ぼくは、彼女が彼の死後、結婚して子供を産んで幸せに暮らした、そういう事が判るものが探せないかと考えた。
そして、彼女の子孫でも見つけられれば、あわよくば彼女の日記でも見つかって、アンドレのことについて何か書いてあれば
 ―良き友人だったとか、感謝しているとか― 
そういうものが見つかれば、どんなにいいだろう! と考えたのだ。

オスカルの消息は、冴子さんの手伝いもあって思ったより容易に探せた。
オスカルの絵の作者はベルナール・デュランという人物だっだ。
デュランは、本当に大きな役割を果たしてくれた。
アンドレを縛り付けた絵を描いたのも彼だったが、解放したのも彼だった。
彼の残した日記から、総てがわかったのは、3月のことだった。

容易に探せた消息は、ぼくが思いつきもしないような驚くべきものだった。
 いったいこれを・・・・どうやって彼に話したらよいのだろう?

直接本題に入って、強いショックを与えるのはできれば避けたかった。
絶望かそれとも希望か、どちらを与えるのかわからなかったのだ。
出来るだけ穏便に話を切り出して、彼の反応を見ながら話しをする・・・・
真実の総て話すのかどうかその時はまだ決めかねていた。
ぼくは、彼が大好きな桜の花が満開の頃を待って話をすることに決めた。

その絵は、D室、ベルナール・デュランの部屋の最後の作品だった。

mark 「黒い髪の男」(Dark brown haired man 1789 )

小さな絵だった。
今おれが持っている絵と同じ大きさで・・・・・同じような皮の装丁・・・・
もっと近くへ寄ってみる、同じようじゃない!同じ装丁だ。

少し癖のある黒い髪に大きな黒い目の・・・少年。
髪は長くて、リボンで束ねて後で縛っている。
リボンは青。オスカルの瞳の色と同じ・・・
そいつは笑ってた。嬉しそうに、幸せそうに・・・・
誰に・・・笑いかけてる?
オスカル?
でも・・・
どうして?
どうしてこんな・・・

「・・・君・・・ねえ君、そろそろ閉館なのだけれど・・・・・」

「ようやく最後の見学者が帰ったのね。どうしたの?変な顔して?何かあったの?」
「最後に帰った男の子なんだけれど・・・・泣いてたのよ。絵を見て。D室のデュランの展示室で。」
「よほど感動したのね。”末娘の肖像画”かしら?あそこの一番人気だから」
「見てたのは”黒い髪の男”の絵。その子・・・・・その”黒い髪の男”にそっくりだった・・・・・」

「勇?いるの? いやだ何やってるのよ。明かりも付けずに・・・・勇?」

「 勇、どうしたの?何かあったの?」
おれは母を見た。母は心配そうにおれを見てた。
「母さん・・・・おれ、ジャックマール・アンドレ美術館へ行って来た。」
母はおれをじっと見つめ、そして静かに言った。
「そう、見てきたのね。“黒い髪の男”を・・・・」
「やっぱり知ってたんだね!どうして教えてくれなかったんだよ!どうして?どうしておれそっくりなんだよ!
なんで・・・もう訳わかんないよ!なんでだよ!」
「ちょっと待ちなさい!勇。」

そう言うと母は、鞄から書類のようなもの出してきた。
「マタン紙の切り抜き。この記事を書いたロザリーという人の息子さんはね、大学でフランス史を教えてらして、専門はフランス革命。でねこれは、彼女は彼から助言を受けて、“黒い髪の男”の逸話について書いたの。そしてこれは・・・・惣さん、とうさんの覚え書きの全部よ。」
「母さんこれ・・・」
「読みなさい。話はそれからしましょう。私は隣の部屋にいるから。」
そういうと母は出て行った 。