1週間後。
VOLTS支配エリアのとある広場で晴れやかな結婚式が行われた。
どこから用意したのか長い赤絨毯。白い花びらを広場にいっぱいに散らし用意された美しいバージンロード。
最新式のCDラジカセとスパイクの付いた本格スピーカーから大音量で流れるはマクベスが編集したシェイクスピア原作・メンデルスゾーン作曲「真夏の夜の夢」より『結婚行進曲』。
花嫁の父の代わりに、保護者として朔羅の腕に伴われた十兵衛がしずしずと広場に入ってくる。
しずしずと、ただひたすらに下を向いているのは、厳粛な気持ちになっているわけでも照れているからでも恥ずかしがっているからでもなく、ただ単に転ばないように転ばないように、と思っているゆえであった。
──重い…やはりヴェールは持ってもらうべきだったか──
いやしかし、機動性を考えるならばいざという時に外せばいいわけで別にずるずるひきづっていても──『素敵なお嫁さん』というのは、大変な苦労があるものだな……それにしてもちゃんと『素敵なお嫁さん』になっているだろうか、花月は喜んでくれるだろうか──
真っ白なシルクレースの生地で出来た長いスカートを後ろにずるずるひきづりながら、外づらは大変『素敵なお嫁さん』である十兵衛は、おそよ『素敵なお嫁さん』らしくないことを考えつつ広場中央で待つ花月の元へ歩く。
花月はというと、豊かな黒髪を光沢のあるサテンの白いリボンできりりと1つに結わえ、2つの鈴がそのリボンの結び目を隠すように留められている。白の蝶ネクタイに白のシルクのドレスシャツの上には黒の燕尾服。胸には白のバラをつけ、まさに宝塚のトップスターにふさわしい気品と華麗さですらりと立っていた。
ここで「愛は〜」と歌い始めたら完璧だったかもしれないが、あいにく花月は声楽の特訓を受けてはいなかった。
「十兵衛、すごく綺麗ーーv」
花月が手放しで喜んでいるのを見て、十兵衛はほっとする。
「花月、お前もすごく綺麗だよ」
「あはは、ありがとう」
VOLTSメンバーに囲まれる中、式が始まる。
壇上で、花婿と花嫁の前に立った銀次がマクベスから渡された台本を棒読みしていく。
「絃の花月、あなたは病めるときも健やかなるときも、──ごめん、マクベス、この字なんて読むの?」
「ショーガイ」
「え?障害?──あ、違うよね、ごめん──生涯の愛を誓いますか?」
「誓います♪」
「筧十兵衛、あなたは病めるときも健やかなるときも生涯の愛を誓いますか?」
「──花月、千の誓いが欲しいか、万の誓いが欲しいか?」
「えーと、──星の数」
(…ちょっと思った答えと違うな……)と十兵衛は思いつつ誓いを呟く。
「花月、オレは生涯の愛をお前に捧げるよ……これから何度でも誓ってやる、お前が飽きるまで。いや、飽きたと言っても…花月、オレにはお前だけだと」
「十兵衛……」
「誓うよ、花月…どんな時でも──」
十兵衛、何度も同じ言葉を繰り返し花月はそれを一心に見つめ、ちょっと世界に浸り始めた2人にマクベスから静かな突っ込みが飛ぶ。
「ねー、ベルばらごっこはいいから先に進もうよ」
「すまん、昨晩つい読みふけってしまって」
「では、ゆびわのこう…」
「あっ!!」
気を取り直した銀次が、指輪の交換と言い出したところで花月ははっと口に手をあてまたもや式は一時中断。
「指輪……そっかー西洋版の結婚式だとそういうのがあるんだっけ。用意しておくの忘れちゃった……十兵衛は?」
従来、結婚指輪というものに縁のない家庭で育っていた為に1番のキーポイントとなる小道具を忘れていたのだ。
「すまん、オレもドレスを着てはいはい頷いて最後にブーケを投げればいいんだと思っていた」
「しまったなぁ。「新婚さんいらっしゃい」のタワシ(タワシ、もしくはYESNO枕などの安価なプレゼントを当てるとハワイ旅行が当たりやすい)の出方なんて研究してないでゼクシィの結婚前準備チェックシートをちゃんとやっておくべきだった」
