(99/8/3掲載)

[ジュスマイヤー版のCD] [ジュスマイヤーのレクイエム]


 モーツァルトが亡くなる年の1791年、彼は匿名の依頼主からレクイエム(死者のためのミサ曲)の作曲を頼まれます。いかにもミステリアスな依頼のされかたや、憑かれたように作曲をするモーツァルトの姿は、映画「アマデウス」でもおなじみのものですが、事実としてはあれ程ドラマチックなものではないようですね。
 この曲を依頼した人も、現在ではフランツ・フォン・ヴァルゼック=シュトゥパハという音楽好きの伯爵だということが分かっています。実は、この方は、有能な作曲家に曲を作らせて、それを自分の作品としてみずから指揮をして人前で演奏するのをなによりも楽しみにしているという、ぜいたくな趣味の持ち主だったのです。ですから、もちろんモーツァルトに曲を依頼したことは絶対に秘密にしなければいけませんから、いろいろと手の込んだコンタクト方法をとったりしたのでしょうね。
 モーツァルトにしても、そういうお大尽が相手ですから、相場よりかなり高額な作曲料をふっかけて、半額は前金でもらうというあこぎなことをしてしまいます。で、ご存じのように、結局彼は曲を完成する前に死んでしまうわけですが、あとに残された妻のコンスタンツェは、そのためにたいへんな苦労を背負わされることになるのです。
 もはや前金には手をつけてしまっていましたから(ほんとかな〜)、完パケの曲を渡さなければ鬼のような取り立てにあうことは目に見えています(サラ金じゃないって)。なんとしても曲を仕上げる必要にせまられ、彼女は次の3人の手を借りることになります。
  1. モーツァルトの弟子のヤコブ・フライシュテットラー
    「キリエ」のオーケストレーションを行いました。ただ、これはモーツァルトの指示に従って合唱のパートを木管楽器と弦楽器にユニゾンで重ねただけのものです。
  2. モーツァルトの友人のヨーゼフ・レオポルト・アイブラー
    「セクエンツィア」の5曲目(コンフターティス)までのオーケストレーションを行いましたが、「ラクリモーザ」の未完部分に手を付けたところで仕事を放棄してしまいます。
  3. モーツァルトの弟子のフランツ・クサヴァ・ジュスマイヤー
    アイブラーの編曲を破棄し、「キリエ」以降の全曲のオーケストレーションを行い、モーツァルトが作らなかった部分を新たに創作しました。

詳細は、次にまとめました。
タイトル 完成品 部分的な完成品(註1) オーケストレーション ジュスマイヤーの創作
1.Introitus "Requiem aeternam" - モーツァルト -
2.Kyrie - フライシュテットラー(木管・弦)ジュスマイヤー(TpTim -
3.Sequenz No.1 "Dies irae" - アイブラー → ジュスマイヤー -
4.Sequenz No.2 "Tuba mirum" - アイブラー → ジュスマイヤー -
5.Sequenz No.3 "Rex tremendae" - アイブラー → ジュスマイヤー -
6.Sequenz No.4 "Recordare" - アイブラー → ジュスマイヤー -
7.Sequenz No.5 "Confutatis" - アイブラー → ジュスマイヤー -
8.Sequenz No.6 "Lacrimosa" - ジュスマイヤー -
同上9小節以降 - - -
9.Offetorium No.1 "Domine Jesus" - ジュスマイヤー -
10.Offetorium No.2 "Hostias" - ジュスマイヤー -
11.Sanctus - - -
12.Benedictus - - -
13.Agnus Dei - - -
14.Communio "Lux aeterna" - (註2) - (註2)
註1:合唱パートとバス声部は完成。その他に断片的なオケのテーマが書かれている。
註2:モーツァルトの指示により、Introitus19小節以降とKyrieを使いまわしている。

 こうして、ジュスマイヤーの手によって完成された「レクイエム」は無事依頼主のフォン・ヴァルゼック伯爵の手に渡りました。そして伯爵は、17931214日には「フォン・ヴァルゼック作曲のレクイエム」として、自らの指揮で演奏しているのです。1800年にブライトコップフ・ウント・ヘルテルから初版スコアが出版された時には、「これは俺の作品だ」と言ったというんですから、なかなか愛すべきキャラクターの持ち主だったのでしょうね。
 現在では、新モーツァルト全集として、レオポルド・ノヴァーク(ブルックナーの「ノヴァーク版」でおなじみのあのノヴァークです。)の校訂によってモーツァルトとジュスマイヤーが作った部分がきちんと表示されたものが、ベーレンライターより出版されています。前のページの写真は、音楽の友社による、そのリプリント版です。

参考文献

[ジュスマイヤー版のCD]