ヴァルキューレの奇行....渋谷塔一

(00/7/12-00/7/26)


7月24日

Sir Paul McCartney's LIVERPOOL
Quatuor La Flûte Enchantée
ATMA/ACD 2 2137
やっと梅雨も明けたとみられるそうで、本格的な夏の到来ですね。タンキニの水着で海へ行こうにも、車の渋滞が我慢できないという短気人間のあなたは、おうちでゆっくり涼しげな笛の音でも味わってみては。
そういうわけで、今回はフルート4本の四重奏、フランスの「魔笛四重奏団」の演奏でサー・ポール・マッカートニーの作品集です。そう、あの「イエロー・サブマリン」を作った、ポール・マッカートニー、かつての不良少年はいつの間にか「サー」に出世していたのですね。
このCDのメインは、1991年にロイヤル・リヴァプール・フィルの創立150周年のために作った、彼の最初の本格的なクラシック作品「リヴァプール・オラトリオ」です。この曲、オリジナルは合唱や4人の独唱者も入った大掛かりな曲で、オケもなかなか壮大、ポールはクラシック界でも十分通用する、そんな風にさえ思えてしまった作品です。しかし、こうして音楽だけ、しかもフルート4本という小さな編成で聴き直して見ると、アイディア自体はビートルズ時代の曲と何ら変わらないことに気付きます。というより、音楽としての完成度は「エリノア・リグビー」ヤ「フール・オン・ザ・ヒル」のほうがずっと高いような気もしてきます。こんなことを言ってはなんですが、功成り名遂げたロッカーが、つい誘惑に負けて高望みをしてしまったという気がしてなりません。
で、この曲のアレンジは、四重奏団のメンバーのシャンタル・エベールが担当していますが、何の工夫もない退屈なもの。しかし、腐ってもポール、心に染みるメロディーのつぼは心得ていますから、こんなアレンジでも十分楽しむことはできますよ。
個人的には、最初に収められている、ポールが1966年に初めて手がけた映画音楽「ふたりだけの窓」のテーマを使った曲のほうが好きですがね。初めての映画音楽ということで、思い切り力が入っていますし、それに応えるだけのアイディアも豊富だったのでしょう。こちらはアンソニー・ロザンコヴィッツというプロの作曲家がアレンジをしてますから、安心して聴いていられますし。(実はこの映画には思い出があって、今まで子役だったヘイリイ・ミルズが初めて大人の役に挑戦したのと、ポールの初めての映画音楽ということで、見る前からとても興奮したものです。)
ちなみに、この映画の場合はジョージ・マーティン、「リヴァプール〜」ではカール・デイヴィスという腕利きのアレンジャーがオーケストレーションをほどこして、絢爛豪華な作品に仕上げたわけですが、こうして裸に近い形で素材を暴かれてしまうと、その曲を作ったときのテンションまでもがあらわにさらけ出されてしまうのですから、恐いものですね。
やはり、ピーターとゴードンの「愛なき世界」のポールのほうが、私にはしっくりくるのですが。

