鎖されたなら、一番困るのは代替の職を持たない失業労働者らである。そして解体すべき船は、労働条件はもっと悪くはないかも知れないが、やはり同じように悪いパキスタンやバングラディシュの船舶解体場に送られるだけである。


訳注:参考資料
1.Greenpeace/FIDH 及び YPSA 2005年にが発表した報告書 End of Life Ships
  英文の報告書ですが、迫力のある写真だけでもぜひご覧ください。

2.船舶解体問題に対する早急な世界的解決のための共同宣言(最終)2005年12月9日 署名リスト付


化学物質問題市民研究会
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