ただ今チョコレート運搬中――1




「……それで、銀次クン」
「は〜〜〜〜〜〜〜いぃ。なんでしょぉ〜〜〜〜〜う?」
「…………いったいキミは、何をしに来たんですか!?」


機嫌良く部屋に戻ってきた赤屍が、思わずすっとんきょうな声を上げて立ち尽くしたのも無理はない。目の前のキングサイズのダブルベッドには、真赤な顔をしてひっくり返った銀次が、にへー、と形容し難い怪しい笑顔を浮かべてこちらを眺めているのだ。
「あっかばっねさぁ〜〜ん」
「……まさかそれは私のボトルでは……」
「ごちそ〜〜〜〜さまっックゥ」
お約束のしゃっくりを語尾にくっつけ、一本2万円のワインのボトルを振り回す銀次は、赤屍の顔の何が可笑しいのか、けらけらと笑い出す。
とりあえず、中身が3分の1に減ったそのボトルは速やかに取り上げ。笑いつづける銀次の口と鼻を優雅に塞ぎ、赤屍は考え込んだ。
仕事から戻ってくつろいでいた赤屍を、ホテルの自室まで銀次が訪ねて来たのは、つい1時間半ほど前のことだ。
何やら非常に緊張した上に、顔を真っ赤にして言いにくそうにもじもじしているのを見て、「話があるなら、報酬の振込確認と、夕食を、わたしがすませて戻ってくるまで、この部屋で待っていてもらえますか」と言い出してみた所、この青年はかちこちに固まったまま、ぎくしゃくと頷いたのである。
そこで銀次を置いて食事に出かけ、無事報酬の振込も確認し、機嫌良く戻って来てみれば――これだ。
太っ腹の依頼人が、「バレンタインデーを祝して」と、ぽんと放ってくれたワインは、あとグラスにせいぜい3杯分しか残っていない。置いていった赤屍が悪いのかもしれないが、まさかこんな小僧ががぶ飲みするとは思わなかった。
「……やれやれ」
肩をすくめた時、先程からベッドの上で、口と鼻をふさがれた銀次が瀕死の状態で痙攣しているのに気づく。
「あ、銀次クン、大丈夫ですか?」
しばらくベッドの上をむせかえってのたうちまわった銀次は、酸欠のせいで余計に酔いのまわった眼を向けて、にへら、と笑った。
「えへへへへー」
「……大丈夫みたいですね」
「あのですねぇ〜あかばねさぁぁぁん」
「はいはい」
いきなり吐いたりしないだろうな、と内心かなり危惧しつつ、瓶という遊び相手を喪った銀次が、次のターゲットにしたらしいシーツと枕を、やはりあっさりと取り上げる。
ハーフパンツの脚まで酔いに赤くなった銀次を、ごろごろ端まで転がすと、自分が悠然とシーツを羽織って中央に陣取り、寝転がった。おそらく銀次もそうしたのであろう、ボトルに直接口をつけてワインをあおる。依頼人も、まさかこんな非常識な飲み方をされるとは、夢にも思わなかったに違いあるまい。
白い喉仏が動くのを、据わった眼でじぃ、と眺めていた銀次が、ベッドの上をずりずりと移動して赤屍の脇に寝転ぶ。「もうあげませんよ」と、赤屍はボトルをサイドテーブルに置いた。
「で、なんでしたっけ、キミの用件というのは?」
「おしごとでぇ〜〜〜す」
「仕事? 依頼ですか?」
「はこびやさんにねぇ。……えへへへへー」
「えへへはもういいですよ。何の依頼です?」
「ていっ」
聞いているのかいないのか、銀次は無謀にも、横たわる赤屍にたのしげに乗り上げて抱きついた。
「銀次クン?」
なんかもう面倒くさいし殺しちゃおっかな、と思案する赤屍の胸に頬ずりしつつ、銀次は「いーいにおーい、たべちゃいたーい」などとふわふわつぶやいている。
「銀次クン、いい加減にしないと怒りますよ?」
「怒っちゃやー」
「なら依頼内容を言いなさい」
「ちょこれーとー」
「チョコレート? ……ああ、バレンタインデーとかいうあれですか?」
「オレのねーいっちばーんあげたいひとにー。えへへー。ちょこれーとはこんでくださーーーい」
つまり、バレンタインデーのチョコレートの運搬人になってくれと言うのだろう。赤屍は即座に否定した。
「いやですよ。そんな面白味のない依頼」
「あー。あかばねさ〜〜〜ん? おれのうちゅーのひとつきとめられないからってぇ〜、にげるんですかぁ〜〜〜?」
「……なんですって?」
ウチュウじゃなくイチュウだろう、と突っ込む気もせず、き、と眉のあたりが不穏な気配をたたえる。
意外に単純な煽りにひっかかる点、赤屍は非常に不名誉なことではあるが、銀次とよく似ているといわざるをえない。
「だってぇ。わかんないんでしょ〜〜〜?」
「わかりますよ、そのぐらい。調べたらすぐに」
「じゃあしらべましょ〜〜〜」
「現物はどこにあるんです?」
「ここ〜〜〜〜〜〜」
ポケットから、少しつぶれかけた小さな箱を銀次は取り出す。
それは珍しいことに、ビロードめいた光沢を放つ黒の包装紙に包まれていた。それに、ほんの一筋金糸の縫い込まれた赤の細いリボンが十字にかけられている。おそらく中身はビターチョコレートだろう。そう思わせるような、非常にシックな包装だった。
「……へぇ。おもしろい趣味ですねぇ」
箱を受け取って「それで、手がかりは」と言いかけて赤屍は銀次を凝視する。
「……銀次クン、」
「ぐぅ」
「人のシャツによだれを垂らして寝ないでください」
「ふにゅ」
「……」
酔っ払いに何を言っても通じるはずもなく。
絶対特別料金を払わせてやる、と心に誓いながら、赤屍は脱いだシャツで銀次の頭をぐるぐるに縛り、新しいシャツに着替えて部屋を出ていった。