(99/10/19掲載)
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Jeseph Leopold Eybler(1765-1846) |
■概要
モーツァルト研究の第一人者、H.C.ロビンス・ランドンが1989年に完成させた「ランドン版」のコンセプトは、それまでの「バイヤー版」や「モーンダー版」が科学的な方法論でジュスマイヤー版に代わるレクイエムを再構築しようと試みたのとは、やや趣を異にしています。ランドンは、なんのかんの言われながらも、ともかく200年以上も演奏され続けてきたジュスマイヤー版にも、それなりの価値があるのではないかというところから出発したのです。ですから、基本的には殆どジュスマイヤー版なのですが、最初にコンスタンツェが補作を依頼したヨーゼフ・アイブラー(ジュスマイヤーは彼のオーケストレーションを採用せず、新たに自分で書き直します。)の方が、やはり腕は1ランク上だなという判断から、アイブラーが編曲した部分を全面的に取り入れました。そう。アイブラーが途中で投げ出してしまったため200年もの間お蔵入りになっていた仕事が、ここに初めて日の目をみたのです。ただし、アイブラーの編曲の中にもやり残したと思える箇所もあるので、そこはランドン自身によって補われています。
つまり、「ランドン版」の中身は、次の表のようなものなのです。
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1992年にブライトコップフ・ウント・ヘルテルから出版されたスコアには、(M)、(E)、(S)などの頭文字で、誰がどこからどこまでを作ったかが、克明に記されています。もちろんランドンによる補筆もきちんと(L)となっています。いままで、新全集の分冊という、ほとんど入手が不可能なものでしか判らなかったレクイエムの詳細な作曲経緯が、1万円ちょっとという安価(かどうかの議論はとりあえずおいといて)な実用版によって見ることができるようになったというのは、画期的なことだとは思いませんか?
ランドンはニンバス盤のライナーノーツで、次のように述べています。
「知識という点では20世紀の学者の方が確かに優れているかも知れないが、モーツァルトが書き残したものをもとに曲を完成させるという作業には、モーツァルトの同時代人であるフライシュッテットラー、アイブラー、ジュスマイヤーという3人の音楽家の方がより適しているのではないかと、私たちは信じている。」
これは、バイヤーやモーンダーの「修復」に対する、もう一方の立場からの見解表明なのです。ひいては、ジュスマイヤー版を積極的に支持する最近の潮流にもつながってくるわけです。
■アイブラーとジュスマイヤーとのオーケストレーションの相違点
Dies irae
聴いてはっきり分かるのはTpのリズム。
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ジュスマイヤー版 |
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ランドン版 |
弦楽器も、モーツァルトは1st Vnしか書いていないので、2nd以下の音がかなり違ってはいますが、これは耳で聴いても分かりません。
Tuba mirum
11〜13小節の弦のリズムが違っています。
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ジュスマイヤー版 |
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ランドン版 |
Rex tremendae
以前述べた最初の小節の2拍目の管楽器は、ジュスマイヤー版だけのものです。さらに、アイブラーはこの楽章ではTpとTimpを使っていません。
Recordare
弦のオブリガートが細かいところでずいぶん違っていますが、はっきり分かるのは90小節目から。
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ジュスマイヤー版 | ランドン版 |
Confutatis
TpとTimpのリズムが全く違います。
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ジュスマイヤー版 |
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ランドン版 |