カヅたん、じゅーべーをもらう――第3話





「まぁ、十兵衛──立派な女性になってしまって………」

確かめるようにポンポンと胸をさわった後、本当に感心したようにしみじみする姉を見て、花月が言っていたグレゴールザムザの例えは万国共通だったのかと反省する。
オレももう少し「教養」というものを増やさねばいかんようだ。何事にも冷静に対処できるような下地をつける努力は怠らぬようにしなければ。

「それで、適当な服があれば貸して欲しいんだが…」

と、言いかけた十兵衛をさえぎって、朔羅はぽんと手をたたいた。

「十兵衛、あなたに小姫筧流を伝授するわ!」
「姉者?」
「筧流針術に加え、分派である小姫筧流布衣術を扱えるようになれば、これぞ完璧な筧流の使い手。今のあなたも充分素晴らしい使い手だけれど、これで布衣術も扱えるようになれば、きっと今より立派に花月さんを守れてよ」
「………」

より立派に花月を守れる──その言葉は十兵衛の心を海よりも深くとらえた。

そうか、なるほど。
さすが我が姉者。

「そうだな、姉者。その通りだ。早速今日からでも稽古を願いたい」
「ええ、十兵衛」

朔羅はにこやかに頷いた後こう続けた。

「それじゃあ小姫筧流が使えるような服装を整えなければ」
「服?」

すっかり布衣術伝授の虜となってしまった十兵衛は、もとより服を借りに来たということを忘れ鸚鵡返しに繰り返した。

「十兵衛、もしかしてあなたそのみすぼらしいGパン姿で布衣術を扱うつもりじゃないでしょうね」
「ダメなのか?」
「何を言うの。鳥をなぞらえたその優雅にして華麗な技を扱うのにその格好では……使い古された言葉ではあるけれど、日本文化ではまず形が重視されるのよ。その洗練された形に込められた内なる心を自分のものにすることから始まるの」
「なるほど」

日本女性の鑑とも言える淑女が粛々と諭すと、説得力が違う。

「それでは早速作りましょう」
「姉者のを借りるわけにはいけないのか?」
「十兵衛…いくらなんでもウェストのサイズが合わないと思うわ…──スカートは履きなれないだろうから、着物風が良いかしら」
「でも十兵衛、裾裁きそんなに上手じゃないよ。基本的に作務衣と袴で育ってるから」

今まで大人しく話を聞いていた花月が横から口を挟む。

「それもそうね、1回だけ振袖を着させたことがあったけれど、それはもう男の子まるだしの歩き方で…」
「姉者!」
「え?十兵衛って振袖着たことあったの?筧流も、風鳥院宗家みたいな可笑しななしきたりがあったんですか?『裁縫をするときには必ず振袖を纏わなければならない』とか」
「まさか。私や母上が着ているのを見て、1人だけ服が違うと、その綺麗なのを着たいと、振袖をせがんだ頃があったのよ──4歳くらいの時かしら」
「…だから姉者…その話は………」
「父上がうるさいものだから、父上が留守の時に内緒で着せたのだけど…それはもうお転婆な町娘といった風で……せっかく本人の意向通りに着飾らせてあげたのに10分で台無しに」
「ふーん、十兵衛らしいね」

十兵衛にとっては思い出したくない過去を暴露され、少しばかり沈んでいるのをよそに、朔羅は話しながら部屋の奥から何枚か置いてあった絹を色あわせして運んできた。

慣れた手つきで裁断し、仮縫いを施していく。

「僕も手伝います」
「あら嬉しいわ、花月さん。ほら十兵衛も、自分の着るものなのだから縫いなさいな」
「ああ」

布、絃、針の扱いにかけては天下一品の3人が揃って作れば怖いものなし。
わずか2時間ばかりで女の子十兵衛用の綺麗なワンピースが仕上がった。



「わぁ十兵衛、すごく綺麗だね」
深緑色のワンピースに着替えた十兵衛を見て、花月は心から感心したように声をかけた。
「後ろ姿はどうなってるの?─そう、そうやってくるって回ってみて」

ファッションショーじゃないのだが、と思いつつ花月が望むなら、とその場でターンしてみせる──が、どうにもスカートの長い裾が上手く翻らず、花月の審美眼には叶わないようだった。

「十兵衛、もっとカッコよく着こなさないとダメだよ。せっかく女の子なのに」
「仕方がないだろう、着慣れないものは」
「朔羅さんなんて、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、なのに…」
「まぁ、花月さんってば。花月さんの小さい頃の舞姿もそれはもう可憐だったわよ」
「そうですか?朔羅さんに褒めていただけるなんて光栄だな」

どうせオレは作法の時間が窮屈だったさ。
ちょっと仲間外れな気分を味わいつつ、それじゃあせめて女の子の時くらいきちんとしようと床に正座する。
ふと見ると、姉者と花月は元より正座だった。

「ところで十兵衛、応急処置とはいえ晒しはやめた方がいいわ」
「なぜ?」
「ちゃんとブラジャーをしないと胸の形が崩れてしまうから」
「へー、そんなもんなんですか?」

横から感心する花月。

「今度一緒に買いに行きましょう」

──形が崩れるのを心配するような年月の間、オレは女の子をやっていなければダメなのだろうか…。
そう、そもそもなぜオレは急に女の子になったんだ?

服も用意されしばし落ち着いた十兵衛は、買い物の前にバストサイズを測ろうとメジャーを取り出す姉と恋人を制止し、改めてその疑問を呈示した。

「花月、姉者。──どうしてオレは急に女の子になったんだろうか?」