髪々の黄昏....渋谷塔一

(00/7/28-00/8/14)


8月11日

KARAJAN
Opernballette
Karajan/BPO
ユニバーサル・ミュージック/POCG-90518
なんで今ごろカラヤン?他にいくらでも書くものはアルヤン。新譜が入らないからって、手を抜くのはユルサン。あまり暑いカラヤンなった?
まあまあ、そんなこと言わないでくださいよ。これはれっきとした新譜。今流行のオリジナル紙ジャケットシリーズです。私のようにLPを聴いて育った人間にとっては、なつかしさのあまり涙が出そうになるほどのものなのですよ。カラヤンが振ったオペラの中のバレエ音楽集なのですが、今度ニューフィルの皆さんが演奏される「時の踊り」も入っていますよ。
録音されたのは1970年。先日取り上げたムラヴィンスキーと同じ頃です。で、あのときの録音ポリシーの違いで言うと、これはまさに「聴いて楽しむもの」。(あちらは「記録」)。一つ一つの楽器、セクションの音が、とても艶やかにはっきりと主張を持って収められています。カラヤン/ベルリン・フィルの録音というと、この時期からもう少したつと例のミシェル・グロッツという人がのさばりだしてダメになってしまいますが、この頃はまだDGのギュンター・ヘルマンスによるしっかりした音が健在です。もちろんアナログ録音ですが、DGが誇るOIBPでリマスターは完璧。イエス・キリスト教会の乾いたエコーが心地よく残ります。
「時の踊り」以外に収められているのは、「イーゴリ公」、「オネーギン」、「アイーダ」、「オテロ」のバレエ音楽。それぞれ、踊りの性格がはっきり描き分けられていて、とてもメリハリの利いた演奏ですよ。「オネーギンのポロネーズ」などのチャイコものはカラヤンの十八番。隅々まで神経が行き届いた名演です。「こんなんじゃ踊れないだろう」というようなところもありの、徹底した「聴いて楽しむ」音楽作りになっています。
ところで、マスターご自慢の「Galway in Orchestra」によると、この録音にはあのジェームズ・ゴールウェイが参加していますね。オケの中で誰が吹いているかなどということは今まであまり気にしたことはありませんでしたが、意識して聴いてみると「これはすごい」と驚いてしまいました。これだったら、マスターたちが夢中になるのも納得です。誰にも真似が出来ないような音色と歌い方で、全体の音楽をリードしていますよね。笛1本でこれだけオケの音が変わるものなのですね。「時の踊り」だと、最初の有名な「昼の時」のテーマのアウフタクトが他の楽器とぜんぜん違って飛びぬけて音楽的。「アイーダ」の「巫女の踊り」などは、カラヤンではなく、完璧にゴールウェイの音楽になっています。曲の最後、倍音を抜いた低音の美しいこと。

