カフェのテラスはかなりの賑わいだった。
アンドレはちょうど席が1つ空いているのを目聡く見つけると、椅子を引いて―この時もオスカルは不機嫌になったがアンドレはそれを無視した―オスカルを座らせてそれから自分も席に着いた。
二人が席に着くのを見計らって、ギャルソンが来た。

「いらっしゃいませ、ご注文は?ムシュー」
「ショコラを貰おう!おまえも一緒で・・・・」
アンドレはオスカルがそれ以上話さないように慌てて言った。
「ショコラを2つだ!」
「ウィ、ムシュー。」
ギャルソンが行ってからアンドレはオスカルを見た。
「なんだ?」
オスカルは怪訝そうにアンドレに尋ねた。
「ムシューはおれだ、おまえじゃない。それと言葉!」
アンドレは言った。
オスカルは自分の着ているドレスを見て、考え込んだ。
「そうだったな・・・・・私自身が最大の難関かもしれない。わたしはムシューではなくて・・・」
「マダムだよ。オスカル忘れるなよ・・・っと!オスカルではダメだな。おばあちゃんがおまえの自慢話をしてるのは間違いないから・・・名前がいるな。」
今度はアンドレが考え込んだ。
「フランソワは?これもよくないか。女性の名前だな・・・フランソワーズ、フランソワーズでどうだ?」
オスカルはアンドレに言った。
「フランソワーズね。オスカルじゃなくてフランソワーズ!と。間違えないようにしないとな。」
オスカルの言葉にアンドレはフランソワーズの名前を忘れないように何度か繰り返した。
「それから詳細の設定も必要だぞ。」
オスカルは分かっているか?というようにアンドレを見た。
「おれ達はどうやって出会ったのか?これは必要だな。友人の紹介?それともどこかの店で?」
「作るよりそのまま事実を伝える方が信憑性がある。」
「すると・・・出合ったのはジャルジェ家でいいな。それから幼馴染というのもそのままで。」
「ああ、だからわたし達は職場の同僚だ。」
「そうだな。それではおまえは・・・・オスカル付きの侍女だ。」
アンドレは少し考えてから面白そうに言った。
それを聞いてオスカルは笑った。
「なるほど!オスカルのか。お前と同じように遊び相手として引き取られたか?」
「それもいいな。遊び相手で侍女、これなら仕事の内容とかを聞かれても答えられるからな。あとは結婚した日だ。おばあちゃんは確か・・・2・3年ぶりに会ったと言ってたから・・・1年位前でどうだろう?来月位。」
「では7月12日でどうだ?よし!確認するぞ。わたしの名前はフランソワーズ、おまえとは幼馴染で職場の同僚。そして!オスカル様付きの侍女だ。」
「結婚したのが去年の7月12日と。あとは・・・・」
「何を聞かれても大丈夫だろう。おまえとわたしは15年以上の付き合いだぞ。」
オスカルは笑った。
「ああ。すると残りは・・・プロポーズの言葉だけだな。」

その時、ギャルソンがショコラを持ってやって来た。
ギャルソンはまずオスカルにショコラを出した。
それから陶器の器に入ったさくらんぼを置いた。
「どうぞ、マドモアゼル。あなたの唇ほど美味ではないでしょうが。」
ギャルソンはそういうとオスカルに向かってウィンクした。 
オスカルは一瞬固まった。
しかし、なんとか気を取り直すと返事をした。
「メ、メルシー。」
アンドレにはショコラだけが置かれた。
「どうぞ、ムシュー。」
「メルシー」
アンドレはオスカルの様子を見て微笑みながら答えた。
彼が席を離れるのを待ってオスカルはアンドレに問い詰めるように聞いた。
「なんだ!今のは!」
「礼儀・・・かな?」
ショコラを飲みながらアンドレは答えた。
「礼儀?ウィンクするのがか!それともさくらんぼが・・・」
「さくらんぼは今が旬だからな、サービスだろう?あとはおまえに対する賞賛。」
