「許さない」
「許してもらおうなんて思っていない」
「オレも連れて行け」
「足手まといだ」
「盾ぐらいにはなるだろう」
「そんなこと言う奴なんか連れて行けない」
「オレがおまえを独りで行かせると思っているのか?」
「思っていなくたって、僕は行く」
「許さない」
「許してもらおうなんて思っていない」
メビウスの輪のごとくループする会話を、もう何時間続けて来たのか。
時折黙り込み、それでも再び口を開き、苛立ち、声を脅すように荒げ、なだめるように潜め。
昼間なお薄暗き無限城から、夕陽の赤が喪われて違いの顔が見えなくなりつつあっても。
そうして飽きもせず押し問答を続けている。
「……いい加減にしてくれ、十兵衛」
ほのじろく蒼ざめて映る頬を、わずかに外より漏れ落ちる光に透かせて花月が溜息をつく。
「おまえが聞き分けないからだ」
「君が聞き分ければすむだろう!」
ぶわ、と黒髪を揺らせて、腰掛けていたベッドから立ち上がる。
「ひとりの方がどう考えたって身軽だし、いざという時に逃げやすいに決まってる!」
「背中から刺されて終わりだな」
「風鳥院流絃術を馬鹿にしてるのか!?」
「貴様こそ筧流針術がそれほど役に立たないと侮るか花月!」
「そうじゃない!」
なんでわからないんだ、と白い拳が握られておのが腿を叩く。
鈴がかぼそく鳴って、花月の震えを報せた。
どこか泣きそうな頑なな顔で、体に力をこめて、痛いのを我慢する子供のように唇を曲げてうつむく姿。昔から、大声を上げて泣かれるよりも、このやせ我慢の表情の方が、十兵衛には堪えた。――結局、つくづく、花月に弱いのだ。
「……オレを死なせたくないと思ってくれているのは、わかっているよ」
震える肩があまりに細くて、座っていた椅子から立ち上がる。
そっとその肩を押して、もとのようにベッドに座らせた。
「……なぜそんなに頑なに『上』を目指す?」
返答はない。
頑なに噛んだ唇を、傷めないようにと軽く指先で撫で、思わず吐息をついた隙に静かに顎に力を込める。噛みしめることができずに嫌がる顎を、静かにもう片方の手で撫でた。
「力を抜け、花月。それじゃ唇を噛み破るぞ」
顎の力が抜けたのを確認して、手を離す。そのままその手を、ぱたりと花月の膝に置き、その足元に跪いた。
見上げると黒曜石の瞳が、さざなみのようにちらちらと揺れて瞬いている。
それ以上呼びかけることをせず、十兵衛はじっと、貝の口が開くのを待った。
「……『上』には、」
「うん?」
「『上』には、きっとあるんだ」
「なにが?」
とんとん、と軽く膝を叩いてやった。花月を――いや、自分自身を。落ち着かせるために。
「僕たちが……ここに在る理由が」
囁くような声は、まるで誰かに聞かれることを恐れているかのようだった。
ここに在る理由。
それは単純な存在意義などというものではなく――おそらく、無限城そのものの根幹に関わる秘。
止めることができない、と悟る。花月は、十兵衛の窺い知ることのできない何かを感づき、他人に説明することができない超感覚を以って、その正体を『上』に見ている。そうなればもう、花月は知に憑かれた探求者と同じだ。たとえ目の前に崖が広がっていても、歩まずにはいられないだろう。
「……それでも、それでもだめだ、花月」
手の下の膝の感触を探る。小さな頃から、くっつきあって一冊の本を覗きこみ、火鉢にあたり、樹の下で雨宿りをし、そうして、馴染んできた肌が、ジーンズの生地の下で緊張している、それが感じ取れた。次に十兵衛の言ってくることを予測し、それにどう反論しようか考えている。余程意表をつかぬ限り、花月の意志をくつがえすことはできないだろう。
「……おまえがどうしても『上』に行きたいのは、わかった。この際百歩譲ってそれを黙認するとしても。ひとりで行くのは許さない」
「――十兵衛」
「だめだ。決して」
跪いたままきつく、花月の膝を握りしめる。決して放さない、との意志の顕れであるかのように。
膝に触れる指先で、見上げて来る色の薄い瞳で、言葉よりも雄弁に意志を語る十兵衛を。見つめてややくるしげに目をそらし、花月は首を横に振る。
「……君が許さなくても。僕は行く。必ず」
「花月……」
だんだんと、怒りよりも不安と心配が先に立ち。
「……なぜそんなにオレが同行するのを嫌がる? オレの
命をあやぶんだだけではなかろう?」
膝を立てて少し伸び、今度は先程よりも近く――花月の、肩を掴んだ。
蒼ざめた頬でじっと息を詰めている花月は、その置かれた手にびくりと震え。
ややあってもう一度首を横に振った。
「……僕にも、わからない、けど」
「……けど……?」
「わからないけど。何となくだけど。――見られたくない」
見られたくない?
バビロンシティを目指す自分の姿をか?
それとも、バビロンシティそのものを――か?
本当に自分でも理解できないのだろう。何度も首を振って、花月はただ、すがるように、きつく十兵衛を見つめてくる。
何かを――予感しているのだ。
これから自分の行うことが、自分の中の何かを、大きく変えてしまうに違いないと。
「……お願い、十兵衛」
「花月……」
「お願い」
「……」
「お願い、お願いだから、十兵衛」
お願いだから、ここにいて。
お願いだから、君は見ないで。
肩に置かれた手が一瞬、いや、半瞬だけ、肩の骨を握り潰しかねない力でぎりり、と握りしめられ――
ゆっくりと力を抜いて、離された。