彼が霊としてここに留まっているのは、オスカルへの強い執着だ。
この絵の事を彼はよく “おれのオスカル” と呼んだ。
誰のものでもなく、誰にも触れさせない自分だけのもの。
ぼくにはそんな意味合いを含んだ呼び方に聞こえた。
ぼくは、絵を日本へ持って帰ってきて部屋へ置いてからは、ほとんど触れていない。 彼は他人に絵を触れられることを嫌がるから。

彼には、この絵と彼女との思い出の他、何もなかったんだと思う。
200年近くも、ここに留まって絵に執着する事だけが、彼の心に安らぎを与えたんだ。
でもこれほど不幸なことはない。
もし絵に何かあったり、失うようなことになれば、彼がどうなるか?
身体という入れ物がない分、魂は易々と形を変える。

悪しき物に・・・・そうなれば二度と元に戻れない。
彼のことを考えるなら、このままでいけないことぐらい解っていた。
彼は本来あるべき場所へ行かなければならない。
しかしそれは、彼との別れを意味する。
当時ぼくは、両親と死別し、一緒に暮らす人もなく、アンドレが家族みたいなものだった。
失いたくなかった、家族を失うのはもうたくさんだったから・・・

彼が来て3度目の秋を迎えようとしていた。
ぼくはようやく心を決めた。
まずは、オスカルが彼の死後どうなったか調べることにした。

ジャックマール・アンドレ美術館は、バカンスの季節に入っている為か、いかにも観光客といった人が大半を占めているようだった。
(日本語が結構飛び交ってるし・・・・)
神崎さんが言っていたように図録は英語版があった。
おれは1冊それを買い求めてから特別展の展示室へ入った。

絵は作者別に展示されているようで、ベルナール・デュランは4番目の部屋D室となっていた。
D室の入り口でゆっくりと注意深く、気配を探る。
・・・・・・何もいないようだ、これなら大丈夫。
それにしても神崎さん、脅かすからドキドキだよな。
俺は注意しながら順路に沿って絵を見ていく。

へえ・・まん丸でころころしてるおばあさんだな?なになに・・・・

mark  「怒る女」(Angrily Woman 1764) 

これは誰かを思いっきり叱り付けてるよな。
怒られてる相手は・・・・孫。
かわいそうに。今にも殴られそうだなあ・・・。
へえ、おばあさんは、ジャルジェ家の乳母なんだ。オスカルのかな?

あっ!この絵は・・・・・・

mark  「将軍」(General 1770) 

そうか!オスカルの父親だ!いかにも頑固親父だな
しかし、こいつ何考えたんだろな?
女の子を男の子として育ててどうするつもりだったんだろう?
婿養子とれば済む事なのになあ・・・・

これは・・・・・・

mark  「小さな貴婦人」(Little Lady 1786) 

なんというか・・・この面構えは只者じゃない。
この年にしてこの妙な貫禄はいったい?手に持っているこの子とよく似た人形も変だし・・・
デュランによると、 “今まで会った中で最高の女性で、将来はすばらしい貴婦人”
将来は?貴婦人?・・・これが??どうやったら?
趣味悪いな、デュランて。

デュランの絵はなんていうのか、動きの一瞬をそのまま描いたというか・・・
そう、まるで写真のようだった。
笑ったり、泣いたり、怒ったり・・・ちょっと品がないかなあ?でも見てて楽しい。
そしてやはりジャルジェ家ゆかりの人物画が多かった。

 進んでいくと、他のより人がたくさん集まっている絵があった。
どうやらデュランの代表作らしい。近づいていく。

mark  「末娘の肖像画 」(Youngest daughter 1787)

・・・・似てる?いやそっくりだ。
ジャルジェ将軍の5女、ジョゼフィーヌの肖像画
・・・・・オスカルの姉?だから・・・似ている?

肩が全部見えるドレス・・・
華奢な肩、金色の髪は無造作に結われていた。
長椅子に腰掛けてどこか・・・いや誰かを見て・・・違う・・・誰かの事を考えてる。
誰の事を?

・・・この絵は残酷だ。
何故かそう思った。
何故だろう?
わからないけどそう思った。