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(01/12/18作成)

(02/1/22掲載)


テルミン(英:Theremin
 「テルミン」と聞いて、遠足の定番だった白いタブレット状のお菓子(それは「カルミン」)や、ちょっと田舎臭い子役(それは「二木てるみ」)を思い浮かべるのは、私よりはるかに上の世代の人たちです。私にとっての遠足のお菓子は「ワタナベのジュースの素」ですし、子役と言えばシャーリー・テンプル以外には考えられませんからね。

 ちょっと前までは、「テルミン」という名前からその実態を正確に述べることができる人など、ほんの一握りの物好き以外には居ませんでした。この、四角い箱から2本のアンテナが突き出している特異な楽器は、「電子音楽」や、「電子楽器」の歴史について述べられる時には例外なく引き合いに出されるものの、クラシック音楽関係者で実際にその演奏を聴いたことがある人など殆どいなかったのです。シリアスな音楽ではなく、映画の効果音や、一部の前衛的なロックミュージシャンによる実験的な使われ方が、その用途の大半を占めていたはずですから。
 「テルミン」とは、ロシアの物理学者、レフ・セルゲイヴィッチ・テルミンという人が1920年に発明した、史上初の電子楽器です。この写真が、その「テルミン」、テルミン博士自身が演奏しています。
 現在私達が電子楽器として思い浮かべるものには、演奏者と電子回路を仲介するインターフェースとして、多くの場合ピアノに用いられるようなキーボードが設置されていて、それを指で押すことによって音をが出るようになっています。ところが、この「テルミン」にはそのようなものはついてはいません。その代わり、写真でお分かりのように、木製のキャビネットの右上と左横にアンテナがついていて、演奏者はそのアンテナのそばに手をかざすことによって、音をコントロールするのです。正確には、右上のまっすぐのアンテナは「ピッチアンテナ」、左横のループ型のアンテナは「ボリュームアンテナ」と呼ばれ、それぞれ音程と音量をコントロールする働きがあります。

 テルミン博士は、1927年にこの楽器を携えてアメリカにわたり、ニューヨークを拠点にしてこの楽器の普及のためのさまざまな活動を行います。ロシアからアメリカに亡命してきたヴァイオリニスト、クララ・ロックモアがこの楽器と出会い、演奏法を習得して最初の「テルミニスト」となって、公開演奏を行ったことも、そのような活動の一助となりました。

 アメリカの大手電機メーカーRCAは、テルミン博士からライセンスを譲り受け、この楽器の大量生産を行います。全部でおよそ500台生産されたこの「RCAテルミン」(実際に製造を行ったのは、GEとウェスティングハウスですが)は、現在ではヴィンテージ物として、愛好家の羨望の的になっています。
 1938年、テルミン博士は突如としてニューヨークから姿を消します。それ以後の博士の消息は謎に包まれており、一部には死亡したとの情報が流されたほどですが、このことによって「テルミン」も、楽器としては殆ど忘れ去られてしまうという運命をたどることになるのです。

 この、殆ど見捨てられた楽器が、何とか今日まで生き長らえることが出来たのには、ひとえにロバート・モーグの力によるところが大きかったと言うことができるでしょう。「モーグ・シンセザイザー」の生みの親として、現在でも世界中のミュージシャンからの尊敬を集めているモーグは、彼のシンセサイザーを完成させるはるか以前、1954年に、「モデル201」という「テルミン」を作って販売していました。1964年にキーボードによって電子音をコントロールするという、それまでにはなかった全く新しい楽器「シンセサイザー」を完成させるにあたっては、彼はこの「テルミン」の回路設計から多くのことを学んでいたのでした。
 モーグは、皮肉にも、自らの手になる「シンセサイザー」の登場によって、楽器としての生命を完璧に絶たれてしまった「テルミン」を、それからも細々と作りつづけます。現在では「Big Briar」という会社を立ち上げて、「テルミン」史上最良の楽器とまでいわれた「シリーズ91」(写真左)を作り上げ、最近では「イーサーウェーヴ」(写真右)というコンパクトな楽器で、世界中に「テルミン」ファンを増やしつづけています。「エーテル波」という意味のこの「イーサーウェーヴ」、ネット通販で購入すれば完成品でもたったの335ドル、組み立て用のキットでは、なんと279ドルで入手できるのですから。

 1993年に制作された、スティーヴン・マーティン監督によるドキュメンタリー映画「Theremin:An Electronic Odyssey」によって、この楽器は一躍世界中の注目を集めることになります。死んだと思われていたテルミン博士や、彼の作った楽器だけではなく、彼自身のことも生涯愛してやまなかったクララ・ロックモア自身が出演しているこの映画によって、「テルミン」は全く新しいファン層を獲得したのです。

この映画のレビュー(禁断あばんちゅうるより)


The Art of the Theremin
Clara Rockmore(The)
Nadia Reisenberg(Pf)
DELOS DE 1014
 そのロックモアが1976年ごろに録音し、1987年にリリースされたCDがあります。幸運にも以前から「テルミン」の存在を知っていて、「空飛ぶ円盤の効果音」ぐらいでしかその音を聴いたことのない人にとっては、これはとても衝撃的な演奏なのではないでしょうか。ビブラートがたっぷりついた、まるでファルセットヴォイスのような頼りなげな音色は、人間の深い部分のセンチメンタリズムに直接働きかけるような、刺激的なもの、ロックモアの絶妙なルバートと相まって、確かに引き込まれるものがあります。もっとも、全12曲を聴き終わる頃には、眩暈にも似た脱力感に襲われることは、覚悟しなければいけませんが。
 ちなみに、このCDのプロデューサーは、ロバート・モーグの奥さんのシャーレイ・モーグ、ロバート自身がエンジニアとした参加しているほか、ライナーノーツも執筆しています。

参考文献
ガーデンシネマ・イクスプレス 第78号 テルミン(2001年8月/ヘラルド・エンタープライズ株式会社)

参考サイト
"Theremin World"
"Big Briar, Inc."
"Moog Archives"
追記
AIDAさんのブログで、このコンテンツが紹介されました。(05/01/26)

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