串カツポテト....渋谷塔一

(00/8/16-00/9/1)


9月1日

BACH
Secular Cantatas
Helmuth Rilling/
Bach-Collegium Stuttgart
HÄNSSLER/CD 92.067
今年はバッハの没後250年、7月28日の命日には、ドイツのテレビ局が丸1日生放送をやっていましたね。ライプチヒのトマス教会からロ短調ミサを生中継したり、日本からも、某有名合唱団の「ヨハネ」が全世界に向けて放送されたはず。
ヘルムート・リリンクが中心になって進められているHÄNSSLER盤のバッハ全集も、好調にリリースされているようですね。カンタータなどの声楽曲はもちろんリリンクの演奏によるものです。このカンタータ、教会カンタータは80年代に完結した全集をそのまま横流ししたものですが、私自身はちょっと完成度に難があると思っています。しかし、最近新しく録音された世俗カンタータでは、まるで人が変わったような素晴らしい演奏を聞かせてくれています。
今回リリースされたのは212番と213番。「農民カンタータ」として知られる212番は、96年の録音ですが、クリスティーネ・シェーファーとトーマス・クヴァストホフという、いまや人気、実力とも最高潮の二人がソリストとして参加しています。この二人、録音当時はそれほど有名ではなかったはずです。翌年の97年に「後宮」のコンスタンツェで衝撃的にブレイクすることになるシェーファーは、この頃まではリリンクの許で研鑚を積んでいたのですね。あのユリアーネ・バンゼも同じようなケース。リリンクは他人の才能を見抜く力にも秀でていたのでしょう。
このようなとびきりの実力を持った若手に触発されたのか、リリンク自身も細かいフレーズの端はしにまで神経の行き届いた指揮ぶりです。
213番のほうでは、このところのリリンク組の常連インゲボルク・ダンツのアルトが聴けます。写真を見るととてもキュートでスマートなのに、どこからあんな立派な声が出るのかと、長いこと不思議に思っていましたが、つい最近ヘレヴェッヘと来日して「マタイ」を歌った画像を見て、納得がいきました。実物はとてもごっついオバサンだったのです。まるでマサイ受難曲、すっかりだまされてしまいました。これだから女は怖い。
ちょっと話がそれてしまいましたが、その他の歌手も今が旬の若手ばかり、それに、合唱団も教会カンタータの録音当時の素人っぽさとは明らかに体質が変わっているようで、とても深みのある響きです。
出来ることなら、この陣容で教会カンタータの再録をしてほしいものだと思っても、それはもはや無理な願いなのでしょうね。

8月28日

THOMAS TALLIS
Spem in alium etc.
Philip Cave/Magnificat
LINN/CKD 075
おやぢは現代音楽だけではなく、ルネッサンスあたりもカバーしてるんだということを見せたくて、いつものCD屋さんに行って、「古楽」コーナーを物色してみました。そしたら、一番目立つところに置いてあったのがこれ、16世紀のイギリスの教会音楽の作曲家、トーマス・タリスのモテットとミサ曲です。
演奏しているのが、フィリップ・ケイブ(警察関係の人ではありません。ペッパー警部とか。)指揮のマニフィカート。これは団体名です。この間のバッハのCDにもあった「私の魂は主を崇め」という意味の曲が収められているわけではありません。ここで歌われているのは、有名な40声部のモテット「Spem in alium」。40声部と言いましたが、これは5声部の合唱団が8つ集まっている形です。だから、スコアもしっかり40段あって、譜面づらはヘタなオーケストラ曲などよりもずっと複雑なものになっています。8つの合唱団が入り乱れてまるで潮の満ち引きのように寄せては返す音の群れ。当然録音も難しく、今までなかなか「これぞ」と言うものには出会えませんでした。プロ・カンツィオーネ・アンティクワのIMP盤は、もはや現代では通用しない平凡な録音。何よりも演奏がかったる過ぎます。指揮者のケイブが参加していたこともあるタリス・スコラーズのGIMELL盤も、やはりトゥッティではちょっと物足りなさが残っていました。
今回のLINN盤、もちろん、高級オーディオ製品で有名な「リン」そのものですが、さすがというか、やはりというか、とてつもない録音です。残響に頼ったりしないで、弱音からフォルテシモまでしっかりとした音が捉えられています。ダイナミックレンジが恐ろしく広いので、ヴォリュームを上げ過ぎると、びっくりすることになりますからご注意。一応HDCDの仕様なので、それなりの再生装置を使えば、もっとすごい音になるはず。
録音のことばかり書いてしまいましたが、演奏ももちろん素晴らしいものです。すべての音が音楽になっているという感じで、何もしなくても自然に美しさが伝わってきます。というより、こういうきちんとしたハーモニー感と音色感が備わっていれば、日本の某有名合唱団が良くやっているような作為的な表情付けは、全く必要のないものだと言うことが良く分かります。星の数ほどある教会の聖歌隊で小さい頃から訓練を受けているイギリスの合唱界の裾野の広さをまざまざと見せ付けられた思いです。
カップリングは、やはり有名な「エレミヤ哀歌」や「4声のミサ」と、いくつかのモテット。ヒリヤード・アンサンブルのECM盤や、ザ・シックスティーンのCHANDOS盤といった過去の名盤を軽々と凌駕してしまったこのCDは、まさに「当たり」でした。