7月21日

MOZART
Requiem Mass
Nikolay Golovanov/
The Choir and Great Symphony Orchestra of the All-Union Radio
BOHEME/GOLO 03
前回に引き続きモーツァルトですが、モーツカレタなんて言わないでお付き合いください。
ゴロワノフのモツレクなんて考えただけでちょっと…でしょうが、これがなかなか良いのですよ。
ご存知のように、この指揮者、「怪人」と異名をとるだけあって、なかなか個性的なスタイルの持ち主です。以前出た「悲愴」などは、おもいきり好き放題のことをやっていて、ちょっとついていけないなという面があったことは否めません。くれぐれも、ニューフィルの皆さんはこんな演奏は真似をしないで下さいね。
今回の「モツレク」も、基本的には同じアプローチです。聞き手としては、ここで「またやってるな」と笑って聞き流すのもひとつの選択肢。せっかくだから、ゴロワノフの世界にどっぷり浸ってみようというのも、もうひとつの選択肢です。で、私は、とことんのめりこんで聴いてみたのですよ。
まず、合唱ははっきり言ってヘタです。音程もアインザッツも揃っていません。しかし、まるで地の底から湧きあがってくるような、そう、ラフマニノフの「晩祷」を思い起こさせる深い響きには、とてつもない吸引力があります。もちろん、こんなものは現在のモーツァルト業界ではとても通用しないスタイルですが、時代も様式も超えた何か訴えかけるものは確かにあるのです。
オーケストラはモスクワ放送響の前身ですが、指揮者が例によって大幅にテンポを動かしたり、極端なダイナミックスをつけたりしているのにきちんと着けていってるのですから、相当確かな技術を備えていると見ましたね。金管などはとても素晴らしい響きです。
テンポは基本的にたいへん遅め。どの曲も、まるで別の曲のように聞こえますが、殆ど違和感はなく受け入れることが出来ました。「Rex Tremendae」の堂々とした表現など、思わず姿勢を正してしまったほどです。「Lacrimosa」は最初の弦が多分ソロ。合唱もすすり泣くようにしっとり歌いあげて、最後の「Amen」はピアニシモ。これを聴けば、不覚にも涙を流してしまう人もいるのではないでしょうか。
もちろんジュスマイヤー版ですが、このような演奏の前では版の違いなどとても些細なことに思えてしまいます。聴き終わって、表現するというのはどういうことなのか、真面目に考えたくなったCDでした。

7月20日

MOZART
Die Entführung aus dem Serail
Sir Charles Mackerras/
Scottish Chamber O
TELARC/CD-80544
この間天ぷらやさんに行ったのですよ。揚げたてを持ってくるお店で、「穴子です」とか言ってお皿においてくれます。それを聞いたら、なぜか外国から世界中の穴子が集まっておいしさを競うのかな、などとバカなことを考えてしまいました。(「穴子オリンピック」ってありましたよね。前回のおやぢはあんまりだとの声があったので、少し技巧的に。)
モーツァルトの時代は、外国といえばトルコ。オリエンタルな趣味が一世を風靡したのでしょう。今回取り上げる「後宮」も、そんな流行を取り入れた作品ですね。
モーツァルトのオペラは5作目となるマッケラス。毎回いろいろなアイディアを盛り込んで、好奇心を満足させてくれますが、今回はトルコにこだわったみたいです。シンバルや大太鼓、トライアングルなどの打楽器をわざわざトルコまで行って買ってきたりと、なかなか気合がはいっています。序曲からいきなりこのトルコの猥雑さが聞こえてくれば、心はもはや中近東。ただし、マッケラスのことですから、節度はわきまえています。以前ザルツブルク音楽祭でトルコ人の演出家による「後宮」を見たのですが、あのような大胆なことはやってはいません。あくまでヨーロッパ人としてのアプローチ。
打楽器こそトルコ風ですが、中の音楽は至極まっとうです。幾分遅めのテンポで丁寧に歌い上げて、格調の高さが失われることはありません。
例によって異稿好きのマッケラス、今回もロングヴァージョンのアリアなどがおまけで入っているのも楽しいものです。
歌手は、あまり有名な人は出ていませんが、私としてはブロンデのランカトールがイチオシ。確かなテクニックと無理のない音色が心に響きます。あとペドリロのアトキンソンの素朴さもお気に入り。肝心のベルモンテのグローヴスはちょっと声が重くて(もしかしたらワーグナーなんかぴったりかも)聴いててつらいものがありますし、コンスタンツェのコダッリもちょっと力が…。
ライナーによると、これは「トルコのモーツァルト」という映画のサウンドトラックなんだそうです。写真を見ると、歌手が吹き替えなしで演技をやっているみたいですし、やはりルックス優先なのでしょうか。この映画も見てみたいものですね。

さきおとといのおやぢに会える、か。


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