(99/9/7掲載)


アマデウスのポスター

タイトルのすぐ下のコメントにご注目。

 1984年に公開されて、翌年のアカデミー賞では作品、監督、主演男優のメイン3部門のほか、合計8部門でオスカーを獲得した、ミロス・フォアマン監督作品「アマデウス」は、その当時は、やかましいクラシックファンにとっても十分見応えのある映画でした。それというのも、この作品の原作となった戯曲の作者で、ここでも脚本を担当しているピーター・シェーファーは、もともとは楽譜出版社のブージー・アンド・ホークスで編集者をしていたというのですから、音楽的なバックグラウンドは完璧だと思われていたわけです。さらに、最近の研究で明らかになった、言ってみればかなりマニアックなモーツァルト像を遠慮なく全面に押し出してありましたから、音楽評論家からも絶賛を受けると同時に、オスカーを独り占めするほどの幅広い層からの支持も得られたのでした。
 さて、では、私たちのテーマ(だれが決めた!?)である「レクイエム」は、ここではいったいどのように扱われているのでしょうか。

■使われている版は?
 この映画で音楽監督を務めているのは、ネヴィル・マリナー。彼は77年のARGOへの録音ではバイヤー版を用いていました。しかし、のちに(90年)PHILIPS に録音する際には、ジュスマイヤー版に「変節」してしまうのです。で、この映画のサントラですが、もはやバイヤー版は見捨てられて、ジュスマイヤー版が使われています。が、モツレクオタクの研ぎ澄まされた耳は、1か所だけバイヤー版が用いられているのを聴き逃すことはありませんでした。それは、コンスタンツェが、モーツァルトの体を心配して「私と一緒にいてね」と言いつつうたた寝をしてしまうのを見計らって、こっそりシカネーダー達のところへ出かけるというシーンの前後にそれぞれ聞かれる"Rex Tremendae" です。前半は確かにジュスマイヤー版なのですが、後半には明らかにバイヤー版にしかない音型が聴かれるのです(矢印)。
バイヤー版 ジュスマイヤー版
 ここでちょっと寄り道を。最近巷で「サントラ盤」と呼ばれているCDは、映画のサウンドトラックとは全く縁もゆかりもないものだということは、みなさんご存じのことでしょう。まあ、メインテーマぐらいは入っていますが、あとは映画の中では全然聴くことのできない曲が並んでいるというのが、今の「サントラ盤」なのです。
 失礼しました。もちろん「アマデウス」は音楽映画ですから、そこまではしていませんが、中には映画のなかで使われたものとは別の音源が「サントラ盤」に入っていたりするのです。考えてみれば、英語版の「夜の女王のアリア」なんて、だれもしみじみ聴きたくはありませんものね。そんなわけですから、"Rex Tremendae" も、サントラ盤で聴く限りはジュスマイヤー版なのですが、映画の中では確かにバイヤー版を使っている部分もあるのです。

■物語の信憑性
 さて、この映画での「レクイエム」と言ったら、なんといっても、サリエリが瀕死のモーツァルトの口述筆記をするというシーンでしょう。"Confutatis"が作曲されていく過程を、実際の音とともに再現されるのを目の当たりにして、公開当時晶少年はいたく感動させられたものです。しかし、全てを知ってしまった今となっては、このシーンは妙にシラけるばかりです。
 詳しく見てみましょうか。
 第1段階(@):「Aマイナーで合唱〜」
 これはまあ良いでしょう。確かにモーツァルトは合唱パートから書き始めています。
 第2段階(A):「2番FgとバスTbをバス(合唱)に、1番FgとテナーTbをテナーに重ねる」
 これはモーツァルトの死後、ジュスマイヤーが行った仕事なのですよ。しかも、後の校訂者は、ほとんどこのアイディアを採用していないということは、モーツァルトらしくないと判断されたからなのでしょう。つまり、モーツァルトがこういうアイディアを持っていたという可能性すらも否定されてしまっているわけです。
 第3段階(B):「1拍目と3拍目にTpTimpを入れる」
 これも同様にジュスマイヤーの仕事。そして、完璧に後の校訂者に無視されているアイディアです。
 第4段階(C):「弦のパターン」
 これはモーツァルト自身がバスのパターンを書いています。だから、順番としては、もっと先に来るべきものなのです。
 というわけで、こんな目を覆いたくなるようなでたらめに感動してしまった自分が、とても可哀相に思えてなりません。もっとも、こんな場所にサリエリが居たというシチュエーションからして、全くのつくりごとなのですから、そんなめくじらをたてることはないのかも知れませんが。
 でもな〜。いまでもビデオを見て「ふ〜ん。この曲はこんな風にして作られたんだ。」などと納得してしまう青少年がいるかと思うと、胸が痛む…。(オリジナルポスターにあったのは「いまそちが耳にしたことはすべて真実じゃ。姫。」などという白々しいコピーだったんですね。)