Galaxy Express for Virtualroid――2




ふっ、と顔を上げると、目の前に。
目の前に、――適当な廃材に腰かけた、黒い帽子に表情を隠した、笑顔の仮面の死神がいて彼を見下ろす。
「……赤屍、さん」
ここは――とつぶやきかけ、自分が今、仕事の最中であることを思い出す。
「……オレ、どのぐらい眠ってたの」
「5分少々といったところですか。大したロスではありませんよ」
「敵とか……来なかった?」
「来ましたけど」
けど、と聞き返して返ってくるであろう返事は、白いゴム手袋にこびりついた赤い染みが、雄弁に語る。聞きたくなくて、銀次は聞き返すことはしなかった。
「……行こう」
重い身体を引きずるようにして立ち上がる。
「無理はしないようにね」
おざなりに声をかけて、ふわり、と黒衣の裾がひるがえる。
これが「ほんとう」。
しあわせかどうかは、自分でも分からないけれども。
この冷たくてつらい現実が、「ほんとう」だから――自分は、ここにいるべきなのだと。
がらくたの城を悠然と闊歩する黒衣の後ろ姿を、眺めて銀次もまた、一歩を踏み出した。


「泣かないで」
「だって、彼が行ってしまったんです」
「仕方ないよ」
「どうしてですか、私が『ほんとう』ではないからですか?」
膝の上で泣きじゃくる童子の背を、白いスーツのやわらかい笑みの男は、優しく優しく撫ですさる。
「ひどい男だね、こんなに可愛い子供を泣かせるなんて。
 ――ほんとうなんて、この世の中にはないのに」
「ない……のですか?」
大きく濡れた紅瞳を見開く童子の頭を撫で、頬をハンカチで拭ってやりながら。
「さぁ、どうだろう。俺はあんまり興味ないから」
何が本当で何が嘘かなど、誰にもわかるはずはないのに。
どうせ誰もが、つくりものの世界の中で、そらごとを演じているだけに過ぎないのに。
ならば、
「……俺だったら、生きてて楽な方を選ぶんだけどね?」
優しくやわらかいそらごとの中で。生きたまま朽ちていけば良いものを。


「……鏡クン?」
「もうお休み、小さなジャッカル。目が覚めた頃には、みんな忘れていられるよ」
何か言いたげに開かれた瞳が、ふ、と光をうつろに映し――次の瞬間、男の膝の上でくたり、とくずおれる。
優しくそれを抱き留めて、クス、とひとり微笑して、男は――鏡は傍らの通信スイッチに手を伸ばした。
「MAKUBEX? 言われた通り、時間を稼いであげたよ。7分20秒。これで少しは、ILを扱いやすくなったんじゃないかな?」
『ありがとう鏡クン。助かったよ。じゃあ、貸していた容量こっちに返してもらっていい?』
「ああ、もうDollは寝かしつけたから。元どおりにシステム動かして良いよ。じゃあね」
スイッチを切り、ややあってクスクス……とたのしげに笑いを継続させる。
「実に――実に、観察のしがいがあるね」
「ほんとう」など、あるはずもないのに。誰もが「ほんとう」を探そうと、必死になって戦っている。
別のスイッチに手を伸ばすと、ぴ、とモニターの一つが点灯した。
モニターの中で、黒衣の麗人と雷の王が、つれだって、階段を上へとのぼっている。
モニター越しに、人差し指でその姿をゆっくりたどると、男はにぃ、と目を細めて囁いた。


『あなたの神さまってどんな神さまですか。』


不意に、帽子のつばがすいとあげられ、切れ長の赫瞳がまっすぐこちらを――


「どうしました、赤屍さん」
不思議そうに呼びかける金髪の若僧に、しばし首を傾げてから、
「――いえ」
やや納得の行かぬ様子ながら、帽子を深くかぶりなおして黒衣の死神は再び歩を進める。
「赤屍さん?」
「ねぇ、銀次クン」
その言葉に不思議なデジャヴを感じつつ、「はい?」と聞き返すと、肩越しに振り返った淡紅色の唇は、不意に鮮やかに微笑った。
「赤屍さん?」
あせあせともう一度問い返すと、とうとう、クスクスと声を立てて笑いはじめる。
「な、なんですかいったいっ」
「すみません」
笑いをこらえて背を向け、ものやわらかなテノールは言葉を継ぐ。
「さっき、キミの偽物がたくさん出てきたでしょう、銀次クン」
「ええ」
「その直後に、キミが突然消えてしまって、探してみれば別室で寝ていたものですから。もしかして、今ここにいるキミも、実はヴァーチャルの偽物なのではないかと――」
笑いが一瞬、笑顔のままキンと冷える。
「――キミはとっくに死んでいて、偽者が私の命を狙ってついてきているのではないかと、実は少し疑っていたのですが――」
言われて気づく。指の隙間にちらちらとまたたく銀の輝きに。
「そっ、そんなオレっ」
「違いますよね」
「違います!」
「そうでしょうね」
「え?」


「わざわざ偽者が、間抜けにもチョコレートをくっつける必要もないでしょうから」


言われて唇をなめると、甘味が口の中に広がる。
「さ、疑いも晴れたことですし、いきましょうか銀次クン」
「……」
「銀次クン?」
「あ、は、はいっ行きますっ」


『ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談しているし僕はほんとうにつらいなあ。』


再び歩き出したふたつの人影をモニター越しに見つめ。眠る幻影の童子を膝に抱いて背を撫でて。
子守歌のつもりか、優しく朗読を続けるその声は、薄暗い部屋にいつまでも――漂いつづけていた。




Fin