「女の子のみだしなみはコレだよ、コレ」
花月はドラえもん宜しく、つい、と柄が桃色の薄いカミソリを取り出す。
「その儚げなカミソリは何だ?」
「産毛剃り。僕の買い置き、1本あげるよ」
ちょっと待て、花月。
お前、なんでそんなの持ってるんだ。
──と突っ込みたいのは山々だったが、そもそも花月の洗面道具と自分の洗面用具は本質的にメーカーから何からまるで異なっているのであえて深く考えないことにした。
そう、きっと、趣味が違うんだ──。花月は銀や黒の取っ手のいかついカミソリより、パステルカラーの方が好きだからとか、そういうことに相違あるまい。
しぶしぶカミソリをしまったら、顔はこれで洗ってね、とやはりいつも使っていた無添加固形石鹸をとりあげられ、白いチューブに入った洗顔フォームというものを渡される。ホワイトニングなんとか(※十兵衛さんはちょっと難しい英語を読めません)。
なるほど、固形石鹸よりは泡立ちやすい。花月は便利なものを持っているんだな…
─楽な洗顔だ、女の子というのは。ヒゲをそらなくていいなんて、とタオルで顔をぬぐうと花月はテーブルにお洒落で高級そうな瓶をいくつも並べてスタンばっていた。
この透明なのが化粧水、白いのが乳液、こっちの小さい瓶のが美容液(これは夜だけ)、この順番に使ってね、とにっこりされる。
武士に二言はないつもりであったが前言撤回。
洗った後が大変なのか……
それぞれの中身にどんな成分が入っておりどんな効能があるのか、と筧流針術を学んだ者として興味はあったが、そんな効能を聞いても覚えられやしないないよ、という花月の言う事を素直にいう事を聞いて、手に持ち慣れぬ瓶から水道水とどこが違うんだか全く分からない液体をちょびちょびと出し頬にぴちゃぴちゃやっていると、十兵衛、髪は何もしなくてもサラサラだからいいか〜、と独り言を言っているのが聞こえる。
何がいいんだ、何が?
サラサラじゃなかったらまだ何か必要だったのか?
前言さらに撤回。
女の子というのは非常に大変なんだな。
オレはこれから本当に女の子生活をやっていけるのだろうか。
いや、でもきっとこんな不条理な出来事は一時的なものに決まっている。
─あ、そうそうそこのところを確かめなければ。
「花月」
「なに?」
「お前、ずいぶん落ち着いているが、こういう事例を知っているのか」
「こういう事例って?」
「ある日起きたら突然、性が変わるとか」
「全然」
はい?
「十兵衛が初めて」
「そ……そ、そ、そ、それでどうしてそんなに落ち着いてるんだ!?」
「十兵衛、『変身』って本、知ってるかい?『ある朝目ざめると青年ザムザは自分が1匹の毒虫に変わっていることに気が付いた』っていう始まりのドイツ文学なんだけど」
「いいや」
「朝起きた変化には、理由をつっこんじゃいけないんだ」
オレの変化は毒虫と一緒だったのか…?
ちょっとショック。
黙ってしまった十兵衛を気の毒に思ったのか、花月はさらに続けた。
「──ごめんなさい。例えが悪かったね。正直、僕も分からないから考えないようにしてるだけかもしれない。うん、でもなんか理由はあるんだろうね──十兵衛、昨日なんか変な食い合わせのもの食べてない?」
「いや、お前と同じものを食べた」
「そう。うーん、何だろう。心理学的に追求した方がいいのかな…」
ちょっとだけ考え込んだ花月だが、1人で考えても埒があかないと思ったのだろう、ぱっと話題を切り替えた。
「ダメだ、後にしよう。とにかく今は女の子なんだし──」
花月はがばーっと抱きついてパンパンと背中や腰を手でたたく。
「わぁ、ホントにオンナノコって感じ♪」
きゅっと腰を抱く。
「ひきしまった背中も守ってもらえる感じでいいけど、こういうのもいいね」
やわらかくて抱きごこちがいいなーと、くつろいでいる花月の姿を見るのも悪い気はしない。花月も、やっぱり普通の男なんだな、と思う。
花月との目線の角度を考えると、身長、は変わっていないようだった。抱きごこちがいい、と言ってはいるがとりたてて筋力が落ちたような気配もない。
声も、自分で聞いてる分には特に変わっているわけではない。
ゆっくりと腰にまわしていた腕を離して、花月が言う。
「──Gパンのウェスト、ゆるいかもね」
言われて花月が出してきたタートルネックのTシャツに、いつものGパンに着替える。
確かにゆるい……少なくとも10センチはゆるくなっている。このままじゃずり落ちる、確実に。
ベルトを出すが、1番細いところに止めてもかなりまだゆるかった。
「僕のベルト貸そうか?きっと十兵衛のよりかはマシだよ」
「ああ、すまない」
それにしても動作のたびに胸がわずかに揺れるのが慣れないを通り越してはっきり言って邪魔だった。
女の子というのは本当に大変だ………
ぎゅっとベルトを締めてなんとか服をまとう。これでちょっとやそっとじゃ下がらないだろう…。
花月……華奢だ華奢だと思っていたけど、お前のウェストって一体いくつなんだ。
「ねぇ十兵衛」
「何だ」
「女の子でもカッコいいね!」
背の高い、ハスキーな声のスポーツ選手、といったところか、と思ったら。
「宝塚のスターみたいだよv」
「………」
こんな背の高い筋肉質なスターがいるもんか。
花月の方がよっぽど向いている。綺麗で、上品で、仕草も1つ1つが優雅で…髪の毛がついと流れるところだってそれ1本1本がまるで意思を持っているように絵になるような弧を作る──ほら、今みたいに振り返る時とか。
眩しさに少し目を細めて言葉を返す。
「花月、お前の方がよっぽど宝塚のスターになれるよ。名前だって、そのままで充分それっぽいじゃないか…」
「あはは、何言ってるのさ。僕の名前じゃ、花組なのか月組なのかはっきりしないよ」
「それはオレも一緒だ。筧十兵衛のどこが宝塚なんだ」
「じゃあ素敵な名前を考えようか。せっかく女の子になったんだし」
え?
いや違うんだ花月!そういうことじゃなくて!!
「十兵衛だから、十子(トーコ)ちゃん。ううん、我ながら芸がないな。かーけーいーじゅーうーべーえー、えーと、何も筧にこだわらなくてもいいのか。どうせなら典雅な漢字を使いたいよね。十兵衛、好きな漢字ってある?」
ああ、なんだかまた変な話になっている。
人名辞典をめくりはじめそうな勢いの花月の背中を押して、部屋から連れ出す。
「花月!名前はあとでいいから──とにかく今までの服じゃどうしようもない、姉者に何か借りに行こう」
「そうだね、トーコちゃん」
がくっ。
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