桜の花が散り始めた頃、ぼく達は家から少々離れた所にある川沿いに桜を見に行った。
そこは遊歩道のあるところで、昼間は子供連れでにぎわっていた場所も、時間が遅い事もあって人の姿は見られなかった。
街路灯はほとんどなかったが、月の明かりで桜はぼんやりとほのかに浮いて見えた。

『家の前の公園も綺麗だったけれど水辺に映る桜は格別だな。』
彼はその様子を目を細めるようにして見ながらいった。
それから突然
『 “良き魂は死後、主の元で永遠の安らぎを与えられる” 知っていたか?』
と聞いてきた。
『主?神様のことだね。キリスト教でいう魂の救済かい?』
ぼくは尋ねた。
『そうだ。おれは・・・もう主の元へいけないけれど・・・・きっとオスカルは大丈夫だ』
アンドレは自分に言い聞かせるように言った。

『アンドレあのね、ぼくに力を制御する方法を教えてくれた人はこういっていたよ。
 “人の魂は生まれ変わって、また新しい人生を送る為に新たな生を受ける” とね』
ぼくがそういうと彼は笑って
『転生か。もしそうなら・・・どうなるのかな?前の記憶は全部消えてしまう?』
『たぶんね、そうじゃないと色々困るだろうし。でもぼくが思うに、性格とかは変わらないだろうから、似たようなタイプを好きになったりすると思うんだけれどな。』
『また同じ人を好きになる?』
彼は言った。
『それはいいかも!来世もまた恋人・・・うん、素敵だね。』
ぼくがそういうとアンドレは桜を見た。
桜ははらはらと花びらを散らしていた。

『愛する人と幸せに。誰もが考えるごく普通のことなのに・・・・・』
彼は悲しげに笑った。
『おれには決して叶えられない事だった。どうして愛してしまったのだろう?何度も諦めようとした。でも、出来なかった。出来なかったんだ。』

『死の直前、オスカルはおれのそばにはいなかった。』
アンドレはとても悲しそうな顔をした
『誰かがおれに言った。 “オスカル様は無事だ。ジェローデル少佐が付いておられるから安心しろ” と。』
アンドレはぼくに無理に微笑んで見せた。

『その時分かったんだ。おれはもうオスカルにとって必要のない人間なのだと・・・』
彼はそこで言葉を切った。
『本当は、オスカルの腕の中で死にたかった。オスカルに見つめられて・・・こんな人生も悪くなかったと、そう思えるように! だけど現実は、オスカルはおれの事なぞ忘れて彼と幸せになるのだ。オスカルに忘れられてしまって・・・・おれには何も無くて、何も残らなくて・・・耐えられなかった。』
淡々と続ける言葉が、悲しかった。

『何か・・・何でもいい!縋り付きたかった。そして絵の事を思い出した。おれのオスカルの絵を。』
『アンドレ・・・』
『馬鹿だな、オスカルはおれのことを思ってくれていたのに・・・こんなになって、今頃分かるなんて・・・』
彼は泣いていた。
『又会えるよ。きっと会える!会えない訳ないじゃないか!オスカルも絶対そう思っている!君に会いたいと!』
『再び出会えたら?・・・・ああ!本当に素敵だな。』
彼は遠い目をした。
それからぼくを見た。
『惣と出会えて本当によかった。・・・・ありがとう。』
彼は、優しい目、本当に優しい目をして笑った。
いつも優しげな笑みだったけれど、本当はこんな風に、もっとやさしく幸せそうに笑えたんだ!
こんなにも!
泣いちゃいけない。
これでやっと彼は安らぎを得られるのだから。

『ぼくの方こそ!アンドレと出会えてよかった!ありがとう!』
ぼくも笑い返した。
彼の体がだんだん輝き始め、白い光の塊になった。
そして今度はどんどん小さくなりながらだんだん空に上っていき、まるで流れ星のようになって、夜空を走ると消えてしまった。
そこには月明かりの夜があるだけで、桜の花びらが泣くように舞い散っていた。
ぼくはオスカルの絵を抱えて泣いた。

アンドレのこともオスカルのことも解った。
絵にどんな想いが込められていたかも・・・

そしておれの事。
でも、おれがアンドレだったとして、それがどうだっていうんだ?
記憶なんかないし。
今回調べて解った事が人生がひっくり返るような大事件というわけじゃない。
そりゃ驚いたけど・・・・・やはり他人事だ。
でも・・・一つだけ知りたいことがある。

オスカルはアンドレのことが好きだったんだろうか?
本人以外解りっこないことだけど、本当はどうだったんだろう?聞きたい、聞いてみたい!
そりゃあ、知ったところでどうなるわけでもないけれど・・・・・
でももし、オスカルがいたら・・・いやこんなこと考える事態がおかしい。
これじゃまるで自分がアンドレだって認めているようなものじゃないか。

「ジャルジェ家の現在の当主は40歳独身、兄がいたけど事故で亡くなって後を継いだ。親族に配偶者以外の女性は無し!どこにも女の子なんかいない。こんなところかしら?」
おれの心を読むかのように突然母は言った。おれは母を睨んだ。
「いい加減にしてよ、母さん。おれはオスカルに恋なんてしないよ。アンドレみたいな思いをするのは、おれは絶対嫌だね。」
「勇、そんなに怖いの?」
「え?」
何のことを言ってる?

「解らないの?本気で好きになるのを怖がってる事よ。傷ついたり辛い思いはしたくないって!だから適当、危なくなったらさっさと逃げる。」
・・・・そういうことか。
「誰だって辛い思いなんてしたくない。他のやつだってみんな似たようなものじゃないか。」
そうだ。それのどこが悪い?
「他は関係ない。問題は、勇がそれを出来るかってどうかよ! “ちょっと好きかも” ぐらいの子だったら、今までみたいで済むかもしれない。けれど・・・もし、本気で好きになったら、どうするの?それが辛い恋だったら、今度はちゃんと逃げ切れるかしら?」
出来るに決まってる。いや!逃げなきゃだめだ!絶対!

「今まで付き合った子達とどうしてうまくいかないか?振られたんじゃない、自分がその子の事を本当に好きじゃないから嫌になる、面倒にね。で、相手に気づかれおしまい!いうなれば、あんたは自分で嫌われるように仕向けてるってわけよ。たちが悪いのは、自分自身それに気づいてないことよね。」
「なんだよ!その言い方!まるで・・・・」
「勇、もういい加減認めなさい。あんたには出来ないんだから。」
「母さん、何が出来ないっていうんだよ!」
「あんたはね “惚れたら最後、傷ついてどんなに酷い事になろうとも大好き!” なのよ。
中途半端は出来ない!そういう風にしか好きになれない!本当に不器用。でもそれでいいじゃない?
私はね、あんたが誰を好きでもいいのよ。相手が生きてなくたってね。私も惣さんのこと今でも愛してるし・・・」
そういうと笑いながら母は、おれの両頬をおもいきり引っ張った。
「いででででででえ・・・だにずんだ・・・」
「親の助言よ!あんたのことを一番よく知っているね!一度よーく考えてみなさい。」
そういって部屋を出て行った。

くそー!思いっきり引っ張りやがって・・・
いいたいこといいやがって!
おれの勝手だろうが!そんなもん!
おれだって色々考えてるんだぞ。
くそー!ばかやろー
おれは・・・おれは・・・おれのやりたい様にするんだ!