「で?」
オスカル付きの侍女頭であるジュディドは、同じくオスカル付きの若い侍女達を睨みつけて聞いた。
「・・・それで、ほんとにアンドレのお嫁さん探しだと思ったし、そうしたらオスカル様がご存知ない訳がないと思って・・・・」
若い侍女達を代表してカトリーヌがおずおずと答えた。
「だから、オスカル様に探りを入れた。自分達の為に!」
「え〜それは・・・そのお・・・・」
「そしてばあやさんから本当の話を聞くと今度はさり気なく、“ロザリーはこの役にぴったりですよね、オスカル様”とでも申し上げたの?」

「で、でも!」 「二人を結婚させてくれなんて!」 「あたし達一言も言ってませんから!!」

侍女達は口々に叫んだ。
「・・・・やっぱり、あんた達が・・・・」
ジュディドは思わず額に手を当てた。
若い娘のする事は分別も何もありゃしない!
「あんた達が根も葉もない噂話などお教えするから、オスカル様が余計な気を回されて・・・あんな騒ぎになったのよ!諸悪の根源はあんた達よ!!分かっているの!」
侍女達は小さくなって俯いた。
「とにかく!今後こういう使用人レベルの噂話をオスカル様のお耳には、絶対に入れないように!絶対よ!」
「は〜い!」
侍女達は返事をした。
「これでお説教は終わり!さあ、仕事して!仕事、仕事!」
ジュディドの言葉に若い侍女達は仕事を始めたが、彼女がいなくなると・・・再び集まり、手を休めておしゃべりを始めた。

「それにしても!まさかあんな騒ぎになるなんて・・・・」
侍女の一人が言った言葉に、皆昨日の出来事を思い出した。
「オスカル様とアンドレの話を立ち聞きしてたロザリーが・・・部屋から飛び出すのを止められなかったのがまずかったわね。」
侍女の一人が言った。
「そうよ!ドロテ、あんた部屋にいたんでしょう?どうしてロザリーが部屋に入って来たのに気づかなかったのよ?」
「だって!あたしだって書斎の中で何話しているのかこっそり聞くのに必死だったのよ。気がついたらロザリーが・・・・」
「で、部屋を飛び出したロザリーを追いかけたオスカル様が・・・・」
「玄関のホールでロザリーを捕まえて・・・・」
「ホールはよく響くのよね。」
アンナがポツリと言った。
侍女達は押し黙った。

ジャンルジェ家の玄関前のホールは吹き抜けの上、壁・床共に石張りで―建物の設計者が音響効果を考えて設計したのではないかと思うほど―音がよく響く。
そのおかげでこの館の主達がいつ帰って来ても使用人達にはすぐ分かるという利点もあったが、今回の場合これは大いに仇になった。
「騒ぎを聞きつけて屋敷中からホールへ人が集まって来て。」
「だんな様と、一緒にお茶を飲んでいらした奥様まで真っ青になって飛び出して見えたわ。」
「そりゃそうよ!」
「“いや!離して、離してください!オスカル様!嫌です!オスカル様!私アンドレと結婚なんて・・・いや!”」
「それは正しく伝わった方ね。」
「だんな様のお部屋には途切れ途切れで伝わって・・・・」
「“いや!離して・・!・・オスカル様・・オスカル様!と・・結婚なんて・・・いや!”」
侍女達は顔を見合わせて・・・・それから溜息を付いた。

