彼が貴族の屋敷に引き取られた訳は、その家の姫君の遊び相手兼護衛としてだったそうだ。
それから死ぬまでの24年間、彼はずっと彼女の護衛を勤めたらしい。
彼は笑って
『一緒じゃなかったのは、寝る時ぐらいかな?』
なんて言っていた。

とにかく片時も離れずといった感じのようだ。
彼によると彼女との関係は、護衛というより雑用庶務一式請負人だという。
ぼくが
『姫君の雑用庶務一式請負人て・・・?』
と聞くと、大笑いして
『姫君って柄じゃない、そんな事言ったら殴られる。言うなれば騎士だな。おれは騎士の “雑用何でもします係” とでもいったところかな。』
などという。

姫君ではなく騎士な?彼女の名は、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。
1755年12月25日生まれ、アンドレより一つ年下で、フランス衛兵隊に勤務するばりばりの軍人さん、それも隊長だったらしい。
彼女には5人の姉がいて、6人目も女の子だと知った父親は彼女を跡継ぎとして育てることを決めたということだ。
だから、彼女は生まれた時から男として育てられた。
昔は家長の権限は絶大だろうし、女性は今と違い冷遇されていたから仕方ないのかもしれないが、本当にかわいそうだ。
君はどう思うかい?

今回のことで一番頼りになったのはボリス・ヴィアンだ。
同い年だったのには驚いたけれど・・・・・
(向こうも驚いていたが、おれの事いくつだと思ったのだろう?怖くて聞けなかった)
彼がいなかったらたぶん、母にいい様にこき使われて酷い目にあったに違いない。
カタコンプもペール・ラシェーズ墓地も彼がいたから行けたようなものだし。

明日の準備の為にスーツケースの中から必要な物を取り出そうとして、おれはふと思い出して、古びた皮表紙のそれを取り出した。
表紙を開く。
中から、サファイアの瞳を持った金色の髪の天使がちょっと怒ったように睨みつけている。
初めてこの絵を見た時、 “ぼくのお嫁さんにする!” と両親の前で宣言したらしい。
このことを母は時々思い出して
「“もうとっくに死んじゃってるのよ。”って言うと、あんたは “天使だから死なないんだ!” てまじめな顔して言うんだから!」
と大笑いして、それから必ず
「勇、あんたまだ信じているんじゃない?」
とおれをからかう。
・・・それにしても、かわいそうだ。
親の都合で男として育てられたなんて・・・
アンドレはどう考えてたんだろう?