「花月、オレは指輪などなくても構わんよ。針を投げるのに邪魔だ」
「僕はやだ、絶対。素敵なお嫁さんは絶対指輪をしなくっちゃ」
「どーすんの、カヅちゃん。ここ、飛ばしとく?休憩入れて、その間に買うとかどう?」
「うーん……」
悩む花月に、再びマクベスからつっこみが入る。
「ねー花月クン、プルタブで代替しておくっていうのはどう?」
「うーん、可愛くないけどそれで行くかなぁ…」
「あんさんの絃、使えばええんや」
「あ、そうだね!笑師、たまには良いこと言うね」
たまには。と容赦ない形容をされちょっと落ち込んでいる笑師をよそに花月は鈴からつつつっと絃を取り出しその場で器用に指編みを始める。
透かし彫り風に、きっちりとイニシャルも埋め込むのを忘れない。「K to J」「J to K」。
「でーきた♪」
シルク製のできたてほやほやの指輪を交換し、
「それでは、誓いのキスを」
花月は言われて、十兵衛の首に腕をまわしえいしょと背伸びをし、
「いーい?」
わざわざ尋いてくる。
可愛いなぁ…十兵衛はちょっとうっとりする。
うん、『素敵なお嫁さん』というのもなるほど悪くないもんだ。こんなに綺麗で可愛い花月を見られるなんて…いつも綺麗で可愛いが今日はまた格別の可愛さだ。
こんな日が来るなんて無限城に来た時は思いもしなかった。
──オレは幸せ者だ。
初めて、女の子もいいものだ、と思う十兵衛。
頬を手でつつまれ、柔らかなキスをされる。
いつもなら、求めて来ることこそあれど、自分がするのに応えるだけだったのに、懸命に主導権を取ろうと努力している様がまた愛しくて、されるがままに任せて優しく応えた。
静かに唇を離し、間近でその最愛の人に呼びかける。
「花月」
「なに?」
「オレは例え女になっても、貴様のことを守ってみせるよ」
「……ありがとう。僕も十兵衛に相応しいお婿さんになれるよう頑張るよ」
またしてもべるバラごっこもどきで世界に浸り始める2人。
「……」
「どうしたの?」
「オレは今まで通りのお前がいてくれれば──お前が幸せなでありさえすれば、それ以上望むことはないよ」
「十兵衛…」
ぽっと薄く頬を赤らめるさまは、はっきり言って新郎と新婦の立場が逆だということに、点描とバラが飛び散る世界に浸りきって出て来ない純粋培養なお坊ちゃまとお嬢様は気づいていない。
十兵衛が投げたブーケは、ぽとん、とVOLTSジュニアらしい子の手元に落ちる。
哀れにも強引に借り出された士度の動物達がひっぱる馬車、のようなもの、に乗り込んだ幸せそうな花婿と花嫁は、VOLTSメンバーからの心いっぱいの祝福を受けつつ晴れてハネムーン用に予約しておいたロウアータウンでの最高級ホテル、○ンチュリーハイアットに向かった。
陽が沈みしめやかな夜。
花月はベッドの上に正座して、三つ指をついて頭を下げた。
「ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします」
「…花月、それはオレの台詞だと思うのだが」
「え?だって、ここにこう言うんだって載っていたよ」
「ここ?」
「ほら、さっきちょっとだけ勉強したんだ」
と言って差し出した本は『初夜の心得』。
ああ、そんな本をどこから手に入れたんだ、と突っ込みたいのは山々だったがすでに前科がある花月が何と答えるかは目に見えたのでやめた。
「ここ、ここ」
なるほど花月のように髪の長い人物が、台詞つきで頭を下げている。
しかし、これはどう見てもお嫁さんのほうだろう。大和撫子な長い黒髪が、確かに花月に似ているが。
「花月、お前は旦那さんなんだからこっち」
「えー、でもこっちの人の方が十兵衛に似てるのに…」
「オレが髪を伸ばせばいいのか?腰まで?」
