『大丈夫か?』
その言葉にぼくは笑って返したが、大丈夫そうには見えなかったんだろう。
『・・・すまなかった・・・・もうしないから。もう2度としないから・・・』
アンドレは本当に情けないという顔をして何度も謝った。
そして・・・話の続きを・・・・オスカルのその後を知りたがっていた。心の底から。
だからぼくは、少し休んでから続きを話した。

『君の死後、オスカルの怪我が癒えた頃、結婚話は破談になった。彼女の意向で。
そして彼女はそれまでと同様に衛兵隊に勤務し続けた。
彼女の父親は、君の代わりに誰かを付けようとしたが、彼女はそれを許さなかった。
のめり込むように仕事を激務をこなした・・・・たった一人で。誰も、彼女を止める事は出来なかった・・・・』

アンドレはオスカルの絵を見た。彼女に何か訴えかけるように。

『彼女は翌年1789年の7月、ベルナール・デュランに1枚の肖像画を依頼した。  “持ち歩ける大きさで” という条件をつけて。』
『持ち歩ける肖像画?』
『ああそうだよ。きっとこの絵みたいだったんじゃないかな? 7月12日にその絵を受け取って、2日後の14日、判るかい? 7月14日という日に何があったのか?』
彼はまた絵を見た。遠い記憶の糸を懸命に手繰り寄せているようだった。

『・・・・バスティーユ牢獄が・・・・・すごい騒ぎだった・・・・革命・・・・フランス衛兵隊が・・・・・!』
彼ははっと気が付いてぼくの方を見た。
ぼくは頷いた。
『そうだよアンドレ。彼女の指揮したフランス衛兵隊は、民衆側についてバスティーユ牢獄を襲撃した。』
ぼくは続けた。

『アンドレ、オスカルはねデュランが描いた絵を戦闘に持っていったんだよ。
他は何も持たなかった。絵だけを連れて行ったんだ、一緒に。
 “これで私は臆病者にならなくてすみます” と書き残して。
誰の絵だか解るアンドレ?黒い髪に、黒い瞳をした少年の絵・・・・
彼女はね、君の絵を持って死んでいったんだよ。』

 「勇・・・・あんたって子は・・・・本当に・・・・」
そこまでいうと母は笑い出した。それも大爆笑!おれ、何か変なこと言った?
「その嬉しそうな顔。こういう所が挙動不審なの!やっぱり、オスカルに会いたいわけね。?ああ、隠してもだめよ!そんな顔して!可笑しいったら!結局昔と変わってないのね・・・まったく!もう。」

おれは慌てて言った。
「何言ってるんだよ。!!おれはただ・・別に生まれ変わりだとかじゃなくて・・・・・その・・・・つまり・・・・おれの聞きたいのはつまり・・・・・えーと・・・・そう!ジャルジェ家でどうしてオスカルのことを秘密にしてるかということであって・・・」
「それなら簡単よ。いい?ジャルジェ家は王家の信頼の厚い軍閥だった。そんな家の跡取り娘が、王家を裏切った。父親である将軍はどうしたと思う?」
「どうしたって・・・え〜と、オスカルは勘当された。」
「勘当される前に死にました。」
「それじゃ?」
「オスカルの痕跡を片っ端から消したのよ。”ジャルジェ家には王家を裏切るようなものはいない!”
だから彼女に関係するものをすべて集めて処分するか、改ざんしていった。というのがロザリーの息子さんの意見。」
「そうか!オスカルの死後デュランの絵を集めだしたのも・・・・・」
「そういうこと!彼が一番オスカルの絵を描いているの。デュランの日記は2冊だけ、70年ほど前に見つかったの。でもすぐにジャックマール・アンドレ美術館に資料として収められて、手が出せなかったのね。あとね、これは私の考えだけれど遺言か何かとして残されたんじゃないかな。 “オスカル・フランソワなる人物はジャルジェ家には存在しなかった!” とかね。」

そうか。それでいないって事になっているのかもしれないな。
でも、それじゃあ例の噂は?どうなるんだ?
「母さん、じゃあさあ・・・ジャルジェ家の女性が全員早死にするって言うのは、あれは何?」
母は驚いた様子でおれを見ると、すぐに苦笑した。
「まあ・・・これは有名な話だから仕方ないわね。勇、これは別件。関係ないわ。」
「別件って・・・なんかあるの?噂じゃなくて・・・」
「160年前、何かあったらしいのよジャルジェ家で。」
「マジ?」
「ジャルジェ家の顧問占い師の話によるとね。」

「占い師?」
「結構多いのよ、政治家とか大企業のトップとかね。お抱え占い師がいる人って。」
はあ〜そうなんだ。知らなかった。

「彼は私の上客でね。」
「その人、人形コレクターなの?」
「人形が多いけど・・・・覚えてる。エメラルドの指輪?」
「指輪って・・・もしかして・・・・あ、あれ?」
「そうよ、あれ。あんたが見た途端倒れた。例の変わった形をした手鏡とかエギューの小箱とかそれからブーシェの人形に・・・・・・」
「・・・母さん、それってみんな・・・みんな・・・その人・・見えてないんだよね・・・見えてないよね!」
「見えてるわよ。だってエメラルドの指輪を見せた時、 “すばらしいですね。この女性は!自分の手首を生きたまま切り落とされても指輪を離さなかったのですね。” って、嬉しそうにあんたと同じように言ったから。ああ、あんたは嬉しそうじゃなかったわね・・・勇どうしたの?頭抱えて。」
「・・・そいつ、変?かなり危ないやつ?」
「占い師だから。本人曰く訓練も兼ねてるらしいけど、趣味入ってるわねあれは。まあそれはいいとして、彼の口振りからするとまんざら噂だけじゃないようなのよね。詳しく聞きたいなら紹介するけど。」
「絶対いい!」
そんな危ない奴に会ってたまるもんか!