「お世話になりました」
「――ん」
土産の山ほど入った風呂敷包みを背負い、短い脚をふんばってしっかと地面に立っているたれ銀次を、馬車は戸口に寄りかかって見下ろしていた。
「……あの、赤屍さんは――」
「まだ寝とる。……おまえが一度も殺り合わんと帰るきに、ふてちょうんかの」
「そ、そんなのでふてられても……」
恐縮する銀次と、ほんにあれはなにをやっちょうかよ、と家の中を振り返った馬車との間に、しん、と沈黙が降りた。
何を言えば良いのかな、とひとしきり悩み、結局、照れたようにえへへ、と笑った銀次は、深々ともう一度お辞儀をする。
それをくすぐったいような面倒くさいような、おもはゆいような微妙な顔で、だが真面目くさって馬車は眺めていた。
「あのね、馬車さん」
「ん」
「オレ、がんばって強くなります」
「――」
「強くなって、赤屍さんの立派な飼い主になりまぁす」
今日もよくたれている生物が、照れながら言うにはちょっとどぎつい台詞ではないだろうか。そう思わないでもなかったが、若者のけなげな決意に水を差すのもなんだろうと、馬車は黙って頷いただけだった。
「それでね、それで、」
手を振り回すようにして、重心の低いたれ系生物は熱心に馬車に訴える。「それで?」と馬車が聞き返してやると、嬉しそうに、にへら、と笑った。何を想像したか、なんとなく一目瞭然だ。
「――それでー……オレ、赤屍さんが、オレのこと玩具じゃなく見てくれそうな男になったら、また、あの、遊びに来て良いですか?」
「……別に……」
このたれ生物が「男」と来たか。小賢しや、と思わないでもなかったが、不思議とそれは、不快感にはつながらなかった。
たれたれ、と見上げているやけにつぶらな瞳を眺めて、肩をすくめてみせる。
「別にそうならんでも……いつでも来ぃ。腹が空いたら」
「あ、オレがそんないー男になるなんて期待してないんでしょ馬車さん!」
「あんまりなられても困るがの」
ぽん、と頭を叩いてやり。
「ま、……のんびりな」
そう簡単に、ここまで追いつかせてたまるかよ。
部屋に戻ってくると、居間に赤屍はいなかった。
やれやれ、と胸中歎息しつつ寝室のドアを開ける。
「……なにを不貞寝しとる」
返答はない。
布団の塊の端のあたりから、幾筋かの黒髪が覗いているだけだ。
「……おい、小僧のやつ帰ってしもたぞ」
「知ってますよ」
布団の中から不機嫌な声が響いた。
「そんなに帰っちょうんがいやなら、なして止めん?」
「別に? いやなんかじゃありませんよ。ベッドが独占できてせいせいしているぐらいです」
なんで俺のベッドをおまえが独占するかね、といい返すと余計ややこしくなりそうで、馬車はそれを聞き流した。
「……とにかく。今日は外で美味い飯食わしたるきに、早う出とっと」
「馬車」
「ん、」
「銀次クンに、何か吹き込んだでしょう」
「……?」
「とぼけないでください」
ごろん、と布団の塊が動くと、黒髪に続いて白い額と赫い瞳が姿を顕わした。
わけがわからず見返すと、切れ長の瞳がきぃ、と不機嫌度を増す。
「この前、私が寝てる間に、変に仲良くなっていたじゃないですか。あの後からあなたたちの様子がおかしいことぐらい、気づいていたんですから」
「この前……?」
なんじゃそら、と思いかけて、ああ、と相槌を打つ。どうやら玩具を取られて不機嫌なこの人型の黒猫は、先日銀次と馬車が、馬車曰く「男同士の会話」を交わしたことがご不興らしい。
「ほら、やっぱり心当たりがあるんですね」
「大したこた、話しちょらんが」
「嘘です。急に銀次クンが帰るなんて言い出すのは絶対におかしいでしょう」
そのあたりの、成長途上な青年の微妙な心理など、100万語費やしたところで赤屍にわかるはずもない。だから肩をすくめてただ一言、
「おまえが苛めたからと違うか」
と言ったその反応は即答だった。
「私がいつ銀次クンを苛めたんです?」
本気で言っているのか、と聞き返そうとして気づく。その赫瞳が120%本気だということに。
黙って溜息をつくと、やわらかな絹糸の黒髪を、いい加減にかきまわす。
「何をするんですか」
柳眉を逆立てた赤屍の、その整った鼻をぐい、とつまんで顔を覗きこみ。
「人のベッドの上で他所の男のことをぐだぐだぐだぐだ言いな」
きょとんとしている顔から手を離して、ぺしん、とついでに額を叩いた。
それに対して怒った素振りも見せず、もぞもぞと布団から這い出てきた赤屍が、背を向けて立ち上がった馬車の後を追い、その袖を掴んでくる。
「ねえ、馬車」
「ん」
「妬いたんですか?」
「誰が」
「あなたがですよ」
「くだらんことを言ぅちょうと、飯作らんぜよ」
「今日は外食でしょう?」
「――とにかく。出かける仕度するきに、離せ」
「やっぱり妬いてたんですね?」
「こら、ええ加減に――おい!」
引き倒されてベッドに尻餅をついた馬車の膝に、同じくベッドの上の赤屍が、猫のように――両手でずい、と這い寄る。
馬車の両膝に己の両手を置いて上体を支え、ぐぐ、と端正な顔が近づいてきた。
「妬きました、よね?」
チェシャ猫のように細められた赫の瞳に、ほぼ無意識のうちに唇が――
「――――!」
と、絶妙のタイミングで、ベッドの上に転がった携帯が鳴る。
思わず顔をのけぞらせた馬車を不思議そうに眺める赤屍の顔は、綺麗に整った人形の顔だ。
先程までの蠱惑的な顔は、自分の見た幻覚かと思うほどに。
「どうしました?」
「いや、――ちょっと待て!」
「はい?」
ごくごく当然の如く、膝の上に片手を置いたまま、片手を伸ばして馬車の携帯を手に取り。赤屍は耳に当てている。
<もしもし?>
「ああ、レディ・ポイズンですね?」
<……なんでまたジャッカルが出るわけ? まさか今日も馬車さんのベッドの上なんて言うんじゃないでしょうね!>
「正確には違いますね」
「こら、おまえ、よさんか――」
「ベッドの上の馬車の膝の上ですから」
「……よく切れる電話ですね、馬車? メーカーを替えた方が良いのでは?」
「…………」
とりあえずFin