「ま、済んでしまった事を悔やんでも仕方ないわ!」
カトリーヌが気を取り直して言った。

「そうそう!あたし達はお嫁さん役にロザリーをと、オスカル様にお勧めしただけだし!」
「あとはオスカル様がなさったことだもの!」 「そうよね。」 「そうよ!」

侍女達は口々に言った。
「ところでさ!ロザリー大丈夫なの?」
侍女の一人が心配そうに言った。
「まあね、元はといえばロザリー心配の余りじゃない?アンドレと結婚させようなんて。そりゃ最初は泣いて手が付けられなかったけれど!」
「オスカル様が付きっきりだもの。」
「それより問題は、アンドレよね。」
「ずっと機嫌悪いのよね。」
「やってられない!って感じ。」
「でも仕方ないわ!ばあやさんにめちゃくちゃ怒られてたじゃない!“誰にも頼めないなんて!この根性無しが!”とか。」
「仕方ないじゃない!ロザリーはあの状態でしょう?それに他の子は・・・あれでしょ?」
「そうよね!だって、クロード達!凄い剣幕だったじゃない?取られてなるものか!って。」
「あれじゃ頼めないわよね〜凄かったもの。でも!なんであんなに血相変えたのかしら?」
「アンドレ相手じゃ勝ち目ないと思ったんでしょう?」
「それにしても!凄すぎよ!ポリーヌやローズマリー、リリアンヌは分かるわよ!でも、なんで他の子まで?10名以上名前が挙がったんでしょ?」
「サラ、あんたの名前も挙がったって。」
「えっ、それほんと?・・・だ、誰かしら?」
「ちょっと・・・やりすぎちゃったかな?」
それまで黙っていたアンナがポツリと言った。
皆一斉にアンナを見た。
「あんた・・・何やったのよ?」
「皆に少しだけハッパかけるつもりで話したんだけれど・・・効き過ぎちゃったみたい。あんな大ごとになるとは思わなかったのよね。」
「何故そんな事を?」侍女の一人が尋ねた。
「あら?あたしに聞くの。アンドレを取られたいの?」
一同考え込んだ。確かにこれは・・・
「正当防衛ね!」一人が言った。
「でしょう?」
「でも・・・・」
「何よ!あたしが悪いの?」
「そうじゃなくて!それにしてもやっぱり機嫌悪すぎじゃない?アンドレ。」
「なんか他にもあるのかしら?」
「あたし・・・考えたんだけど・・・」
「何?」
「もしかしたらさ、アンドレには好きな子がいて!」

「きゃあ〜誰よ!」 「嘘でしょう〜」 「誰!誰なの!」 「そんなの困る!」

「だから、いたんだけれど!オスカル様の為に!泣く泣く諦めたとか?」
「え〜!!まさか!!」
「ばあやさんが大反対して!“オスカル様が嫁いでいらっしゃらないのに何でお前が!”とか?」
「いえてる〜ありえそう!」
「確かにさ、オスカル様を差し置いては難しいわね。」
「でも!その発想おかしくない?」
「ばあやさんですもの!そのくらい考えてもおかしくない!」
「だからオスカル様にロザリーと結婚しろって言われて!」
「筋通るじゃない?それ!」

「アンドレ・・・かわいそうに・・・」 「それって酷すぎる!」 「ばあやさん、横暴!」

「でさ!誰が好きだったのかしら?」
「そうよね。えーと?誰?」
「ビビアンは?」
「まさか!」
「それじゃあ・・・ジャンヌ。」
「確かアンドレより5つも年上じゃない!」
「あのさ!1年前退職した・・・ほら!あの子。コリーヌは?」
「え〜あの子?あの子ならあたしの方がまだ・・・」

「まだいいとでも?少なくとも!コリーヌはこんな馬鹿げた話はしなかったけど!」

「ジュディド!」
一同は蜂の子を散らしたように散らばった。
それを見て、ジュディドは溜息を付いた。
「まったくもう。若い娘は!」
「賑やかで羨ましいか?」
ジュディドは自分の背後にオスカルが立っているのに気づいて・・・びっくりして叫んだ。
「オスカル様!あの・・・いつからそこに?」
「・・・・少し前だ。小鳥達のさえずりが書斎まで聞こえてきたのでな。」
オスカルは答えた。
「申し訳ございません。私の躾が足りませんのでこのような見苦しい所を!それから申し上げておきますが・・・・あの子たちの話は根拠のない噂話でございますからお気になど絶対!留めたりしないように!昨日のような騒ぎは絶対!駄目でございますからね!」
オスカルは苦笑して言った。
「分かっているよ。それより・・・・」
「何でございましょう?オスカル様。」
「ショコラを持ってきてくれないか?」
「はい!すぐにお持ちいたします。」
「ああ、頼む。」

オスカルはジュディドが部屋からいなくなると・・・考え込んだ。
誰か・・・いたのだろうか?
結婚を考えたような娘が・・・・アンドレに?
わたしの為に結婚しなかった?
いや、したくてもわたしがいるから・・・・出来なかったのか?
もしそうだったら・・・・・