8月3日

MRAVINSKY
Shostakovich/Symphony No.5
Leningrad PO
ALTUS/ALT-002
日本のクラシックCDの売れ方というのは、ちょっとわけがわからないところがありますね。でも、おおむね爆発的な売れ方をするものは、真面目なクラシックファンはちょっと眉をしかめるようなもの。名曲のさわりだけを集めたものだとか、毒にも薬にもならないヒーリングものとか。
だから、このムラヴィンスキー/レニングラード・フィルのショスタコ5番という王道中の王道がとほうもない売れ方をしていると聞いたときは、わが耳を疑ったものでした。某大型店では、1週間の売り上げが全館2位、つまり、倉木麻衣よりも売れたというのですから。私が買いに行った時も、2軒で売り切れ、3軒目でやっと買えたというわけです。
この録音、1973年の東京でのライブですが、写真を見るとフルートのおばさんあたりは見覚えがあります。睾丸の美少年だったころ、(ヤバイ!変換がおかしくなった。)この日の演奏かどうかは分かりませんが確かにテレビで放送されたのを見ているのでしょう。やたら威張りくさったおやじが、つまらなそうに指揮をしていたような記憶が戻ってきました。同じ頃、レオニード・睾丸(まただ!)というやはりソ連のヴァイオリニストも活躍してましたね。
さて、このCDはNHKが録音したもので、「音のよさ」がセールスポイントになっています。ですから、まずはスリットではなく、そのあたりを集中的にチェックしてみました。確かに天下のNHK、今までのムラヴィンスキーの録音とは一線を画したシャープな録音。思わず「これが30年近く前の録音?」と身を乗り出してしまいました。ただ、残念なことに、この頃の放送用の録音のポリシーというのは、聴いて楽しむものではなくあくまでも記録。で、当時使われていたモニタースピーカーというのが今から考えればかなり独特の特性を持っていましたから、それでイコライジングされた音はよく言えばクセのない音、正直な感想を言わせてもらえば、楽器の芯の音が聞こえてこない上っ面だけのキンキンした音になっています。マイクアレンジも殆どワンポイントですからバランスも悪く、肝心の金管が打楽器にかき消されたりしています。
まあ、でも、この名演の前では録音などは些細なこと。フルートやオーボエのとんでもない音程とか、ライブならではの傷は確かにありますが、それに目をつぶっても余りある感動的な演奏が繰り広げられていたということは、最後に収録されている熱狂的な拍手を聞けば分かることです。2楽章にあまりの素っ気無さを感じたり、4楽章の、最後の盛り上がりの前の静かな部分を気の抜けた演奏と感じたりというのは、その場に居合わせずに、後になって醒めた目で聴いている「やなやつ」のすること。
あれだけのセールスを記録するからには、多くの人を魅了する何かが存在しているのだと、素直に認めることは、真面目なクラシックファンとしては、ちっとも恥ずべき行為ではありません。

7月30日

URI CAINE
Goldberg Variations
Uri Caine(Key. Arr.)
Many Artists
W&W/910 054-2
夏休みに入って、交通機関も混雑してきたみたいですね。お盆あたりの新幹線はもう満席でしょう。誰かさんはクロアチアとドイツに行ったんですって?海外に行きたくても仕事が書き入れ時。せめてドイツで録音されたCDを聴くぐらいのことしかできません。
ドイツの奇才ユリ・ケインが取り上げたのは、ドイツの作曲家バッハ。有名な「ゴルトベルク変奏曲」です。オリジナルはアリアに30の変奏曲がつづきますが、こちらは70の変奏曲(2枚組、2時間半)。つまり、ともかく30個はまともなことをやっているのですよ。リュートとかリコーダー、ガンバといったオリジナル楽器を使ってね。そういえば、最初のアリアもフォルテピアノ。そして、残りの40個で大いに盛り上がろうというのが、いつもと同じユリ・ケインのパターンです。
それぞれの40曲では、ほんとにさまざまなジャンルが登場します(ミニマル変奏とか)。彼は基本的にジャズの人ですから、ソロピアノとかホーン入りのアンサンブルはお手の物。新旧さまざまなスタイルで楽しませてくれます。これをやっている時が一番楽しそうな気がします。あと、バッハということを意識してか、合唱団(ケトヴィッヒ・バッハ・アンサンブル)が参加しています。これが真面目くさって、コラール風の曲をきちんと歌っているのですよね。発声もまとも、何かいかにも安心できるように感じられますが、最後の変奏のクオドリベットでは、全員が酔っ払ってしまうというオチが。
好奇心旺盛なケインさん、最新の「リミックス」などという技法もしっかり取り入れています(そういえば前作でもターンテーブルが入ってましたね)。もしこのCDが店頭でかかっていたとしたら、誰もクラシック売り場にいるとは思わないで、ダンスフロアかなんかだと錯覚してしまうに違いありません。してみると、この曲集は、バッハが亡くなってから250年の間に私たちが獲得した音楽のスタイルの集大成なのでは。ボサノバやタンゴ、果てはシェーンベルク風の美しくないヴォーカルで料理されても、バッハは確かに存在しているから、すごいものです。
極めつけは、このところ日本でもじわじわと広まりつつあるゴスペル。太ったおばさんが歌い上げるあれですね。でも、考えてみたら「Gospel」というのは「福音書」のことですから、バッハには最も近いものなのかもしれませんね。じゃ、私もセーラームーンやスッチーの格好をして…(それはコスプレ

おとといのおやぢに会える、か。


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