あるときTVドラマで結婚式のシーンがあった。
アンドレはそれを見ていて
『何故白いドレスなんだ?』と不思議そうに尋ねた。
ぼくは驚いて、
『花嫁衣裳は昔っから白だと決まっているよ』というと
『へえ・・・いつから?ドイツでは白だと聞いたことがあるが。おれの生きていた時は青いドレスが多かったかな?貴族は黒地に金糸を織り込んだものだったが』
それから何か思い出したらしく、それが思い出したくないことだというのはすぐにわかった。
本当にやり切れないっていう表情をしたから。

彼女のことなのは間違いなかった。
彼女のことを話す時、とてもいとしそうに優しい目をする。
しかし、話し終わる頃にはその様子が一転してこんな風に “切ない” 表情をすることが多々あった。
それに、彼がこんな表情をすることは他にはなかったしね。
いつもの彼は、明るくて穏やかだったから・・・・・・
辛い恋、200年近くたった今でもこんな表情をするくらい。
たぶん彼女は結婚しているのだろうね。

ボリスの紹介してくれた助っ人マリーは、10年近く日本に住んでいたという日本語ばりばりの、栗色の髪に栗色の目がとても綺麗な、おれと同い年の女の子だった。

「だから!少なくとも、アンドレが死んだ1788年10月28日にはオスカルはガルト・フランセ−ズにいた!わかる君?これってすごく重要!」
「ガルト・フランセ−ズ? ああ、フランス衛兵隊のことだね。・・・・で?」
彼女、何が言いたいのかな?おれは訳がわからず首を傾げた。
「君・・・・歴史は?頭ん中入ってんの?1788年で分かんないの?ガルト・フランセ−ズだよ!」
「世界史は習ってない。うちの学校は日本史と世界史どっちか1つでいいんだ。というわけで日本史選択。」

彼女は こりゃだめだ!て顔をした。
「わかった。わかった。教えてあげるからよーく聞いて!次の年の1789年、フランスで歴史的な出来事が起こるわけ。それにとっても深く関わっているのが、ガルト・フランセ−ズなんだよね。」
「ふーん、で?なにがあったの」
「フランス革命だよ〜〜」
「ああ、7月のパリ祭のある日にあったという・・・・」
「パリ祭じゃなくてほんとの名前は革命記念日!君さ、よくそんなんでフランスまで調べに来たよね。そのくらい日本で調べてきなよ〜ほんとにさ〜」

そうだよな。普通は調べてくるよな。
母さん、何でもう少し早く教えてくれなかったんだろう?
フランスへ行く前日だもんな、教えてもらったのは。
それに、どう考えても・・・・色々おかしな事があるんだよな。

「そんなに落ち込むことないよ。君にも事情があるんだろうからね。とにかく!ガルト・フランセ−ズとジャルジェ伯爵だよ。これだけ判れば大丈夫だよ〜がんばろう!」
マリーはおれが落ち込んだとでも思ったのか元気付けるように明るく言った。
彼女の言葉に、おれはなんだか光が見えてきたような気がした。
いい子だよな。かわいいよな・・・ボリスの彼女。
いいよな、ほんとうらやましい!
おれの周りにいる女って、揃いも揃って気が強くてさ、性格悪いんだよな。
そういや、これまで付き合った子も皆・・・おれって、ホント!女運ないもんなあ。
「ほんとにありがとう。少しずつ希望が出てきたよ。これもボリスと君のおかげだよ。」
「そんなことないよ。学校も休みだし、色々あってバカンスにも行かないから暇してたんだよね〜 それにさ!日本語で話せたしね。嬉しかったよ!さて、それでは!国立図書館!行ってみようか!」

「7月14日だよ!7月14日にフランス衛兵隊は民衆側についてバスティーユ牢獄を襲撃した。フランス革命だよ!!その時の指揮官がオスカル・フランソワ!オスカル・フランソワという名前なんだよ母さん。ファミリーネームは判らないんだけれど・・・この人物はその日戦死してるんだ。」
「へえ・・・」
「驚くのはまだ早いよ。記録によるとジャルジェ将軍には娘が5人いるだけで6番目の娘の記載は一切無いということなんだ。変だろう?母さん。それとね、ジャルジェ家というのは今でも続いているフランスでも屈指の名家なんだよ。そして跡継ぎはみんな名前に  フランソワ  が付くんだ。」
「なるほど!ちょっとは進展してきたじゃないの。この調子だと何とか始業式に間に合うかもね。がんばんなさい、勇。」
「母さん、もし始業式に間に合わなそうだったら?」
母はにっこり笑った。

「それはしょうがないわね。その時には手伝ってあげるわよ。母さん とっても 忙しいけどね。」

国立図書館で本当に色々なことが解った。
それと謎・・・オスカルはいるのかいないのか?
いないはずない!だっていなかったらアンドレの存在自体までが怪しくなる。
母の話なら嘘ということもありえないことじゃないが、父が深く関わっているんだから。
それとずっと気になっていた事、オスカルの絵を描いたのは誰か?

絵の隅にかかれたサイン。
そして、見開きの皮表紙の下に小さく書かれている文。
明後日、神崎さんと会う約束をしている。
神崎さんは母の同業者で、母は人形関係を得意としているが神崎さんは絵のほうだ。
先日のオークションの会場で偶然会った時、相談に乗ってもらう約束をした。
おれにはサインが崩してあるので読めないけれど、神崎さんなら何か解るかもしれない。

見開きの皮表紙の下の文はおれにも解った、サインと違って文字が読めたから。

“Ne peut pas prendre a chacun votre memoire”

昔、辞書を引いて調べたんだ。

“思い出だけは誰も奪う事は出来ない”

意味は・・・・・
どんなに酷い事になっても思い出だけは永遠に心の中に残る?
それとも、思い出以外は何一つ残らない?