馬車が止まった。
御者は「着きましたよ!」と声を掛けた。
アンドレは先に馬車を降りると、オスカルに手を差し出した。
オスカルはその手を怪訝そうに見つめたが今の自分の姿を思い出し・・・・彼の差し出した手に手を重ね、ドレスの裾を踏まないように注意して馬車を降りた。
アンドレはオスカルを馬車から降ろすと御者に料金を支払った。
アンドレはオスカルを見つめた。
オスカルもアンドレを見た、少し不安げな様子で。
「侍女達はおかしくないといったが・・・・この身長だ。裾の長さが足りなくてアンナが直してくれたのだ。とても並んで歩けたものではないと言ったのだが・・・」
「おれはおまえくらい背があった方がちょうどいい!・・・とにかくだ!とてもよく似合ってる・・・きれいだよ。」
アンドレは溜息混じりに答えた。
オスカルは改めてアンドレを見た。
いつもは気にも留めないが、横にいる幼馴染は自分よりも更に背が高かった。
「おまえの横にいると・・・わたしでも普通に見えるか。」
「だから、何の問題もないだろう。」
アンドレは笑った。
「そうだな。さて、それでは・・・場所はどこなのだ?」
オスカルは聞いた。
「歩いて10分程度。オスカル、腕。」
「腕って何だ?」
「エスコート。」
アンドレは言った。
オスカルは腕を出した。
それを見てアンドレ苦笑した。
「オスカル、逆だよ。今日はされる方。」
オスカルはアンドレから言われて気づいた。いつもとは違うのだ。
「勝手が違ってやり難いな。」
オスカルはそういってアンドレの腕に自分の腕を絡めた。
「おれもだよ。」
アンドレはオスカルに嬉しそうに笑いかけた。

6月の日差しは夏の到来を告げていた。
街路樹は葉を広げて緑の濃淡を作り出して人々に涼を与え、その下では花売り娘が色とりどりの美しい花々売り、道行く人々の顔つきも服装も明るく軽やかに、パリは一年で一番美しい季節を迎えようとしていた。
そんな街を二人はゆっくりと歩いた。
すれ違う人々は誰もが振り返って二人を見る。
少し照れたように優しげなまなざしを向ける青年は真っ黒い髪と瞳を持った長身のなかなかのハンサムで、かたや緊張した面持ちで青年の腕にしっかりとつかまっている娘は・・・金色の髪に真っ青な瞳、透けるように白い肌のまるでおとぎ話に登場する姫君のように美しかったから。
人々は囁きあった。
“なんて美しくて初々しい恋人達だろう。あれはきっと・・・初めてのデートに違いない。” と
しかしながら・・・
それは勿論大きな誤りである。
オスカルの頭の中は如何にしてドレスの裾を踏まないよう歩くか、それだけで占められていただけである。
アンドレはというと、そんなオスカルを嬉しそうに見ていたが・・・

またしてもドレスの裾を踏んで―この時もまたアンドレの腕は十二分に役立ったが―オスカルは腕にしがみ付きながら彼を見上げ不機嫌に言った。
「・・・嬉しそうだな、アンドレ。」
「そりゃあもう!こんな美女を連れて歩けるのだからな。」
「わたしが転びそうになるとではないのか?ええい、くそ!大体この服がいかんのだ。アンナが直してくれたのはいいが、長すぎだぞ!くそ!」
外見にはまるで似つかわしくない言葉が、美しい唇から発せられた。
「ドレスを少しつまんで歩けばいい。」
アンドレはオスカルに笑いかけた。
オスカルはアンドレを見た。
それから彼を睨みつけた。
「アンドレ!そういう大切な事を何故早くいわんのだ!」
「だってオスカル、普通は・・・・いや、すまん。すっかり忘れてた。他に何か・・・言い忘れてる大切な事はなかったか?」
オスカルの機嫌が大層悪くなっているのに気づいたアンドレは慌てて付け足した。
しかしオスカルの機嫌はすぐに直ったようだ。先程と違って歩きやすくなった為だろう。
「うん、これなら転ばないな。もういい、他に何もない・・・・」
オスカルは突然立ち止まった。
「な、なんだ。まだ他に・・・・」
「大切な事を忘れているぞ!作戦を練らねばならん!ばあやからちらっと聞いたのだが・・・マルトという人物は、ばあやの宿敵なのだろう?」
オスカルはアンドレに尋ねた。
その言葉にアンドレは考え込んだ。
「その通りだ、すっかり忘れていた。おばあちゃんにも鋭い追及があるからと言われてた。あの口振りからすると・・・偽者だと最初から疑われてるな。」
「侍女達にも言われたぞ。結婚した日とかプロポーズの言葉は・・・必ず聞かれるからと。」
「そうだな、きちんと考えておかないと面倒な事になるかもしれない。プロポーズの言葉か、どうしようか。」
「難しく考えなくてもいいだろう。わたしならストレートに“結婚してくれ”とだけ言うが。」
「おまえならばな。その一言でどんな女でもあっさり “ウィ” だ。」
「アンドレ・・・・おまえ今、さり気なく恐ろしい言葉を口にしなかったか?」
オスカルはアンドレを睨みつけた。
「でも事実だろう?それより・・・他にもしっかり考えておかないとすぐに見破られそうだ。なんせおばあちゃんの上前はねるような相手だからな。」
「そんなに恐ろしい相手なのか?」
アンドレは黙って頷いた。
オスカルは考え込んだ。
そして彼女は前方のあるものに目を留めた。
「約束の時間は?」オスカルは聞いた。
「3時までに行ければいい。」
アンドレは答えた。
「時間は・・・あるな。よし、それなら作戦会議だ。あそこでどうだ?」
オスカルは少し先に見えるカフェを指して、アンドレに笑いかけた。