こうして彼は行ってしまった。
彼が安らぎを得られたことは嬉しかったけれど、ぼくにとってはやはり辛いことだった。
大切な人をなくしたことに変わりはないのだから。

 さて、その年の秋にぼくは冴子さんと結婚した。
そして、次の年の8月26日、彼の誕生日と同じ日に君は生まれた。
2570グラムとちょっと小さめだったけれど、とても元気な赤ちゃんだった。
”勇”という君の名は”アンドレ”つまり彼の名前を日本語に置き換えたものだ。

“黒い髪の男”の絵は、現在ジャルジェ家で所蔵されている。
オスカルの子孫だよ。
門外不出でどんな絵かは解らない。
解っているのは、アンドレが14、5歳の時の笑っている絵だということだけだ。

以上でぼくの話は終わるけれど、この絵にどんな想いが詰まっているか判ってもらえただろうか?
最後になるけれど冴子さんのことお願いします。
ぼくの分まで大切にしてください。
それから、君がオスカルのような素敵な女性と巡り会えることを心から祈っています。
どうか幸せになってください。本当に幸せになって欲しい!
それがぼくの一番の願いです。

大木 惣一郎

「さて、これからどうするの?明日午後の便なら、空席があるけれど。」
食後のコーヒーを飲みながら母は言った。
「母さん、おれジャルジェ家へ行ってくる。そして、絵を渡す。」
「あらあら、いいの。大切な大切なオスカルの絵よ。」
「いいんだよ。昨夜はありがたーい助言をしてもらったので、色々考えたんだよ。アンドレならきっと・・・絵は一緒にして欲しいと思うんだ。だから、ジャルジェ家へ行ってお願いする。」
母は少しの間、おれの顔見つめていた。
それから笑って
「勇が決めたのなら、それでいいわ。でもね、紹介状でもなければ会ってもらえないわよ。」
「だからさ、顧問弁護士とかそういうのがいるんでしょう?母さん。そっちから・・・」
「だから、その顧問弁護士によ!勇。いい?ジャルジェ家は本当に名家なのよ。日本で総理大臣に会う方がまだ簡単よ。」
「へえーそんなに大変なんだ!すげー。」
「まったく!そうね・・・こうしたらどう?昨日話した占い師、あの人なら何とかなるかもしれないわ。」
「・・・おれが話するの、その人に・・・」
「当たり前じゃない、何怯えてるのよ。そうだ、今日会うことになってるからいっしょにいらっしゃい。」
出来れば会いたくなかったよな・・・はあ・・・でも仕方ない。
「わかった、一緒に行く。」
「急いで準備してね。30分もしたら出かけるわよ。」

「絵は持ってきたわね。」
「えー!持ってくの?置いて来た。」
「何やってるの!早く取っていらっしゃい!」
最初に言ってくれよ、ほんとにもう!
おれはあわてて絵を部屋へ取りに戻った。
スーツケースを探すが・・・・ない。
何故?考えて思い出した。昨夜机の上に置いたままだった。
机を見ると、オスカルがこちらを見ている。

もうすぐお別れだ・・・・・
悲しい?寂しい?そんなことはない。
アンドレの絵と一緒に置いてもらったほうがいいんだ・・・・・
オスカルがこちらを見ている。
・・・・・・もし、この絵とそっくりな子を見かけたら、おれは絶対近づかないぞ!
おれはオスカルを見つめた。
おれは逃げて逃げて逃げ切るんだ!絶対、絶対、絶対に!
オスカルがおれを見つめかえす。
おれは・・・おれは・・・・・・好きになんかならない!
オスカルがおれを見つめている・・・・・・・・
おれは辛い思いなんかしたくないんだよ!
・・・ああ神様!どうかお願いです。
おれをオスカルに会わせるのだけは勘弁してください。

―The end―