8月24日

BACH
Magnificat,Missa Brevis
Stephen Cleobury/
Choir of King's College, Cambridge
東芝EMI/TOCE-55165-6
おやぢは合唱が大好き。特にイギリスの聖歌隊系は日々の糧です。今回はそんな聖歌隊の老舗、ケンブリッジ・キングズ・カレッジ聖歌隊です。
じつはこのCD、2ヶ月ほど前に国内盤も発売になり、レコード雑誌などですでに紹介されてしまったアイテムなのですが、あえて取り上げることにしました。というのは、某レコード誌のライターの方にはあまりお気に召さなかったようで、「ちょっと違うな」というコメントだったからです。
「バッハ教会音楽集」と銘打たれた2枚組、内容は、ドイツ語の歌詞のカンタータやモテットにラテン語の歌詞のミサ曲とマニフィカートが同居しているという節操のないたたずまい。しかし、かえってそのために、純粋にバッハの音楽に浸りきることが出来ます。合間にはオルガン曲も入っていますし。
この聖歌隊、昔から多くの録音があり、ディスコグラフィー上では確かに他より一つ抜きん出た様相を呈しています。しかし、最近のように多くのマイナーなCDが紹介される状況になってくると、技術的にはここより優る団体はいくらでもあるということは周知の事実となってしまいました。したがって、このCDでの演奏も、必ずしも満足のいくものではありません。というか、もはやこれでは世界的なレベルには到底達してはいないなという局面がゴロゴロ。
それにもかかわらず、惹かれるものがあるというのは、一つには録音の素晴らしさではないでしょうか。レコーディングは彼らの本拠地のチャペルで行われていますが、やわらかく包み込むようなアコースティックスはまさに絶品(ほんとにあそこは素敵ですね。)。チャペルの中が目の前に広がるような品の良い残響は、それだけで癒されるものがあります。
さらにもう一つ、このCDを魅力あるものにしているのは、ソロを歌っているイアン・ボストリッジです。前任者がヘレヴェッヘの「マタイ」のエヴァンゲリストに感動していましたが、ここでも、存在感のある歌唱は健在です(それが某ライターには耳障りだったようですが)。
あまり目くじらを立てず、心を穏やかにして聴いてみるとおのずとよさが伝わってくる、そんな熟成された蒸留酒のような味わいのある、ふくよかなCDです。まさに上流階級の熟女といったおもむき。

8月16日

BRAHMS
Symphony No.4
石丸寛/九大フィルハーモニーオーケストラ
九大フィル
/KPCD-018
昔から、テレビなどによく顔を出して、「クラシックにあまりなじみのない人のためのコンサート」みたいな番組を仕切っている人がいましたよね。私あたりの世代だと、石丸寛という指揮者がお馴染みでした。そのあとに出てきて一躍メジャーになってしまったのが山本直純でしょう。この二人のような指揮者の場合、どうしても軽いイメージが先行してしまって、ちゃんとした曲を演奏したりすると、ちょっとひいてしまうようなところがありますよね。
ですから、石丸寛が晩年病苦を押してまで演奏活動を続けているという感動的なドキュメンタリーが放送されたときは、正直言ってかなり意外な思いがしたものです。特別なシチュエーションでしたから、多少の演出上の誇張は入っていたのでしょうが、「ちゃんとした曲もやってたんだ」というのが、偽らざる感想でした。
このCDは、1988年に九大フィルというアマオケを振ったもののライブ録音、彼の3回忌にあわせて製作されたものです。わざわざこんな昔の音源をCDにするほど、彼の生前の演奏(「死後の演奏ってあるんか?!」という突っ込みがおやぢ代わり。それはそれで夏向きだとは思うのですが。)に心を打たれた人は沢山いたのですね。
で、この演奏です。1楽章の始まりから、とても整った音楽が聴かれます。大学オケの特質なのでしょう、時間をかけて訓練したという成果が良く分かります。その分、いささか物足りない感じもあるのはやむを得ません。いかにも、教えられたとおりにきちんと演奏しているという感じです。そんな調子で、何の破綻もない、いわば安全運転で曲は進んでゆきます。ところが、4楽章に入ったとたん、一変してテンションが上がるのです。冒頭のコラールはとてつもなく熱い叫び声に聞こえます。このテンションは最後まで変わることなく続いて、圧倒的なエンディングを迎えます。
そうか、これが石丸の真の姿だったのだと思い知らされました。きちんとしたアンサンブルを整えるトレーナーとしての手腕、そして、本番では演奏者を鼓舞して感動的な演奏を引き出す芸術家としての才能。その二つを併せ持った数少ない指揮者の一人だったのですね。冒頭で山本某と一緒に扱ってしまった自分が許せません。
ちなみにこのCD、いつぞやに前任者が取り上げた宇野功芳の場合とは違って完全なプライヴェート盤ですから、入手は困難でしょう。こういうアイテムこそ、きちんと流通ルートに乗せてもらいたいものです。

おとといのおやぢに会える、か。


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