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96/9/3掲載・99/10/12改訂)


 25回定期は、「リエンツィ」、26回定期は「パルジファル」と、上演可能な最初の作品と最後の作品を続けて定期演奏会で取り上げるなんて、もしかしたらこの先ワーグナーの連続演奏でもしてくれるのではなどと、在仙のワグネリアンに無意味な期待を抱かせてしまう昨今のニューフィルです。
  ネリアンの一人としては、トヨタのA方式で「指輪」のハイライトなんかができたらいーなー、などと思っています。それで、細川ふみえがナレーションをやるんです。まっ無理か。忘れてください。
 その、R.ワーグナーの、全部で14ある舞台作品を、完成順に並べてみました。
原題 邦題 備考
Die Hochzeit 婚礼(未完) [法則2]
Die Feen 妖精 [法則2]
Das Liebesverbot 恋愛禁制 [法則2]
Rienzi,der Letzte der Tribunen リエンツィ、最後の護民官 [法則1]
Der fliegende Holländer さまよえるオランダ人 [法則2]
Tannhäuser und der Sängerkrieg auf Wartburg タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦 [法則1]
Lohengrin ローエングリン [法則1]
Das Rheingold ラインの黄金 [法則2]
Die Walküre ヴァルキューレ [法則1]
Tristan und Isolde トリスタンとイゾルデ [法則1]
Die Meistersinger von Nürnberg ニュルンベルクのマイスタージンガー [法則1]
Siegfried ジークフリート [法則1]
Götterdämmerung 神々の黄昏(たそがれ) [法則2]
Parsifal バルジファル [法則1]
「ラインの黄金」、「ヴァルキューレ」、「ジークフリート」、「神々の黄昏」の4作は、4夜連続で演奏してはじめて物語が完結する "Der Ring des Nibelungen"(ニーベルンクの指輪)という作品のそれぞれの一部です。26回定期で演奏されたもう一つのワーグナーの作品「ジークフリート牧歌」の中には、上記の「ジークフリート」の大詰めではじめて現れる「愛の幸福の旋律」と「愛の決心の動機」が使われています。
愛の幸福の旋律
愛の決心の動機
 この「愛」というのは、ブリュンヒルデとジークフリートの間の愛のことなのですが、実はこの二人は次の系図のように、姻戚関係にあるのです。伯母さんと甥ってことになるのでしょうか。
 幸い子宝には恵まれまなかったから良かったようなものの、これでもし子供が生まれでもしていたら、ヴォータンは一生悩んだことでしょう。なにしろその子は、彼の孫であると同時に、ひ孫なのですから。

 さて、前置きが長くなってしまいましたが、今回のテーマは「邦題」についてです。
 あたりまえのことですが,もともと外国で作られたオペラのタイトルは普通は外国語で付けられていますので、日本語に置き換えなければなりません。私の乏しい経験から推測すると、その際にはおおむね二つの法則が成り立っているようです。

[法則1] 固有名詞はそのまま片仮名で表記する。
 一番簡単なのは、人名などの固有名詞をそのまま片仮名に直す方法です。

[法則2] 普通名詞は日本語に翻訳する。
 固有名詞以外は、意味を日本語に訳します。

 ところが、中には [法則1]、 [法則2] のどちらにもあてはまらないものもあるのです。ニューフィルでも何回かアンコールでとりあげた、有名な間奏曲をもつ、「カヴァレリア・ルスティカーナ」というマスカーニのオペラがありますが、私は最近まで、これは人の名前が題名になっているのだとばかり思っていました。「カヴァレリア」なんて、いかにも悲劇のヒロインっぽくありません?ところが、この作品のメインキャストは「サントゥッツァ」という信心深い女性と「トゥリッドゥ」というマザコンの浮気者で、カヴァレリアさんはどこにも登場しないのです。実はこれは [法則2] が適用されるべきケースで、素直に訳せば「田舎の騎士道」となるのですね。ところが、なぜかこんな現実的な邦題は「ヴェリスモ」にもかかわらず定着することはありませんでした。そこで、次の法則です。

[法則2']普通名詞でも、そのまま片仮名で表記することがある。

 「カヴァレリア・ルスティカーナ」はオペラの邦題としては本当に珍しい例なのですが、じつは別の分野、例えば映画ではこの法則にあてはまる実例は数多くみられるのです。最近ではとみにこの傾向が増しているようで、詳しく調べたわけではありませんが、おそらく半分以上はこのタイプなのではないでしょうか(キューブリックの「アイズ・ワイド・シャット」、スピルバーグの「エピソード1・ファントム・メナス」など。そしてもちろん「ジュラシック・パーク」)。
 ただ、映画の場合はタイトルが興行成績に大きな影響を与えますから、「原題に関係なく邦題をでっちあげる」という情けない習慣も根強く残っています。だいぶ前ですが、"Mr. Holland's Opus" という、とても含蓄があってセンスの良いタイトルを「陽のあたる教室」などという間抜けな邦題に変えてしまったバカな配給会社がありましたっけ。
 同じような例で、最近気になったものをもう2つばかり。
 ジュリア・ロバーツとリチャード・ギアの共演で大ヒットとなった「プリティー・ウーマン」というのがありましたよね。この映画のために作ったのではないかとさえ思えた同名のタイトル曲のおかげで、亡きロイ・オービソンまでもが、一躍ブレイクしたものでした。この二人を主演に起用して、1999年に同じ監督(ゲーリー・マーシャル)によって作られたのが "Runaway Bride" 。結婚式当日になると逃げだしてしまうというドタキャン花嫁が、ジュリア・ロバーツの役どころです。いっぺんで内容が分かってしまうタイトルですよね。
 ところが、日本の配給会社がつけた邦題は、なんと「プリティー・ブライド」。「プリティー・ウーマン」の夢よもう一度という現実的な願いが、これほど端的に伝わってくるタイトルも稀です。(修辞法的に「稀だ」と言っただけで、じつはこの手の邦題はいくらでもあります。)
 もう一つ。これもパート2ものですが、007のパロディーとバート・バカラックの登場で世界中を笑いの渦に巻き込んだ(なんという陳腐ないいまわし)、マイク・マイヤーズ主演の「オースティン・パワーズ」(原題 Austin Powers:International Man of Mistery)の続編の邦題が、「オースティン・パワーズ・デラックス」。悪くはないですよ。そこそこのセンスは認めましょう。しかし、原題 "The Spy Who Shagged Me" には勝てません。だって、お気づきのように、これは本家 007"The Spy Who Loved Me" のパロディーなのですが、「オースティン」のキーワードである "Shag"(主人公の車が「シャガー」だって。)をさりげなくというか、恥ずかしげもなく使っていて、これだけで笑えますもの。だから、「私を愛したスパイ」の向こうをはるんだったら、せめて「私をイカせたスパイ」ぐらいのことは……な、なんてことを!「お子様にも安心」がウリのジュラシック・ページなのに。どうしてくれる。マドモワゼル・シモネッタ。

参考文献

Mamoru Watanabe:
Das Kunstwerk Richard Wagners (1965/Ontomo)
Lance Gould:
The Word and World of Austin Powers (1999/New Line Productions, Inc.)


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