「何が賞賛だ!むかついたぞ!このわたしに向かって唇ほど美味ではないなどと・・・・・何だ?アンドレ。」
オスカルは自分の顔をじっと見つめるアンドレに不審げに尋ねた。
「あっいや・・その・・・なんだ、美味しそうだな・・・と」
慌てて視線をテーブルの上の器に移すと彼は答えた。
「アンドレ・・・殴るぞ。」
「ば、馬鹿!ち、違う!さ、さくらんぼがだ!」
アンドレはまっ赤になって否定した。
「ああ、そうか。いや、そうだな。悪かった・・・・その・・・折角だ、一緒に食べよう。」
オスカルは器をアンドレの方へ押しやりながらすまなそうに謝った。
それから溜息をつくと
「まったく!やり難くて困る。」
そういいながらショコラを口にした。
「と、とにかく後はプロポーズだけだ。さっさと考えてしまおう。時間もそんなに無くなって来たしな。」
アンドレは時計を取り出して見て言った。。
「簡単でいいと思う。第一幼馴染だぞ、あまりすごいものはかえって変ではないか?そうだ!わたし達がお互いの気持ちを知ったのは何時だ?」
アンドレは暫くオスカルを見つめた。
それから目を伏せて答えた。
「・・・気づいた時には・・・もう・・・」
「お互い、気づいたときには・・・か。自然だな。」
オスカルは頷いた。
「で、プロポーズをする場所は・・・ここでどうだ?アンドレ。」
「ここ?カフェか。いいんじゃないか。」
「プロポーズの言葉は?」
「結婚・・・して・・・ください。」
アンドレはゆっくりとかみしめるように言った。
「よし。それでその言葉を聞いてわたしは感動して思わず泣いてしまった!とでも言えばいいな。」
「泣くほど感動的か?いや、そうだろう。相思相愛の相手ならどちらにとっても感動的だろう・・・な。」
アンドレは苦く笑った。
「侍女達によるとどんな言葉でも感動して泣けるらしいからな。つまりは・・・聞かれた時にそう答えられる・・・わたし達の演技力か?」
オスカルは考え込んだ。
アンドレは考え込むオスカルを見つめて・・・それから目を伏せた。
少ししてアンドレは口を開いた。
「いっそ・・・・・こんなのはどうだ?おれが結婚してくれ!と余りにしつこい上に、泣き脅されて・・・もう仕方なくだな。しょうがないから結婚してやろうと!この方が納得するぞ、きっと。オスカル貰うぞ。」
アンドレは、さくらんぼをつまんで口に入れた。
オスカルはアンドレを見つめた。
アンドレは“美味しいぞ”というようにオスカルを見た。
「・・・却下。おまえらしくない、それこそ不自然だ。」
オスカルはそう言ってから暫く考え込んだ。
それから何か思いついたらしくアンドレに言った。
「よし!こうしよう。アンドレ、おまえ一番愛する娘にプロポーズするつもりで言って見ろ。」
アンドレはその言葉に溜息をついた。
「オスカル!だからおれには他に愛してる女などいないと言ったろう?」
「アンドレ、わたしは先程の話を蒸し返すつもりはない!そうではなくて・・・・ああ面倒だ!わたしがおまえの愛している娘だ。これでどうだ。わたしにプロポーズしてみろ。」
「お、おまえが・・・おれの・・・・・・」
「わたしもきちんとそのつもりで聞くから。まじめに考えろよ。本当にするつもりでだ。わたしもおまえの愛している娘になった気持ちで答えるから。いい答えが浮かぶかも知れないぞ。よし、アンドレ。いつでもいいぞ。」
「オ、オスカル!ちょ、ちょっと待ってくれ。」
「なんだ、わたしでは不満か?」
「違う!!おまえがいい!!!」
アンドレは叫んだ。
オスカルは怪訝そうにアンドレを見た。
アンドレは慌ててオスカルに言った。
「だから・・・その・・・・少し時間をくれないか?・・・ちゃんと・・・考えたいから・・・」
アンドレの言葉にオスカルは頷いた。
それからアンドレは気を落ち着かせる為にショコラを一口飲んで・・・真剣に考え始めた。