ハーフリングな純情――2




「――銀次。てめ、ちょっと来い」
「なーに? あっ、蛮ちゃんもサンドイッチ食べたいのー?」
「ちげーよ。いいから、そこから降りてちょっと来い」
「……何さ?」
名残惜しげに赤屍さんの手を握ってから、その脚を伝わってよじよじと降りた銀次の襟首をひっつかみ、隅の方の席へひきずりこんで蛮は、低い声でびしりと言い渡した。
「はっきり言うがな、銀次」
「なに?」
「男扱いされてねーぞ、てめー」
「!!!!!!」
雷帝らしく、バックに衝撃の雷を背負ったたれ銀次に、びし、と蛮は指を突きつける。
「よりによってジャッカルに珍生物扱いされて、膝の上で餌付けされてそれでもてめーは奪還屋か! このままじゃてめーはオレの相棒でもなんでもねー、ただのたれ生物に格下げだぞ」
うるうると、眼に涙をいっぱい溜めた銀次は、しゃきん、と頭身まで伸ばしてしっかり、と力強く頷いた。
「わかったよ蛮ちゃん! そうだよね、あの人の膝の上で満足してちゃだめだよねオレ!」
拳を握りしめてきっ、と、騒ぎをまったく気にした様子もなく紅茶を飲んでいる赤屍の背中を睨みつけ。
「そーそー、どんと言ってやれ。当たって砕けろ、男なら。――その結果何が起こるかは知らんがな」
「ありがとう蛮ちゃん! ――赤屍さん!」
呼ばれて赤屍は、ティーカップを置いて怪訝そうに振り返った。
「なんでしょう?」
切れ長の紅い瞳をしっかりと見据えて、銀次はがばっ、と頭を下げて一言。


「オレの膝の上乗って下さい!」


「……………………そう来たか……」
ずるずる、と深く椅子に腰掛けたままずり落ちていく蛮がつぶやく。たしかに「膝に乗って満足してんじゃねー」と言ったのは蛮だ。だが、誰も赤屍を膝に乗せろとは言っていない。ひとっことも、言っていないはずだ。
ルビーのような瞳をおっとりと見張ったまま、赤屍はスツールに綺麗に腰掛けて沈黙している。その後ろでは、皿洗い機にしがみついて波児が必死で笑いをこらえていた。
「――キミの膝に……私が乗るんですか?」
「だっ、だめですか?」
「いやだめというか……そもそも、なぜそんな必要が?」
「乗って――っていうか座って欲しいんです! オレの膝の上!」
「キミの……膝ねぇ」
考え込みつつ、赤屍はするん、とスツールから降りてそのダイナマイトな立姿を見せた。必死の形相の銀次を前にして、無頓着なりに興味がわいたらしい。
「ま、膝に乗るぐらいなら構いませんが」
あっさりと、そう答えた。
「ほっ……本当っ?」
「ええ。よくやりますし」
何気に吐かれた爆弾発言に、浮かれた銀次は気づくことなく、飛んでいって手近な席に腰を下ろす。
「はいっ、どーぞどーぞ、赤屍さん」
「では、失礼して――」
律義にお辞儀をした赤屍は、隣の席で蛮が絶句して眺めているのも気にせず、銀次に近づくとすとん、と――


銀次の膝をまたいで向かい合わせに腰を下ろした。


膝を座席に乗り上げ、太股でやわらかく銀次の膝に座った赤屍は、生真面目に、超至近距離で銀次の顔を覗き込んだ。
「これでいいですか?」
反応はない。
「……銀次クン?」
「…………なぁ、赤屍。銀次のやつ、たぶん、失神してるんだと思うんだが」
「失神?」
波児のしみじみとした言葉に、赤屍は困惑した様子で――しかし容赦なく銀次の頬を叩く。
「銀次クン(びし!)、銀次クン(ばし!)、どうしました?」
「刺激が強かったんんじゃないか? 放っておいてやりな」
「刺激って……失礼な子供ですねぇ」
興ざめしたように、あっさりと立ち上がり。
「……何がどう失礼なんだ」
関わり合いになりたくない気分満々ながらも、一応、つっこまずにはおられず蛮が尋ねる。
赤屍はやれやれ、と、そのやわらかそうな黒髪を打ち振って答えた。
「いくら私と敵対したことがあるからって。自分から膝に座れと言っておいて、そんなに怖がるなんて、失礼以外の何者でもないでしょう?」


ここに請求して下さい、と波児の差し出した伝票に携帯の番号を書き連ねて出ていった赤屍を、蛮は見送ってぽつり、とつぶやいた。


「…………天然…………?」


実にしあわせそうに気絶した銀次が、答えることのできるはずもなく。高値で売れる「ジャッカルの携帯ナンバー」を手に入れてほくほくの波児も、蛮の言葉など聞いちゃいない。
ただ、深く深く椅子に沈み込んだ蛮自身の腹が、せつなく「ぐるるるる〜」と鳴いて。空しい返事を寄越しただけだった。


Fin