彼はとても穏やかな男だったけれど、アムール(愛)の国の人なんだなあとつくづく感心することがある。
とにかく、彼女を言い表す言葉は、情熱的で詩的で・・・
ぼくなら恥ずかしくて、口になんか絶対にできないぞ!という事を平然と言うのだから!
自分の愛した女性がどんなにすばらしい人かってことを自慢したい気持ちもあったんだろうね。
たぶん生きている時は、言えなかったんじゃないかと思うんだ。
そう、彼は彼女を愛してた。

自分は彼女にとって単なる雑用係だと、2人の関係はただそれだけ!みたいな言い方をしたけれど、それは立場上。
身分の差は今では考えられないほど厳しかったんだよ。
冴子さんから聞いたんだが、身分違いの恋なんてのは、死に値するそうだ。
気持ちを伝えて振られるんなら、まだ諦めもつくかもしれない。
でも伝えることも出来ず、24年間もずっと側にいて護衛役なんて!
ぼくに言わせると拷問だよ。

これで彼女が他の男に恋でもしようものなら、どんなに切なくて惨めな気持ちだろう。
彼の為にそんなことがないことを祈るけれど・・・・・・

 話は横に反れたけど、前書いた『桜の花がオスカルの肌の色に似ている云々』なんてね、典型的な日本人のぼくには絶対無理だけれど、もし君がフランス人の女の子と付き合うなら、恥ずかしいなんて思っちゃいけないよ。
情熱的で詩的な言葉を降り注ぐ雨のように彼女に与えないとね。
じゃないと嫌われてしまうよ。

亡くなった父は、この絵を見ながらよくアンドレの話をしてくれた。
父と彼が一緒に暮らしていたときのことや彼の生きていた時代の生活、そして、オスカル。
子供心にも解った、どんなにアンドレがオスカルを好きだったか。

でも・・・・貴族の姫君と護衛、身分が違ってた。
きっと何一つ自分の気持ちを伝えられなかったのだろう。
彼の一方的な片思い。彼女は何も気づいてない。
だから、彼女に優しく笑いかけるだけ、本当の自分の気持ち隠してる。
気づいて欲しいのに!自分には彼女に思いを伝える資格がないと思ってる。
他の女になんか目を向けることができないくらい好きなのに!

もしかしたら彼女は他の男と結婚してるかもしれない。
きっと止める事も、何一つ言うことも出来ずに渡してやった?どんな気持ちで?
そんなの最悪だ!
おれはそんな思いしたくない!
そんなのやだね!絶対!残酷だ!
そんな思いをするくらいなら好きにならないほうがいい。

“私のこと好きだっていうの”

突然彼女からの別れの言葉を思い出す・・・・
そりゃあさあ、彼女のことは・・・
アンドレがオスカルを想う様に好きだった訳じゃない。だけど・・・

おれ、何でいつもうまくいかないんだろう?
いつも、いつも、いつも、いつも・・・・・

オスカルと視線が合う。彼女は怒ったようにおれを見つめている。
別に・・・いいんだ、おれは!
もういい、考えたって面倒なだけだ。
おれは・・・面倒な辛い恋なんてまっぴらだ。
何故か絵を見ているのが辛くなっておれは絵を閉じた。