花月は指を口唇にあて明後日のほうを向いて少し考える。おそらく、髪の長い十兵衛というのを想像しているのだろう。
「………それもカッコいいかもしれない」
「分かった、意見として汲んでおく」
「でも、僕は髪を切りたくない」
「分かった、雰囲気が大和撫子になるべく努力する」
「僕も旦那さんって感じになれるよう頑張るよ。だからちょっと待って。続き勉強しなおすから。それにあとちょっとで読み終わるの。赤ちゃんを作る心構えとか色々あるらしいんだ」
相変わらずの勉強家ぶりだ。
一生懸命続きを読んで勉強しているらしい花月を見ながら、ふと、本当にふと思う。赤ちゃんが欲しいのはオレではなく花月だったのでは、と。
そう、それに違いない。十兵衛は脳裏を横切ったそんな考えを強く肯定し始めた。
思えば花月の母の最期の言葉は風鳥院の技を大切に守れとのことだったと言う──だとしたらやはり自分の技を託せる子供が欲しいはず。
そうか、そうだったのか。
きっと、花月が潜在的に赤ちゃんが欲しいと思っている脳波を受け止め、だが妊娠、出産という難題をわが身で引き受けようとこういう変化が起こったに違いない。
それなら充分納得出来るではないか。
花月、なんて健気なんだ。
…オレはお前の為に可愛く健康な赤ちゃんを生んでみせるよ。
花月は十兵衛がそんなことを思っているとは全く思いもよらず、
「よーし、準備万端!待たせてごめんね、十兵衛v」
本を勢いよくパタンっと閉じ、ちゅっとキスをしてくる。
十兵衛は愛しさを込めてぎゅうと抱きしめ、そしてつい、いつものくせで部屋着の紐をほどき、ゆるんだあわせから手を差し入れて肌を撫でる。1週間おあずけだったせいか、黒髪からふわりとただよう甘い香りにひどくそそられてそのまま首筋に口唇を滑らせ、さらに裾を乱しすらりとのぞく脚を愛撫する。
「あ…っ、やん、十兵衛…ちょっと待ってよ」
花月は慌てて十兵衛から身体を離した。
「何だ」
「僕が気持ちよくしてもらってどーするのさ」
「どーするって──別にいいじゃないか、内助の功とはそういうものではないのか」
「十兵衛、使い方間違ってる」
「そうか?」
せっかく心を込めて赤ちゃん作りをしようと思ったのに。
「僕が気持ちよくしてあげるから十兵衛は大人しくしてて。ねっ」
「あ…ああ」
「大丈夫!僕だって、十兵衛がどこが弱いかくらい知ってるもんね」
「ふーん?例えば」
「例えば耳の後ろからうなじ〜v」
えいっと抱きついて押し倒してくる花月を受け止めて、
ごんっ
十兵衛はベッドの縁に思い切り頭をぶつけた。
「十兵衛〜、お・き・て・♪」
スタッカートのついた軽やかな声で呼ばれて目が覚める。
ぼんやりと目を開くと、
「おはようっ」
ちゅっとおはようのキスが降ってきた。
なんだかとっても機嫌が良さそうだ。
─そうか、きっと新婚さんだから機嫌がいいんだな……
はっ!?新婚さん???
そういえば初夜はどうしたんだっけ、初夜は。
あれ?
とりあえず、自分の胸を確かめる。
胸はない、ついでに女の子の証もない。正真正銘、筧流針術唯一の伝承者たる筧家長男、筧十兵衛19歳に戻っている。
夢だったのか、アレは。
それにしても妙にリアルな夢だった。一体全体どうしてあんな夢を見たのだろう…
いや、気にしない気にしない。夢は夢でしかないさ。
十兵衛はふっとため息をついて、そこで初めて何やらふにふに柔らかいものが腕にあたっているなぁと思う。
なんだ、このふにふに感は。あれに似てるぞ、あれに。
心当たりをじっと見て、ふにふにの原因を確認し、ついでそのふにふにの持ち主を確認した。
「花月……その胸はなんだ…?」
「これ?吃驚したでしょ。僕、今日から女の子になったんだよ」
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